馬脚
一槻は困っていた。途方に暮れていた、とも言う。
最初はちょっと面倒なことになるかもしれないな、とは思った。客の家に招かれて肖像画を描くなど今時はほとんどない依頼だと思う。
ただ、断れない客で断れない柵があった。
この客というより今の「杉本家」には祖父と直接の接点は無かったらしいが、先代当主は古い内弟子らによると上客の一人だったらしい。その上一槻の面倒を見てくれた祖父の内弟子から正月に挨拶に伺った時に持ち込まれた依頼でもあったので、ほとんど面識がなかったけれど信じて請け負ったのだ。
──それが。
「まさか、今時監禁とかさー」
一槻としては、溜息を吐くしかない。
行ってみたら依頼人宅は圧迫感のあるいかにも金持ちそうな巨大な敷地の日本家屋。
依頼人宅で泊まり込みで描くなんて初めての事に勝手が掴めなくて、内心びくびくしてるのを必死に隠して挨拶したら、使用人らしき人に客間に通されて。
なかなか現れない依頼人を待つ間、気を紛らわそうと出されたお茶を飲みながらひたすらじっと待っていたらいつの間にか意識がブラックアウト。
気がついたらスーツ姿のまま知らないベッドに寝かされていて、この置かれている状況に訳も分からずびっくりして跳び起きて。
周りを見渡してベッドの下に自分の荷物を見つけたから慌てて確認したら、スマホとスケジュール管理に使ってた手帳と財布と腕時計が無くなってた。
今がいつでここが何処かも分からない。身体の強張りから、1日以上経っているかもしれない。
依頼人宅に上がった時に脱いだ靴も無いのが地味に嫌だ。逃げることを思うと冬道に裸足で出るのはきつい。
あ、つまりこれ犯罪じゃね?ってことを確認して、今。
この部屋はベッド付きのアトリエのようだった。温度管理も湿度管理もしっかりされている上にキャンバスの枠や布、絵の具などの画材がきっちりあるのが何だか気持ち悪い。
『ただ製作に集中していただくために、最高の環境をご用意させていただいただけです』
──てなことを言われたらどうしよう? いや、でも問答無用で睡眠薬盛ってる時点で犯罪だし契約もまだしてなかったし。オレ悪くない。
ふーっと苦い溜め息をもう一度吐くと、一槻は立ち上がって部屋をぐるりと見回した。
──脱出経路は有るかなぁ…。
日当たりの良い角部屋は決して悪いものではないはずなのに、問答無用で拘束されていることが息苦しい。
そう、この部屋は窓が高窓しかないのに、背の高い方の一槻ですら届かない位置にある。窓の外には格子が嵌められて牢獄気分が盛り上がる。ちょっとした足場の上に立ってさえ届かない高さなんて普通じゃないだろう。
ベッドは部屋と同化した造りで、下に収納が出来るようだ。シーツやタオル、一槻サイズの下着も数組入っていたが、監禁を平気でするヤツが用意したものだと思うと気持ち悪くて触りたくもない。
出入口らしき引き戸のドアは勿論鍵が掛かっていて、尚且つ内鍵ではなく外鍵のようで何処を探しても鍵穴が見つからない。
周囲に人の気配も無く、良くて離れか別荘か。大声を出しても助けは簡単に呼べそうもない環境だ。
これで悪意を感じない人間はいないだろう。
どこかに脱出経路は無いかと足掻いて探索してみたが、一槻がどうにか出来そうなものは何もなかった。
せめて、と、家捜しをしていたら、部屋の隅にわざとらしく置かれていた古い行李の中に、同じく古そうな本が数冊入っていた。
その本の更に下に一冊の古いアルバムを見つけて、一槻は思わず手に取った。
何の役に立つかも分からなかったが一槻は情報が欲しかった。
ぱらりぱらりとページを捲った中、一枚の集合写真に一槻の手が止まった。
──オレ、この人達を知ってる。
そして、一槻は、ここに連れてきて閉じ込めた相手の思惑を初めて察し…眉間に深いシワを寄せた。