番外編「変身するのは俺だけじゃない」
番外編、小話です。
再び二人が出会って数回目のある日、のおはなし。
新は目の前で繰り広げられる光景を、信じられない思いで見ていた。
──今、俺の目の前で話してる奴は一体誰だ?
一槻だ。そんなことは分かっている。直前までいつも通りに話していた相手は新本人なのだから。
それでも今、ガラスを隔てているとはいえ、目の前に居る一槻の姿が信じられない。まるで人格がくるりと引っくり返ったかのような姿なのだから。
いつもの一槻は、陽だまりの中の猫のように、目を細め、のんびりとした気配をまとってそこにいる。くつろいで、呑気で、遠慮なくげらげら笑う笑い上戸で、新に比べたらリアクションも大きくて、感情表現が豊かな奴だ。
なのに。
今、目の前に居るこいつは誰だ?
上客の前だから当然なんだろうが、口調が全然違う。姿勢も、表情も、いつもの一槻がここには欠片もない。
客の前で、僕、と言い、穏やかな表情なのに隙がない。エリートを体現したかのような姿に、新は声も無かった。
──オレ? オレがα校になんて行くかよー! どうせ雑種扱いだぜ? ああいうとこ行ったらつま弾きされるんだからさー、そんな分かり切ってるとこオレが行く訳ないじゃん。オレは(異種)共学だよー。でもさー、あの頃オレ、ほんと、必死で絵にすがりついてたからさー、クラスメートとか、ほとんど覚えてないんだよねー。可愛い子も綺麗系もカッコイイのもそれなりにいたんだろうに、オレ、勿体ないことしたよなぁ?
一槻、嘘だろ!? お前、エリートじゃないって言ったろ!?
愕然とする新を置き去りのまま、時間は過ぎていくのだった。
客を送り出した一槻が、戸締りをして戻ってきた。今日は少し早いが、ギャラリーをもう閉めるらしい。
「一槻」
名を呼んだ新に、相変わらずからっとした笑顔で一槻は応えた。
「おう、お疲れ、新。付き合わせちゃって悪かったな」
あっけらかんと笑う一槻にちょっとムッとした気分で新は腕組みすると座っていたソファに凭れた。
「いや…。それより、お前、α校じゃないって言ってたろ? なんであんなにエリートみたいな態度に慣れてんだよ?」
思いがけない事を言われたという風に目を見開いた一槻は、少し考え込んだ後、何でもない事のように新を見た。
「あー、それなー、そんなに違うもんかね? ま、簡単だよ。おれのじーちゃんの話、覚えてっか?」
一槻の問いかけに、新は少し考える風にした後、頷く。
「…ああ、人間国宝だったっていう、彫刻家の渋澤洋二郎、だったか?」
正解という風ににっこりと一槻は笑った。
「そうそう。ってことでさー、オレ、お弟子さん含めて、そういうお偉い大人に囲まれて育ったりしてるからさー、じーちゃんのスパルタ炸裂で、下手な態度なんか取れない訳さー。多分、あれで鍛えられたんだと思うんだなー。オンとオフって奴? 自衛手段みたいなもんだ。ま、商談の時はエリートっぽくしておくとさー、雑種のαでも箔が付くんで何かと都合が良いんだよねー。新の見ての通り、こっちが素だよー?」
にこにこ笑う今の一槻の顔とさっきまでエリート然とした微笑みの落差が信じられず、新は思わず両手で一槻の頬をグニッと引っ張った。
どこかにチャックはついてないか?
勿論、そんな新の心の声は聞こえるはずも無く、一槻は遠慮の無い新の指の痛みに声を上げる。
「ひはひっ、ばかっ」
何すんだっと身を捩って新の手を叩き落とし逃れた一槻は、恨めし気に彼を睨んだ。
「普通の人間も、化けるんだな……」
ぼそり、と新はつぶやいた声は聞こえなかったらしい。そのすっかり変わった様子に、新は内心首を傾げるのだ。
騙されているのは、俺だろうか、それともさっきの客だろうか、と。
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