6話
キンジョ―の葬式――もう30年前のことだ――は、それはもう盛大に行われた。葬式には10万人以上が参加し、数日にわたって行われた。部屋で見つかった遺言書から、遺体は火葬されて、遺灰は地球へと飛ばされた。遺灰が入っている小さなポットは、タイマー式で地球に到着してから1時間後に開き、噴出される仕組みだ。
こうして、キンジョ―は地球に還っていった。
「遺体は火葬して遺灰は地球に還してほしい、か」
ラルフは自室のベッドで横になりながら、キンジョーの部屋で見つかった遺書の内容を反芻していた。葬式は火葬、遺灰は地球に送ること、これからのこと。これからのことというのは、地球に関する研究のこと、その研究が終わった後のこと。キンジョ―は結局、10年後には地球に住める可能性があることを知らずに逝った。そのことを伝えられなかったことを、ラルフは後悔していなかった。
20年前に始まった地球開拓地計画は順調に進み、現在では、10万人程度が暮らすことが出来る土地と農業や畜産、林業など、人間がおおよそ生活に必要なものを揃えることが出来るまでに回復している。また、地球に送る機材の小型化やそれを運ぶ専用宇宙ポットの作成も進んでいる。そんな中で一番大きく変わったことは、地球の大気に関することだ。あの時見つけた新芽の繁殖、さらには他の植物との人工交配を成功させたラルフたちは、それを地球の様々な場所に植えた。これで地球の大気の環境改善が少しでもマシになるだろうという予想に反して、その改善スピードは速く、今は灰色の惑星が被っていた雲を脱ぎ去るほどだった。
今でも問題がすべて解決したわけではないが、今後の予測では、50年後にはかつての蒼い地球を取り戻せる。そして、その前準備として、実地で作業する人間が必要であると、先遣隊を送ることになった。
かつてのキンジョ―の部屋は、今ラルフの部屋になっている。ラルフは大きく開いた窓からは青と緑の惑星に戻りつつある地球を眺めていた。ドアがひとりでに開くと、アマトが入ってくる。そのまま進んでラルフの横にまで来る。
「ラルフ、本当にいいのか?」
アマトはラルフに質問すると、ラルフはかぶりを振った。
「前にも言っただろう。これでいい」
「いいって……。お前だって、向こうで暮らしたいんじゃないのか?」
「……あの時、キンジョ―様が死んだとき。俺の中で何かがふっと落ちた気がしたんだ。やる気や信念じゃなくて。ずっと俺の中に刺さっていた棘が、こう、ぽろっとな」
「なんだよそれ」アマトは良く分からないという顔をする。そういった抽象的な言い方をするのはラルフっぽくない。その顔に、当然だ、と言いたげな笑みをラルフは返す。
「キンジョ―様が地球にこだわった理由が、分かったんだ。キンジョ―様が地球にこだわったのは、人類の、あの人の生まれ故郷で、私たちに遺したいものだっただから」
「そうだな?」
「同じだよ」
「同じ? 同じってなんだよ」
「この宇宙ステーションがさ。この宇宙ステーションは、私たち人類の、私の生まれ故郷で、私たちに遺してくれたものなんだよ」
アマトは無言を返した。
「お前が納得してるなら、それでいい」アマトはラルフの肩にポンと手を置いた。「まぁ、これが今生の別れってわけじゃないしな!」
アマトがラルフに手を差し出す。
「……そうだな」
ラルフは握手を返した。その手を離すと、アマトは部屋を後にした。
ラルフは部屋から地球に向かう宇宙船を見つめていた。地球への暮らしを目指すもの、宇宙ステーションの暮らしを続けるもの、地球がその場を回り続けるように、宇宙ステーションもその場を回り続ける。
宇宙ステーションはどこにもいかない。役目を終えるその日まで、地球を見守り続けるのだ。
まずは読者の皆様、ここまで読んでくださりありがとうございます。
これにて「宇宙ステーションよどこへ往く」は完結になります。
少しでも面白いと感じてくださったのなら、私は嬉しいです。
読んだ方によっては、なんだ尻すぼみ感はという方もおわれるかもしれません。
そこは自分の実力不足です。いい表現が思いつかず、自分で定めた締切を優先させました。
今でももっとうまい展開や表現があっただろうと模索しています。
もしかしたら、いつか書き直すかもしれません。
さて話は変わりますが、今回は人間の帰巣本能をテーマに書きました。
地球に生まれた人は、地球、生まれ育った町を故郷するならば、
地球以外で生まれた人は、その場所が故郷になるのかどうか。
このテーマをうまく伝わったかどうか、すごく気になります。
次回はハイファンタジー物を書こうと思っています。
面白いので、ぜひ読んでください。
1月下旬から連載予定です。
それではまた、海藻若芽でした。




