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5話

 ラルフたちは帰ってくると、報告を一番若い隊員に丸投げして、着の身着のまま研究室に駆け込んでいった。偶然見つけた希望の芽を見極める役目を疲れ切った彼らの手を一心に突き動かす。

 茎部分を培養液につけて、日光に近い人工太陽光で双葉を包む。そのあとで、研究の葉を丁寧に丁寧に細かく切り取る。その一枚を検査液の入ったビーカーにいれ、変化を視る。また一枚を顕微鏡に乗せて、細胞の一つ一つの動きを観察する。また一枚、また一枚とありとあらゆる研究に回される。全ての手順が終わったのは、ラルフたちが帰ってきて丸2日経ったころだった。クマをたっぷりと蓄えたラルフたちは全ての結果が出るまで、仮眠室で泥になって眠った。


「結論から申し上げます。局地的ではありますが、10年後には人類が暮らすことのできる土地を形成することが可能です」


 それが、全ての研究結果を全員で確かめ、満場一致で出た結論。研究で分かったことは、この植物が地球原産の植物だが環境に合わせて独自の進化を遂げていた。生き残るためにこの植物を養殖することに成功すれば、局地的、それこそ100人程度が作れる村程度であれば人間が住む土地を造り出すことが出来ることだ。

 ラルフは培養液に入った新芽をじっと見つめる。茎は枯れる様子もなく、新しい葉をつけ始めている。宇宙ステーションにある植物たちを掛け合わせることが出来れば、更に速めることが可能だ。

 少し静寂があって、誰かが上げた、歓喜の声にその場のほとんどの者が呼応した。普段は静かな研究室がここまで大きな声に包まれるのは初めてだ。それほどまでに、この発見は大きかった。

 のちに、この発見で自分たちは歴史の名を残すほどの偉人になる、誰かがそう思った。のちに、この発見が再び人類が地球で暮らすきっかけを作ったと後世に語り継がれることになる、誰かがそう思った。のちに、この発見はここの創生者たちと肩を並べるほどの功績になる、誰かがそう思った。誰もかれもが、自分たちの功績を称えあい、労いあった。その集団を、ラルフは一人黙って見つめていた。

 この時、ラルフはある迷いがポッコリと泡のように心の底から湧いて出ていた。それは、この発見をキンジョ―様に伝えるべきか。この場にいる人たちに聞けば、全員が伝えるべきだと、むしろなぜ黙っておこうなんて思うのか、と返される。しかし、ラルフは違った。

 10年は、遠すぎる。御年130歳になる相手に後10年待て。そしたらあなたたちの夢が叶います、なんて言えるのか? 私にとって、それは絶望に叩き落す言葉にしか思えなかった。夢半ばで死ね、乱暴な言葉が、弾けた泡の中からはじけ出てきた。

 ラルフに気付いたのは、やはりアマトであった。いち早く歓喜から落ち着きを取り戻したアマトは、喜ぶどころか、沈痛な面持ちの友人に気付くと、真っ先に彼の傍に寄る。


「なんだよ、なんでそんな顔をしてるんだよ」


 あぁ、気を遣わせてしまったな。わざとらしくぶつかってくるアマトに、ラルフはある種の感謝を浮かべた。


「いや、なんでもないさ」

 ラルフは分かりやすい作り笑いを浮かべると、研究室を出ていく。


「どこに行くんだよ?」

「なに、心配しなくてもキンジョ―様のところさ。この大発見を報告しに、行かないとな」


 アマトの問いに、ラルフは振り向かずに答える。そしてそのまま、キンジョ―の部屋に向かうため、一人エレベーターに乗る。この発見は、私たちにとっても、キンジョ―様にとっても喜ばしいことなのだ。何をためらう必要があるのだ。ラルフはエレベーターとともに上がっていった。

 最上階についたエレベーターを降りて、キンジョ―の部屋に続く廊下を歩く。廊下から見える腐った豆腐のような雲に覆われた灰色の惑星が進行方向とは反対に回っている。あれがまた緑の惑星へと呼ばれる日が来るのだ。それだけでも、あの人達はきっと報われるだろう。ラルフはじっと前を見据え、歩いていく。

部屋の前まで着くと、ラルフはドアをノックする。相変わらず、返事はない。一呼吸おいて。


「植物管理部門部長補佐、ラルフ・アーラカイド、入ります」


 いつも通り一声かけてから横にある指紋認証のリーダーに手をかざす。細い緑の光線がラルフの手のひらを読み取っていく。リーダーの端にある小粒程度のランプが点灯し、ドアが右にスライドする。開いた部屋にその場で軽く一礼すると、ラルフは足音に気を付けながら中へ入った。

 まるで白紙に陰影をつけただけのような部屋だ。ラルフはいつも通りの感想を抱くと同時に何か欠片が足りない、そんな感想も抱いていた。まるで、ペン入れをしただけのキャンパスを思わせる真っ白な壁。壁一面に窓が施されたところは、純白のカーテンで閉め切られている。あのカーテンの向こうには、あの私たちの故郷を眺めることが出来る。白く染められた天然スレートの一脚机と、机の高さに合わせた白い革張りのソファー。あのソファーはすごく座り心地がよかったと、何故か子供の頃に入り浸っていたことを思い出した。この一脚机で、将棋や囲碁、チェスをして、キンジョ―様にめっためたにコテンパンにされたなぁ。子供の頃は遠慮なく座っていたが、立ったまま話すようになったのは、キンジョ―様が寝たきりになってからだ。

 ラルフはベッドにいるキンジョ―を見やる。キンジョ―は寝ているのか、ベッドで静かに目を閉じていた。ラルフはベッドの横まで行く。起きない。


「キンジョ―様」


 ラルフが声をかけるが、キンジョ―は動かない。それこそ、死んでいるように寝ているみたいだ、とラルフは冗談にならない冗談を内心で吐露した。いつもなら、こんなこと言わないが、この部屋で感じていた違和感がそうさせたのかもしれない。


「キンジョ―様」


 ラルフが身体をゆするが、キンジョ―は動かない。

 ラルフが口に手を当てるが、キンジョ―は動かない。

 ラルフが胸に耳を当てるが、キンジョ―の心臓は動かない。

 キンジョ―・ハジメ、享年129歳。大大大往生である。


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