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2話

 人類はとどのつまり、自分たちが行った環境破壊を止めることが出来なかった。あらゆる学者が警告を発しても発展を続け、あらゆる技術者が粋を集めても自然を顧みることはなかった。その結果、人類はあっという間に地球を人類が住めない惑星に変えてしまった。そして、滅びを望まない人類はほとんどが2分化した。今の地球を捨て第二の住処を探す者たちと、技術を結集させていつの日か地球へと戻ることを試みる者たち。キンジョ―は後者であり、宇宙ステーションはキンジョ―たちの手によって作られた。

 この宇宙ステーションは地球の軌道上を回る衛星である。外から見ると一本の柱を中心として等間隔に五個の円に囲まれている。柱と円はそれぞれ四本の連絡通路で繋がっていて、自由に出入りすることが出来る。円は全て住居区で、暮らし始めたころは10万人程度だったが、今では約50万人が暮らしている。居住区の外側は太陽光発電用のパネルが所狭しと取り付けられていて、宇宙ステーションの大事な電力源を担っている。一本の柱は連絡通路の出入りスペースと様々な施設が集まったフロアで構成されている。各フロアは中央にあるエレベーターで移動することが出来るが、一部施設――主に研究施設――はデータベースで権限が付与されている者しか入れないようになっている。

 部屋を出ると、制服のポケットに入れていた球体型の連絡端末が鳴る。それを取り出して、「通話」と声をかけた。すると音声を認識した連絡端末が通話モードに移行する。ラルフは長い廊下を歩きながら通話を始める。


「よう、おつかれさん」


 相手の軽快な声にラルフも応答する。


「アマト、仕事は終わったのか」

「おいおい、開口一番それとはつれないなぁ」


 アマトは今にもハハハと笑い出しそうな大きいリアクションを返すが、ラルフは至って冷静だ。


「仕事が終わったから、ちょっと飲もうぜ」


 ラルフは彼が通話越しにコップを持って飲む動作をしているのが目に浮かぶ。アマトが優秀で仕事が早いことも把握しているし、嘘をついていないだろう。


「分かった、じゃあいつもの3号館のカフェで落ち合おう」

「了解。先に入って待ってる」


 通話を切ると、先に見えてきたエレベーターに一人で乗り込んだ。


 ガラス張りのエレベーターからラルフは周囲の様子を窺う。中心部のエレベーターを中心として円を描いた構造をしているから、様々な施設や店舗が並んでいるのが見えるのだ。動物園や遊園地、映画館や図書館、スーパーなど多くの施設が下から上に流れていく。

 エレベーターが止まると、降りて3号館のカフェに歩いて向かう。途中、宇宙ステーション内にある人工芝の公園が見えた。公園には幼稚園児ぐらいの子供たちが鬼ごっこでもしているのだろう、園内を走り回っている。公園の脇を通り過ぎて道なりに進む。反対側に目をやると、宇宙農場と書かれた看板が掲げられている。そこには原っぱが広がり羊たちが思い思いの場所でくつろいでいた。その二つ隣の場所に、3号館のカフェがあった。木製テラスの一席から同じ制服――第一ボタンは開けている――を着こんだアマトはカップを持っていない方の手を胸元で軽く振った。それにラルフは頷きで応じる。


「ほら、何飲む?」


 アマトに合流すると、さっそくメニュー表をラルフに見せた。ラルフはしばらく眺めたのち、ホットコーヒーを頼む。ホットコーヒーは白い陶器のカップに入れられて、ラルフは一口つけるとアマトが口を開いた。


「キンジョ―様に呼び出されたんだってな。気に入れられてるねぇ」


 アマトは煽るように言ったが、ラルフは意にも介さない。


「キンジョ―様もあの部屋で一人だからな。暇なんだろう」

「じゃあお前以外にも声かけたりするだろう。手が空いてる奴なんて山ほどいる。それでもお前だけ呼ばれるってことは、後任者として期待されてるんだよ」

「地球を再生する後任者か……」


 アマトはラルフの黙考する顔を見て首を傾げた。


「なんだ、意外と悪くないって思っているのか?」

「……アマト、キンジョ―様はどうしてあそこまで固執するのだろう」


 アマトは、んあっと声を出す。


「そりゃあ、自分の生まれた故郷を取り戻したいって気持ちがあるからだろう?」

「分かっている。確かにあの人が生まれ、育ってきたのはあの地球だ。俺たちだって、あの人たちが取り戻そうとした地球をなんとかしたいと思っている。だが――」

「この宇宙ステーションで一生を終えるのも、悪くないってことか」

 ラルフがすべてを言い切る前にアマトが遮った。

「お前の言いたいことは分かる。だが、それはこんなところで言うべきところじゃない」


 ラルフはハッとして、周囲を確かめる。他のテラス席の客や公園から出てきた親子連れがこちらを見ている。知らず知らずのうちに声が大きくなっていたことに気付き、自分を恥じ、力んだ手を緩める。

 ラルフは、迷っていた。今自分――自分と同じ考えを持つ仲間たち――が懸命に地球の再生を目指しているのはキンジョ―たちの信念に憧れ、あるいは陶酔しているからだ。キンジョ―たちがあの地球を再生させたいのは、故郷を取り戻したいからだということも分かっている。人類から見れば自分たちの故郷であることも確かだ。

 しかし、宇宙ステーションにはあらゆるものが揃っている。宇宙ステーションが出来たことは、居住スペースと最低限の研究施設だけの味気のないものだった。しかし、宇宙ステーションの乗組員は研究者ではない。システムエンジニアもいれば、研究者もいれば、専業主婦もいれば、幼稚園児だっている。研究者たちにとっては平気な生活でも、他の者たちには息の詰まる生活。そんな変わりのない毎日同じ空気を吸う生活を打破するため、3号館のカフェが提案され、そこから拡張と発展と続けてきた。

 今では公園やカフェもあれば、プールやスポーツジムといった身体を動かす施設。野球やサッカーなどのスポーツをする運動場もある。映画館、図書館もあるし、宇宙ステーション産の新しい作品も続々と作られている。さらに、地球の種の保存のために連れてきていた動植物たちを育てるための農場や動物たちを飼うための牧場までもこの宇宙ステーションには存在している。そう、地球にあったほとんどのものが、地球より小さい衛星の中に詰まっている。それこそ、地球で住むよりも便利だと思わせるほどに。

 ラルフは、この宇宙ステーションに満足している。アマトも同じように満足しているし、他の住人たちも多少の不満はあれど、満足している。多少の不満も、今後改善しようと多くの技術者たちが知恵を絞っている。今出ている不満が改善される日はそう遠くないだろう。

 なら、なぜキンジョ―が地球に固執するのか、ラルフには理解することが出来なかった。


「ごめん、取り乱したよ」

 ラルフはアマトに頭を下げる。アマトは頭を振った。

「今日は帰るか。明日は地球での実地調査だろう」


 明日はラルフたちが地球に降りて地質、海域での汚染状況を調査へと向かう日。この調査は何度も行われているが、汚染改善での大切な研究材料となっている。


「そうだな。ちょっと休んだ方がいいかもしれない」


 ラルフとアマトはカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干すと、3号館のカフェを後にする。

 部屋に戻ってから、ラルフは早々に服を脱ぎ捨てると風呂に入った。ラルフは悩みがあると熱い風呂で黙々と考える癖があるのだ。キンジョ―様のこと、地球のこと、宇宙ステーションのこと、悩みは尽きない。キンジョ―様がなくなったなら、誰が宇宙ステーションの管理者となるのかとか、地球の汚染は本当に改善することが出来るのかとか、宇宙ステーションでの生活はいつまで続けられるのかとか。湯あたり寸前まで続けても、悩みが解決することはなかった。


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