下
「しゅゅゅゅゅゅごぉぉぉぉぉう!!!!」
監督の声と共に「オオオオ!!」と野球部員が一斉に大声を上げる。
今日もまた熱い太陽と温度が僕たちの体力を必要以上に奪っていった。
集合の合図で集められる野球部員。その中に僕も当然のようにいる。
そして今日も監督兼先生から長い長い有難い御言葉だ。
「今日も熱い日だ。確かにお前らがへばるのも分かる!だがなそれに負けてだらけるのは許さん!今日はひたすら走り込みだ!!」
夏の高校野球が始まる頃、まだ高校一年生だった俺達はベンチメンバー以外の者たちはベンチメンバーが快適に練習をするためグラウンドから追い出されての練習だ。
だがグラウンド外の練習なんていつも決まっている。
「えーお前ら..今日は学校の周りの外周を20周だ。頑張れよ!」
そう言ってコーチ兼先生は去る。
そうグラウンドの外でやる事なんて大抵体力アップの走り込みしかない。
「うおおおおおおおお!!」
僕は声を出して走っていた。
「おい。広沢お前どうした...。」
走りながら話しかけてくる矢倉。走りながら話しかけてくる奴は大抵体力的に余裕のある奴だ。
「ハアハア..うるせぇ!お前と違って俺は体力無いんだよ!早く終わらせて休憩したいんだよコッチは!!」
「ハハハまあ頑張れよ問題児!」
そう笑いながらバカにしてくる矢倉はスイスイと俺の前を走っていった。
速すぎだろアイツ。
俺が無理して走る理由は早く終わらせて休憩したい気持ちもあったが、それよりも体がダルイのを誤魔化す為でもあった。
何故か分からないが熱いのにくしゃみが出たり、突然ブルブルっと震えたことがある。
それに帰宅中の暗い道路で誰かに見られているような感じもしていた。
まあ普通に勘違いだったろうけど、あまり良い気持ちはしなかった。
そんなこんなでこの日も終わり矢倉と一緒に帰っていつものコンビニでジュースを飲んでいた。勿論疲れた日は炭酸だ!
「矢倉~。俺走り込み本当に無理だわ~。辞めたいわ~。」
「まあ何だ。お前も何だかんだで付いてこられてるし大丈夫だろ。」
ゴクゴクと喉を炭酸の泡が喉を通る。キンキンに冷えているコーラはやっぱり旨い。
「なあ広沢?」
「ん?」
突然真面目な顔をして話をする矢倉。突然の事で驚く。
「前にも話してた事。覚えてるか?」
「え?何?女の事だっけ?」
「いや。お前には女の子の話をしたことなんて無いぞ?」
少し考える俺はフッと思い出す。
「あー。もしかして正夢の事?」
「そうそう。夢が現実になるってやつ。俺さ病院の中にいるんだよ。訳分かんねーだろ?」
「いや..本当に訳分かんねーわ。」
「だよな..」
その日の会話はそんな感じで終わった気がする。
矢倉と別れて俺は家に帰った。いつものように弟からの臭いとのモーレツなバッシングを受けるが疲れているため気にしてられない。
そしてまだ直っていないエアコンの部屋で扇風機を付けて寝た。
それから何時間たっただろうか。眠い筈なのに真夜中に突然起きた。
全く分からなかった。こんな時間に起きるなんて事は最近はあるが中々あることではない。
「何でだよ..もう明日も早いんだぞ...」
喉が乾いたので仕方なく飲み物を飲むために立ち上がろうとする。
しかし俺の体は何故か動かなかった。
「これは!?金縛り..!?」
体が動かない。頭を動かそうと必死に動かすが動かない。首が痛くなるだけだ。
動け動け動け動け動け動け!
心の中でそう叫ぶ。
だが中々動かない。初めての金縛りの体験にかなり戸惑う。何故こんな目にあうんだと心の中で恐怖に怯える。
動け!そう心で叫ぶ。
すると俺は布団をガハッと上げてハアハアと息を切らしていた。
何だったんだ?
その日は特に体が怠かったのを覚えている。
次の日の朝になり、俺はいつものように起きて支度をして外に出た。
凄く体が重いのを感じたが気にせずそのまま学校へ向かった。
そしていつものように練習が始まった。
今日もいつものように暑くいつものように走っていた。
しかしいつもとは違うことがあった。
「おい。大丈夫かよ?」
「おっ..おう正直ヤバイかも..
」
明らかに顔色が悪い矢倉がいた。いつもは人をバカにするようにからかう元気な奴だったが調子が悪いみたいだ。
そう言って仲間に肩を持ってもらい先生のもとへ向かった。
そのまま矢倉は保健室にいったがすぐに煩いサイレンと共に救急車がやって来た。
そんな事があり今日の練習は早く終わった。
矢倉が倒れたことにより練習が早く終わったので俺は心配をしつつ感謝もしていた。
最悪な1日が早く終わったので感謝を感じざるを得ないだろう。
でも明日は通常通りにやるって話だったから鬱にもなるだろう。
俺は家に帰って汗を流した後は特に何もすることなく早めに寝ることにした。
だがやはり夜中に目を覚ます。一体何なんだよ..。
いつも通り深夜の2時近くに目を覚ます。その時は目がかなり冴えている。
今からすぐに眠りにつくのは無理だろうと思うぐらいに眠気が無い。
どうせ金縛りなんだろ?
そう思って体を動かそうとする。
やはりだ。やはり体は動かない。
昨日もあったから昨日程の恐怖はなかったが、やはり良いものではない。
必死に頭を動かそうとするが動かない。目は普通に動くので辺りをキョロキョロと見渡す。
暗い。当然だ。
しかし今日の夜は明らかに何かが違っていた。
汗が尋常じゃない。それに何かを感じる。
足元に何かがいる。俺の部屋には誰も居ない筈なのに何故か感じる視線。
動け動け動け動け動け動け!
また心で大きく叫ぶ。
だがやはり動かない。必死に激しく頭を動かすようにするが全く動かない。
段々何かが近づいてくる。そんな感覚がある。
「ハアハアハアハア..」
激しく呼吸が乱れる。
息がしづらくなっているのが分かる。
「ハアハアハア..動けよ...」
着々と足元から近づいてくる気配にただならぬ何かを感じ取った。
そして俺は何者かに両足を掴まれた。
「はあっ!!!」
俺は瞳を開けて布団を体からひっぺがした。
ハアハアと乱れる呼吸。
「夢..か...」
正直俺にはどれがどこまで夢なのか分からなくなっていた。
不気味に時を刻む時計を見ると時間はまだ3時になっていない時間位だった。
「一体何だったんだ..あれは..」
その時、体がブルッと震え大きく、くしゃみをした。
寒い。そう感じた。凍えるように寒い。
季節は夏でエアコンも無いのに何故こんなに寒いんだ!
暗くてよく分からない状況にとりあえず俺は電気を点ける。
すると俺はやっとその訳を理解した。
扇風機が強風状態でずっと俺の体を直撃していたのだ。
扇風機は当たり続けると人の体温を下げ命を奪うことがあると聞いたことがある。
きっとその現象が俺の体に起きていたのだ。
扇風機から受ける風は決して冷たくはなく暑い位の風だった。
だが体の冷えていた俺の体には凍えるほどの冷たい風になっていた。
俺はそのあと扇風機を消してそのまま眠りについた。
何故か分からないがよく寝れた気がした。
そのあと何日かして俺の体からダルさは無くなっていて、いつものように辛い野球の練習が始まった。
矢倉も何とか無事に復帰して無理の無い程度に練習に参加していた。
家に帰ればその日はエアコンが直った。俺はエアコンが直ったので扇風機を使うことは無くなった。
だが代わりに弟の部屋のエアコンが壊れた。
あまりにもタイミングが良かった為、エアコンをまたすぐに修理することになった。
「にぃちゃん?何で壊すんだよ!」
弟が変な言いがかりを付けて俺の部屋の扉を開けた。
「はあ?知らねーよエアコン壊れたのはお前の使いすぎだろ?」
「違うってコッチ!」
エアコンが壊れた弟が俺に文句を言いに来た理由はその手に持っていたあの扇風機だった。
俺はあの日以来扇風機は元の押し入れに綺麗に閉まっていた。だから俺はあの扇風機が壊れていることなんて知らなかった。
見事なまで不自然に羽の部分が折れていた。
「もういいわ。全くどーするんだよ..暑くて寝れねんわ...」
そう言って弟は俺の部屋で寝ることになった。
後々聞いたのだが俺の家の押し入れは基本誰も入らない奥の物置部屋にあるのだが、弟が壊れた扇風機を持ってきた日以外に俺が扇風機を戻してからは誰もその部屋には入っていないそうだ。
俺が扇風機をしまってから弟が壊れた扇風機を見つけるまでは誰も押し入れのある部屋には入って無かった。
俺は考えた。
あの時に、俺は扇風機を消さずに寝ていたら死んでいたのだろうか。
しかしあの時足を掴まれた時に俺は何とか起きる事が出来た。
あの掴んだ手は一体何だったのだろうか。
俺のご先祖様が俺を助けるためなのか?それとも...
また別の日に練習が終わって、たまたま通りかかったお店で扇風機が回っていた。
その扇風機は道路を歩く俺の所まで届いていた。
その時感じた風は熱かったが何故か少し肌寒い何かを感じた。
扇風機の脅威を知った夏であった。