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「風葬船」に寄せて

作者: 棠 智果

最後の2行を思いついたのは散歩帰りだった。

その2行が、最初にできた。


後も先もないような気持ちになって、一瞬ごとに消えたい気持ちを確かめるような日々を踏みしめていた。

ヘッドホンの中の音が遠く、その狭い隙間で息をして生きていた。

確かに生きていた。


何日もかけて少しずつ取り繕っているのに、それを追い越す速さで崩れる自分。「そういうの、やめな」と引き止めても掴んだところから粉々になる。踏み出す一歩にも立ち止まる背中に吹く風にも耐えられない。姿を留められない。目の前に広がる海の一粒になっては消えていく。

そのくせ、自分が居なくなることに世界で一番耐えられないのは自分だった。


錨を持たない船は空へと漕ぎ出す。「ある」から「ない」へと向かっていく。最初に選んだイメージは、此岸から彼岸へと渡る船だった。

どのような世界観にも、この世からあの世へ移るには決まった経路が存在するという。

渡守シャーロンの漕ぐ船に乗せられ、

あるいは、三途の川を渡って。

翼を持つ御使に連れられて。

私は、棺のごとき宇宙船に自分を乗せて窓から旅立てないだろうかと思うようになっていた。棺ごと、真空の中で風化して朽ちていく。原子に還る。宇宙の塵となり、始まりの姿に戻る。どこかで道を間違えた身として、それを切に望んだ。


変わらないことを怖がっていた。変化のあるものにこそ惹かれる私は、どうやって我が身をここから動かそうかと必死に頭を回した。


部屋に帰り着いた私はふわふわと浮かぶ2行を書きとめ、棺を天高くから手繰り寄せた。

ここに在る私はもはや私ではなくなろうとしている。重苦しい憂鬱に粉々に砕かれようとしている。欠片をかき集めては手ですくって棺の中に流し込むように、唇からはメロディーが流れ出す。

「ある」は「ない」へと渡ろうと支度し始め、

「ない」が「ある」に変わり始める。

夕暮れ前の薄暗い部屋で、まるで幼虫が糸を吐くように。


その境界を越え、出棺と同時に歌は生まれた。


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