第二話 しがみつくモノ、手放すモノ
暗い河の中をいくつもの白い光が流れている。
その中で、一際大きな光がひとつだけ、河の流れに逆らっていた。
「助けて……助けてくれよ……」
そんな叫びは誰に届くでもなく消えてゆく。
かつて男だったその光を他の光が追い越して行く。光がぶつかる度、激痛が襲ってくる。
どれだけの時が過ぎたのだろうか。
「キミは何をしているのかな?」
河の外から声が響いた。
いつから居たのだろう、岸辺で白い光が揺れていた。
「誰か居るのか? 助けてくれ! 河から上がりたいんだ!」
「こっちへは来れないよ……」
「嘘をつくな! 前に河から上がるヤツを見たんだ!」
「……見間違いじゃないのかな?」
「バカな……」
激痛に耐えながら必死に踏ん張ってきたのは何だったのだろうと男は思う。もう諦めて流されろというのか。
「どうしてキミはそんなにしがみつくのかな?他の魂達は気持ちよさそうに流れて行ってるじゃないか。中には消滅して輪廻から外れるモノだってあるんだ、それに比べたらよっぽど素敵だとボクは思うよ」
きっと魂は行き着いた先で綺麗に洗われ、また新しい命へと生まれ変わるのだろうと直感的に理解していた。
「言いたいことは……ぐあっ……分かる、受け入れろってことだろ? けど、どうしても、どうしてもなんとかならないかよ……」
話している途中にまたも他の光と衝突する。
「そうか、うん、なるほど。ねえ、キミはそのままどこかに転生出来たら何がしたい?」
「それは、もっと……一生懸命に生きたいんだ」
なんとなく終わる一日を何度過ごしただろうか。
意識一つでもっと色々なことが出来る、毎日を充実させることが出来る。
そう気付いた矢先の不運な事故だった。
気付けたからこその未練だった。
「……それならボクの身体を使うかい? 多分大丈夫だと思うんだ」
「ん? 身体を使う? お前の身体に入るってことか?」
「うん、そうだね」
事も無げにそう告げる魂。
「途中で返せって言うなよ。返さないぞ、絶対返さないぞ」
嫌々というように、魂をぷるぷると震わせて拒否を表現する男。
「うん、ボクは代わりに流れていくからね」
「……本当にお前はそれでいいのか?」
折角の生があるというのに、それを自ら放棄しようという岸辺の魂。
「遅かれ早かれ、なんだよ。それにボクの身体はキミくらいの大きな魂じゃないと耐え切れない、いや上手く使えないと思うんだ」
「ん……?」
「細かいことは行ってみれば分かると思うよ。良いかい?」
「あ、ああ。なんかその、悪いな」
「ボクの分まで楽しんでくれたら嬉しいな。簡単じゃないと思うけど、ね。よっと」
そう言うと二つの魂は交差した。
「お、おお?」
今まで苦しかった流れがピタリと止んで、遠くから優しく誘うような気配を感じる。
「くっ……よくこんな場所で立ち止まっていられたね。それじゃボクは行くけど、頑張ってね。感じるままに行けばきっと辿り着けるはずだから」
今まで岸に居た魂は、今にも流されそうになりながら言った。
「分かった、ありがとう。必ずお前の分まで人生を楽しんでみせる!」
「感謝は要らないよ。そんなに感謝されるような身体じゃないと思うし。それじゃ、ね。どこかで応援してるよ」
その言葉を最後に、魂は流れていった。
忠告のように残していった言葉が若干気になるが、何とかなるだろう。
「ま、アイツの分までエンジョイしてやろうか!」
そう呟くと、己の意識を誘われるがままに向け、ゆっくりと河から遠ざかっていった。