古き者
見渡す限りの湖。
その湖は、地の果てまで続いているかのように果てしなく広がっていた。
春の強い風が、湖に細波を立てる。
風はそのまま湖を飛ぶ白い鳥と共に飛び、赤い屋根が敷き詰められた街を越え、木々を揺らし、その先に連なる山を越えた。
山の中腹に連なる、城のような建物の更に上に登り、一つ突き出た展望台に吹き付ける。
その展望台にいた少年が、下から吹き付ける春風を受けながら、麓の赤い屋根の街を見下ろしていた。
「アルト」
名前を呼ばれ、その眠たげに細める目をアルトは向けた。
そこには、笑顔をこちらに向ける、金髪でキリッとした真っ直ぐな目をしたクラスメートのディオが居た。
「眠そうな顔して美人でも探してるのか?」
「……眠くない」
いつも目を半開きにしているアルトの眠そうな表情を指摘するのが、ディオのいつものコミュニケーションだった。
「何だ美人は否定しないのか?そんな事よりそんな所に居ないで、寮に戻らないか?」
アルトはディオの言葉に溜め息を吐きながら頷いて返事をすると、彼と一緒に寮に向かった。
バーミリオン魔法戦術学校。
山の頂きに建った、端から見ればまるで城の様に見えるこの学校は名の通り魔術を扱った戦闘訓練を実施している。
元は生活に最低限必要な魔術の知識や、歴史などの基礎知識を学ぶ場所だったらしいが、この学校が連合魔法機関、ドールに加わる様になってから戦闘訓練を主とする学校になった。
勿論戦闘とは関係なく、普通に授業を受けられるコースも存在する。
まあ、そういったコースにはあまり生徒は居ないが……。
「そういえば、明日模擬戦だよな?」
突然ディオはそんな事を言い始めた。
確かに明日は生徒に担当の教官との模擬試験がある。
まあ、その前日準備の為に今日は授業が半日で終わった訳だ。
準備というのは学校側だけでなく、生徒の方での魔術の練習期間だったりするのだが……。
「……お前、明日に備えて魔術の確認とかしなくて良いのか?」
そう聞くと、ディオは青い瞳だけをこちらに向けて答えた。
「ああ、寮に戻ったらちょっと魔術の応用の練習する。お前こそ、大丈夫なのか?」
それを聞かれ、アルトは皮肉を交えて言った。
「……優等生のお前と違って、俺は使える戦術が限られてるからな」
「はははそりゃ悪かった。なら、魔術の練習に付き合ってやろうか?」
「……いい」とアルトは短く返す。
そう、アルトは魔術は全くと言って良い程使えない。
唯一使える魔術もかなり古い普及型の魔術で、そのせいで周りからはアルト(古き者)と呼ばれる様になった。
まあ……本名で呼ばれるよりずっと良いから、あだ名に関しては何とも思っていないが、魔術に関しては全く別で、沢山の魔術を使える様になる事を夢見て来たアルトからすれば、かなり深刻な問題だった。
[解説]バーミリオン魔法戦技学園
元々は砦だったものを改築を重ねて新たに学園としての施設となった。
知る人ぞ知る高名な学園であり、コースは戦技科と普通科の二つがある。が、クトゥルフが現れてからは専ら戦技科を多く採用している。
尚、入学に際して多額の入学金が必要な為入学の敷居は高いが、唯一中央国セントルムに住む国民のみ入学金を免除される制度があり、バーミリオン魔法戦技学園に入学する為だけにセントルムに移り住む者も少なくない。