私の一歩(完)
エピローグ
具合が悪い。
頭痛で頭がガンガン響くし、胃の中で渦が回っているのではないかというぐらいにおなかがグルグルする。
原因があるとしたら確実に昨日間違って飲んだお酒だろう。
昨日は私が喫茶店に戻った記念と私が父親をぶちのめした記念という事で祝賀会が開かれた。父親を実の娘がぶちのめして祝賀会というのは随分というか、かなり変な話だが、祝賀会がとりあえずあったのだ。
とりあえず、祝賀会という事で茜の監視の元、成人組はお酒、未成年組は適当なジュースで乾杯し、賑やかに楽しく祝賀会は進んでいたはずだった。
そう最初だけは。
成人組、主に誠と茜がお酒を開けるごとに祝賀会は混沌と化していた。
誠はベタベタと絡み、理解不能な夢の話を永遠とし始め、茜は普段からは想像できないハイテンションになり、そしていつの間にか遙も、酔っ払って妙な踊りをし始める始末。
混沌とした場で、拓真は巻き込まれない様に喫茶店の奥でオレンジジュースを一人で飲み、信二はいつの間にかどこかに消え、玄さんはもう寝る時間だからと帰り、悠里は誠、遙、茜に囲まれ玩具にされていた。
そして私も永遠と誠の全人人類を音楽で補完する計画というSFじみた話を永遠と聞かされていた。
私は何と返事をしたらいいのか分らないので、とりあえずジュースを飲みながら、なんとなく話を聞いている雰囲気を出していた。
そして何度目かのオレンジジュースを飲み、口に少し刺激がほしくなった頃、ただ永遠と話をするだけだった誠が「ちょっと高級なジンジャーエールでも如何か」といって空いたコップに注いでくれた。
私は不振がる事もなく、瓶に入った高級らしいジンジャーエールを一気に口に含み飲み干し、後悔した。
誠がジンジャーエールだと言って注いだのはジンジャーエールではなく、度数が40%を越えるお酒だったのだ。
口に含んだ時のきつすぎるアルコールの味に鼻を抜けるアルコール臭、驚いて飲み干してまって感じる、冷たいお酒の異常な熱さ。そして、胃を焼くようなお酒の重さ。
なんてものを飲ませてくれるんだと誠に抗議をするが、誠は「どうだい大人のジンジャーエールはなんて」ウィンクする始末。
後に何故、私にブランデーを飲ませたのかと聞くと、なんでもジュースだけじゃつまらないかと思って気をきかせたつもりらしい。余計なお世話だ。
その後は本当に大変だった。
視界はぐにゃぐにゃと歪むし、脳は重りでも入っているのかというくらいにふらふら揺れる。異常に体が軽いと思えば、胃は鉄でもはいっているかのように重い。
そして吐き出して楽になろうとしても、吐くほど酔っ払ってはなく。
ただ、気持ち悪さを我慢するだけだった。
最終的には見るに見かけた拓真がこんな時の為のゲロの強制的な吐き方と称して、口に手を突っ込み口の中のゲロを吐くツボとやらを教えてもらった。
そして、まだうら若き乙女の私は、男の前でゲロを吐くという黒歴史を作ってしまった。
以上が昨日の出来事な訳で、アルコール摂取の名残りのせいで異常に体調が悪く、異常に気分も悪い。
だから
「美空、それ何」
「えぇ、大場知らないの。魑魅魍魎ウォッチだよ。あれだよ、時計のレンズを通して見ると魑魅魍魎が見えるやつぅ」
「あれね、今ちびっ子に人気のヤツ。美空あれ見てんの。マジで」
「ちょっと、引かないでよ。魑魅魍魎ウォッチに出てくる犬のキャラクターが超可愛くて見てるだけ。そうだ、大場にも見せてあげようか」
などと教室の真ん中で発生している高周波を聞くと、いつにもまして脳が揺らされて吐きそうになる。
早くどこかに消えてくれないものか。
「でも、あれだよね。確か魑魅魍魎ウォッチって、魑魅魍魎の仕業なのねとか言ってるやつだよね」
「えっ、そうなの。聴いたことないよ」
「うわ、出た。美空のにわか発言。私でも知ってるよ。有名だって」
「えぇ、そうかな。」
「そうだよぉ。だからさ、あんたのその魑魅魍魎ウォッチとやらを除いて見ればさ。この教室の魑魅魍魎も見れるんじゃね」
と大場が意地悪く笑った・・・・気がした。
いや、頭痛が酷く大場なんぞ見ている余裕がないからなんとなくでしか判断できない。
ただ、大場こちらに来そうだという嫌な予感しかしない。
勘弁してほしい。今私は非常に気分が悪いのだ。
今、あの高周波を近くで聞いたら耳が潰れて、出るものが出てしまう。
「それで、美空ぁ。この教室の魑魅魍魎は見つかったの」
「ちょっと待って。ああ、いた。教室の隅にいた。」
案の定、高周波が私の所に寄ってきた。
「それで美空。この魑魅魍魎はどんな魑魅魍魎なのよ。」
人を魑魅魍魎扱いなんて酷い奴だ。お前だって高周波を出して、人の耳をキーンとさせる魑魅魍魎のたぐいだろう。
「えーと、えーとね。うーん、そうだ、悪臭おくごんよ」
「センスな」
(センスな)
美空ちゃんのあまりにもなネーミングセンスなさに思わず、大場と感想がかぶる。
「うん、まぁ、そのセンスのない名前はいいとして、どうしたらこの妖怪を倒せるのよ」
「ええ、そんなの簡単じゃん。臭いものには良い臭いで対抗するんだよ。大場、制汗スプレーもってるしょ」
とにやにやと笑う大場。おもむろに自分の鞄から制汗スプレーを出し、私に向けて
「魑魅魍魎、退散!!」
スプレーを一気に拭きかける。
スプレーが噴射される瞬間目を瞑ったもののスプレーの粉末を吸い込み、咳き込む。
「おい、てめぇ。またそのウンコ臭のスプレーまき散らしてんのか。いい加減にしろ」
その瞬間を丁度教室を訪れた遙がいらないというのに余計なお節介で絡みに来る。
「はぁ、ウンコって何。マジでキモいから、いちいち私の所に近づかないでくれる」
大場も負けじと言い返す。
私の為に争わないでとヒロインの様には言いたくないが、また自分のせいで遙が大場につっかかっていってしまった。
実の父親を自分でぶっとばしたのは良い。だが、学校ではどうだ。
私は未だに遙に守られている。
父親のように大場を殴れればいいだろうが、学校ではそうはいかない。
ここは学校で、家庭内のように内輪の中で問題を収める事はできないし、何より大場には仲間がいる、子分がいる。多対一では勝ちようがない。
でも、だからってこのまま遙に頼りっきりでいいのかと言えばそうではない。
二日酔いでグラグラする頭で必死に自問自答する。
私の側では大場連合が甲高い声で、一方遙が無駄にバカでかい声で言い争っている。
スプレーの粉末が器官に入り、ムズムズ、イガイガする。
ああ、ダメだ。限界だ。今の私では深く考える事ができない。
深く考える事ができないから、私は思い切って自分の思う通りに動いてみる事にした。
幸い、大場連合は遙に夢中で私に目もくれない。
日ごろから自分の気持ちやらなんやらかんやら、うぶでシャイで淑女な私は打ち明けたくても打ち明けられない、吐き出したくても吐き出せない。
だから、口に手を突っ込む。
そして、拓真に教わったゲロのつぼとやらをぐいっと押し込む。
すると胃がビクンと跳ねあがり、食道を通って何かが駆け抜けてくるのを感じる。
私はそれを吐き出してしまう前に立ちあがり、大場に向かって大きく口を開けて
「おぼろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ」
父親をブッ飛ばして生まれ変わった私は自分に正直に出したいものを憎き大場に向かって正直に出してみた。
教室に響く阿鼻叫喚。
クモの子を散らすとはこういう事かと言わんばかりに散り散りに逃げていく、大場の子分。
そして、その中心で一際甲高い悲鳴をあげる大場。
わぉ、大パニック。
遙たちをみると、遙は親指を立てサムズアップ。その後ろで隠れるように事態を見守っていた悠里はポカンと口を開けている。
あぁ、こんな人前でゲロを吐いてしまった。
後悔はあるし、羞恥心もある。
でも、阿鼻叫喚の中心で、ゲロまみれの大場を見て、散り散りに逃げる大場子分共を見て、私は一人思う。
なんだかとっても気分が良いと。
自分に正直になるのは心地が良いと。
その時の私は今までにない満面の笑みを浮かべられていたと思う。
これにて奥沢京子は完結になります。この長ったらしい小説を読んでいただき本当にありがとうございます。もし皆さんの中で「面白い」の「お」の字でも感じていただけたなら幸いです。一応完結ですが、実は2部3部と構想はあるので需要は全くないと思いますが、続編に続くという事で…




