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本当の我が家

「ちょっと、待ちなって、それは絶対ヤバいから」

金属バットを持って、深夜に外出しようとする遙。

その足にしがみついて止めようとする自分。

「うるせぇ、俺が行かなきゃ誰が行くんだ。離せ、悠里。というか、お前も一緒に来い」

足にしがみついて自分ごと外に出ようとする。なまじ筋肉馬鹿なもので、自分一人がしがみついた所で何の効果もなく、そのままズルズルと遙に引っ張られる。

「今度こそ、あのクソオヤジをとっちめてやる。何が反省してるだ。この野郎」

と鼻息荒く金属バットを振り回す。


奥沢京子の両親がこの喫茶店に来たあの日。

奥沢京子は両親の必至の頼み込みに負け、自分の家へと帰っていった。

もちろん自分達は全力で反対した。

いままで、実の娘に暴力を振っていた男が二度と暴力を振わないと誓ったところで、はいそうですか、なんて信じられるわけないし、何より父親を見る奥沢京子が怯えた目をしていた。

だが、奥沢京子の父親が涙ながらに土下座をする姿を見たとき、その場にいた全員が完全に納得はできないもののが、奥沢京子をそのまま見送る事にした。

奥沢京子が自分の家へと帰ってしまうと、喫茶店という共通点がなくなり、自分達の間に急激に距離ができてしまった。

朝一緒に登校する事もなくなったし、奥沢京子が家からお弁当を持参するようになったので、お昼を一緒に食べる事もなくなった。

だが、それでも奥沢京子が無事ならそれでいいと、少し不満げではあるが喫茶店の皆は満足気だった。

事実、奥沢京子は元気に何事もなく学校に来ていた。

朝登校して、机に突っ伏し、昼、弁当を食べて、机に突っ伏し、授業中は割と真面目にノートを取りといつもの奥沢京子だった。

大場達の嫌がらせもあったが、それはいつもの様に遙が飛び込んで行って事態を収めた。

平穏無事とはいかないが、そこそこ穏やかのような気がする日々。


それが毎日の様に続けば良かった。


だが、奥沢京子が喫茶店を出て行ってから数か月後も経たない内に、奥沢京子の様子に異変が起き始める。

最初は、いつもに増して雰囲気が暗いと思う程度だったが、日を増すごとに昔の奥沢京子のような深い闇を抱えていそうな、暗さを出すようになってきた。

そしてそれが数日続くと今度は体の節々に絆創膏を貼って登校するようになった。

自分達は不安を感じ、奥沢京子に痣を尋ねるが、「はぁ、私の体をジロジロ見ないで頂けます。変態」とあんまりにもな返事をされるだけだった。

その暴言は暴言で、自分達に対して心を開いてくれている証拠としてそれなりに嬉しく受け取ったのだが。

奥沢京子に痣の事を尋ねて以来、奥沢京子は自分達に近づけない様に、露骨に距離を取るようになった。


そして、今に至る。

「奥沢京子の野郎、またあのオッサンに暴力振るわれているのに、生意気にも俺達に心配かけないようにしてやがるんだ。あの野郎、格好つけやがって。俺は我慢ならん行くぞ」

「ちょっと、気持ちは分かるけど。バットはやめよう。バットは」

と特撮の怪獣の如く口から火を出さんばかりの怒り模様の遙を必死に止める。

奥沢京子は確実に何かを隠している。自分では抱えきれない何かを。

それなら自分達に相談してくれればいいのにと思うが、奥沢京子も奥沢京子なりに自分達に心配をかけまいとしているのかもしれない。

「んじゃ、なんならいいんだ。角材か鉄パイプか」

「なんでそんな不良漫画に出てきそうな武器を使おうとうするのさ。もっと穏便に行こう。だれか、誠さんも遙を止めて」

自分の力で遙を止められないので、遙の兄貴分である誠を頼る。

誠はそうだねとにっこりと微笑み、遙の肩をポンと叩いた。

「誠さん、止めないでください。俺はどうしてもいかなきゃならないんです」

誠に止められると思ったのか、遙は縋るように誠を見つめる

誠は何か見極めるように遙を見つめ、そして首をゆっくりと横に振った。

「遙、僕は別に君を止めたいんじゃない。君の覚悟を知りたかったんだ」

「・・・・誠さん」

誠が時折見せる何を考えているのか、よく分からない不穏な笑みを見せる。

「僕も我慢の限界だったんだ。一緒に行こう。バンの中にチェンソーが入っているからとって来るよ」

と意気揚々と喫茶店の出口へと向かう。

「ちょっと誠さんチェンソーを何に使う気ですか」

「あぁ、チェンソーは物を切る時に使う道具だよ。あれ色々と切れて便利なんだ。木とかコンクリートブロックとか・・・生肉とか」

誠は確かに一見というか普段は好青年だが、裏の顔は狂気に魅入られた狂人であったことを思い出す。

「茜さん、この二人を止めて下さい。もう僕だけじゃ無理です」

最後の手綱に茜を頼るが

「いい機会だ。あんなクソ親父、二度と拳を握れない体にしてやりな」

「「あいあいさー」」

と二人の士気をますます高める形になってしまった。

足にしがみつく自分などいないかのように軽やかな足取りで喫茶店への出口へと向かう二人。

「んじゃ、いってきます」

と小学生に負けない元気な「行ってきます」、これの行ってきますの先が夏休みのプールであったらどんなに良いことであったか。

どうか夜中でもパトロールしている真面目な警察官さんがいませんように。

二人が喫茶店の扉に手をかける。


「「「あっ」」」



喫茶店のドアを開けるとボロボロの奥沢京子がいた。

乱れた髪に、しわくちゃの制服。

全身痣だらけの満身創痍。

特に左目は大きく腫れあがれ、片目がつぶれている。

 自分はボロボロのクセに腕に抱えたゴスロリだけは大切そうに抱えている。


「うう、うぉおおおおおおおおお、奥沢京子ぉおおおおおおおお」

「京子ちゃん、おかえり」


遙と誠が叫びをあげながら、奥沢京子に抱き着く。

「ちょっ、ちょっと、いきなり抱きつくな。気持ち悪い。離れなさい。というか、耳元でうるさい」

顔を真っ赤にしながらなんとか逃れようとするが、大の大人+筋肉馬鹿に抱きつかれているので抜け出させない。

「ほらほら、男二人が女の子に抱き着いてる姿なんか人様に見せられるもんじゃない。というか、私のゴスロリにシワがつく」

見るに見かねた茜が止めに入って、ようやく二人が離れる。

「というか、お前超ボロボロじゃねぇか。どうした、誰にやられた。」

「いや、これは・・・」

「お前の親父にやられたんだな。やっぱりあのクソ親父、また暴力振るってやがってたのか。絶対にゆるせねぇ」

 奥沢京子が喋りきる前に、怒りが再燃した遙が金属バットをグルグル回して呻る。

「大丈夫だよ。僕達がなんとかするから。手始めに腕からと行こうか」

とよく分からない笑みを見せる誠。

遙と誠のボルテージは再び最高潮。

今にも家に突撃に行きかねない。というより、突撃に行く事は確定の様子。

このままでは奥沢家が血の海に変わってしまう。いや、比喩表現とかなしで現実的に。

「お前らの気持ちは分かるが、京子も戻ってきたし、とりあえず、その危ないのしまえよ」

狂気のバンド集団の唯一の良心、拓真がようやく嫌々ながら宥めにかかる。

「何を言っているんだ。拓真、君も行くんだよ。拓真は何がいい。この前ライブで使ったあのぶっといチェーンで使う」

「・・・・・あのぉ、」

「拓真さんも行きましょうよ。店の裏にバールが置いてあったんで、もってきましょうか」

「いや、おい、ちょっと、まて」

誠に肩を組まれそのまま強制連行される拓真。

他に止めてくれそうな人は・・・・・いない。

茜はノリノリだし、信二は素知らぬ顔、玄さんは日が沈む前に帰った。

ダメだ。誰も止めてくれる人がいない。

憐れ、奥沢父。だが、まぁ自業自得である事は確かなので、どうか生きている事を刹那に願っていると

「おい、馬鹿ども。京子の家に突撃するのはかまわないが、京子の声が聞こえないんだよ」

茜が血気盛んな武装集団に一括。ざわめきたった男共が静まりかえる。

「それで奥沢京子。こんな時間に何しに来たんだい」

茜が静かに、どこか他人行儀に奥沢京子に尋ねる。

「・・・・・・・・それは」

「そもそもなんだい。そんなにボロボロになって、何をしたらそんなにボロボロになるのさ」

「・・・・・・・それは、父親を殴られて、そのまま喧嘩になったから」

「へぇ、あんたがあの親父に殴り返したのかい。それでお前の親父はどうしたのさ」

「・・・・・・・・ボコボコにしておいたから、多分家でのびている・・・と思う」

  なんて言葉にすればいいのだろうか。

あの奥沢京子が、最初父親に無抵抗に殴られてていた奥沢京子が、自身の力で父親に打ち勝って自分の足でここまで喫茶店に帰ってきたのだ。

他人は他人、自分は自分で他人の喜びなんて微塵も分かち合うことのできなかった自分。

それが今はどうだ、心の底から嬉しいと思える。奥沢京子が自分の父親に乗り越えた事に、奥沢京子がこの喫茶店に帰ってきてくれた事に。

喫茶店では奥沢京子が父親を乗り越えた事に大盛り上がりで、今から祝賀会でもあげそうな雰囲気だ。

 だが、茜だけは喜ぶそぶりを見せずに淡々と奥沢京子に問いかける。

「また随分な真似をしたもんだね。父親を殴って、のびさせて。あんた、あの家にもどれるのかい」

「それは・・・・無理だと思う。お母さんにももう戻らないって言っちゃったし」

「ほう、ならあんたこれからどうすんのさ。家に戻れず、行くところもなく。」

「それは・・・・・・・」

奥沢京子が縋るように顔色を窺うように上目遣いで茜を見る。

「ああ、ちなみに私の所は無理だよ。何せ、アルバイトを雇って賃金を出すような余裕はないからね」

茜は突き放すように奥沢京子に背を向け、カウンターへと向かう。

もし僕が茜と関わる事がなければ、茜を単純に冷たい人間だと思うだけだろう。

でも、自分は知っている、茜の優しさを、茜の不器用さを。


「・・・・・・・・まぁでも、小学生のお小遣い程度で、ほぼただ働きでいいなら、私の所に住み込みで働かせてもいいけどね。」

茜が気恥ずかしさを隠すように奥沢京子に背を向けながら奥沢京子に問う。



奥沢京子は暗い表情を一変させ


「はい、よろしくお願いします」


と今まで聞いたこともない元気な声で答えた。

 「あぁ、そうかい。それなら思う存分にこき使ってやるよ」

と茜はうわずる声を抑えながら、喫茶店の奥へと消えていく。

奥沢京子も察して今までにない幸せそうな笑みを浮かべる。


なにわともあれ、奥沢京子が戻ってきた。


「おかえり、奥沢さん」


奥沢京子は少し驚いた表情を見せた後、


「ただいま」


とても幸せそうににっこりとほほ笑んだ。


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