表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/32

勝利の凱旋

パンチ、パンチ、パンチ!!

今の私の状況を的確に表すとこういう表現になる。

歴史は繰り返されると言うが、実際それは正しいのかもしれない。

私は例に漏れず、父親に馬乗りになられて殴られています。きゃぴ☆・・・ごめん、うそ。

何度この光景を繰り返したのだろうか、私は始めに戻り、また父親に殴られている。

父親が喫茶店に来て、父は私に2度と暴力は振るわないから家に帰ってきてくれと言った。あの父親が土下座してまでだ。


でも、だからといって二度と同じことを繰り返さないことにはならないという事をその時の私は気付けなかった。


「ちくしょう、ちくしょう。なんなんだ、あいつは」

酒瓶を抱えながら父親が地団太を踏む。今日もまたコンビニの同僚に何か言われたらしい、父は大声を上げながら暴れまわる。

母は部屋の隅に屈み、また声をあげて泣いている。

私はというと、やはり床に蹲り足蹴にされていた。

私が我が家に戻って以降、遙たちとは縁遠くなってしまった。

考えてみれば、学校の後はほぼ毎日ずっと喫茶店で一緒の時間を過ごしていた訳だから、私が喫茶店を出た今、距離ができるのは当たり前なのかもしれない


私はまたやられるだけなのか。私は何も変わっていなかったのか。暴力に怯え、押し入れの中でがたがた震えている奥沢京子のままなのか。その疑問は水面に落ちた滴のように波紋を作り、私の心に広がっていく。今の自分は2か月前と同じ、弱い弱い奥沢京子、いつも泣いていて虐められる奥沢京子。

いや、それは違う。確実に違う。

頭に過るのは素直じゃなくて、どこか周りからずれている喫茶店の人達。


ちぐはぐで外に出たら確実に職務質問を受けそうなバンドのメンバー。

何が楽しいのかいつもニコニコ笑っている玄さん。

いつもぶっきらぼうで怖いのに、見ず知らずの私を喫茶店に住まわせてくれた茜。

頼りなくて臆病で、でも面倒見が良くて気苦労の多い、悠里。

粗雑で素直じゃなくてデリカシーがないけど一番に私の事を考えてくれた遙。


皆、言葉には決してしないけど私を思いやってくれる人々。

今の私には私を支えてくれる人たちがいる、昔の自分にはなかった仲間が私にはいる。

帰ろう、仲間の元へ。こんな辛い家から逃げ出して、私を受けいれてくれる仲間たちのいる所へ。

そうさ、茜も私が喫茶店から出るときに素直じゃないが「いつでも戻ってこい」と小さな声で言ってくれた。

さあ、それならすぐに帰るんだ。あの喫茶店に。ツンデレばかりのあの喫茶店に。

幸い足に痛みはなく、すぐに走る事ができる。

父親も暴れ疲れて、座卓に腰を降ろして酒を飲んでいる。

逃げるなら今だ、今ならあの喫茶店に帰る事ができる。

居間の扉を開けて右に曲がり玄関の扉を開ければそこはすでに外。

外まで逃げれば酒に酔っぱらった父親ならばすぐに逃げられるだろう。

私は足に力を入れ立ち上がり、一歩踏み出す。


唐突に楽しかった思い出が蘇る。

ボンクラ二人組とくだらない話をしながら過ごす昼休み。

茜に見つからない様に無駄に努力してサボるアルバイト。

自分の世界感を押し出しまくる奇抜な客との会話。

買い食いしながら帰る買い出しの帰り道。


楽しい思い出が泡の様に起きては消え、また起こる。

ああ、なんて楽しい日々。私は二度とこの日々を手放さないように————



「いやぁ、本当に悪いと思うんだけどさ。友達とか面と向かって喋られるとなんか白けるわー。なんか寒い、めっちゃ、寒い。おい、悠里、お前の上着寄越せ」



「ちょっと、お前が寒いとか言うか。せっかく奥沢さんが勇気の要る事頑張って言ったのに。まぁ、でも奥沢さんの今までのキャラ的に。ふふ、ぷくく。ごめん、笑っちゃって」



私は踏み出した足を軸にくるりと壁に向かって回転し、全力で壁に頭を打ち付けた。


娘の奇行に父親が思わず酒を吹き出す。

頭を壁にぶつけた衝撃で視界がチカチカと点滅し、意識が少し飛びそうになる。

 ああ、癪だ。凄い癪だ。

 私が喫茶店に逃げ込めば彼らはまた受け入れくれるだろう。また楽しい日々が過ごせるだろう。しかし、それではだめなのだ。癪だ、それではまったく釈然としない。

帰り道で自分達は友達なのかと聞いた時に洋介達に笑われた事を思い出す。

そうだ、確かに彼らは素直ではないが優しい。

しかしだ、それをそう簡単に受け入れたくない自分がいる。

遙のドヤ顔を思い出す、悠里の若干引いた顔を思い出す。

怒りがふつふつと湧いてくる。

あいつらの助けてやったぜというドヤ顔が嫌い。食事中にどうどうと話す下ネタが嫌い。何かにつけて私をいじってくるのが嫌い。嫌い。嫌い。大っ嫌い。でも、そんな時間が大好きで。

ともかく、このまま喫茶店に戻るのはなんか嫌。また何もせずに彼らに助け求めるのが嫌。だから、立ち向かう。ひたすらに立ち向かう。何をどうすればいいのか分らんがこの現実に立ち向かう。最悪、返り討ちにあってボコボコにされても一発殴って逃げてやる。

そうしないと私はただ弱い私のまま、いじめられっこのまま。このクソ親父に立ち向かって、私はクソ弱いけど一発殴りつける事ができる強い女になってあいつらに会いたい。

 

 

「うぴょぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


私は誠がライブの時に見せた、怪鳥のような奇声を上げる。

それはもう、近隣住民に文句言われるぐらい大声で。

予想以上に自分は大きな声を出せるようだ。それは決意の表れのせいか、それとも本当に気が狂ったせいなのか。まあいい、今まで声を出さない様に静かに過ごしきた分も含めてだ。私は鬱憤を晴らすように、腹の底から奇声を上げる。

父親が娘の突然の奇行の数々に呆気にとられている。

しかし、すぐに気を持ち直し、私に負けまいと大きな怒鳴り声をあげる。

「うるせぇぇええぞ、ばかやろう!!」

父親が酒瓶片手に突進してくる。恐怖で思わず半歩下がりそうになるが必死に堪える。

うふふ、ダディ、私今までの私ではなくてよ。

「くきゃくきゃくきゃきゃぁぁぁぁぁああああああああああああ!!」

恐怖を消し飛ばすように奇声を上げながら、ダディの肩にダブルチョップ。

ダブルチョップで100万パワー+100万パワーで200万パワー!! 振り下ろす位置がいつもの2倍で、200万×2の400万パワー!! そして、いつもの3倍の奇声を加えれば、400万×3の クソ親父!お前をうわまわる1200万パワーだーっ!!

べしっ!という快音共に私の手が痛んだ。

そりゃそうだ、筋肉モリモリマッチョマンのプロレスラーがやるから威力がある訳で非力な自分がやった所で威力なんて出る訳がない。

「何してんだ、おめぇぇぇええええええええええええええ」

中途半端に攻撃したせいで逆にダディを怒らせてしまったようだ。反撃と言わんばかりに左目に小気味のいい拳が撃ち込まれ、壁に叩きつけられる。

「かはっ!」

とバトルマンガみたいに口から血を出せればいいのだろうが。実際、そんなものは出ない。というか出たら私確実に死んでいる。

ともかくだ。力ではピチピチじぇーけーと中年オヤジではどうやっても勝つことはできない。ならば、どうすればいいのか。

そんな事は簡単、弱点をつけばいいのさ。弱点はどこかって?男の弱点は古今東西決まっている。

酔いと怒りで呂律が完全に回ってない父親が何かを叫びながら私の髪を掴んだと同時に立ち上がり、クソ親父の股間を容赦なく蹴りあげる。その蹴りはまさしく打ち上げロケットのように垂直に飛び上がり父親の股を綺麗に打ち抜く。

綺麗に打ち抜いた割にはポジションが悪かったらしく、父親は股間を押さえながらこちらを睨んでくる。敵には休む暇なぞ与えず攻撃しなければならない。しかし、普通の攻撃は自分の非力によりあまり通らないならば、どうするか、それは股間と同じような比較的弱い部分をつく。そう例えば、喉。

股間を押さえながらこちらににじり寄るダディに対して、腕を水平に構え、先程のダブルチョップと同じように全力で喉に叩きつける。

酔いと股間の痛みで反応の鈍った父親は避ける事はできず、そのまま喉に一撃を受ける。

先程とは違い「ぐえぇ」という声を漏らして倒れ込む。さすがに喉と股間、二つの急所を叩かれては立つことはできまい。

だからこそ、さらに叩き込む。次に何をしようかと考え込み、プロレスで見た技を思い起こす。あー、?トぺ・スイシーダ?パワードロップ??どれも今の私では無理そうだ。他にないかと悩み、あの小柄のプロレスラーがやっていた技を思い出す。

父親が落とした酒瓶を父親が起き上がる前に素早くとり、口に含む。

そして父親が持ち直し顔を上げた瞬間、目に向かって吹きかけた。

その技の名前は毒霧。謎の緑色の液体を口に含み、相手の顔に吹きかける恐ろしい技である。

あのよく分からない色をした液体を顔に吹きかけられるのだ。顔にかけるだけならまだしも目に入ったら致命傷である。今回は酒で代用したが、アルコールが入っているせいか、まぁずいぶんと痛そうである。

今が好機と言わんばかりに私は握り閉めた拳を父親の顔目が目がけて打ち出した瞬間、父親が血走った目をこちらに向けた。その形相に思わず怯み、拳の勢いが弱まる。弱った勢いの拳は簡単に弾かれ、逆に父親のするどい右ストレート。

私はそのまま倒れ込み、父親のマウントポジション。

その後はもう悲惨。力のない私では押しかえす事もできずにタコ殴りされるのみ。

せっかく決心して父親に反抗したのになぁ、と自分に嘲笑。

それはそうだ。決心したからどうにかなるものでもない。頑張ったから何とかなるものでない。

父親に対抗しても、体格差、性別、その他諸々。父親と直接殴り合って勝てる訳がない。

殴られる痛みと共に湧き上がるのは、かつて感じた事もない「悔しさ」。

せっかく自分で決意した事が簡単に崩される「悔しさ」。

その悔しさは心の中で駆け回り反復し、そして増大していく。

そしてその悔しさが限界まで達した時、再び思い出すのは遙と悠里の顔。

世界で一番気に食わない顔。


彼らの顔を思い出した途端、悔しさはメラメラと燃える怒りに変った。


ああ悔しい、ああムカつく。決心固めておきながらあっけなく父親にタコ殴りにあう自分に、そして頭に過った二人のアホ面に、そしてなによりいつまで自分に乗っかって殴り続ける父親に。

ああ、そうさ。そりゃそうさ。真正面から殴り合えば勝てないさ。だけど、それでも。どうせ負けるならなんかしら、父親の顔で引っ掻き傷でもつけてやってからだ。


顔面に振ってくる父親の拳を腕で防ぎながら、必死に父親の隙を見つける。

顔面、この状態で殴っても威力なさそうだ。胴体、顔がダメならもっとダメだ。背中、自由な足で背中は蹴られそうだが、背中まで足が届きそうにない。

他に場所はないかと探し、ある一点に目がいく。それは股間。

さっきは股間を蹴りあげる事ができたが、今は父親に馬乗りになられて蹴りあげる事はできない。

ならどうするかと考え、すぐに答えに行きつくが思わず顔を顰める。

「あー、どうすんべ」

と独り言。

「でも、仕方ないよね」

と自分に気合を入れて、顔を庇っていた自分の腕を退かす。

早速、父親の拳が私の頬にぶつかる。

ああ、痛い、でも、でも、まあ、見てやがれクソ親父。

顔を庇っていた手を退かし、その手を父親の股間に持っていき、

ぎゅむり

と妙に柔らかい感触の物体を力の限り握り閉める。

「あっ————————————————」

父親の声にならない悲鳴。そしてふにゅふにゅとした気持ち悪い感触に全身に鳥肌がたつが、力を弱めずそのまま握りしめ立ち上がる。

父親は抵抗する事も、暴れる事も出来ずに崩れていく。

だが、このまま崩れさせる訳にはいかない。股間を掴んだまま上に持ち上げると股間に軸でもあるかのように膝立ちの状態で立ち留まった。

「さて、どうしたものか」

父親の股間を握りしめている娘の図、最悪だ。ちなみに感触も最悪だ。

だが、手を離せば父親の反撃をくらいそうだ。なら、どうするか考え込む。

考え込んでやはり武道の経験がないない私には先日のプロレスの試合だけが参考となる。

「フィニッシュホールド決めちゃう?」

 ぼそりと漏れる。そうだ。それしかない。どうすれば効率よく父親からフィニッシュととれるか考え、今までまともに通用したのは股間しかないと気付く。

なので、若干嫌気がさしつつも大きく息を吸い気合を入れる。

「おっしゃ、フィニッシュホールドじゃぁぁぁああああああああああ」

父親の股間から素早く手を退けると同時に父親の股間目がけて垂直に蹴りあげる。

散々股間を握りしめられ弱っていた父親は躱すことも出来ず、直撃。

「ぷっ、がぁ・・・あ————————————————」

父親の目が白黒に点滅し低いくぐもった声ばかりが漏れる。父親は糸で吊るされているのかのように膝立ちのまま動かなくなる。

だが、まだ甘い。これだけではすぐに回復する。私はもう一度大きく息を吸い込む再び股間を蹴りあげる。それはもう何度も自分の足が上がらなくなるまで。

そうして何度か股間を蹴った後、父親は白目をむいて地面に倒れ込む。

荒れた息遣いもそのままにフィニッシュホールドを決めに掛かる。

もう十分なのではないかと思ったが、これを決めなければ決着がつかない。

このクソ親父に対しても、過去の自分に対しても。

うつ伏せに倒れ込んだ父親に跨る。いつもとは逆の光景に少し心がざわめく。

その状態で父親の首をとり、そのまま背中側に首を持ち上げる。

キャメル・クラッチ。

小さなレスラーがやっていた技を見様見真似でやる。

弱った父親には十分効果的なようで「おぼぼぼぼ」と声を漏らしている。

そして目を瞑りながら自分の中でカウントを3つとる。

ゆっくりと自分の心に刻みながら。





目を開ける。酒瓶が転がるいつもの我が家。

でも、なんだか景色が変わった気がした。

父親の顎から手を離す。

父親は埋めき声すら漏らさず床に倒れ伏す。動く気配はない。

ゆっくりと立ち上がると部屋の隅にいた母親と目があった。

母親はどこか怯えたような、それでいて私を心配する視線を向けている。

どうしようか、少し考え。

「私この家出るわ」

出てきたのはこの言葉だった。

私は歯切れが悪いのを感じながらも、すこし清々しい気持ちで部屋を出る。

部屋を出る前に父親に視線を向ける。倒れ伏して動かない父親。

その姿に思わず

「ざまぁみろ」

と零れ、私ってつくづく嫌なヤツだなと思い自嘲。

その後は何の未練もなく、部屋を出て玄関の扉を開ける。

玄関を開けて外に出て感じるのは気持ちのいい夜風。

湿り気と冷気を含んだ夜風は火照った私の熱を奪っていく。

空を見上げれば、雲の合間から三日月。

清々しい

湧き出た感想は一言。

外はこんなにも気持ちのいいものだったのか。


さあ、勝利の凱旋と共にあの喫茶店へと帰ろう。私を待つあの喫茶店へ。

なに、あの喫茶店にはボンクラしかいない。私がいなくてはなりたたないからな。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ