我が家へ帰ろう
そうこうして、スーパーの袋を叩きつけ合っているといつの間にか喫茶店についていた。
さっきの友達発言は私の一生の恥になりかねないので、二人に口止めをして喫茶店の扉に手をかける。
喫茶店の中には茜と誠と拓真と玄さんと、そして影の薄い信二と、私の帰りをなんだかんで待ってくれる彼らがいる。
私の家にはいなかった、待ってくれている人がいる。温かい帰る場所がある。
私はこれまでにない安心感を胸に私が帰る場所の扉を開ける。
そこには、父と母、私の両親がいた。
「なんで」
喫茶店の扉を開けるとそこには両親がいた。
一番そこにいてほしくない両親がいた。
両親は肩身の狭そうに背中を丸めながらテーブル席に座っていた。
「・・・・京子。京子ね」
母親が立ち上がってこちらに駆け寄ってきて、私を抱きしめる。
何故両親がこの喫茶店にいるのか、何をしに来たのか、混乱しながらも久しぶりの母親の感触に安堵を覚える。
私があの家から連れ出され、今まで唯一の心配事は母親だった。
私が逃げ出したことで母親が一人になり、暴力が集中するのではないかとずっと心配していた。
だが、母親には目立った怪我はなく、母親は父親の暴力を私の分まで受けていた訳ではなさそうで少し安心したが、それより
「なんで」
両親はここに来たのか
「なんでここが分かったのかって事?それはね、お母さん、色んなパートを掛け持ちしているでしょ。だからね、掛け持ちしているパートの人に全員に京子の事を聞いてまわったの。そしたら、京子と同じ高校に通っているお子さんをお持ちの人がいてね、そのお子さんが言うには京子が最近仲の良い友達ができたっていう話を聞いたから、もしかしてと思って色々聞いて行ったら、茜さんの弟さん、遙君に行きついて、それで・・・」
「違う、そうじゃないの」
母親がこの喫茶店にたどり着いた理由を喋る。だが、今聞きたいのはそんな事じゃない。
「なんでこの喫茶店にきたの」
実の娘が家を出たきりなら親として心配して探すものだろう。でも、それでもなんで、この喫茶店に来たのか。この喫茶店に来て、私をどうするつもりなのか。
実際の所、大体の予想はできている。いや、予想なんかじゃない、親がここを訪ねるとしたら理由なんて1つしかない。でも、私はそんな理由を聞きたくない。
「それはね、その・・・やっぱりね・・・だから」
「それは俺から喋る」
母親が言いにくそうに言い淀んでいると少し離れて私の様子を見ていた父親が前にでた。
久しぶりに見た、酔っ払っていない父親。やせ細り気が弱そうで、前髪が年々後退しはじめた父親。
「京子、あのな。馬鹿な事を言っているのは分かる。でもな、その・・・あれだ」
回りくどく言いたい事を素直に直接言えない父親。
言いにくそうに言葉を濁しながらも私が今一番聞きたくない一言を告げる。
「京子、また家に戻ってくれないか」
「いっ」
いやだ。咄嗟に出そうになる拒絶。
だか、言い切る前に一つの考えがよぎる。
私がここで『いやだ』と言って拒絶しても良いのだろうか。
私がここで『いやだ』と言ったら私はどこに行くのだろうか。
あの家に二度と戻らないというのなら、私が帰れる場所は喫茶店しかない。
でも私はこの喫茶店の茜の子どもじゃないし、親戚でもない、せいぜい最近出来た知り合い。
もし、この場で『いやだ』と言ったら、負担はこの喫茶店に来る。
この喫茶店の皆は素直じゃないが私を気にかけてくれる。でも、だからって、私は彼らに甘えたままでもいいのだろうか。
私は自分では判断できなくなって、縋るように喫茶店の皆を見ようとすると
「ふざんけじゃねぇ」
喫茶店に怒鳴り声が響く。
怒鳴り声の主は私の後ろ、喫茶店の入り口でずっと様子を見守っていた遙だった。
遙は今まで見た事もないような怒りに満ちた顔で父親に詰め寄る。
「おい、おっさん。自分が何を言っているのか分かってるのか」
「・・・・・・」
遙の怒りに怖気づいた父親は何も言えずにただ顔を伏せる。
「おっさん、俺の顔を覚えているか。おっさんはあの時、酒に酔って覚えてないかもしれないが、俺はおっさんの顔を覚えている。」
「・・・・ああ、君の事は覚えているよ」
父親が消え入りそうな声で返す。
「なら、話がはえーや。おっさん、俺と初めてあった時、おっさんは京子に何をしていた。おっさん、京子に、実の娘に馬乗りになってなぐりかかっていただろう」
怒りが頂点に達した遙が父親の襟元を掴みあげ、怒鳴りあげる。
「・・・・・」
父親は襟元を掴みあげられても、何も言い返せず、ただ申し訳なそうに下を向くばかり。
それが遙はよほど気に入らなかったのだろう
「おめぇ、なんとか言ったらどうなんだ」
「やめるんだ」
誠が怒りに任せてそのまま殴りつけそうな勢いの遙の肩を掴み、父親から引き離す。
誠に窘められた遙は舌打ちをしながらも、とりあえず引き下がり
「俺は認めねぇ、俺は京子をあの家に戻すなんて絶対させねぇ」
と言って遙はそっぽを向く。
そんな遙の態度に誠は苦笑いを浮かべながら、父親に「すみませんね」と謝罪を入れる。
「でもですね」
いつも貼り付けている奥様キラーの甘い笑顔を引っ込め、寒気すら覚えるほどの真剣な表情を浮かべる。
「僕も絶対に京子ちゃんをあなた達の家に戻すなんて事をさせません。あなた達が何をしようと僕たちは京子ちゃんを守ります。それはこの場にいる皆が思っていることです」
と言うとこの場にいる両親以外の皆が頷いた。
「という訳らしいので、まぁ、おたくの娘さんこっちで預かります・・・なんて偉そうな立場じゃないけど。経営が厳しい喫茶店で京子ちゃんがいると大助かりですし、その、なんですか、そちらで何があったかは私達も知ってますから、おいそれと娘さんをお宅にかえす訳にはいきません。」
茜が私を守る様に私と両親の間に入り、この場を取りまとめる。
母親は悲しそうに眼を伏せ、父親は諦めきれないのか苦い顔をしている。
「別に京子ちゃんをずっと喫茶店にいさせるつもりなんてありません。京子ちゃんが家に戻りたいって言ったならちゃんと帰しますし、私と一緒に京子ちゃんと週に何回かは挨拶に伺います。ですので、なんにしても家庭が落ち着いてからまた来てください。」
茜のこの発言でおよその決着はついた。
父親は何も言い返せないまま、母親に背中に手を添えられながら、名残おしそうに喫茶店の入り口へと向かった。
そして、そのまま喫茶店のドアを開け、出ていくと思われたが、寸前で父親が踵を返し、私の元へと駆け寄ってきた。
何をするのかと身構えると、父親はそのまま喫茶店の床に座り込み、地面に頭を打ち付けるのではないかと言わんばかりに頭をさげた。
「分かってる。俺が今までお前に、京子に何をしてきたのか。謝っても許されない事をしてきたのを分かってる。そう、こんな土下座じゃ何の詫びにもならないさ。でも、それでも、京子。」
一旦顔を上げ、私の顔を真っ直ぐ見る。
それは自分の行いを深く後悔し、罪の重さに苦しんでいる目。
「そりゃ、俺の言っている事なんて信用できないかもしれない。でもな、父さん、心を入れ替えたんだ。もうお酒はやめた。お前があの家を出てから、酒は一滴も飲んでない。それに、自分の小さなプライドは捨てて定職を見つけるのは一旦やめたんだ。その代わりに父さんコンビニでアルバイト始めたんだ。まだ、慣れない事ばかりだけど、父さんもうお前らを困らせない、頑張るって決めたんだ。アルバイトしながらでも、ちゃんと定職は見つけられるように頑張るし、お前が大学行けるようにちゃんと稼ぐつもりだ。もちろん、母さんにもこれからは楽をさせるつもりだ。だから、その、とにかく」
「家に戻ってきてくれないか」
もう一度、深く頭を下げる
始めてみた父親の土下座。
「ふざけんな。誰がそんな事信じるっ」
「もう、いいの」
土下座する父親に詰め寄る遙を制する。
「顔を上げてよ。お父さん」
父親がゆっくりと顔を上げる。
顔を上げた父親は少し泣いていた。
自分の中は正直、混乱状態にあって、正常な判断力は欠如していると思う。
それにいくら父親に頭を下げられた所で、私はあの家に戻りたくないし、この喫茶店が好きだ。
だから、私があの家に戻る理由なんてない。
でも、私の口からでてきた言葉は
「私、家に帰るよ」




