暗夜に捧げる紅蓮の祈り ~dirty my first kiss~ 爽やかバジルを添えて 3
「RED IMPACT」
誠の雄叫びと共にバケツの中身を紋章の中心にいる奥沢京子に浴びせかける。
それが合図だったのだろう。2番目と曲とはまた違った激しいメタル調の演奏が始まる。
奥沢京子にぶちまけられたのは真っ赤な液体。何の液体かはよく分からないが見た限りすこし粘り気がある。先ほど誠が、血がなんとか言っていたが、パフォーマンスという事で赤い絵具を解いた水かもしれないと納得しかけたが、今の誠の風貌を見て不安が上回る。
誠はそのまま続けざまにもう一つのバケツを奥沢京子のぶちまけると、その周囲をまた奇妙にくねりまがった踊り出す。
ちなみに3曲目の歌詞は実にシンプルで殺すと死ねで構成されている。
つまり今奥沢京子は変な魔方陣の上に縛り付けられた挙句、謎の真っ赤な液体をかけられ、殺す死ねを連呼する集団に囲まれた状況である。
奥沢京子はただひたすら
「何、何、何、何」
と半ばヒステリックな状態で「何」を連呼している。もはや精神的に限界なのだろう、目尻に涙を浮かべ助けを求めるように視線をキョロキョロと動かしている。
今この場でいう事ではないが、彼女はとても強い人間だと思う。僕が奥沢京子の立場なら今頃失神している。
そうして助けを求めるように視線を動かしていた奥沢京子は俺と遙を観客の中から見つけ、涙ながらに叫んだ。
「助けて」
観客とライブの音に声に押しつぶされ、かき消えそうな声。でもその声は確実に届いた。
客に交じって千鳥足になりながらも同じように叫んでいた遙も足を止め、奥沢京子に目を向ける。
奥沢京子が初めて僕らに助けを求めた。
それは騒がしいライブ会場の中で一気に僕の心を静めさせた。
奥沢京子が素直に助けを求めるなんて。
魔方陣の上に縛り付けられた挙句謎の真っ赤な液体をかけられ、殺す死ねを連呼する男に囲まれた今の状況はよほど余裕がないのだろう。
奥沢京子の普段の態度が頭をよぎる。いままで無視されたり、舌打ちされたり、お世辞でも好ましい態度はとられなかった。
でも今はそんなことどうでもいい。奥沢京子の助けを求めたという事実が僕の心を波打つ。
だが、どうするか。今はライブの最中。しかも最高潮に盛り上がっている。
そんな中でのそのそと壇上に上がり、奥沢京子を助け出せばライブの雰囲気はぶち壊しだ。
そりゃあ確かに奥沢京子をこんな目にあわせた誠にも責任はあるので、奥沢京子を助ける為に雰囲気が壊れるのは仕方がない。それでも誠さんとはそれなりに親睦がある以上なるべく穏便に済ませたい。
遙も同じ事を考えているようで顔を苦悩に歪めさせている。遙の場合は誠達と親交が深い分、尚の事ライブにあまり邪魔したくないのだろう
どうすればいいのかと悩んでいる内に遙は結論出して、舞台へ上がり込む。
ライブの雰囲気を省みず救い出すつもりなのだろうか、観客の中には何事かと冷めだす者が出始める。
遙はそのまま奥沢京子の元へと向かい奥沢京子の足を脇に抱える。
遙はそのまま奥沢京子を脇に抱えたままステージから降りると思いきやその場でぐるぐる回り出した。
遙は奥沢京子の胴体ではなく足を脇に抱えている為、必然的に奥沢京子も遙同様にグルグルとまわり、その様子はまさしくジャイアントスイング。
いきなり遙が侵入しグルグル回り出したので、気を聞かせた拓真がアンプを端に寄せる。
回り出した遙はさらに勢いをつけて回り出す。
野太い歓声を上げてトリップ状態だった観客たちは次々と頭を振るのをやめ、事態を見守る。
遙はそのままグルグルとまわり最高速に達した時、奥沢京子を観客側へとぶん投げた。
奥沢京子はふわりと空中浮遊をした後、そのまま重力に逆らわずに落下し観客たちに受け止められる。
奥沢京子をぶん投げた後、ライブ会場は静まり返るが、奥沢京子を投げ終えた遙がガッツポーズと共に雄叫びをあげると、観客の歓声と共にライブハウスの興奮が再び限界点を越える。
「いやぁ、どうも、どうも」
遙は照れくさそうに頭を掻いていると誠さんに背中をバシリと叩かれ、お互い肩を組み二人でもう一度大きな雄叫びを上げる。
一時はどうなるかと思ったが結果的に奥沢京子をステージから降ろすことができた・・・・できたのだろうか。
遙が狙って奥沢京子をぶん投げたのは甚だ疑問だが、結果的に奥沢京子を助けられたのでよしとしよう。後でボロクソ文句を言われそうだが。
とりあえず、受けとめられた奥沢京子を回収に行こうとするが、歓声は最高潮のまま手拍子に変わる。そしてバラバラだった歓声が「もう一回、もう一回」と再びジャイアントスイングを促すコールに変わった。
よく見ればライブハウスの奥の方から奥沢京子が観客に手渡しで戻されて来ている。
遙が苦笑い浮かべながらこちらに寄ってきた。
「どうしよう」
奥沢京子をよく見ると物凄い眼つきでこちらを睨んでいる。
「とりあえず、もう一回ジャイアントスイングして観客に投げれば。着地地点で俺が回収に行くし」
こちらも脂汗たらたらで返すと、横にいた茜が口を開く。
「それはダメだね。この流れだと観客が飽きるまでやらされるし、投げ終わった後もステージに戻されてあのよく分からん演出の続きだ」
どうしようと遙と顔を合わせている間に奥沢京子はリレー方式によってこちらに戻ってきた。
とりあえず遙がウェーイとあまり乗りきれない時に出す曖昧な歓声を上げ、最初よりもゆっくりなペースで回り出す。
そうして遙が時間を稼いでいる間に周囲を見渡し、何かないかと探す。
そうこうしている間に回転は加速していき、最高速に近づく。
自分はどうしたらいいか分からず、とりあえずダメ元で舞台そでへと急いでかけていく。
人目につかない様に舞台そでに入るとスタッフがなんだこいつといった目で見て来るが気にしている暇はない。
ジャイアントスイングの回転は最高速に達し、逃げ場をなくした遙が観客に投げ込もうとしている。
その前に
「こっちだ、遙」
観客の歓声に負けない声で叫ぶ。
僕の声は歓声に押しつぶされ揉み消されながらもなんとか遙に届き、奥沢京子を投げる瞬間目で通じ合う。
遙は方向を無理やり捻じ曲げこちらに奥沢京子を投げ飛ばす。
方向を無理やり捻じ曲げ、力が抑えられたとはいえ、遙の馬鹿力で投げられた奥沢京子を受け止めるとその衝撃を押さえきれずに背中から壁にぶつかる。
「奥沢さん大丈夫」
ぶつけた背中がヒリヒリと痛む。だが、それよりも奥沢京子の無事が気になる。
自分の腕の中にいる奥沢京子を見る。
ざっと見た所、奥沢京子に怪我をした所はない。
奥沢京子がゆっくりと顔を上げる。そして僕と顔合わせて静止する事3秒。
奥沢京子はゆっくりと頭を後ろに逸らし、頭を僕の頭に打ち付けてきた。




