暗夜に捧げる紅蓮の祈り ~dirty my first kiss~ 爽やかバジルを添えて 1
意外にも誠さんが奥沢京子に歌を聞かせる機会は早く来た。
なんでも関東一周記念でライブをやる事がすでに決定していたらしく、そのライブに奥沢京子を招くらしい・・・招くらしい、招いているのか?正しく言うなら招く(拉致)と言っても良いのかもしれない。
そう奥沢京子は早朝、喫茶店の床をいつものようにトロトロと拭いていると後ろからこっそりと近づいた拓真にガムテープで全身拘束され、喫茶店の表に停めてあったワゴン車に乗せられ連れて行かれた。
何事かと止めようしたが、茜さんが「行ってらっしゃーい」と呑気に手を振っていたので倣って手を振って見送ったみた。
その後、店の掃除を一通りし茜さんが入れてくれたコーヒーで一服した。コーヒーが飲み終わる頃に遙が呑気に遅刻してきて茜に説教を受けた後、店を閉め、茜と意気消沈の遙と共にライブハウスへと向かった。
ライブハウスは駅から少し離れた路地裏にあるビルの地下にあった。
遙に連れられなければ決して外に出ないインドアの自分なので、ライブハウスは初めてだ。
ライブハウスというとジャガイモの毒素がタイトルのバンド映画でしかチラッと見た事がない。なので、ライブハウスはメジャーデビューを目指す爽やかな若者が青春を謳歌しているイメージがあった。
だが、現実は違った。
もちろん今風の爽やかな塩顔大学生や手を繋いだ微笑ましいカップルは半分ほどいた。しかし、もう半分は世紀末としか言いようがない全身トゲまみれスキンヘッドや路地裏で非合法な薬を売ってそうな極端にやせ細った、視線の定まらない男などおよそ日常生活では決して見ない奴らでひしめいていた。
ライブハウスに半歩踏み入れた瞬間引き返そうとしたが、茜に首根っこ捕まえられステージの前まで引き連れられた。
ライブステージには天幕が掛かっており中は伺えず、まだ始まる様子はない。
しかし、今か今かと待つ観客たちは歓声を上げている。その雰囲気にのまれてか、先程まで茜に怒られ意気消沈気味だった遙も観客に負けないくらいの雄叫びを上げ、隣にいる自分の鼓膜が裂けそうである。
茜に首根っこ摘ままれたまま、しばらくするとステージの天幕が開き、照明がともる。
照明の下には3つの人影と謎の物体。
ステージには信二と拓真そして穴の開いた紙袋を被った謎の男、白い謎の物体。拓真たちはそれぞれ担当の楽器を持っており、拓真がベース、信二がドラム、謎の紙袋がエレキギターを持っていた。
謎の物体はステージ中央に置かれおり、全体を包帯でぐるぐる巻きにされどこか繭をイメージさせる。
よく見ると繭の中には何かが入っているらしくもぞもぞ気味悪く動き、中から何やらくぐもった声がする。
この繭の中身に心当たりがないわけではない。ちょうど繭の大きさが人の大きさをしていることだし。
一歩間違えればホラーゲームにでてきそうな気味の悪い繭を見ていると、ギターを持った紙袋が全員の視線を自分に集めさせるかのようにギターを一回かき鳴らす。
ギターの音はざわざわとざわめきたったライブハウス全体に響き渡り、全体の視線がギターを持った紙袋の男に集う。
ギターを持った紙袋の男は視線が自分に集まるのを確認すると、拓真たちとタイミングを計る様に視線を合わせ、一拍を置いた後に楽器をかき鳴らし始める。
曲は穏やかながらも明るくバラードで、どこか陽だまりの暖かさを思い浮かべさせた。
自分はこの曲を喫茶店で聞いている。
ギターの紙袋男の声は男性の声だとはっきり分かるがどこか中性的で、包容力のある甘い優しい声をしていた。
この声は誠だろう。何故紙袋を被っているのか分らないが、誠が今まさしくステージで、目の前で歌っている。
彼らの曲はライブハウスで聞くと、場の雰囲気もあってか何倍にも魅力的に聞こえる。
現にちらほら見える女性の観客は始まった当初は黄色い歓声を上げていてか、曲の中盤になるとただぼんやりと聞き惚れている。
ライブハウスにいる多種多様の観客を穏やかな眠りに誘うような歌声で魅了したまま穏やかに曲が終わりる。
曲が終わると観客から曲の余韻を壊さない程度の静かな歓声が起こる。
その歓声に多分誠だと思わる紙袋の男が手を振って応え、マイクスタンドからマイクを外す。
「あー、皆久しぶり。いや、もしかしたら関東一周中ずっと付いてきてくれた子もいたみたいだから久しぶりじゃない子もいるのかな。まぁ、いいや。とにかく皆、僕達帰ってきた、ただいまー」
誠がただいまーの合図で観客にマイクを向けると、主に女性の黄色声でおかえりーと返ってくる。
「僕たちはほんの少しだけだけどここを離れ、皆でレンタカーを借りて旅をしました。旅は楽しい反面、厳しい事や悲しい事もありました。でも、それがあったこそ、僕たちは色んな経験をして新しい曲に出会う事ができました。その一つが先程の曲です。どうかな?皆気に入ってもらえたかな」
と誠が観客の反応を伺う為に一旦区切ると、黄色い歓声が返ってくる。中には感激して泣き声まじりの歓声まで聞こえて来る。
「ありがとう。僕たちは自分のしたい事、歌いたい曲を演奏しているだけだけど、こうやって皆の反応が返ってくるのは嬉しいよ。まぁ、でもそんな前話は置いておいてだ。今日はみんなに紹介したい人がいるんだ。」
と誠が言うとステージの中央に置かれた繭へと近づき、繭をぽんぽんと叩く。
「僕がこれから紹介する人はね。僕達の旅の果て、ここに帰ってきた時に出会った人なんだ。その子は女の子なんだけどね。彼女は今ままで壮絶な体験をしてきて、心に壁がある。その壁は中々大きくて越えようにも越えられない。近づきように近づけない。だから、僕は歌の力で彼女を救いたいんだ。」
「でも、それは無理だった。彼女は僕の歌を聞いてはくれなかった。でも、どうしても彼女に僕の歌を聴いてほしかった。だから、こんな無理矢理な形で連れてきてしまった。ごめんね、京子ちゃん」
誠は繭の上から優しく抱きしめ謝る。観客から感嘆の様な悲鳴の様な声が聞こえる。
「でも、今日は無理やりでも君に僕の曲を聞かせて君の心の壁を壊してみせるよ。だから特等席で僕の曲を聴いてほしい」
誠は最後のセリフを奥沢京子にのみ伝わるように囁く。
そして誠は正面に向き直り、観客を正面に見据え、
「それでは聞いてください。「君が振り向かないなら殺す」」




