お酒が入るとダメな人
「悲しい、僕は悲しいんだ。悠里君」
酒の入った誠さんが肩に手を回して、耳元で叫ぶ。
「はぁ、それは、また・・・・」
昼間の爽やか好青年の誠と変わって、ベロンベロンの誠はベタベタと絡みついて面倒くさい。邪険にす
るわけにもいかず、嫌々ながらも一応相槌をうつ。
「それは決まってるじゃないかー、京子ちゃんに僕の曲を聴いてもらえなかった事だひょぉ。悲しスギル、もうぅ」
「あーはぁ、そうですね」
さっきから曖昧な返事ししていない気がする。
近所のスーパーに行ったはずの奥沢京子は、3時間後に帰ってきた。
誠さん達のライブは終わり、喫茶店もバーの時間帯へと変わっていた。
奥沢京子は詰め寄る遙と優しく話しかけた誠さんを適当にあしらって喫茶店の奥へと消えていった。
遙はいつもの事なので憤慨するものの慣れた様子だったが、誠はあしらわれたのがショックだったらしく、酒に逃げている。
助けを求めて視線を送るが、玄さんは店番しなきゃと店に戻り、茜は忙しいようで目線が合わず、遙は少し前にどこかにフラフラと消え、拓真と一緒にいた信二は疲れたと言い残し早々に帰った。最後に残った
拓真に恐る恐る目線を向けるが目を逸らされた。
「なんで目を逸らすんですか」
「うるせぇ、酔った誠に関わりたくないんだよ」
カルーアミルクの入ったコップをテーブルに叩きつける。衝撃で中身が少し零れ、茜に睨まれ、首を縮込める。
半日過ごして少し拓真に慣れた。単純に怖さに慣れたというか、半分見掛け倒しであることに気づき、怖くなくなった。遙が懐くだけあって根はとても良い人なの……かもしれない。
「へべらぁるらなぁ…」
溜息と一緒によく分からない言語を吐きながら誠が肩にもたれ掛る。
「悠里ちゃぁぁあん、聞いてよぉぉ」
誠の甘え声。今すぐにでも引きはがしたいが我慢する。
「なんですか」
「僕はねぇ、音楽ってねぇ、人間のコミュニケーションの中で一番自分の気持ちを伝えられるコミュニケーションツールだと思うんだぁ。だって、言語が違えば自分の怒りや悲しみは伝える事ができないじゃない。でもねぇ、言葉を音楽に乗せればねぇ、そのメロディで、その歌い方で、相手に感情が伝えられるじゃない。」
一旦区切り、ウィスキーのロックを一口あおる。
人はお酒が入ると何故こうも語りたがるのだろうか。
「だからねぇ、僕はねぇ。京子たんに僕の歌を聴いてもらいたいんだ。僕が何を思って、何を感じて、君と出会えてどんなに嬉しいかを伝えたいんだ。僕の全てを知ってもらったら、今度は彼女の全てを教えてもらってね。僕は彼女ともっと仲良くなりたいんだ。」
誠さんの瞳をよく見ると、瞳の奥がキラキラと輝いて無垢な少年の様。
「どうして今日会ったばかりの奥沢京子に関わりたがるんですか。奥沢京子の態度見ました?誠さんが話しかけても愛想の悪いし、奥沢の為に歌おうとしたら店を出て行って。あんな奴と関わりを持ちたいなんて誰も思わないですよ」
ドラマでも言わない綺麗ごとをさらりという誠さんに、自分の器の小ささを自覚しながらも、意地悪く尋ねる。
誠は悩む素振りもなく、優しい笑顔で答える。
「確かに京子ちゃんに適当にあしらわれてちょっと寂しいかったよー。でもね、人目合った時に京子ちゃんはとても素敵な女の子で、友達になれそうって思っちゃったんだよね。そりゃあ、そう思った理屈とか細かい事聞かれたら答えられないけど、そういうのはフィーリングなんだよ。人間感情で生きているんだから。でもあえて理由を言うならだって、一緒に住んでいる茜さんがとても生き生きしていることかな。僕分かるんだ、茜さん京子ちゃん並み素っ気なくて愛想悪いけど楽しそうだもん。茜さんが気に入った人ならきっと素敵な人だし、僕とも友達になれるさ。それで友達になったそれはとても嬉しい事さ」
うふふと少し照れくさいのか頬を赤く染めハニカミながら、また僕の肩に手を回す。
「だからね、僕は君と、悠里君とも友達になれて最高に嬉しいんだ。悠里君は僕の話聞いてくれるし歌も聞いてくれる。ちょっと暗いけど優しくて真面目で、それに遙とも仲良くしてくれる。僕は君と友達になれて嬉しいなぁ。でも、きっと京子ちゃんとも友達になれたらもっと楽しいだろうなぁ。ねぇ、そう思うでしょう。だから、僕は京子ちゃんにねぇ・・・」
限界だったのだろうグラスを持ったままガクリとテーブルに突然突っ伏し、そのまま寝息を立てはじめる。
「やっと潰れたか」
奥の厨房から茜がやってきて、自分の空になったグラスに麦茶を注いでくれた。
「全くこいつの話は奥の厨房まで聞こえてきたよ。ったく、本当に胡散臭い事ばかり言いやがって。鳥肌が立っちまったよ」
誠が手に持っているグラスを取り、中に入っていたウィスキーを一気に飲み干す。
「確かに言ってることは胡散臭いです。もしそんな事他の誰かに言われたら相手の本心を疑ってしまうかもしれません。でも、誠さん凄い酔っ払ていましたけど真面目に言ってるんだなって事は分かります。」
「ほぅ、なんだい。こいつと一緒で初めて会ったばかりの奴が言ってる事を信じるって言うのかい」
ふと思えば、ここで関わる人とは、みんなすぐに打ち解けられた事に気付く。
改めて言うと、自分はコミュ障だ。コミュ障だからこそ、家にこもってオタクなんかやっているんだと思う。
だけど、そんな自分が変人ばかりの喫茶店で出会う人達と仲良くなれるのか考え、ある事に気付く。
「どこか遙に似ているからだと思います。そう、今思えばこの喫茶店出会う人は全てとは言いませんが、遙に似ていると思います。」
「おいおい、あんなガサツな馬鹿とどこが似ているって言うんだ」
「そうですね。簡単には言えませんが、なんというか、こう、お人良しのようなそれでいて不器用なようなぁ」
「なんだい、はっきりしないね」
いざ説明するとなるとどう言えばいいのか。こう首の所まで出かかって詰まっている感じ。それでも少ない自分の語彙力をフル活用して説明しようとするさらにまとまらなくなる。
そうして、一周回って遙について言える事を思い浮かぶ。
「遙はひたすら真っ直ぐなんです。曲がり方を知らないくらい真っすぐなところが、皆さんと共通している所だと思います。
「あぁ、でも確かにそうかもしれないねぇ」
寝息を立てる誠さんを見つめる。
誠さんは奥沢京子ともっと仲良くなりたい、友達になりたいと言った。
でも、僕たちと奥沢京子の間には大きな壁がある。
それはとても巨大な壁。
歩み寄る者を阻む拒絶の壁。
始めに比べたらとても近づけたと思う。
でも、それでも友達になるには厚すぎる壁。
歩み寄ろうにも、近づこうにも巨大な壁が邪魔をする。
壁の大きさは奥沢京子が今まで抱えてきた闇の大きさ。親には虐待され、学校ではいじめを受け、友達もできず、煙たがれる日常の中でできた壁は僕には乗り越える事も壊すこともできない。
ただ、奥沢京子との隔たりを感じるだけ。
ただ、自分の無力さを味わうだけ。
壁の向こうで奥沢京子が苦しんでいても僕にはどうする事もできない
そんな大きな、大きな壁を誠さんは乗り越えると言った。
僕は無茶だと思うし無理だと思う。
それでも奥沢京子にもっと近づけられるなら僕は託したいと思う。
この話は作者自身一番もやもやしているので確実に改訂を入れます。すいません。




