あのバンドが帰ってきた ~あのバンドとは誰ぞな~
「そっかそりゃぁ、大変だったねぇ。だって拓真君は顔怖いもの」
玄さん例の「いつもの」コーヒーを飲みながら微笑む。
夕日が差し込み、喫茶店が優しいオレンジ色に包まれる。
「だから、いつも愛想だけは良くしておけって言ってるんだよ、この馬鹿」
スーパーから帰ってきた茜はドリッパーにお湯を少しずつ注ぎながら、呆れた視線を喫茶店の隅へと向ける。
「しょうがないじゃないですか拓真は本当に馬鹿なんだから」
あはははと爽やかな笑いが喫茶店に零れる。笑いの主は喫茶店の4人掛けの一席に座る男。歳は20代半ば。俳優にいそうなほど整っている最近流行りの塩顔。髪はオレンジに近い茶髪で鼻先までかかるくらい長く、体は細く身長は成年男性の平均以上というところ。はっきり言って良い意味で優男。目が覚めるくらいのイケメン。
「だから待ってろって言ったんだ。どうせ一人だとトラブルしか起こさないんだから」
優男の隣に座っている男がぽつりと呟く。優男と同じく20代半ば。黒縁眼鏡をかけ顔に髪がかかっているので素顔は見えないが、なんとなく童顔といった感じである。体系は優男と違った不健康なやせ方をしている。とりあえず、見た目と雰囲気からして暗い。
「あー、分かった。皆さん、分かりました。素直に謝りますよ。怖がらせてスイマセンでした。だから、玄さん、茜もういいでしょ。それに誠と信二おまえらうぜぇ。」
そして優男と根暗男に対面して座っている先程の強面男。全く反省する素振りもなく椅子を傾けて遊んでいる所に頭にピンポイとにスプーンを投げつけられ椅子ごと後ろに倒れ込む。
「茜じゃなくて、茜さんだろ。さんつけろ、馬鹿拓真」
馬鹿拓真と呼ばれた彼こそ先程の強面の人だった。
ちなみに拓真に誠と信二と呼ばれた男は先程の優男と根暗男の名前である。優男の方が誠で、根暗な方が信二だったはずだ。
「それにしても二人ともごめんね、拓真が怖がらせちゃって。こいつ初対面の相手には当たりキツイ所あるからさ」
と誠がこちらを向いて頭を下げる。
「仕方ないだろ。人ってのは第一印象で決まるもんなんだから、舐められねぇようにビシッと決めないといけねぇんだよ」
「だから、馬鹿だって言ってんだよ」
言い訳がましく口を尖らせながら拓真が言うと、コーヒーを持ってきた茜にメニューで頭を叩かれた。
「なんだよぉ、バカバカ叩くなよ、本当に馬鹿になるだろう、茜」
「もう馬鹿だから大丈夫だ、安心しろ。それより、さんつけろ。お前に呼び捨てにされると虫唾が走る」
目の前で起きている茜と拓真の口論を気にした素振りもなく、誠は玄さんとは違う涼やかで爽やかな笑顔を浮かべ自分に尋ねる。
「しかし、本当に新しくバイトの子が入ったんだね。えっと、君たちのお名前は?」
ちらりと奥沢京子を見るが奥沢京子に答える素振りはなさそうなので先に自分が答える。
「僕は逢坂悠里です。近くの穂積高校に通ってます。」
「あぁ、穂積かぁ。僕も通ってたんだよね。んじゃ、僕は君たちの先輩にあたるのかな」
とイケメンスマイル、イケメンは何をやっても絵になるからずるい。
誠はそのまま喫茶店の角で観葉植物に水をやっている奥沢京子に視線を移す。
「それでー、君の名前は?」
と誠が尋ねるが奥沢京子は無視を決め込み、背を向けている。
「彼女はねぇ、奥沢京子ちゃんって言うんだ。可愛いでしょ。」
仕方がないので自分が説明しようとするとカウンターで僕たちのやりとりを楽しそうに眺めていた玄さんが代わりに答える。
「そうですか。確かにかわいい子ですね」
奥沢京子の無視にも気にした素振りもなく可愛いなんて言い出した。
もし自分が女性に可愛いなんて言えば下心でもあるように思われそうだが、誠が言うと全く下心を感じない。
これだからイケメンはとぼやきそうになるが、代わりにその隣の信二がぼそりと「クソ、イケメンが」と代弁してくれた。
「そういえば、誠君達は今日練習しに来たのかい」
玄さんが思い出したように誠に尋ねる。
練習?とは何のことだろうか。
疑問が顔に出ていたのか玄さんは意外そうな顔して茜に尋ねる。
「あれ、もしかして茜ちゃん、悠里君達に地下の事説明してないの」
茜に視線を向けるといつの間にか拓真にヘッドロックをかけている。
「えっ?あぁ、そうですね。一応高い機材もありますし、触らせないようにと思って教えてませんよ」
何のことだと思いながら玄さんを見ると玄さんは優しく教えてくれた。
「実はね。ここ喫茶店だけじゃなくて地下に練習スタジオもやってるんだ。あっ、練習スタジオってあれね、あのギターとかぎゅいんぎゅいんって鳴らして練習する場所。ほらお家だとギターがうるさくてお隣さんに迷惑かかっちゃうからね。バンドやってる子にはこういう場所が必要なんだ」
玄さんに補足して誠が続けて説明してくれる。
「そう、だからたまにここで練習させてもらうんだ。ここは喫茶店の地下って珍しい所にあるから借りる人も少なく助かるんだよね。料金も安いし。まぁ、茜さんからしたら迷惑なのかもしれないけど」
拓真にコブラツイストをかけながら茜が答える。
「別に気にしなくていいさ。そんなしょっちゅうに来られても大変だよ。お前達くらいがちょうどいい。まあ、それにだ
「あががががが・・・・、馬鹿折れる。茜折れる。お前、だから男女なんて言われるんだよ」
会話をかき消すに拓真の悲鳴が響く
「だから、年上にはさんつけろ馬鹿。それに男女なんて初めて聞いたぞ。それ、お前が私の事を裏で呼
んでる呼び方だろ」
茜がさらに絞めあげると、拓真の悲鳴が一オクターブ高くなった。
誠はその様子を微笑ましく眺めている。
「なんだか、この喫茶店に帰ってきたって気がするよ」
「いつもこんな感じなんですか」
自分もそんな茜と拓真のやり取りを眺めながら尋ねる。
「そうだねぇ、いつもこんな感じだね。大体、拓真か遙君が茜さんを怒らせて茜さんに懲らしめられているね。まあ、仲がいい証拠なのかもしれないけど」
と誠が苦笑いを浮かべながら答える。
「遙の名前があがるって事はもしかして誠さん、遙と知り合いなんですか。」
「うん、そうだね。知り合いというか友達というか、血の繋がらない弟って言っちゃってもいいかもしれないね。」
学校では自分以外に友達のいない遙に、自分の知らない所でこんな知り合いがいたとは。
「そういえば、遙もここで働き始めたようだけど……」
「ああ、遙なら学校で」
と言い切る前に噂をすればなんとやら、喫茶店のドアを乱暴に開けて遙が喫茶店に入ってきた。
「おい、悠里。学校で待ってるんじゃないのかよ。俺学校の中必至に探して……って拓真さん!?」
遙が喫茶店の扉を開くとちょうどコブラツイストを茜にかけられている最中の拓真と目が合った。
「拓真さん、久しぶりじゃないですか。拓真さん達またフラッとどっか行ったんで ずっと心配してたんすよ」
拓真に駆け寄り拓真の肩を激しく揺する。
「いででででで、馬鹿、揺するな、いでぇ、間接が間接が軋むわ、馬鹿たれ。それよりお前の姉貴なんとかしろ」
遙は薄笑いを浮かべながら締め上げる姉の姿をを見て残念そうに首を振る。
「拓真さん……こうなったら俺でも無理です、というかこの状態の姉とあんまり関わりたくないです。なので、諦めてください。なむ……」
遙は拓真に向かって手を合わせて、くるりと拓真に背中を向ける。
「あっ、誠さん」
切り替えが早いというか残酷というか、後ろで絞め技をかけられている拓真がいなかったように嬉しそうに駆け寄ってきった。
遙に見捨てられた拓真は野太い悲鳴を上げた後、カクンと意識を落とした。
「久しぶりですね、誠さん。急にどっか行っちゃったんで俺ビックリしましたよ。今ままでどこ行ってたんですか。」
「ああ、そうか、遙には何も言ってなかったからね。僕達、関東ぐるっと周ってライブしてきたんだ。何も言わずに行っちゃってすまないね」
「いや、そんな事ないですよ。それより、ライブの話後で聞かせてくださいよ。」
「そうだね、面白い事も色々あったからね。練習し終わったら話そうか」
「はい、是非。俺凄い楽しみにしてますから!!」
と目をキラキラ光らせて喜ぶ遙。
「お前は敬語とは無縁だと思っていたが、ちゃんと年上に対してそういう態度とれるんだな」
長い付き合いだが遙が年上に敬語を使う姿を始めてみたかもしれない
「当たり前だろ、俺をなんだと思ってやがる。というか、お前俺の事置いていきやがって。」
「しらねえよ、何でわざわざお前の事を待たなければならないんだ。」
鼻息が顔に掛かるまで顔を近づけてきたので両手で顔を押し返す。
「悠里だけじゃなねぇ、おい奥沢。お前も先に帰るんじゃねぇよ。どいつもこいつも一人で先に行きやがって、一人で帰るのめちゃくちゃ寂しいじゃないかよ」
今度は半分泣き混じりで奥沢京子に詰め寄るが
「・・・・・・・・・・・・・・・・汗臭い」
と一蹴され、ぎゃんぎゃん騒ぎ立て始める。
「ふふ、ふふふ……あははははは—————」
唐突に隣の誠が声を出して大きく笑い始める。
「どうしたんですか。誠さん」
「いやいや、ごめんね。君たちが凄い仲が良さそうだからさ。うん、楽しそうだ。凄い楽しそうだ」
誠はひとしきり笑った後、呼吸を整えながら遙を真っ直ぐ見て告げる。
「本当に良い友達を持ったね」
遙は少し驚いたような困ったような顔をした後、何も考えないような顔して
「だろ」
と笑った。
誠さんは大きく頷いた後に手をパンと叩いた。
「そうだ、関東一周する間に新曲が出来たんだ。どうだろ、関東を一周してレベルアップした俺たちの腕前を茜さん達に見てもらうついでに、悠里君と京子ちゃんとの新しい出会いを祝して、新曲を披露と言うのは」
「おぉぉおお、新曲ですか。すげぇ、楽しみ。凄い聞きたいです。」
遙が雄叫びを上げる。
「そこのステージ借りてもいいですか、茜さん。」
誠が喫茶店の少しだけ床が高くなっている角を指して、茜に確認をとる。
「ああ、そうだね。私は別にいいけど。良子さん、菊恵さん、今からこいつら歌うらしいんですけど大丈夫ですか」
とステージの反対の4人掛けの席のよく喫茶店に来るご婦人二人に声をかける。
「なに?誠くんの歌が聞けるの?いいわよ、いいわよー。おばさんたちも誠くんの歌聞きたいわ」
「ありがとうございます、叔母様方」
と笑顔を向けるとご婦人達の黄色い歓声がわいた。イケメンは歳が2倍以上あるようなご婦人にも通用するらしい。
「玄さんも久しぶりに僕の歌聞いて行ってくださいね」
「うん、楽しみしてるよぉ。君の歌は元気が出るからねぇ」
玄さんがコーヒーカップ片手ににこりと微笑む。
最後に誠がこちらに振り返り。
「という訳で、君たちを出会いの歓迎の意味を込めて歌うから是非聞いてもらえるかな」
「えっ、はい、お願いします」
「京子ちゃんもいいかな?」
下から覗き込むように誠が奥沢京子に尋ねる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
奥沢京子は相変わらずの無反応。
奥沢京子の脇を小突く。
奥沢京子は舌打ちと共にこちら一瞬に睨みつけて言った。
「結構です。いりません」
奥沢京子の力強い拒絶。
「あっ・・・ぇつ・・・と」
誠も思わずたじろぎ、喫茶店が鎮まり返る。
「茜さん、冷蔵庫の牛乳きれてましたよね。買ってきますのでお金ください。」
「あっ、お、おう・・・」
居心地の悪い空気を感じてか逃げるように、奥沢京子は喫茶店を出ていってしまった。
「おい、ちょっとまて。どういう事だ、奥沢」
「ああ・・・うん、まあ、大丈夫だよ。遙。奥沢ちゃんもそういう気分じゃなかったんだろうね」
連れ戻そうとした遙を誠がやんわりと止める。
「なんか空気が沈んちゃったみたいだけど、気にしない、気にしない。今度、奥沢ちゃんのためだけに
歌っちゃうからさ。今日は皆、僕の成長を聞いていってよ」
誠がそう言ってにこりと微笑むと場の雰囲気がすこし和らいだ。
その後、奥沢京子1人を除いて誠さん達の演奏が始まった。
誠さんたちの曲は穏やかなバラードで、雲の差間から覗く太陽のようなほのかに温かくて明るい曲だった。
改行が少なくて読みづらいとの意見がありましたので、機会を見つけて今まで投稿した全てに改行をいい感じ入れたいと思います。後、投稿遅れてすいません。




