奥沢京子の成長を見守る会
同じ釜の飯を食う仲間という言葉があるように、一緒に昼飯を食べる事で人との距離は縮まるものなのかもしれない。
最近、驚くべき事があった。なんと奥沢京子と徐々に会話ができるようになったのだ。初めて一緒に昼飯を食べる事になった日を1日目とすると、
1日目
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッチ」
舌打ちのみ。
3日目
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ざい」
理解不能。多分、うざいだと思われる。
5日目
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うるさい」
ようやく単語になる。
7日目
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うざい、どこかに行って」
どことなく、「ぱぱ」、「まま」の単語から「ぶーぶー、はやい」を言えるようになった子どもを見守る父親の気分である。
8日目
「うざい、きもい、消えろ・・・・・・・・・・・・・後、汗くさい」
反抗期の娘をもった親の気分、何故だか物悲しい。
そんな感じで日を重ねるごとに奥沢京子と会話も増えてきた。これを会話と言っていいものかと気もするが。
ちなみに言われているのは僕ではなく、遙である。話しかけるたびに罵詈雑言を浴びせかけられるというのに今日も楽しそうに奥沢京子に話しかけている。
「近くに公園あるだろう。ほら、あの雑木林があるところ。あそこで夜な夜なカップルがしけこんでるそうだぜ」
焼きそばパンを頬張りながら、遙が楽しそうに話す。
「えっ、あの公園。そうだったの。近所のファミマってあの公園の近くしかないから夜、公園の前通りづらくなったじゃないかよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「まあまあ、そういうなって。それより俺少し考えたんだけどさ・・・・ぬふふ」
遙が気味の悪い笑みを浮かべる。
「おいおい、またなんか変な事考えているんだろう。はっきり言っておくが僕は参加しないからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「今回はそんなに危なくないから。ただ、そうだな。あの公園にカメラを置いておいたら何が写るのかなって事だよ」
「お前なぁ・・・僕は参加しないぞ。絶対に参加しない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「つれねぇなぁ、大丈夫だって。ただ、カメラを置いておくだけだから。ほら、夜の公園に出る夜行生物を調べるという学術的とかいう事をするだけだから。まぁ、その生物が何であるかは分からんがね、ぬふふ」
「最近、お前気持ち悪くなってきてないか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そんな事ねぇよなぁ、奥沢。というか奥沢もどうよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・きもい」
今まで会話に入らず、啄むようにもそもそとコロッケパンを食べていた奥沢京子が口を開く。
「きもい、マジできもい」
「ほら、奥沢さんだって言ってるじゃないか。やめとけって、それ犯罪になるんじゃないか」
遙は口を尖らせながら言う。
「ちぇ、冗談だっての。でもよぉ、奥沢。お前もお年頃なんだからそういうの興味あるんじゃないですかねぇ?まぁ、悠里はムッツリだから仕方がないとして」
食べかけの焼きそばパンをマイクの様に奥沢京子の口元に寄せる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・セクハラ」
遙に突き付けられた焼きそばパンを、顔を逸らして躱す奥沢京子。
「えー、そうやってはぐらかして実は興味あるんじゃないの?」
それでもめげないのが遙である。逸らした方向にまたパンを寄せる
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しつこい」
遙がパンを近づければ、奥沢京子が躱し、奥沢京子が躱せば、また遙が焼きそばパンを近づけるという謎の攻防が生まれる。
何やっているんだかと呆れる反面、2週間前では考えられなかった光景に少し奥沢京子と近づけた気がして少し嬉しくもあった。
ただ奥沢京子に近づいた事で奥沢京子の抱える問題に巻き込まれることにもなる。
遙と奥沢京子の攻防もカンフー映画の域に達しそうなほど激しさを増した時、教室の扉が乱暴に避けられた。そして、大場率いるガラの悪い女子生徒がうるさい足音を鳴らしながら教室に入ってきた。
どうやら仲間の女子たちを引き連れて学食に行っていたらしい。
「あー、いつ行っても学食マジー」
「無駄にカロリー高いもんね。何入ってんの、あれ?」
「というか学食のババアマジ愛想悪くね、アタシなんか毎回睨まれるですけど」
「わかるー。超わかる。」
普通の女子より一オクターブ高い騒音のような声を発しながら定位置である窓際の前の席に集まる。
ギャルと呼ばれる女子とは関わりが一切なく、コミュ障オタクにとって非常に恐ろしい未知の生命体の為、条件反射的に下を向いてしまう。
チラリと横を見れば今までくだらない攻防を繰り広げていた奥沢京子も下を向いている。
そんな僕達に大場達は気付き、こちらを見てニヤニヤと品のない笑みを浮かべる。
「あれ、なんか臭くない?なんかゴミ捨て場の臭いがするんだけど」
周りの腰巾着が大場が何を言わんとするか理解したらしく、同じように品のない笑みを浮かべる。
「あっ、確かになんか臭うね。くさい」
「ヤバい、ヤバい、ヤバい、超ヤバい」
大場達が顔を顰めつつも口角を歪めてこちらに近づいてくる。
「なんか臭いこっちからしない。」
「確かになんか臭うわ。マジ臭うわ」
大場が周りの女子を引き連れて奥沢京子の前に立つ。
「あれ、もしかして臭いの発生源って奥沢さんじゃない」
大場が奥沢京子に顔を近づける。
「うわぁ、やっぱり奥沢さんだ。なんか雑巾みたいな臭いがするよぉ」
「えっ、嘘、本当に?ああ、確かに雑巾みたいな臭いがする」
大場に続いて取り囲んでいた女子たちも奥沢に顔を近づけて臭いをかぎ始める。
「ちょっとその臭いヤバい過ぎるよ。なんとかした方が良いって」
そういって大場は肩に下げていたバックから制汗スプレーを取りだし、奥沢京子に向かっていきなり吹き付けはじめた。
顔に吹き付けられる瞬間、奥沢京子はなんとか目を瞑ったようだが、顔や制服に制汗スプレーの白い粉がつき、食べかけのコロッケパンにも白い粉がかかっている。
「これで少しはマシになったんじゃない」
「確かにマシになったんじゃね」
笑い声を隠すことなく手を叩きながら大声で笑う。
「あー、でも制汗スプレーと雑巾の臭いが逆に混じりあって気持ちわるい臭いになったかも?これやばいって、奥沢さん今日はもう帰ったら。というか皆に迷惑かけるんだから、もう学校に来ない方がいいんじゃない?」
「ちょっ、大場マジひでー。超ひでーんだけど」
奥沢京子を気にする素振りもなく笑い続ける。
普段なら大場が飽きるまで、もしくは昼休みが終わるまで奥沢京子を弄り続けるが、遙が席から立ち上り大場に詰め寄る。
「・・・・・・・なっちまった・・・」
「はっ?何」
「だからお前たちのせいで俺の焼きそばパンにも制汗スプレーがかかっただろって言ってんだろうがぁ」
「そんなん捨てればいいじゃん」
「そんな事もったいなくてできるかボケェ」
遙が大場の鼻に当たりそうなほど顔を近づけるが、大場は逃げずに睨み返す。
「大体さぁ、あんた達最近奥沢さんと一緒にいるけど何どっちか付き合ってるの?うはっ、きめぇ」
「それは今重要な話か?俺は今焼きそばパンにお前の臭いスプレーがかかった事に対して文句を言ってるんじゃ」
「はぁ、臭い。何言ってんの」
「だからお前の制汗スプレーが臭い言ってんだよ。ついでに言えばお前のそのドブみたいな香水の臭いもめちゃくちゃ臭くて飯がまずくなるんだよ」
「何、ドブ?ドブって言った?ドブの匂いした香水なんてあるわけないでしょ。あんた鼻おかしいんじゃないの?まじきもっ!!」
「鼻おかしくねぇよ。でも、お前の香水をドブ以外で表すなら、化粧の濃い中年ババアの香水の香りだな。なっ、そうなんだろ。ババア香水野郎」
「はぁ、ババア香水野郎。ってか何、さっきから何突っかかってきて、マジきもいんですけど」
「突っかかってきたのはお前の方が先じゃねえか。」
「別にあんたに用があった訳じゃないし、用があったのは奥沢さんだし。何?自意識過剰?きもっ、マジきもっ。ねー、みんなきもいよね?」
「きもいね」
「まじ、きもっ」
「きもいから死んだら」
取り巻きの女子が声を合わせて「きもい」の大合唱。
「きもい」
「死ね、きもい」
「きもっ」
といつの間にかまた女子たちに取り囲まれ罵詈雑言を浴びせかけられる遙。
最初は黙ってキモイコールに耐えていたが、遙はあまりの気の長い方ではないなので
「・・・・・・さっきから聞いてればきもいきもい、うるせぇなぁぁ。てめぇらぁぁぁあ」
きもい、きもいの大連呼についに遙がキレた。
遙は「うがー」と叫びながら女子を薙ぎ払い、その辺の女子を追いかける。大場含めた女子の集団は甲高い悲鳴を上げながら逃げ惑う。
そして偶然逃げおくれた、以前ペットボトルを顔面に投げつけられた少女、美空ちゃんを捕まえ、肩に担ぎその場でぐるんぐるんと回り始める。回る事によって遠心力が生まれ美空ちゃんのスカートが捲りあげられ、水色と白のストライプのおぱんつがお見えになる。
教室では男子の野太い歓声と女子の甲高い悲鳴が生まれ、教室が混沌と化す。
この騒ぎは今日、昨日に始まった事ではない。
奥沢京子のいじめは奥沢京子に近づけば近づくほど自分の目につくようになった。
奥沢京子と関わりの無かった時は気付かなかった、いや気付かないふりをして意識から外していたものが自分の意識に引っ掛かるようになったのだろう。
奥沢京子へのいじめの方法は実にさまざまであった。
例えば、体育の授業。
バレーボールのチーム決めでワザと奥沢京子が孤立するように組んだ上で、多人数対奥沢京子で試合をしたり、レシーブ練習と称して壁際に奥沢京子を立たせ、取り巻き達にボールを投げつけさせるなどであった。
それは決まって担当教師の目を盗んでの行為であり、そもそも教師も奥沢京子のいじめにあまり触れたくないらしく見つけても少し声をかけるだけだった。
また、普段の学校生活では物を隠したり、机の中にゴミをいれるのは当たり前の事で、奥沢京子の制服に「あっ、クリーナーと間違っちゃった」といって黒板消しを擦りくけたり、奥沢京子が歩いていたら足をかけて転ばせたりも至極当然にする。
そうして奥沢京子が虐められている場面を見かけるたびに遙は言い訳をつけて奥沢京子を助けている。
遙本人は助ける気はないように振る舞っているが傍からバレバレだ。
奥沢京子に肩入れすればするほど遙の立場が危うくなる。
現に今まで友達まではいかなくても多少遙と話はしていた男子達が最近一切遙に話しかけなくなった。
それでも遙は気にした素振りもなく奥沢京子を助ける。
遙を馬鹿だなと思いつつも、尊敬というか嫉妬というか、自分と遙を比較して自己嫌悪に陥る。
そんな事を、美空ちゃんを肩に担ぎ走り回っている遙を眺めながら思う。
ちなみに自分と奥沢京子は騒ぎに巻き込まれない様に教室の角に逃げ込む。
というかこの状況、遙をどう止めるべきなのだろうか。
そもそも騒ぎが大きくなりつつある現状、これ下手に関わるべきなのか?
と頭を悩ましていると、奥沢京子が横でぼそりと呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・本当に馬鹿じゃないの」




