南国おじさま 浜風を添えて
「・・・・・・・・・・」
開幕早々奥沢京子に無視された。
喫茶店の扉を開けると、奥沢京子がふわふわのゴスロリ服を着てモップで床を撫でていた。モップで床を撫でるというのは妙な表現だが、実際掃除しているというより撫でていると言った方が正しい力の入れ方だった。
「ゴスロリってデフォルトなんだ」
「・・・・・・・・・・」
とりあえず、思った事を言ってみたが返ってきたのは奥沢京子の二度目の無視。
「あぁ・・・・っと、よぉ!」
遙も頑張って接触を試みる。
しかし、返ってきたのは
「・・・・・・・・・・」
無言だった。
早速、奥沢京子とのコミュニケーションに挫折する。
奥沢京子は自分達の相手はしないとでも言うように、自分達に背中を向ける。
遙と顔を見合わせる。遙が顔でどうしようと言ってくるがどうしようもない。
どうしようもないので、とりあえず愛想笑いでも浮かべてみるが、奥沢京子は背を向け無反応。
「・・・・・・・・・・・」
嫌な沈黙が喫茶店に流れるが、その空気は一瞬にして消える。
茜がカウンターからコツコツと歩いてきて、手にした大学ノートの角で奥沢京子の頭を叩く。奥沢京子がうめき声を漏らしながら蹲る。
「モップ掛けはちゃんと腰を使ってする。適当にやってサボろうとするんじゃないよ」
茜は奥沢京子に一通り説教した後、こちらに向き直る。
「ほら、あんた達も入り口でぼさっとしてるんじゃないよ。さっさとエプロンつけて手伝いな」
と有無を言わさない口調と顔で言うので、うぃすと間抜けな返事をして喫茶店の奥にある休憩室らしき部屋でエプロンに着替える。
エプロンに着替え喫茶店のカウンターに戻ると客が来店していた。
歳は50代半ばくらいで、中肉中背。アロハシャツにハーフパンツといういでたちは寂れた商店街には似合わない南国の雰囲気を感じさせた。
カウンター席に座る初老の客がニコニコと相好崩しながら話しかけてきた。
「君たちが新しく入ってきたバイトの子?皆若いねぇ、いいねぇ、素敵だねぇ」
ここでなんと返せばいいのか分からないのがコミュ障の辛い所。
遙が「うっす」と答えたのでそれに倣って「うっす」と返してみる。すると、茜に「それが客に対する挨拶か」と茜に大学ノートで頭を叩かれた。
「すいませんね、玄さん」
茜が頭を下げる。
「いいよぉ、別に。若い子らしくていいじゃない。みんなそんなもんだよぉ。しかしいいなぁ、若いって。茜ちゃんも十分若いけど、なんか青春の香りがして僕まで若返りそうだよぉ」
と玄さんと呼ばれた客がにっこり微笑む。
どうでも良い事なのだがこの人が笑うとえくぼができる。男のえくぼなんて興味はないが。
「玄さん、コーヒーできましたよ。熱いんで気を付けてくださいね」
茜が僕達に見せないような笑顔で、これまた丁寧にコーヒーを玄さんの元に置き、咳払いを一つ。
「あぁ、このお客さんは玄さん。喫茶店の正面向かいの本屋から左に3軒隣の骨董屋の店主さんだよ。ウチにとっては生命線と言ってもいいくらいの常連さんだから粗相のないように。あとは・・・・・そうだ、玄さんがいつものっていったらブレンドコーヒーだから。ですよね、玄さん」
「んっ?そうだね、大抵ブレンドコーヒーだけど単に『いつもの』って頼み方がドラマみたいでかっこいいから言っているだけなんだけどねぇ。まぁ、僕はなんでもいいよぉ、甘いモノとかも好きだからケーキとか出て来てもそれはそれでいいしねぇ」
と笑顔を崩さずに話す。
初めて会って、しかも自分の祖父母に近い年代の人に対して、どう距離を掴めばいいか分からない。
しかし、会って少し話した程度だが、玄さんの人間としての温かみが伝わってきて、すぐに親しくなれそうではある。
現に自分以上に人見知りな遙が「押忍!」という無駄に気合の入った返事をして茜に頭を引っぱたかれている。
そんな様子を微笑みながら見ていた玄さんが遙に尋ねる。
「そういえば、君は茜ちゃんの弟さんらしいね?確か名前は遙君だったかな?」
「そうです、よく似てないって言われますけど兄弟です」
引っぱたかれた頭を擦りながら遙が答える。
「いやいや、そんな事ないよぉ。茜ちゃんと目元がそっくりだもの。」
「えっ、そうですか」
「そうそう、そのキリッとした目元、実に男前だねぇ」
「玄さん、それ私に対して失礼じゃないですか?」
「えっ?あぁ、もちろん例えだよ。例え。」
本人には決して言えないが、あのがさつで遙との血の繋がりを如実に感じる茜さんも玄さんの前ではなんというか朗らかでやわらかい、ポワポワという謎の擬音が似合う雰囲気になっている。
それほどまでに玄さんには人を和ませる雰囲気を持っている。
と妙な関心をしていると玄さんに話しかけられた。
「ちなみに君の名前は何ていうのかな?遙君の友達かな」
「友達、友達なんですかね?遙から見たら舎弟なのかもしれません。あっ、ちなみに名前は鹿野悠里って言います。」
「そこは友達って言っておけよ!」
遙が間髪入れずにツッコミを入れてきた。
「はぁ、毎度毎度面倒事につき合わせておいて友達なんてよく言うよ」
「別にいいじゃねぇか、お前だって結構楽しんでいるんだから」
「何を言い出すかと言えば、深夜の一時に電話でたたき起こされて、朝までカラオケにつき合わされるのが楽しいと思うのか」
「とか言いながら、なんだかんだで付き合うんだから結構楽しんでいるんじゃないの?」
遙がニヤニヤと笑いながら顔を近づけてくる。
「あれは来ないと泣くぞとか駄々コネ出してなかなか電話を切ろうとしなかったから仕方なかったんだよ」
遙の顔を両手で押しかえす。
「君たちが友達って言う事は、もしかして彼女も友達なのかな」
抱き締めようとする遙を押し返しながら、玄さんの視線を辿った先には奥沢京子がいた。
奥沢京子は相も変わらず無機質に床をモップで拭いている。
皆の視線が自分に向いたのを察したのか、さきほどまでのてろんてろんとした拭き方ではなく、若干力を込めた拭き方に変えた。
閑話休題。
奥沢京子が自分達にとって友人か。
どこからが友達かという定義によるだろうが、今までを振り返れば友達とは言えないだろう。
しかし、正直に友達ではないと答えていいものか。
正直に友達ではないと事実を言えば、その瞬間に奥沢京子と自分たちの間に明確に線引きがなされてしまうような気がする。
一方で出会って数日、挨拶すれば無視される関係でキザったらしく友達だと言っても只薄っぺらい。
最終的に自分はなんて答えればいいのか。
自分は選択が生じると必ずその場で立ち止まる。
大体の場合、最後まで自分で選べず、その場で立ち尽くしたまま状況が先に動いて、その流れに従う事になる。
基本的に自分は臆病なのだ。もし選択した道が間違いだった時が怖いのだ、だから立ち竦む。前に出られない、行動力がない。
奥沢京子の家から悲鳴が聞こえた時もそうだった。自分はただおどおどして遙が動くまで何もできなかった。
結局の所、自分は何がしたいのか
「後ろのあいつですか?もちろん、友達ですよ」
そんなこんなで立ち止まっている自分を他所に、遙が胸を張って答える。
迷いの全くない、至極当然だろと言わんばかりのしたり顔。
そんな遙の横顔を見ながら、こういう奴が漫画で主人公張るんだなと感慨深く思う。
玄さんは一層優しい笑顔でニコニコと微笑み、茜は何を考えているのかニヤリと笑った。
こちらに背を向けモップ掛けをしている奥沢京子を見る。
奥沢京子は掃除していた手をぴたりと止めて、こちらを振り向く。
何かを言おうとしたのだろうか。ためらいがちに口を少し動かし、途中でやめた。
声にならない声だったが、その口の動きは「ちがう」と言っていた。
奥沢京子は何も無かったようにこちらに背を向け、床を拭きはじめた。
超次元サッカーしようぜと言わんばかりの爽やかさで友達発言をした遙は奥沢京子の皆無と言っていいほどの反応に戸惑い、胸を張ったまま固まっていた。
そんなやりとりをどう思ったのか玄さんは
「若いっていいねぇ」
と一言残しコーヒーを一口飲んだ。
喫茶店にひと時の静寂が訪れる。
「え、なにこの空気」
ひな壇芸人がスベリ散らかした時の哀愁を遙から感じた。
サブタイの~shining star Kissから始まる桜色Days~、当初悪ふざけとタイトルを見た時のインパクトの為につけたのですが、どうもこのサブタイのせいで純愛ラブコメのような、はたまた美男子ハーレムものと勘違いされてタイトルの時点で敬遠されているような気がします。良いタイトルが思い付くまでの仮でしたが、その内しれっとサブタイだけ変えるような、変えないような。




