ハーレムアニメにおけるお風呂上がりシーン的な何か
たどり着いたのは駅から徒歩40分ほどの寂れた商店街にある、これまた寂れた小さな喫茶店だった。
この喫茶店を自分は知っている。
遙の姉、茜が一人で経営している喫茶店だ。
実際の売り上げ的には喫茶店と言うよりもバーと言った方が良いのかもしれないが。
遙は入るのを躊躇うように店を少し眺めた後、内に入っていったので後に続く。
店内にはお客さんどころか、茜すらいない無人だった。
店の看板はopenになっていたが買い物にでも出かけたのだろうか。
どちらにせよ、ある意味、お店に誰もいなくてよかったのかもしれない。
遙と手を繋いでここまで来た奥沢京子は道中変わらず終始無言だ。このまま立たせる訳にも行かず、とりあえず奥沢京子をカウンター席に座らせた。
静かな喫茶店に重苦しい空気が流れる。
今まで経験したことのないハードな出来事とこれからどうすればいいのかという漠然とした不安で頭が痛む。
横目で奥沢京子を見る。
顔の半分以上を隠す長い髪。露出の少ない制服から少しだけ見える腕や足に青あざが見える。その様相はホラー映画の幽霊のようで不気味でもある。
体を洗っていないのか、少し異臭がする。
よく見れば衣服も泥やよく分からないシミで汚れており、父親ともみ合った際にできたのだろう所々服が破れている。
「おい、遙。奥沢さんに着替えを用意してあげられないか。茜さんに許可とらないのは申し訳ないけど、何かしら服を貸してもらってさ」
確かこの喫茶店の二階は茜の住居でもあったはずだ。
色々と奥沢京子に聞く事もあるが、奥沢京子の痛ましい恰好が見るに堪えられず、身なりを整える事を勧める。
遙も姉の服を無断で借りるのを少し躊躇いながらも、しぶしぶ頷いた。
「とりあえず、奥沢さん、なんか色々、その大変だったろうから、その破けた服から着替えるついでにシャワーでも浴びてさっぱりしてきたらどうかな。」
しどろもどろになりながらも勧めてみるが、奥沢京子の反応は全く持って無反応。
「あっ、ゴメン。なんか軽率だったね。知らない人の家の風呂なんて入れないよね。ましてや、今男しかいないし、さっきの話は忘れて」
と少しおどけた調子で言ってみるが、相も変わらず無反応。
長い髪で顔が全く見えないので、様子見で顔を覗き込んでみる。
奥沢京子と一瞬目が合ったが、すぐに逸らされた。
左目はさっき殴られたのか腫れあがっていた。片方の右目はどんよりとした曇天を思わせるように真っ暗に濁っていた。
逸らした目は動揺しているようで小刻みに揺れていて、すこし怯えているようにもみえた。
「奥沢さん・・・?」
安心させるようにそっと声をかけるが、奥沢京子はビクンと跳ねあがるように立ち上がった。
「えっと、どうしたの」
「・・・っ・・・ろ」
何かを言っているようだが、聞き取れない。
「えっ、なんだって」
「・・・お、ふろ・・・に入ればいいんですか?」
「えっ、あっ、そうだね。奥沢さんも着替えないといけないだろうし、ついでにお風呂に入ったほうがいいんじゃないかな」
と同意を求めて遙の方を振り向くと、若干うろたえながら首肯する。
「あぁ、そうだな。風呂はそこのカウンターにある階段昇って突き当りにあるから。着替えは後で適当に風呂場の前に置いておく」
「・・・わかり・・・ました」
腕を抱きながら、急ぎ足で階段を上って行った。
奥沢京子が階段を上って見えなくなると、遙と同時に大きく息を吐き出す。
胸の中に渦巻いていた緊張やその他込み入った感情全てを溜息と共に吐き出す。
「どうしてお前といるとこんな事ばかりなんだ」
独り言のように呟くと珍しく遙が「すまない」と謝った。
不満やら怒りやら罵詈雑言を遙にぶつけようとしたが、遙も迷惑をかけている自覚はあるらしく気が失せてしまった。
喫茶店にしばらくの沈黙が流れる。
「しかし、どうしもんかな」
遙が溜息と共に呟く。
遙に従って遙の姉、茜の店に来たが遙はどうするつもりか。
何かしら考えがあってここに来たのだろうが、遙の悩んでいる姿を見ていると、とりあえず、ここに来たという感じも否めない。
奥沢京子をその場の流れで助けてしまったがこれからどうすればいい。
連れ出す際に父親を遙が殴ったことで何らかの罪を負うのではないか、これからどんな顔で学校に行けばいいのか、そもそも学校にこのことがバレたらどうなるのか。
やり場のない不安が膨れて自分に重くのしかかる。
不安のあまり今からでも全てを見なかったことにして逃げ出したい衝動に駆られる中で、奥沢京子の服の裂け目から見えた青あざを思い出す。
あの痛ましい青あざが頭から離れずに、じわりじわりと逃げ出そうとする自分の弱さを、罪悪感を責める。
「あいつの怪我酷かったな」
遙もあの青あざが頭から離れないらしい。
「そうだな。酷かったな」
それ以外何の返答もできない。言葉に詰まるほど痛々しい傷跡。
遙はそれ以来何も言わなくなり、喫茶店に重い空気が流れる。
場の空気を明るくする訳ではないか、この重苦しい沈黙に耐え切れず何か話すことはないかと頭を巡らせるとあることに気がついた。
「そういえば奥沢さんに自分たちの名前教えてないや」
奥沢京子悪い意味で名前を知らない奴はいない有名人だ。だが、違うクラスの遙はともかく、同じクラスの自分の名前すら知っているか危うそうだ。
遙も「それもそうだな」とすこし笑った。
「奥沢さんがお風呂から上がったらちゃんと自己紹介しないとダメだね」
「そうだな。今思えば順番間違えているよな。名前教える前に風呂貸すなんて」
「それで普通にお風呂借りる奥沢さんもなかなかだけどね」
少し会話に笑顔がもれ、少し気持ちが落ち着くと、階段を静かに降りる音がした。
奥沢京子がシャワーを浴び終え、降りてきたのだろう。
「あっ、シャワー浴び終ったんだ。んじゃ、ちょっと話があるんで………」
階段から降りてきた奥沢京子を見て、思考が一瞬で停止した。
そんな自分の反応を見て遙も怪訝に振り向き、
「あぉ」
奇妙な声をあげて、椅子からズリ落ちる。
階段から降りてきた奥沢京子はバスタオル一枚だった。
手にはさっきまで着ていた学校の制服。普段顔を隠している長い髪は左右に分けられ、普段見えない素顔が見える。
殴られた左目は腫れあがり、頬には痣がある。痣は顔だけではなく、バスタオルから露出している肌に数か所青あざが見える。
奥沢京子が受けてきた家庭内暴力の惨さが分かる、
「奥沢さん、な、なんでバスタオル」
あまりの衝撃に声が裏返ってしまったが、なんとか言葉を絞り出す。ちなみに遙は顔を真っ赤にして、下を見ている。
着替えを用意しておくと言って、まだ用意していない僕たちが悪いが、それでもバスタオルでここまでくる必要はないだろう。
無人だとしても一応ここは喫茶店だ、誰かが来るかもしれない。
羞恥心は無いのかと心の中で呟きながら、チラリと奥沢京子を覗き見る。
奥沢京子の目には羞恥心や動揺といった色はなく、感情のない死んだ目をしていた。
「あぁ、バスタオルはつけない方が良かった」
といっておもむろにバスタオルを脱ぎ始めた。こんな所で脱がれるのはまずい、なんというか倫理的にというか精神的にもとてもまずい。急いで脱ぎにかかったバスタオルをおさえにかかる。
必然的に奥沢京子の肌に触れる事になりバスタオルを押さえた手から奥沢京子の体温が伝わってきて、自分の顔が真っ赤になるのが分かる。
遙が機転を利かせてブレザーを脱いで奥沢京子にかける。
「なにをするの?」
奥沢京子は首を傾げ、不思議そうに問いかける。
「何をするも何もこっちのセリフだよ。なんでいきなり脱ぐのさ」
奥沢京子は死んだ目から少し敵意の籠った眼でこちらを睨みつける。
「だって、あなたたちこういう事がしたかったんでしょ」
「はぁ?」
遙と一緒に素っ頓狂な声をあげてしまう。
「あなた達こういう事がしたくてあの家から連れだしたんでしょ?」
「えっ、いや」
何を言っているのだろうか。唐突すぎて理解ができない。
「だからこういう事したかったんでしょって言っているの。別にいいわよ。」
変な誤解を受けているのだろうか。
「本当に何故私なのかよく理解できないけど、まぁ、ここまで来たんだもの。別にいいわ、あの家に戻らなくて済むもの」
「いや、あのね。別にそんな、君と如何わしい行為をしたいという訳ではなく」
「嘘でしょ。こんなゴミみたいな私を助けてくれる訳がないじゃない。ましてや、見ず知らずのあなたが何の理由もなく私を助ける道理なんてないでしょう」
奥沢京子の声が震えている。
「いや、普通に考えたらそうなんだろうけど、ただの善意というか、なりゆきで助けたというか」
確かに奥沢京子が言っている事は当然の事で、見ず知らずの僕達が何の得もなし奥沢京子を助けるなんて
不自然な事だろう。
それはそうなのだが、自分たちはそんなに打算的に生きているわけではないし、そもそも助けたのは遙だし。
「もうどうでもいいわ。あの家から連れ出してくれたお礼はするわ。私なんかで満足できないだろうけど、あなた達のご希望にそってあげる。」
奥沢京子はテーブルに腰かけ、遙のかけたブレザーを肩から降ろす。
奥沢京子は自分たちをまるで信用してくれない。
学校のイジメ、家庭での暴力を考えれば奥沢京子がここまで人間不信になるのは当然なのかもしれない。
そんな奥沢京子に、自分はどうすればいいのか、なんて声をかけたらいいのか全くわからない。
何もできずに立ち竦んでいると、今まで黙っていた遙が奥沢京子に近づき、両肩に手をのせる。
「ふっ、何やっぱりそうなんじゃない。自分で言うのもなんだけど私を選ぶなんてあなた達相当趣味が悪いわね。あっ、もしかしてそういう趣味なのかしら」
奥沢京子が挑発する。
遙は短い溜息をついた後、頭を少し後ろにのけぞらせ、思いッきり頭突きをした。
ゴツッっといった骨と骨がぶつかる鈍い音がした後、奥沢京子は声も出せず悶絶する。
頭突きをした本人、遙は少し痛そうに頭を片手で押さえた後、声を荒げて言った。
「お前ふざけんじゃねーよ、何がやりたかったんでしょうだ。」
奥沢京子も何か言い返そうとするが、まだ頭が痛むらしく何も言わずに遙を睨む。
「そもそも誰がお前とやりたがるかボケ。こっちは家の外からでも聞こえるくらいのお前の叫び声聞いて血相変えて助け出してやったのに、素直に感謝しやがれ」
奥沢京子も痛みが引いてきたのか、遙を睨みながら叫ぶ。
「誰も助けてなんて言ってないわよ。そもそもなんで見ず知らずのあんた達が全く関係もないし可愛くもない私を助けようなんてするのよ。あり得ないわ。」
遙はメンチでもきるかのように奥沢京子に顔を近づけ、怒鳴り返す。
「俺もなんでお前をたすけようと思ったのか分んねえよ。でもなぁ、目の前に困っている奴がいたら助けたくなるのが人ってもんだろうが、お前は全く信じねぇようだが、俺はお前を助けたくて助けたんだ。不純な感情は一切ねぇ。この俺様をなめんな」
「そんなのウソよ、ウソ、ウソ」
奥沢京子が頭を激しく振って否定する。
「ウソな訳あるか、本当だ」
遙が暴れる奥沢京子の肩を抑え、奥沢京子を真っ直ぐ見つめる。奥沢京子も小刻みに震えながら充血した目で真っすぐ睨み返す。
「その証拠がどこにあるのよ。もういいわ、別に私はとっくに覚悟はできているの。あんた達に何されようが構わない。もう散々殴られてもう身も心もボロボロ。今さらあんた達に何されようが何も変わらないわ。」
未だに信じない奥沢京子に遙の顔がさらに赤くなっていく。
遙は奥沢京子を机に押し倒し声を荒げて言った。
「まだ、分からないのか。俺はお前の親とは違う。助けたくて助けた、お前に何も望んじゃいないよ。なんならお前をこの先ずっと面倒みてやってもいい。だから、二度とそんな事を、もう自分はどうなってもいいみたいなこと言うんじゃねぇ」
そして、遙と奥沢京子がテーブルの上でにらみ合う中、喫茶店のドアベルがカランと鳴った。
全員が店の入り口へ振り向く。
「あらあら、もしかして私お邪魔だったかしら」
口元を抑えてニヤニヤと笑う遙の姉、茜が喫茶店の入り口に立っていた。
不自然な場面、違和感バリバリな場面があれば辛辣でも構いませんので教えていただけると助かります。




