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8)鉱石の街マーケン

 図書室で本を読んでいると、じっと、視線を感じた。


「……エルドール。なぜじっと私を見ている?」

「特に理由はありません」


 ふうっと溜め息が出る。

 理由はしっかり分かっている。

 俺が鉱石の街へこっそり行かないようにだ。


 マーケンの街は、ここからそう遠くないのだが、十一歳の子供が一人で出かけられるはずもなかった。

 気軽に鉱石を買いに行こうとした俺は、さくっとエルドールに釘を刺されてしまったのだ。

「子供が一人で出かけるのはなりません」と。


 仕方がないので父上に願い出たものの、残念ながら仕事が忙しくてそれ所ではなく。

 他に思いつくのはセバスチャンだったけれど、我が家の使用人達への指示を一手に引き受けている彼に一緒に遠出させるわけにも行かない。

 それほど遠くはないと言ったって、なんだかんだ向こうで鉱石を探したりなんだりすれば半日はかかるだろうし。

 なので俺はこうして、大人しくエルドールと共に図書室に篭っているわけだ。


 ……買う、と言う手もあるにはあるんだけどね。


 魔宝石の修理に使う魔鉱石がマーケン産なら、ジャックベリー領の首都でも手に入るはずなのだ。

 もっと言うなら、我が家の魔術庫に在庫がある。

 魔法学の授業に魔法教師のジョシュア先生が何度か鉱石を扱うのを見た事があるのだ。

 フォルトゥーナの魔法教師であるクレディル先生も魔術庫から持ち出して使っていたから、間違いないだろう。

 魔術庫には魔術関係の道具が山ほど保管されているし、魔鉱石もその一部に違いない。

 マーケン産の物でない鉱石が混じっていても、アリアンヌのネックレスの隣において相性を見ればいいのだから、探すのはすぐに出来るはずだ。

 ただ問題は、在庫を使った場合修理の成功率が落ちるのだ。

 修理に使う魔鉱石は、出来るだけ、新鮮なほうが成功率が上がるらしい。

 つまり採掘されて時間の経っていない魔鉱石が望ましい。

 魔宝石の扱いに長けた熟練の技術者ならともかく、初心者すぎる俺が扱うなら成功率は少しでも高いほうがいい。

 アリアンヌのネックレスは、お母様の形見だ。

 この世で唯一つのものなんだから、失敗は決して許されない。

 だから、なんとか、鉱石の街マーケンへ行きたいわけだけれど……。


「……私の顔に何か」

「いや、特に何も」


 このエルドールの目を盗んで、こっそり行けるだろうか?

 俺が前世の記憶を取り戻してからは、エルドールに隙がなくなった気がするのだ。

 以前はもっと油断してくれていたのに。

 

 ふぅっと、溜息をついた。







◇◇





 マーケンの街に行かれず、悶々としていたある日。

 チャンスがふいに訪れた。

 例によって例の如く、突如ライリーが家に来たのだ。

 エルドールがお茶の準備をしている間に、こそっと耳打ちすると、


「俺に任せておけよ」


 ライリーがぐっと親指を立てる。

 頼もしいな!

 

「エルドール。済まないが、今日はバウ産の紅茶をもらえないか?」

「バウ産、ですか?」


 ライリーの言葉に、ライリーの好きなブラディン産の紅茶を淹れてきたエルドールが一瞬止まった。

 そうだよな。

 バウ産の紅茶は俺が苦手な紅茶だから、まず出されない。

 この部屋にもバウ産の茶葉は置かれていないはず。

 ライリーもそれを知ってて言っているに違いない。


「久しぶりに、あの紅茶が飲みたくなってさ」

「かしこまりました」


 一礼し、部屋を出て行くエルドール。

 厨房か、もしくは倉庫まで足を伸ばさないとバウ産の茶葉は無いだろう。


「この隙に行くのか?」

「おいおい、無茶言うな。エルドールが戻るまで精々二十分程度だろ? その間に行かれるわけないない」


 無理無理と、片手を振るライリー。

 じゃあ、どうするんだ?


 ライリーが、俺の耳元で囁く。


「……本気か?」

「おう」


 にやりと、ライリーが笑った。







◇◇




「では、ライリー様。ラングリース様をお願い申し上げます」

「おう、任せとけって!」


 ジャックベリー家の門の前に待機していたヴァイマール家の魔導馬車の前で、エルドールは深々と頭を下げる。

 俺は今日から三日間、ライリーの家に泊まる事になった。

 ……表向きは。

 実質は、鉱石の街マーケンに行くのだ。

 エルドールを騙して。


 エルドールはいつもと変わらず、癖のないスレートグレイ色の髪をピシリと整え、執事のセバスチャン似の瞳は真っ直ぐだ。

 

 ごめん、エルドール。

 

 エルドールが準備してくれた荷物をみる。

 丁度、ライリーの家の使用人、トリアンが荷物を馬車に積み込んでいた。

 魔導馬車に乗せられた旅行鞄には、三日分の着替えやライリーのご家族へのお土産などが入っている。


『一人で出かけるのが駄目なら、二人で行こうぜ。俺はお前の家に泊まっている事にして、お前は俺の家に泊まっていることにするんだ』


 エルドールにバウ茶を用意させている間に、ライリーはそう耳打ちしてきたのだ。

 ライリーの家に泊まる事にすれば、確かに自由に動ける。

 何度もお互いの家に泊まったこともあるから、特に疑われもしないだろう。

 一日でも早くアリアンヌのネックレスを直したい俺は、一も二もなくその提案に乗ったわけだけど……。


 あぁ、キツイ。

 なにがキツイって、エルドールを騙している事がこう、胃に来る。

 エルドールも一緒に来ようとしたけれど、アリアンヌの事をお願いしてあるし、ライリーが口八丁手八丁で強引に丸め込んで、留守番をお願いしたわけで。

 マーケンに行って相性のいい鉱石を手に入れたら、ライリーの家には本当に向かうし、全部が全部嘘なわけじゃないんだけれど。

 じっと、俺を見つめるエルドール。

 その瞳から、俺は思わず目を逸らす。


「ラングリース、早く乗れよ。行くぞ!」


 ライリーに追い立てられるようにして、俺は魔導馬車に乗り込んだ。 

 








「さてー、準備すっか♪」


 ジャックベリー家が見えなくなった頃、魔導馬車の中でわくわくとご機嫌な様子のライリーが呪文を唱える。

 光が舞い、ライリーの姿が見知ったそれから素朴な少年へと姿を変えた。

 艶のない焦げ茶色の髪、そばかすの散る顔。

 さっと着替えた装飾の少ない簡素な服。

 どこからどう見ても、貴族には見えない。

 相変わらずお見事。

 

「お前は、どんな容姿がいい?」

「うーん、どんな容姿といわれても。マーケンの街に合う感じだろうか」

「……てきとーに、変えてみるか」


 ライリーの指先から零れる光の粒が俺を取り巻く。


「こんな感じでどうよ?」


 手鏡を渡されて、俺は恐る恐る覗き込む。

 

「……あんまり、変わってなくないか?」


 髪の色と瞳がライリーと同じ焦げ茶色になって、釣り目が垂れ目になっている程度。

 正直、まん丸な輪郭などは一切変わっていない。

 


「俺はまだ体型なんかは変えれないんだよ」

「……バレバレ?」


 こんなにふくよかな体型、まずいないよな。

 

「……何とかなるんじゃね?」


 目を逸らすなよ、ライリー!


 まぁ、ばればれでも何でも、マーケンの街に知り合いなんていないしね。

 どうにかなるだろう。うん。

 俺もいそいそと簡素な服に着替える。

 よかったよ、マラソン用の衣類を仕立てておいて。

 ライリーがくれたざっくりサイズの服で毎日マラソンに励んでいたけれど、自分で注文しておいた分もそのままキャンセルせずにとっておいたんだよね。

 特注だから、いきなりキャンセルされたら仕立て屋さんも困るだろうなって思ったのもあったけれど。


「一人で着れるのな。ちょっと意外」


 さくさくとボタンをはめてシャツを着た俺を、ライリーが本当に意外そうな顔で見ていた。

 まぁ、普段は使用人が着せてくれるけどね。


 








 魔導馬車に揺られる事数時間。

 ゆっくりと速度が減速し、目的地に近づいた事がわかる。

 魔導馬車は名前こそ馬車だけれど、揺れがほとんどない。

 使われている馬は漆黒で、魔宝石を核として作り出された魔導生物だからかもしれない。

 動きや仕草は、普通の馬と変わらないんだけれどね。


「ライリー、あの馬作れるか?」

「馬鹿言え。あれは魔導だろ。俺が使えるのは精々魔術までだ」


 気軽に作れたら移動が楽そうなのに。残念。

 

 魔導馬車がゆっくりとマーケンの城壁を潜る。

 がやがやと活気のある人々のざわめきが楽しげで、俺は馬車のカーテンを少しだけずらして外を見る。

 小さな女の子が魔導馬車を指差して、嬉しそうにしている。

 ジャックベリーの街と違い、マーケンの街は個人の魔導馬車が来るのが珍しいのかな。

 女の子の他にも、ちらちらとこちらを伺う目線がある。


 まずかったかな、街中まで入るのは。

 せっかく質素な服に着替えて変装したのに。

 嘘をついて出かける手前、あまり目立たないようにしたのだ。

 それに貴族だとばれると、好からぬやからに狙われるしね。

 精々、ちょっとした富豪程度に思われてくれればいいけれど。


「『黄金壁の礎亭』の前で止まってくれ」


 ライリーが御者に声をかける。 


「宿も手配してあったのか?」

「むしろ手配しなくてどうするんだよ。俺達に野宿なんて無理だろ?」

「そんなに時間かかるかな」

「鉱石を探すのも修理するのも、時間は余裕を見ておいたほうがいい。日が暮れてから街を出るのは避けたいだろ?」

「それはそうだね」


 正直、ちょっとマーケンの街に寄って鉱石を手に入れたら、あとはライリーの家にすぐ向かうつもりだったけど。

 細工道具一式もこっそり手荷物に入れておいたしね。

 でもライリー、手際よすぎないか?

 普通、そんなに準備できるものだろうか。


「俺は普通。お前が世間知らずなだけだ」

「えっ。いま口に出していたか?」

「全部顔に出てたよ。ほら、着いた。降りるぞ。荷物は自分で持てるか?」

「うん」


 魔導馬車からライリーに続いて降りて、トリアンが下ろしてくれた旅行鞄を受け取る。


 うっ、結構重いな、これ。

 毎日のストレッチとマラソンで大分体力がついた気がしていたけれど、腕力はまだまだかもな。

 

「リース様、私が持ちます」

「すまない」

 

 よろけた俺に、すかさずトリアンが荷物を支えて持ってくれた。

 あー、情けない。

 ちなみに、事前の打合わせで俺の名前は『リース』、ライリーの名前は『ライ』になっている。

 偽名まで使わなくともと思ったけれど、ライリーに言わせるとお忍びとはそういうものらしい。

 何度もこっそりお忍びをしているライリーに従っておこうと思う。


 トリアンが先頭に立ち、黄金壁の礎亭の扉を開く。


「「え」」


 開けた、瞬間。

 俺とライリーは同時に言葉を失った。


「お待ちしておりました」


 開けた先、扉の奥。

 そこには、エルドールが氷の微笑で佇んでいた。


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