6)アリアンヌのネックレス
「ラングリース様、ご注文の品を揃えてまいりました」
ライリーとの地獄のマラソンから数日たったある日。
エルドールが木彫りの小物入れを持って来た。
ハードカバー程度の大きさの小物入れの蓋をいそいそと開けると、きらきらと輝く小粒な色石とガラスビーズが仕分けされて収められ、細工道具一式が入っていた。
「おぉっ、さすがエルドール、完璧だ! 私が頼んだものが全て揃っている。それどころか飾り石まで……こんなに多くの種類を取り揃えるのは大変だっただろう?」
「お喜びいただき光栄です」
無表情の中に、ほんの少し口元に笑みが浮かぶ。
やっぱり、エルドールに頼んで正解だった。
アリアンヌに詫びようと思ったあの日。
お茶会が終わってから善は急げとアリアンヌの部屋を訪ねた。
けれどアリアンヌは他の使用人に用事を言いつけられて外出中だった。
夕方にもう一度訪ねてみると、今度は既に帰宅。
アリアンヌは、通いの使用人見習いだったらしい。
正直意外だった。
あんなに小さい子は、住み込みの場合が多いのに。
そして次の日こそ謝ろうと思ってアリアンヌを捜すも会えず。
なんだかんだ俺も家庭教師との勉強やら護身術やら魔法学やらですれ違いの日々が続いてしまい、延び延びに。
フォルトゥーナのところに行けば会えるかと思って行ってみても、丁度いいタイミングですれ違うんだよ。
……避けられてるのか?
……。
…………。
いや、当然だけどな!
やった事がことだけに、正直避けられても文句はいえない。
そしてふと、気づいた事。
俺、アクセサリーを直すような道具、何一つ持って無くないか?
俺が壊したんだから、修理も俺がしようと思っていたけれど、道具がなくっちゃ始まらない。
急ぎ、エルドールに買ってきてもらった細工道具一式がこれだ。
エルドールは朝からウィンディリアの城下町へ赴き、市場も見てよい品を取り揃えてくれたらしい。
前世といまでは道具の名前が違っていたらとも思ったけれど、特に違いは無かった。
アクセサリー作りに欠かせないヤットコも平ヤットコも、目打ちに指カンも短時間で揃うとは思わなかった。
……指にはめる指カンだけは特注になるかもと思ったけれど。流石に成人男性も使うからね。何とかぎりぎり既存品でサイズがあって良かったよ。
さて、今の俺にも出来るかな?
ヤットコを右手に持って、まずは9ピンを左手に取る。
ヤットコは、ペンチの先っぽがアクセサリーなどの細かい作業がしやすいように、削った鉛筆の先ぐらいに細くなっている道具だ。
9ピンはその名の通り、シルエットが数字の『9』に似ている事からそう呼ばれている針金。
直径一mm程度の太さの針金の先端が、9の形にくるっと丸められている。
丸まった部分は大体直径三mm程度。
針金の長さはまちまちで、二cm程度のものもあれば、十cm程度の長さのものまである。
作るデザインによって使い分けるのが主流だ。
三cm程度の長さの9ピンを、五mm程度のガラスビーズに通す。
透明なのとオレンジ色の二個を通して、真っ直ぐな針金の先端を9の字の向きを合わせてヤットコで曲げて丸める。
丸め、る……ぐぬぬ。
くるんっと針金が抑える指の中で回ってしまって上手く丸められない。
くっそ、指がやっぱり上手く動かなくて、9ピンを抑えられないな。
丸めるのは丸めれるけれど、左右の端の9ピンの向きがちぐはぐになってしまう。
これ、向きを揃えないと繋げた時に捩れたりしちゃうんだよな。
前世のおかんにしこたまやらされたからよく覚えている。
丸カンにTピン、9ピンにCカン。
およそ部活三昧の男子学生が手に触れる物じゃないものを、目一杯使わされたからな!!
部活で疲れている俺に、帰宅早々「9ピンにビーズ通すの手伝って! あとレジンの台座の色塗りもっ」っていわれた時は軽く文句がいいたくなったよ。
ハンドメイドのイベントに出るとかで、しょっちゅう間に合わないと叫んでは俺に一個六十円で作らせたのだ。
間に合わないならまずその手に持ったゲームを置けと。
大体一個六十円って時給いくらだ。
安すぎだろう。
それでも部活三昧でアルバイトもろくろくシフトを入れられなかったから、貴重な収入源として頑張ったんだけどね。
……何度か練習すれば、出来るか、これ?
前世と違って太くて短い指先は、かなり不器用だ。
それでも何とかかんとか9ピンにビーズを通して曲げて曲げて曲げて。
丸カンを繋げてアジャスターを作り、引き輪をつければ完成だ。
ふぅ、初めてにしては上出来かな。
軽く一時間はかかったけれどね。
「それはネックレスですね。どこで学ばれたのですか」
エルドールが作り終わった頃合を見計らって、冷たいお茶を淹れてくれる。
「あぁ、ほら。図書室に作り方の本が置いてあったのを見てね」
「然様でございましたか」
まさか前世で学びましたとは言えない。
まだまだ指先が馴染まなくて不恰好だけれど、何とかそれらしいものは出来たんだ。
あとは、アリアンヌのネックレスをきっちり直せるように練習あるのみ、だな。
そうだ。
「……私の顔に、なにか?」
「エルドールにも何か作ろうか。今ある材料を見ると、ネックレスとブレスレットとイヤーカフと、あとはそうだな、アンクレットか」
「……私は男性ですが」
「……つけないか、普通」
「残念ながら」
真顔で断られてしまった。
大分指先が勘を取り戻し、9ピンもきっちり曲げれるようになった俺は、アリアンヌを捜していた。
公爵家の屋敷は本当に広いよな。
エルドールと共にフォルトゥーナの部屋に行く途中、ふと覗いた厨房にアリアンヌはいた。
台座を使って食器棚に背伸びして陶磁器を片付けている。
「アリアンヌ、いま少しいいかい?」
「はいっ?!」
ガッッシャーーーーンッツ!
食器を片付けていたアリアンヌが、思いっきりお皿を落っことした。
厨房の使用人達が一斉に振り返った。
「あぁああ、すみませんすみませんっ、すぐに片付けますっ」
「驚かしてすまない」
……ほんとに俺、怖がられてるなぁ。
声かけただけなんだけどな。
わたわたと慌てふためいて台座から降り、床の割れたお皿を拾い出すアリアンヌ。
「待つんだ、素手で割れた皿を触るな。怪我をするぞ」
「あわわ、わっ、あっ」
「あー……」
アリアンヌの指先がぱっくりと切れ、血が滲み出す。
やってしまった。
定番中の定番というか、これだけ慌ててたら絶対やるだろうなと思った。
「アリアンヌ、落ち着いて。手を見せるんだ」
「お、お皿を片付けませんとっ」
「いいから」
俺は、アリアンヌの側に屈んで手を握る。
これ以上アリアンヌが動いたら、足まで怪我しそうだ。
「あのあのっ……」
「じっとしてて」
俺は、アリアンヌの白い指先に意識を集中する。
握り締めた俺の手が青白く輝く。
「……癒しの神ラングベハンドに我が祈りを届けたまえ……レキュメントリー!」
ぽうっと。
俺の手の光が小さな球体になってアリアンヌの指先に灯り、そのまま彼女の傷を癒す。
アリアンヌの小さな手は、傷跡も残らず癒された。
うん、大成功だな。
きちんと魔法学を学んでいる甲斐があったというものだ。
「これで大丈夫だ。割れた食器を素手で掴むのは危険すぎるから、箒で掃き集めるんだ」
「は、はいっ」
「掃き集めた後はいらないボロ布に包んでゴミとして出すといい」
本当は新聞紙に包みたいところだけど、無さそうだしな。
俺がやってもいいんだけれど、正直、使用人達の目線が痛い。
年長の使用人が箒と塵取りを手にすっと歩み寄り、「失礼します」と片付け始める。
「あ、あのっ……」
「ここは片付けてくれるようだから、アリアンヌは私と来てくれ。少し話があるんだ」
「わたくし、フォルトゥーナ様に食器を届けに……っ」
「食器を?」
「……ティーセットを割ってしまったんです………」
フォルトゥーナのところでも割ってたのか。
この子、不幸属性なのかな。
「わかった、どれとどれだろう? フォルが好むのは小花柄のものだから、一番上のティーセットでいいかな」
「は、はいっ」
「また割るといけないから、これはエルドールに頼もう」
「かしこまりました」
エルドールがさっとトレーを取り出し、ティーセットを棚から選び取る。
フォルトゥーナの部屋で、早速俺は本題に入る事にした。
「アリアンヌ。まず最初に謝らせて欲しい。ネックレスを壊して、すまなかった」
頭を下げる俺に、唖然とするアリアンヌ。
数秒固まったあと、真っ青になって首をぶんぶんと横に振る。
「わ、わ、わっ、わたくしが悪かったのですっ。仕事中に、ネックレスを眺めていたりしたからっ」
「それでも、取り上げて壊していいことにはならないからね」
「あぅう……」
おろおろと、どうしていいか分からなくなっているアリアンヌ。
うん、混乱させてごめんよ。
そしてさらに、俺は困らせるんだけれどね。
「そしてこれはお願いなんだが、聞いてくれるかい?」
「は、はいっ、なんでしょう?」
「壊してしまったネックレスを、直させてもらえないだろうか」
「えっ」
「もう直してあるのだろうか?」
「い、いえ……」
「それなら、ぜひ私に任せてくれ。アリアンヌのネックレスを、きちんと直してみせる」
「そ、それは出来ません……」
「なぜだ? やはり壊した私は信用できないだろうか」
「い、いえっ、ちがいますっ。わたくしのネックレスは、魔宝石なんです」
「魔宝石? それは、特別な宝石か何かなのか?」
「はい。魔力の篭った宝石で、普通の彫金師では扱えないものなのです……」
だから決して、ラングリース様を疑っているわけではありませんと首を振るアリアンヌ。
とりあえず見せて欲しいというと、小さな香り袋をメイド服のポケットから取り出した。
中身を取り出すと、切れた鎖と小粒の宝石が出てくる。
赤くてルビーのような宝石だ。
うーん……。
見た目は普通の宝石と変わらないように見える。
ただ、すこし手で影を作ると、宝石の中から同系色の淡い光が漏れている。
蓄光に近い感じだ。
そして俺が踏み潰したせいか、表面が一部曇っている。
布で軽く表面を拭ってみても、曇りは取れない。
宝石自体を修理するとなると、相当修理費が高そうだ。
だからかな。
アリアンヌが壊れてしまったまま、香り袋にしまっていたのは。
普通に考えても、装飾品の類の修理は高めだと思う。
そこに加えて、特別な魔宝石。
使用人見習いの給金で修理代が出せるとは思えない。
……魔宝石って、普通の宝石とはやっぱり違うよな?
普通のアクセサリーだったら一通り直せるんだよ、俺は。
ここ数日、本気で練習したからね。
アリアンヌのネックレスがチェーン部分金色だった事は覚えていたから、丸カンやTピン系、それに鎖が使えなかった事も考えて、金のチェーンも用意しておいた。
あとは、アリアンヌからネックレスを半時ほど借りれれば、修理出来ると思ってた。
でも魔宝石……。
困った顔で俺を見上げるアリアンヌ。
こうしてあらためてみると、一歳しか違わないと思うのに随分小さく感じる。
俺が背が高めなのもあるとは思う。
なんせ将来、縦にも横にもでかくなるし。
けれどこの子、小さすぎないか?
手も足もほっそりしているというより、ガリガリ。
目が大きい子だなって思ったけれど、それ、もしかして痩せすぎで目が大きく見えてるんじゃ。
妹と変わらないと思っていたし、実際年齢は変わらないんだろうけれど、ちゃんと、食べれているんだろうか。
……まさか。
「アリアンヌ」
「は、はいっ」
「正直に答えてほしい」
「はいっ」
「毎日、食事はきちんととっているか?」
「えっ」
「朝昼晩、美味しくご飯を食べているか? 絶食してはいないか? 食費を削って、修理代を稼ぐ為に!!」
「えっと、えっとぉ、えっと………」
「目が泳いでいるぞアリアンヌ。即答できないってことは、そうなんだな?」
目線を逸らすアリアンヌの小さな顔を、ぐっと両手で包んで逃がさない。
あうあうあうっと妙な呻き声を上げて涙目のアリアンヌ。
確定だな。
俺ははぁーっと深い溜息をつく。
「いいか? 食事は三食きっちり取れ。アクセサリーは私が絶対に直してやる。いや、むしろ私のせいなんだから、私に直させてくれ」
「で、でもっ、これは、本当に魔宝石なんです、お母様の形見なんです……」
「魔宝石だってことは理解したよ。大切な思い出の品だという事も。そしていまの私じゃすぐには直せないって事もだ。だから、約束だ。私は魔宝石について学ぶ。そしてその修理方法も習得してみせる。
だからアリアンヌは私を信じてご飯をしっかり食べるんだ」
「で、でもっ」
「でもじゃない。そうだ、アリアンヌ。今日から私と一緒に食事を取ろう」
「ふぇっ?!」
「見張っておかないときちんと食べそうにないからな」
「あわぅああわわっ?!」
アリアンヌ、もう何語をしゃべっているのか分からないよ。
「お兄さま、そのままですと、アリアンヌのお顔がつぶれてしまいますわ」
フォルトゥーナが助け舟を出した。
仕方ない、手は離してやるか。
しぶしぶとアリアンヌから手を放す。
自由になったアリアンヌは、さっとフォルトゥーナの後に隠れた。
そんなに怖いか、俺?
まぁ、今までが今までだし仕方ない。
「フォルトゥーナ、食事の時だけアリアンヌを借りてもいいかい?」
アリアンヌが必死に首を振ってフォルトゥーナに目線で訴える。
その目線にフォルトゥーナはにこりと微笑んで、
「えぇ、よろしいですわ」
「フォルトゥーナ様?!」
「アリアンヌ。わたくし、少しだけ怒っていますのよ? どうして、修理費の事を相談してくれませんでしたの?」
「そ、それは……」
「食事の事もです。気づけなかったわたくしの落ち度でもありますわ。ですから、アリアンヌはこれからはお兄さまと一緒にきちんと食事をとって欲しいのです」
「で、ですがっ、使用人が一緒に食事を取るなどっ」
「では、こうしては如何でしょう。アリアンヌが食事をきちんと取るように、私が見張りましょう」
エルドール、流石!
こんなに緊張して涙目のアリアンヌが、俺と一緒の食事をまともに食べれるとは思えないしね。
お腹は膨らんでも、料理の味は絶対にしないと思う。
「そうだな、エルドールの提案で妥協しよう。アリアンヌ、今日からきちんと食べるんだぞ?」
まだまだ小さい女の子が、俺のせいでお腹をすかしているなんて耐えられないからね。
子供はぷくぷくほっぺがチャームポイントなんだから。
強引に頷かせて、俺はアリアンヌのネックレスを預かった。