52)入学式の後は
朝から怒涛の入学式が無事に終わった。
いや、無事ってわけじゃないけれど。
ベルモットにあんな目に合わされたのに、フォルトゥーナはきちんと新入生代表を勤め上げたらしい。
講堂から少し離れた場所で、俺とライリー、エルドールとトリアンは待っていたんだけれど、講堂から出てきた新入生が口々にフォルトゥーナを褒め称えていたからね。
兄として、誇らしい。
自分が褒められているわけじゃないけれど、こう、背筋がぴんと伸びる気持ちだ。
入学式の途中でベルモットが講堂に入っていくのが見えたときは、ちょっとヒヤッとしたけれどね。
流石に、式の途中でフォルトゥーナに噛み付くような事はしなかったらしい。
「アンディとフォルトゥーナは別のクラスみたいだな」
新入生が先生に引率されて、それぞれのクラスに移動している。
ライリー、いま軽く舌打ちしたね?
まぁ、したくなる気持ちは分かる。
ベルモットが思いっきりアンディにべったり引っ付いているからね。
俺達の横を通り過ぎたのに、気づいてもいない。
アンディに夢中だ。
そしてアンディは俺達に気づき、困ったように微笑んで通り過ぎた。
あー、なんというか……ご愁傷様?
アンディには悪いけれど、ベルモットとフォルトゥーナが同じクラスじゃなくてよかったと思う。
あんな事をするベルモットと優しいフォルトゥーナが同じクラスになったら、フォルトゥーナの学園生活が心配だ。
アンディとフォルトゥーナが同じクラスになっていたら、毎日ベルモットがクラスを襲撃して、フォルトゥーナが悲しい思いをしそうだしね。
「お兄様、待っていてくださったのですか?」
講堂から出てきたフォルトゥーナが、俺に気づいてちょっと列を離れた。
「うん。無事に式を終えれて良かったよ。これから各クラスへ移動だね」
「はい」
「よくよく道順を覚えておくんだよ? この学園は、移動魔法陣を一つ乗り間違えただけでぜんぜん違う場所へ移動してしまうから」
「ラングリースじゃあるまいし、フォルトゥーナは迷わないだろ」
「お兄様は、迷われたのですか?」
「ライリー、フォルトゥーナの前ではよしてくれ」
以前を思い出して赤面する俺に、くくっと笑うライリー。
いやほんと、俺だって普段は迷わないんだよ。
あの時は、ちょっと失敗しただけで。
「フォルトゥーナ、列が大分進んじまってる。はぐれないようにもう行ったほうがいいぜ」
「はい、ライリー様。お兄様、また、後ほど」
ふわりと微笑んで、フォルトゥーナは列に戻っていく。
うん、大丈夫そうだね。
いつも通りのフォルトゥーナに安心して、俺達は講堂を離れる。
「アリアンヌのほうも見に行っておくかー? 入学式破壊してたりするかもな」
「ライリー、流石にアリアンヌ一人で入学式を台無しには出来ないだろう。それにレイチェルが側にいるから大丈夫じゃないかな」
「恐れながら、レイチェル様もアリアンヌに感化され始めているような気がいたします」
真顔でエルドールが言い切った。
こくこくとトリアンも頷いている。
アリアンヌのドジは感染していくものなのだろうか。
いや、流石にそんな事はないと思うけれど。
まぁ、どうせ皆一緒に帰ればいいのだし、迎えに行くか。
移動魔法陣で一度地上へ戻り、四人でノーマルクラスの入学式が行われている講堂へ向かう途中、ハドル王子が駆けつけてきた。
後ろには、眉間にぐっきり『不快』と文字を刻んだ護衛騎士のローデヴェイクを引き連れて。
「フォルトゥーナ嬢はご無事ですか?!」
まだ四月なのに額から汗を流し、息を切らせながらハドル王子は問いかける。
えっと?
「ハドル王子。フォルトゥーナ嬢なら新入生代表を見事に勤め上げ、いまは新入生としてオリエンテーションに参加しています」
余所行き口調の猫被ったライリーに、ハドル王子がアクアマリン色の瞳を大きく見開く。
「ライリー、彼女は、式に、出られたのですか?」
「はい」
「衣服を、ひどく濡らされたと聞いたのですが……」
ハドル王子の手には、黒い布が抱きしめられている。
もしかしてそれ、ウィンディリア王立学園の制服?
「ベネディット先生がすぐに乾かしてくださいましたから、大丈夫でしたよ。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」
俺は慌てて頭を下げる。
ハドル王子、フォルトゥーナが濡らされたと聞いて、こんなに急いで代えの制服を持ってきてくれたんだね。
「心配なんて、そんな。私が勝手に勘違いして焦ってしまって……恥ずかしいです」
「フォルトゥーナには、ハドル王子が心配してくれていた事をお伝えておきます」
「あ、いえ、そんなっ」
ハドル王子、耳まで真っ赤だ。
ん?
ローデヴェイク、どこを見ている?
いつも俺を睨んでいる彼が、目線を俺から逸らしてる。
その目線を辿ると……。
「ダーミリア嬢?」
「あっ…………」
ダーミリア=ワンガ男爵令嬢だ。
人目を避けるようにとぼとぼと歩いている。
俺の声が聞こえたのか、いつにも増して俯いていた顔を、怯えたようにこちらに向けた。
……って、服!
びしょ濡れじゃないか?!
「ダーミリア嬢、その格好は一体?」
「あ、あの、その……」
駆け寄る俺に、怯えた目を向ける彼女。
あぁ、くそっ、俺じゃ駄目だ。
振り返って、ライリーとエルドールに助けを求める。
デブで縦にも横にもでかくて性格の悪い俺に詰め寄られたら、そりゃ泣きたくなるよね。
「ダーミリア様、差し支えなければ、こちらのタオルをご使用なさいますか?」
「あ、ありがとうございます……」
エルドールがすかさずタオルを差し出す。
うんうん、エルドールはすらりとしたイケメンだからね。
ダーミリアも素直にタオルを受け取った。
「何があったか、私に聞かせてもらっても?」
ライリーが何気に退路を塞ぎながら問いかける。
イケメン二人に挟まれたダーミリアは、頬を赤らめてさっきとは別の意味で俯いた。
「その、少し、水に濡れてしまいましたの……」
「そのようですね。理由を聞かせてもらえますか。普通に歩いていたなら、そんな状態にはならないでしょう」
ライリー、なんか確信持った言い方しているけれど、何か知っているのかな。
「こ、転んでしまって……」
「こんなに晴れているのに?」
見上げる空は、どこまでも青く澄み渡った晴天。
とても、転んで濡れるような状況じゃないね。
まるでハドル王子のように澄んだ青空で……あぁっ、やばい。
俺は、後ろを振り返る。
ハドル王子をほっぽって、ダーミリアに駆け寄ってしまったよ。
だって女の子がずぶ濡れとか、焦るじゃないか。
くっ、ローデヴェイク、そんなに強く睨まないでくれ。
最初にダーミリアに気づいたのは貴方なんだし。
唖然としていたハドル王子が、ハッとしてこちらに歩み寄ってくる。
「ダーミリア嬢、丁度こちらに予備の制服があります。空いている部屋で早めに着替えたほうが良いでしょう。そのままでは、体調を崩してしまうでしょうから」
「あ、空いている部屋……っ」
びくっと、ダーミリアの肩が跳ねた。
なんだなんだ?
怯えてる?
「ん〜……」
ライリーが軽く髪をかきあげ、少し眉をしかめる。
「ラングリース、アンディとトリアンを帰りは乗せていってもらっても?」
「あぁ。かまわない。どうせ方角は同じなのだから」
アンディとトリアン。
三人を乗せても、ジャックベリー家の高速魔導馬車なら大丈夫だ。
でも、ライリーとヴァイマール家の高速魔導馬車は?
「ダーミリア嬢。ご自宅までヴァイマール家の馬車でお送りしましょう。こちらで着替えるのは難しそうですから」
「えっ、ライリー様の馬車でですか? でも…………」
「さぁ、行きましょう。話は馬車の中で伺いますよ」
ふっと意味深に微笑んで、ライリーはダーミリアの手をとり歩き出す。
有無を言わせない流れるような動きに、ダーミリアも逆らえずに着いて行く。
ちょっと振り返ったライリーが、「任せろ」と言うように頷いたので、俺も頷いた。
ライリーに何か思うことがあるなら、任せたほうがいいよね。
「この制服は、使ってください!」
ハドル王子が慌ててライリーに手渡す。
それ、渡す相手を間違っていないかと思ったんだけど、よくよく考えるとあってた。
ダーミリアにいま渡しても、涙目で断られそうだからね。
ヴァイマール家の馬車でダーミリアを送るなら、馬車の中で着替えれるだろう。
あぁ、もちろんライリーはその間外で待っているだろうしね。
「ハドル王子のお陰で、風邪を引かなくてすみそうですね」
「そうだと良いのですが……いったい何があったのでしょう」
「もしかしたら、入学式前のトラブルに巻き込まれたのかもしれませんね。
大量の水が流れましたから」
フォルトゥーナがベルモットに攻撃された時。
周囲にダーミリアはいなかったと思う。
でも、フォルトゥーナの事しか俺はみていなかったから、絶対にないとは言い切れないし。
こんな晴れた日に制服がずぶ濡れになるなんて、まずありえない。
「そうですか……。ベルモット嬢には、私からも注意しておきます。むやみやたらに魔法を練習していては、また被害が出るかもしれませんから」
王子には、ベルモットが魔法の練習中にフォルトゥーナが水浸しになったって報告がいっているのかな。
まぁ、公爵令嬢が同じ公爵令嬢にいきなり魔法で攻撃するなんて普通は思わないだろうしね。
ハドル王子からやんわり注意されれば、流石にベルモットも落ち着くだろう。
時刻を知らせる鐘が鳴り響く。
ノーマルクラスの入学式も終わったかな。
この後、貴族クラスと同じようにオリエンテーションがあるはずだけれど、一度様子を見に行くか。
俺はハドル王子に別れを告げて、エルドールとトリアンと共に、ノーマルクラスの講堂へ向かう事にした。





