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51)閑話:気に入らないの(ベルモット=オーディル公爵令嬢視点)


 ゆるさないゆるさないゆるさないっ!


 走るわたくしを奇異の目で振り返る生徒も、あの女も、絶対に許さない。


 わたくしは、オーディル公爵令嬢ですのよ。

 それなのに、この格好は何ですの?


 びしょびしょに濡れて、泥まみれだなんて、あんまりですわ。

 この制服で入学式に出ろというのですの?

 無理ですわ。


「ちょっと、何をぼうっとしているの。はやくわたくしに着替えを持ってきなさい!」


 人目を避けてたどり着いた中庭で、側に付いてきた使用人に命令する。

 慌てて走っていくけれど、とろいのよ。

 わたくしが何も言わずとも、用意なさい。


「ベルモット様、こちらにおかけください」


 別の使用人がわたくしをベンチに促し、ハンカチでわたくしを拭いだす。

 あぁ、お前はいい子ね。

 わたくしの髪を丁寧に拭きなさい、そう、そうよ。

 絡まないようにしてね。


「っ、くしゅんっ!」


 あぁ、寒いわ。

 それもこれも、あの、フォルトゥーナのせい。

 ジャックベリー公爵令嬢だからといって、何をしても許されると思って。

 美の女神リプアに愛された?

 ふんっ、そんなのは公爵令嬢だからよ。

 ただのお世辞。

 ちやほやするのもそう。

 みんなみーんな、ほんとはあんな子はどうってことないって思っているわ。


「ねぇ。わたくしは美しいわよね?」

「はい、お嬢様」

「フォルトゥーナなんか、わたくしの足元にも及ばないでしょう?」

「えぇ、お嬢様」


 ほらね。

 みんな、わたくしのほうが美しいと思っているわ。

 フォルトゥーナの暗闇みたいな暗い黒髪なんか、わたくしの輝く銀髪とは比べ物にならないでしょう?

 大きなピンク色の瞳も、わたくしの愛らしい菫色の瞳と比べたら、珍しくもなんともないわ。

 わたくしこそが真に美しいと、みな、口にするもの。

 アンディ様も、フォルトゥーナなんてほんとうはお嫌なはず。


 貴族でありながら魔法もまともに使えないくせに、この学園に入学できた事だっておかしいのよ。

 なのにわたくしのアンディ様と一緒に代表として挨拶するなんて……。

 ぜったい、許せない!


 ジャックベリー公爵家がそんなに偉い?

 魔鉱石はたしかに大事だわ。

 でも、オーディル公爵家だって、魔鉱山はあるわ。

 金や銀だって採れるんだから。

 すごいでしょう?

 

 それに、お父様はわたくしの言うことだったらなんだって聞いてくれるわ。

 そうだわ、いまからでも入学式を中止にできないかしら。

 

「お前、今すぐお父様に連絡を取って頂戴。入学式を中止にして頂くわ」

「お嬢様、それは……」

「なによ。わたくしに口答えするの?」

「いいえ、違います。ですが……」

「じゃあなんなのよ! さっさと行ってきなさいよ、愚図!」


 パシッと扇子で頬を叩く。


「まだ叩かれたいの? お行き!」


 一礼して走っていくけれど、叩かれる前に動いてよね。

 どいつもこいつも、本当に馬鹿ばかり。

 言われる前に察しなさいよね。


「……あら。ダーミリアじゃない」


 中庭を通る校舎の長い渡り廊下。

 そこを、ダーミリアが歩いている。

 今日も地味な茶色で長いだけの髪を、複雑に結い上げている。

 金髪って言う人もいるけれど、わたくしはそんなこと認めないわ。

 金って呼ぶにはくすみすぎてるじゃないの。

 茶色でいいのよ、あんな子の髪。

 飾る宝石も無い事を、あぁして誤魔化しているのよね。

 三つ編みをいっぱい編んで、くるくる絡ませたり丸めたり。

 時間ばかりかかって馬鹿みたい。


 わたくしのアンディ様に、あの子もまとわりついたのよねぇ。

 きっちり追い払ってあげたけれど。

 男爵令嬢の分際で、アンディ様と親しくしようだなんて、ずうずうしいのよ。


 ……そうだわ。


 わたくしは使用人に目配せし、ダーミリアに近付く。

 俯き気味な彼女は、わたくしに気づかない。


「ちょっと、わたくしに挨拶をしないなんて、どういう了見なのかしら」

「あっ……ベルモット様…………」


 なによ、その顔。

 慌てて礼をしたって、遅いのよ。


「ねぇ、ちょっと、制服を貸してくださらない?」

「えっ、制服ですか? 申し訳ありませんが、予備は、持っていませんの……」

「予備なんか無くていいのよ。いま着ている制服を脱いで頂戴」

「えっ?」

「聞こえなかったかしら。身分の悪い方は耳も悪いのね。こっちに来なさい」

「えっ、あのっ、やっ……っ!」


 使用人ががしりとダーミリアを掴み、近くの開いている部屋に連れ込んだ。

 ここならいいでしょう。


「さ、脱いで頂戴」

「あ、あのっ」

「なによ? あの場所で脱ぎたかったの?」


 いつ人がくるか分からない場所で脱ぎたかったのかしら。

 わたくしはそんなことはしたくないから、ここに連れて来たけれど。


 わたくしと使用人に出口を塞がれて、ダーミリアは泣き出した。

 もうっ、泣くよりも早く脱いでよね。

 わたくしが風邪を引くでしょう?

 

 仕方が無いので、使用人に目配せをする。

 使用人がダーミリアの制服に手をかけたとき、遠くから、わたくしを呼ぶ声が聞こえた。


 なにかしら。

 あぁ、さっき使いに走らせた使用人が戻ってきたのね。

 手に持っている黒い布は、制服ね。

 

 わたしの隣にいた使用人が、中庭を走るもう一人に声をかける。

 気づいた彼女は、わたくしのほうへ着替えを持って来た。


 意外と早かったわね。

 ちょっとは見直してあげるわ。

 正直、ダーミリアの着た制服なんて、貧乏臭いから嫌だったし。


 くるりとわたくしを大きな布で包み、テキパキと着替えさせる使用人。

 わたくしは濡れた制服からやっとまともな姿に戻れて、ほっと息をつく。


「あ、あの、わたくしは、もう行ってもよろしいでしょうか……?」

「あら、まだいたの? 目障りよ。さっさと行きなさい」

「は、はいっ」


 ダーミリアがびくりと肩を震わせて部屋を出て行く。

 わたくしはその背に、思いっきり水をかけた。


「きゃぁっ?!」


 悲鳴を上げて逃げていくダーミリアは、水でびっしょりだ。

 いい気味。

 これでちょっとはわたくしの気持ちが分かるはず。

 水と泥で、本当に気持ち悪かったんだから。

 すぐに脱いでわたくしに制服を渡さないだなんて、ずうずうしいのよ。


 その間にも、使用人がテキパキとわたくしを整えていく。

 小型魔導乾燥機もきちんと持ってくるなんて、気がきくわね。


 あぁ。

 わたくしの自慢の銀髪がサラサラになったわ。

 完璧ね。


 さっき入学式を止めに行った使用人はまだ戻らないわね。

 お父様が捕まらないのかしら。

 お忙しいものね。

 

「お嬢様、入学式が始まっております。いまからご出席されますか?」

「そうね。行ってあげてもいいわ。アンディ様を見たいもの」


 ご案内しますと、使用人がわたくしを先導する。

 この学校、無駄に広いのよね。

 移動魔法陣を間違うと、ぜんぜん知らない場所に向かってしまうし。

 公爵令嬢たるわたくしが迷うなんて、恥ずかしいものね。


 移動魔法陣が空に向かって、移動していく。

 地上が遠ざかり、もう少しで空に手が届く。


 フィーンと静かに移動魔法陣が静止する。

 わたくしは、すぐに講堂に向かって歩き出す。


 使用人が言ったとおり、入学式は既に始まっていた。

 腹立たしいわ。

 公爵令嬢のわたくしが居ないのに始めるなんて。

 ぎりっと扇子を持つ手に力が篭る。


 舞台の上で、アンディ様が挨拶をしているのが見える。


「……最後になりますが、学園長、先生方、そして先輩方。

 私達新入生は、このウィンディリア王立学園の生徒として精一杯努力してまいります。あたたかいご指導を、どうぞよろしくお願いします。

 私達新入生はウィンディリア王立学園の生徒としての誇りを持ち、実りある学園生活を送りたと思います」


 なんて事!

 丁度いま、アンディ様の代表挨拶が終わってしまうなんて。

 ありえない、ありえませんわっ。

 それもこれも、フォルトゥーナが不正をするから…………っ!


 キッと睨みつけるその先で、フォルトゥーナが舞台に上がっていく。

 アンディ様が、その青い瞳を優しげに細められて、フォルトゥーナを見つめている。

 

 その瞳で見つめられるのは、わたくしだったはずなのに!


 中止させようと足を前に動かそうとした瞬間、ガクッと何かに阻まれた。

 え。

 なんですの?

 動けませんわ。


 声を上げようとして、声すらも出ないことに気づく。

 え。

 これは一体……。


 視線を彷徨わせると、魔術教師ベネディットと目が合った。

『静かにしていなさい』

 彼の口が、そう動く。


 なによ、それ。

 わたくしに命令するなんて許さないわ。

 魔力を集中して、拘束を解こうとするけれど、びくともしない。

 呪文を唱えることが出来ればまだ可能性はあるかもしれないけれど、魔力量だけで解くのは駄目。

 

 動けないわたくしをよそに、フォルトゥーナはアンディ様に見守られながら代表挨拶を述べていく。

 沢山の拍手が彼女に贈られ、微笑みながらフォルトゥーナは舞台を下がる。


 ずるいわ!

 魔術教師まであんな子の味方だなんて。

 

 学園長の挨拶も、光と花びらが舞う光景も、何もかもどうでもいい。

 何が綺麗?

 何が素敵?

 アンディ様のほうがずっとずっと素敵なんだから!


 入学式が終わり、皆が退出し始めてから、やっとわたくしの拘束が解かれた。


「許さないわよ!」


 すぐさま、わたくしはベネディットに対峙する。

 魔術教師程度が、わたくしを阻害するなんて、許されませんわ。


「一体、なんの話しかね」

「わたくしを拘束していたでしょう!」

「式の妨害行為を事前に止めるのは当然の事だが」

「わたくしはオーディル公爵令嬢よ?! こんな事をして、許されるとは思わないことねっ」


 振り上げた扇子は、けれどベネディットに当たる前に弾かれる。

 もうっ、なんなのよ!


「そんなことよりも、はやく自分のクラスへ行きなさい。既に皆は移動しているのだが」


 言われて周囲を見回すと、いつの間にかみんないない。

 アンディ様も、あのフォルトゥーナも。

 いけない、アンディ様と一緒に移動するつもりでしたのに!


 わたくしは壁にかけられたクラス分けの名簿を確認する。

 

 まぁっ、なんてこと。


『アンディ=ヴァイマール』

 

 わたくしのクラスに、アンディ様のお名前があるわ。

 やっぱり、わたくしとアンディ様は運命で結ばれているのね。

 当然だけれど、嬉しいわ。

 フォルトゥーナは別のクラスね。

 アンディ様と同じクラスになれなくて悔しいでしょう?

 ざまぁみろですわ。

 ふふんっ。


 わたくしは、意気揚々と講堂を出る。

 今日から、わたくしはずっとアンディ様と同じクラス。

 そう思うと、今日一日の色々な嫌な気持ちがスッと消えていく。

 待っていてね、アンディ様。

 伯爵家の三男だからって、わたくしに遠慮することなんかないって、わからせてあげる。

 だってわたくしは、アンディ様が大好きだもの。

 身分も何もかも乗り越えて、わたくしと一緒になりましょうね。

  


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