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50)入学式でエンカウント!


 すったもんだしたアリアンヌの入学試験の結果が届いた。

 

「可、ということは、入学できるのですよね?!」

「おう。ぎりっぎりだなー」


 結果の手紙を握り締めてプルプルしているアリアンヌを、ライリーがククッと笑う。

 フォルトゥーナなんて、自分の結果よりも心配していたからね。

 ここ数日、ちょっと顔色が悪くてエルドールに確認したら、アリアンヌのことが心配で睡眠不足になっていたみたいで。

 

「フォルトゥーナ、眠くない? 昨日も余り眠れなかったんじゃないか」

「大丈夫です、お兄様。アリアンヌが合格できたのですから」


 ふふふっと微笑むフォルトゥーナ。

 あぁ、ほんとに可愛いなぁ。


「アリアンヌ、油断してはいけませんよ。これからも、勉強を怠る事無く努力なさい」

「はいっ、エルドールさま、ちゃんと頑張ります!」


 アリアンヌはぴしっと背筋を伸ばして返事をしているけれど、心配だなぁ。

 まぁ、でも。

 フォルトゥーナと一緒に入学するんだから、遅刻はしないし。

 余りにも学業で遅れが出ているようなら、みんなでまた勉強会を開けばいいしね。

 市場にもまた出るし、資金面も何とかなるだろう、うん。


 でも……。


「買った制服は、まだまだぶかぶかだよなぁ? ぜんっぜん背が伸びねぇもんな」

「あううっ、入学式までにはのびますっ」

「むりむり、ずっと多分ちっこいままだぜ?」

「あんまりです〜っ」


 ぽかぽかとライリーを叩き出すアリアンヌを、ライリーが抱きとめながらからかう。

 ほんと、アリアンヌはまったく成長しない。

 いや、少しは背も伸びているんだろうけれど、俺達が育ち盛りなのに比べて、アリアンヌはまだまだ子供っぽい。

 見た目も中身もね。

 去年市場で買った制服は、サイズ的にしばらく着れなさそう。

 入学式は、公爵家で仕立てた制服が支給されるから大丈夫なんだけれどね。

 

 きゅっと。

 俺の服の袖をフォルトゥーナが掴んだ。

 

「フォルトゥーナ? ……どこか具合が悪い?」

「あ……いいえ、お兄様。何でもありませんわ」


 ふわりと微笑むフォルトゥーナは、普段と変わらない。

 でも一瞬、泣きそうな顔に見えたんだけれど。

 気のせいかな。

 

「アリアンヌ、ライリー様は伯爵家のご子息ですよ。立場をわきまえなさい」

「はうっ、申し訳ありません〜」

「それ今更か〜?」


 エルドールに引き剥がされるアリアンヌを、ライリーが堪えきれずに爆笑する。

 うん、本当に今更だね。

 まぁ、俺やライリーは本当に気にしないタイプだけれど、ウィンディリア王立学園で他の貴族にやっちゃったら詰むよね。

 その辺はアリアンヌもわかっているはず。

 ……わかっているよな?

 ちょっとだけ不安が頭を掠めるけれど、アリアンヌを信じよう。

 いつの間にか、俺の事も怖がらなくなってくれたことも嬉しいしね。


 



◇◇




 待ちに待った入学式。

 フォルトゥーナは当然の事ながら試験に合格して、今日からウィンディリア王立学園初等部に入学だ。

 懸念事項だった魔法の実技も、フォルトゥーナはきちんとクリアして、座学に至ってはすべて完璧だったらしい。

 フォルトゥーナは他者に対して魔法が使えないだけで、自分自身には使えるからね。

 さすがとしか言いようがない。


 俺は、高速魔導馬車から降りてウィンディリア王立学園の上層部を見上げる。

 あの講堂での感動的な魔法をフォルトゥーナが見れると思うと、嬉しい。

 光と生命の魔法で花びらが舞い踊るからね。

 ガラス張りの天井から降り注ぐ光と相まって、本当に幻想的だった。

 学園の生徒とはいえ、新入生じゃない俺はフォルトゥーナと一緒には見れないんだけどね。

 そこだけは残念。


 フォルトゥーナとアリアンヌ、そして俺とエルドールは一緒に学園に向かって歩き出す。

 周囲には新入生らしき生徒で溢れている。

 やっぱりね、制服が真新しいからわかるよね。


「みんな、こんにちはーなんだよ」

「レイチェルちゃん!」


 ジャスと一緒に学園に来ていたレイチェルが、俺たちを見つけて駆けてきた。

 そしてその勢いのまま、アリアンヌに抱きついた。

 こらこら君達、この間もしてたね。

 そしてアリアンヌ、倒れそうになったけれどエルドールがいま支えたからね?

 ジャスはきっちり俺達に礼をしているのに。

 気づいていない二人はきゃっきゃと喜んでいる。


「おー、集まってんのなー」


 見知った声に振り向けば、ライリーがアンディとトリアンと共に立って居た。


「ライリー、珍しく遅かったね」

「アンディーが寝坊したからなー」

「あっ、兄さん、それは言わないで下さい……っ」

「事実だろー? 俺が何度も早く寝ろって言ったのに、こいつ、なかなか寝なかったんだぜ」

「だって、考えても見てください。私が新入生代表として皆の前で挨拶をするなんて」


 胃の辺りを押さえて、アンディは整った顔をゆがめる。

 よく見ると目の下には寝不足なんだろう、うっすらと隈まである。

 そっか、新入生代表は男子はアンディなんだな。

 女子は当然フォルトゥーナだけどね。

 毎年、貴族クラスと平民クラス、男子と女子それぞれ入学試験でトップだった子が新入生代表に選ばれる。

 そういえば俺の入学式の時は、ハドル王子とシュレディが代表だったっけ。


「アンディ様、わたくしも一緒です。緊張はしますが、栄えある舞台を共につつがなく努めさせて頂きましょう」

「フォルトゥーナ様、女子の代表は貴方なのですね。貴方と一緒なら、私の緊張も治まる気がします。拙いですが、精一杯努めさせて頂きます」


 一緒に壇上に上がるのがフォルトゥーナだってわかったら、ちょっと肩の力が抜けたのかな。

 アンディの顔色が一気に良くなった感じがする。

 目の下のくまだけは、治癒魔法で消してあげたほうがいいかな?

 不安を完全に取り除くような魔法はまだ使えないけれど、治癒魔法だけなら得意だからね。


「アンディ、ちょっとこめかみに触れてもかまわないかな」

「ラングリース様、良いですよ。目はつぶったほうがいいですか?」

「いや、そのままで大丈夫」


 俺は軽くアンディのこめかみを押さえる。

 

「……癒しの神ラングベハンドに連なり健康を司るヘイトゲサンドよ、彼の疲れを取り除きたまえ……ファングエルシュト」


 アンディのこめかみから目元へ青と黄色の光が淡く包み込み、空に溶けた。

 すぅっとアンディの目元の隈が消えていく。

 これでよし。


 俺が、ほっとした瞬間。


「この、卑怯者!」


 鋭い声と共に、フォルトゥーナにばしゃりと水がかけられた。

 ざわめいていた周囲が一瞬で静まり返る。


 声の主を振り返ると、そこには、ベルモット=オーディル公爵令嬢が怒りに震えた菫色の瞳でフォルトゥーナを睨みつけていた。

 フォルトゥーナは突然の出来事にピンクトルマリン色の瞳を見開き、固まっている。

 ぽたり、ぽたりと、フォルトゥーナの漆黒の髪から水滴が零れ落ちた。


 え、なに。

 何が起こったんだ?!


「フォルトゥーナ、大丈夫!?」


 俺ははっとして、ハンカチで慌ててフォルトゥーナの髪を拭う。

 アリアンヌもおろおろとフォルトゥーナを拭いだす。

 

「ふんっ、卑怯者にはお似合いの姿ね! そのまま学園を出る事をお勧めするわ。ここは、魔法を学ぶ場所よ!」


 勝ち誇ったようにベルモットは嗤う。

 取り巻きのご令嬢達も同じように嗤うけれど、え、なに。

 フォルトゥーナの何が卑怯なんだ。

 そもそも、この水、ベルモットがフォルトゥーナにだけぶっかけたのか?

 どうやって?


「ベルモット嬢。魔法を学ぶ場であると共に、ここは礼儀作法を習う場でもあると思われますが?」


 ライリーがフォルトゥーナを庇うように、前に出る。

 パキンッ、パキンッ……。

 ライリーの周囲で、小さな氷の結晶が出来ては砕けていく。

 口調こそ丁寧だけれど、全身から怒りがみなぎっているのがわかる。

 フォルトゥーナが小刻みに震えていて、俺はぎゅっと彼女を抱きしめた。

 そうか、水魔法を使われたんだ。

 学園で攻撃されるなんて思っていなくて、一瞬判らなかった。


「ライリー様。わたくしのことはベルモットと呼んで下さいませ。将来、義妹になるのですもの」

「親しくもない間柄なのにそんな失礼な事は出来ません。未来は不変であり確定ではないのですから」

「まぁ……っ」


 意訳すれば「お前なんかの兄になる気はねーよ、アンディはやらねーよ」なライリーの言葉に、ベルモットの顔が寄り一層険しくなる。


「ライリー様は、そこの卑怯者がアンディ様に相応しいとおっしゃるの?!」

「言われている意味が分かりかねますが。私にわかるのは、ベルモット嬢が公爵令嬢であるフォルトゥーナ嬢を魔法で害したという事実だけですね」


 そうだ。

 いくら学園では身分を問わず公平だといったって、いきなり魔法で攻撃はありえないだろう。

 フォルトゥーナが平民ならまだしも、ジャックベリー公爵令嬢だぞ。


「卑怯って……」

「まぁ、アンディ様、そこにいらっしゃいましたの? 障害物で見えませんでしたわ」


 呆然と呟くアンディに、ベルモットはにこりと笑って言いきった。

 障害物って俺だよな。

 くっそ、確かに縦にも横にもでかいからな!


 エルドールがいつの間にかタオルを持ってきてくれた。

 お礼を言って、びっしょりと濡れたフォルトゥーナをタオルで包む。

 こんな格好では、新入生代表として壇上に上がるなんて出来るわけがない。

 それに春とはいえまだまだ肌寒いんだぞ。

 風邪でも引いたらどうしてくれる。

 小型熱風魔導乾燥機は流石に持ち歩いていない。

 学園にあるだろうか。


「ベルモット嬢。フォルトゥーナ=ジャックベリー公爵令嬢を害した理由をお聞かせ願えますか?」


 ライリーが笑顔のまま、苛立たしげに問い詰める。

 パリンッとまた氷の粒が弾けた。

 おいおい、ライリーまで魔法使ったりしないよな?

 相手はオーディル公爵令嬢だぞ。

 

「あら、害したなどと人聞きの悪い。わたくしは魔法を練習していたら、たまたま、フォルトゥーナ様に当たっただけですわ」

「そんな言い訳が通じるとでも?」

「言い訳も何も事実ですわ。皆様も見ていらしたでしょう?」


 ベルモットが振り返り、後ろに控えていた取り巻きのご令嬢達がこくこくと頷く。

 こちらを向いたベルモットは、勝ち誇ったように微笑んだ。


 あ、やばい。

 俺までブチ切れそう。

 大体フォルトゥーナが卑怯者って何だよ。

 不意打ちで水ぶっかける方がよほど卑怯だろうが。


「……ベルモット様。わたくしは、何をしてしまったのですか……?」


 フォルトゥーナが瞳にたまった涙を堪えながら、ベルモットに問う。

 

「あら、誤魔化されますの? さすがはジャックベリー公爵家ですわね。試験結果の不正に決まっていますでしょう?」

「不正……」

「図星でしょう? 入学出来た事はまぁいいでしょう。でも魔法の使えないフォルトゥーナ様がアンディ様と共に新入生代表だなんて、ありえませんわ。

 フォルトゥーナ様が不正をしなければ、わたくしがアンディ様と共に新入生代表を努めたはずですのに!」


 また、アンディか!

 ちらっとアンディを見ると、申し訳無さそうにフォルトゥーナを見ている。

 本当に、アンディとフォルトゥーナの間には何もないんだけれど、こういったちょっとした心配や友情がベルモットの癇に障るのだろう。

 

「ベルモット嬢。何度もご説明させていただいていますが、フォルトゥーナは魔法を使えます。

 座学や礼儀作法が完璧なのはベルモット嬢もご存知でしょう?」


 フォルトゥーナは本当に努力家なんだ。

 それを、こんな大勢の前で不正だなどと。

 思い込みも嫉妬もいい加減にしてほしい。


「わたくしは魔法が完璧だわ! 礼儀作法だってそうよ。フォルトゥーナ様なんかに……きゃっっ」

「いい加減、うっぜぇよ!」


 ライリーが氷の欠片をベルモットにブチ当てた。

 当然加減はしているから怪我なんかしないけれど、おいおいおいっ?!


「ライリー、落ち着け!」

「あ゛っ?!」


 ギロッと俺まで睨むなよライリー!

 ビシビシと氷の欠片を当てられているベルモットはきゃーきゃーと騒ぎながら「アンディ様助けて!」とか叫んでる。


「魔法の練習してたら魔法が当たっちまうなぁ!」

「……もう許しませんわっ、アンディ様の兄だからって、調子に乗らないで下さいませ!」


 ベルモットがキッとライリーを睨み返して、氷の欠片を水で弾いた。

 彼女の周囲にぶわりと水の塊が溢れ出す。

 ツインテールの銀髪も、勢いよくなびく。


 やばい!


 俺は咄嗟に周囲を囲むように結界を張り巡らせる。

 ジャスはレイチェルを守るように抱きしめ、アリアンヌはフォルトゥーナにぎゅっと抱きついた。


「皆さん、逃げてください!」


 エルドールが後方の新入生達に叫び、新入生達は全力で校舎に向かって逃げ出すけれど、間に合うか?!


「全部っ、流されちゃいなさいよっ!」


 ドウッと激しい音を立てて、ベルモットの指先から放たれた水の奔流が俺達に襲い掛かる。

 俺の結界がそれを防ぎきり、水は俺たちを避けるようにどんどん後方に流れていく。

 けれど新入生達を飲み込む前に、水の流れは何かに阻まれてそこに留まった。 


「流れるのはお前だっての!」


 ライリーが俺の結界の中から魔法を繰り出し、氷の壁を結界の外に作り出す。

 そしてそれを思いっきりベルモットのほうに倒した。

 透明な氷の壁に押し返された大量の水が、一気にベルモットと取り巻き達を押し流す!


「きゃああああっ、助けてっ!」


 頭から水をかぶり、地べたに転倒するベルモット。

 自慢の銀髪も、新品の制服も水と泥でぐちゃぐちゃだ。


「なによっ、なによこんなのっ、絶対に許さないんだからっ!」


 ベルモットが再び攻撃しようとした瞬間、


「そこまでだ」


 低く、けれど良く通る声が辺りに響いた。

 

「ベネディット先生……」


 魔術教師ベネディット。

 彼が、眉間に深い皺を刻んで佇んでいる。

 その不機嫌極まりない瞳を俺達の背後に向けパチリと指を鳴らすと、不自然に塞き止められていた後方に流れた水がそのまま流れて消えていく。

 そうか、ベネディット先生が止めたのか。

 止めてくれなかったら、新入生が危なかったよね。

 

「先生、聞いてくださいっ、そこのライリー=ヴァイマールがこの公爵令嬢であるわたくしに酷い事をっ」

「この学園内では身分は皆平等だが?」

「そ、そうかもしれませんが、でもっ、わたくしはこんな姿に……っ、それにそもそも、フォルトゥーナ様が不正さえしなければこんなことにはならなかったのですわっ」


 まだ言うか、こいつ。

 心無い言葉に俯くフォルトゥーナ。

 

「大丈夫だよ、フォルトゥーナ。不正なんてしていないことはわかっているんだから」

「お兄様……」


 腕の中のフォルトゥーナの瞳から、ついに堪えきれずに涙が零れた。

 

「ベルモット。フォルトゥーナの不正とは、何かね?」

「それは、入学試験の結果の捻じ曲げですわ。魔法をまともに扱えない彼女が新入生代表だなんて、おかしいでしょう? 魔法教師のベネディット先生ならお分かりになるはずです」

「残念ながらまったくわからぬ。試験には我輩も立ち会ったが、どこにも不正などは無かったが?」

「そ、そんなはずは……」

「それよりも、君は自分の成績を心配したほうが良いのではないか? 魔法学は見事であったが、その他の座学の成績は公爵令嬢としては余りにも……あぁ、この学園では皆、平等であったな」

「なっ……! も、もう、今日は最悪ですわ!」

 

 ベネディットの言葉にベルモットは悔しげに歯を噛み締めて、全力で走り去った。

 去り際にキッとフォルトゥーナを睨んでいくのは忘れない。

 取り巻きのご令嬢たちもパタパタと後に続いて去ってゆく。

 俺はフォルトゥーナをライリーに任せて、ベネディットに頭を下げる。


「……お騒がせして、申し訳ありませんでした」

「ふむ。大体の事情は聞いている。そちらの四人は新入生だろう。講堂へ急ぎなさい」


 ベネディットは校舎を親指で示す。

 でもまって欲しい。

 フォルトゥーナは水に濡れたままだし、このままじゃ入学式は無理だ。


 俺の戸惑いが伝わったのか、ベネディットは「あぁ」と呟くと指を鳴らす。

 瞬間、フォルトゥーナを濡らしていた水が綺麗に蒸発し、制服も皺一つない状態に戻った。

 さすが魔術教師。

 

「これで問題はあるまい」


 頷くベネディットにお礼を言って、俺達は全力で講堂に向かった。

 

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『悪役令嬢の兄になりまして』一迅社アイリスNeo様書籍情報
2018/5/2発売。

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