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5)脱! メタボへの道


「そーれっ、いっちにー、いっちにー!」


 ぜーはー、ぜーはー。

 太陽がさんさんと煌く中、俺は、イイ笑顔のライリーに引っ付かれながら、ジャックベリー家の屋敷の周りをマラソンさせられていた。

 併走しているエルドールがすかさず俺に飲み物を手渡す。


 うぅ、少しは生き返るけれど、頼む、休ませて。


 ずしーんずしーん。

 俺が足を踏み出すたび、大地が重みで揺れている気がする。

 朝からかれこれ一時間は走っているのだ。

 もっとも、俺の場合は既に走っているというよりも、何とか足を前に出しているような感じだけれども。

 衣類は汗でびっしょりと濡れ、俺はぐったり。


 最初は良かったんだよ、最初は。

 前世を思い出しながら、


 風切るのサイコー、マラソン最高っ!


 ってな気分で例え地面が揺れていても軽やかに走っていたからね。

 でもそれ、ほんとに最初の瞬間だけだった。

 ほんの十分もしないうちに俺は力尽きたのだ。


 ぼてんぼてんぼてんぼてんっ。

 メタボなお腹が走るたびに揺れる。

 もうこれ、俺の脂肪じゃなくて重石だろ。

 膝もなんだかミシミシ言い出してるし、両腕なんて既に振るというより身体にぶら下がって惰性で揺れているとしか言いようがないし。

 

 滝のように流れる汗を、エルドールがタオルでいそいそと拭き取ってくれる。


 あぁ、エルドール、お前はいいな。

 軽やかな身体と健康的な体力と涼しい顔してて。


 なんだかほんのりエルドールに嫉妬してしまうよ。

 俺達に付き合って朝から一緒に走ってくれているというのに。


「お兄さま、頑張ってくださいませ。もうすぐ、ゴールですわっ」


 フォルトゥーナの声が聞こえる。

 遠く霞む門の前で、彼女も朝から俺を応援してくれている。

 小さな手を振り、一生懸命応援してくれる姿にはグッとくる。

 さらさらの黒髪が朝陽を反射して、綺麗な天使の輪を描く。

 フォルトゥーナの周りだけ輝いて見えるほどに、眩しく愛らしい笑顔。

 

 でも。


「……いきがっ……くるしいん……ですが……っ」


 ぜーはーぜーはー。

 ぜーはーぜーはー。


 本気で息切れがする。

 なぜこんな事になったのか。


 きっかけは、ライリーの一言だった。


『それなら、ついでにその分厚い脂肪も燃やしてすっきりしようか』


 お見舞いに来てくれた彼がそう言ったのが、つい先日の事。

 その時は、なんか、嫌な予感がするなーぐらいだったんだけれど。

 彼は有言実行の人だった。


 本日朝、高速魔導馬車に乗ってライリーは颯爽と現れた。

 手に俺用の衣類を持って。


「ライリー、分かっていると思うけれど、私には普通の服は着れないのだよ?」

「見りゃ分かるよ。だからさ、ほい、これ」


 自信満々に頷いて、俺の部屋でライリーはバサリと衣類を広げてみせる。

 テーブルに広げられた衣装はどれもこれも本当に俺が着れる衣類だった。

 フリルやなにやらをさっぱりと無くして、ぴったりサイズではなくざっくりサイズ。

 一枚の布を半分に折って、首を出す部分に穴を開けて、両脇を腕が出る部分だけ残して縫い合わせたような感じだ。

 これなら確かに短時間で製作できたに違いない。

 そしてズボンのほうは、こちらもざっくり。

 ウェストを紐でぎゅーーーーっと縛って止めれるようになっていて、採寸がいらないデザイン。

 これなら多少痩せた後も使えそうだ。

 公式の場では着れそうにもない簡易な服だけれど、運動するのには適していそう。

 なんせ普段着ている服は男性でもひらひらと余分に布が多めで、運動しやすいとは言い難かったからね。

 布地もシルクではなくて、綿か麻だと思う。

 シルク独特の光沢がないし、安価ですぐに手に入るし。


「この間ウィンディリアの市場を見てたら、このデザインを見つけたんだよね。大き目の布で作れば多分お前でも着れると思ってさ」

「またお忍びで行ったのか? トリアンも大変だな」


 毎回毎回、ライリーが屋敷を抜け出すときは使用人のトリアンが身代わりをしているらしいのだ。

 背格好がライリーと良く似ていて、ライリーは変化の魔術を人にも使えるからこその技らしい。

 俺の体型だと、身代わりなんてまず無理だ。

 

 ……エルドールが太れば、あるいは?


「……ラングリース様。私の顔に何か?」

「い、いやぁ、今日も真面目だなと思っただけだ。気にしないでくれ」


 無理無理、俺レベルに太るなんてそうそう出来ないよな。

 というより、太ったエルドールなんて見たくない。

 デブが二人並んだら暑苦しさが二倍になってしまうよ。


「それよりほら、早くこれに着替えろ。走るぞ!」


 ライリーがぐぐっと服を押し付けてきた。


「は?」

「はじゃないよ。マラソンは朝したほうが楽だぞ。昼間だと太陽きついし」

「それは理解できるよ。けれど今からか?」

「おう」


 にやりと笑うライリー。

 かくして俺は、朝の日差しがきらめく中でマラソンをする羽目になったわけだが……。



 ぜーはーぜーはー。

 たぷんたぷん。

 ぜーはーぜーはー。

 たぷんたぷんっ。


 足を前に出すたびにお腹の脂肪が揺れる揺れる。

 苦しいなんてもんじゃなく。

 

「あともう五週、いってみよー!」

「む、無茶、いう……なっ!」

「お兄さま、アリアンヌがお茶を用意してくれていますわ。走り終わったら、ご一緒しましょう」


 あぁ、フォルトゥーナ。

 走り終わったらって、俺があと五周走ることは確定ですか。


「ほらほら、フォルトゥーナ嬢もこう言っている事だし。なっ?」


『なっ?』じゃない、今の俺に周回なんて、マジで無理だろ拷問か?!

 あ、なんか目が霞んできた気がする……。


 スッと。

 それまでずっと黙って俺と併走していたエルドールがライリーの前に進み出た。


「ライリー様、恐れながら申し上げます」

「なんだ? 言ってみろ」

「ラングリース様は限界のように思われます」

「そうか? もうちょっと行けそうじゃないか?」

「いえ、ライリー様は出来るかもしれませんが、ラングリース様は長い事臥せっておいででしたから、無理は禁物かと」

「うーん……」

「ではこうしましょう。ラングリース様の代わりに私が走ります。では、行ってまいります」

「あ、おいっ」


 さっと一礼して、有無を言わさず颯爽と走り出すエルドール。

 お前は救世主か!

 なんて主人想いなんだよ。


 感動と共に、俺はその場に崩れ落ちた。







「ごめんな、マジでそこまでキツイとは思わなかったんだよ~」


 俺の背中をさすりながら、ひたすら詫びるライリー。


 そうだよなぁ。

 精々一時間しか走ってないもんなぁ。

 しかも適度に水分とってたし。

 今の俺、マジで体力不足だわ。


 そう思っても、俺はもう地面にへたり込んで動けない。

 少し休まないと駄目だな、これ。


「はい、お兄さま。冷たいタオルですわ」


 フォルトゥーナが赤髪の使用人からタオルを受け取って、俺の首筋に当てる。

 ひんやりとした冷気が顔にも当たってすっきりとした。


 生き返るなぁ。


「苦しいところ悪いんだけど、少しだけ歩けるか?」

「あぁ、少しなら」

「木陰に移動しようぜ。俺たちじゃお前を運べないからさ」


 そうでしょうとも。

 この俺を運べたら逆にびっくりだ。


 俺はライリーに支えられながら、何とか立ち上がり、木陰に移動する。

 門の側で力尽きてよかったよ。

 これ、もっと離れた場所で倒れてたら、移動が大変だったよな。


「ラングリース様?!」


 さくっと一周走って戻ってきたエルドールが血相を変える。


「うん、エルドール、俺を殴っていいぜ。マジで無茶だったみたいだ」


 ライリーがほんとに反省しましたといって、エルドールに頬を差し出す。


「……いえ、私が止めるのが遅すぎたのも原因だと思いますから」


 申し訳ございませんと頭を下げるエルドール。


 だからエルドールは悪くないって。

 どう考えても俺の体力が微妙すぎた。

 ストレッチはしていたけれど、なんせ脂肪の塊だからね。



 数人の使用人が、透かし模様の掘り込まれた真っ白いガーデンテーブルと椅子を木陰に持ち込んでセッティングをし始めた。

 部屋に戻るよりも、ここでお茶会を始めるらしい。

 でも。


 ……普通の椅子だと、俺が座ったら足が折れそうな気がするんだが。


 真っ白なガーデンテーブルとお揃いの椅子は、透かし模様も綺麗だけれど華奢なデザインで、あの細い脚で俺の体重を支えれるとは思えない。

 そんな俺の不安を見越してか、赤髪の使用人が「うんしょ、うんーしょっ」と気合を入れながら、重たそうな俺の専用椅子を引きずってきた。

 エルドールがすぐに駆け寄り、椅子を引き受ける。


「アリアンヌ、お兄さまの椅子をありがとう。疲れたでしょう。あなたは休んでいて良いですよ」


 フォルトゥーナが赤髪の子を労い、部屋に戻らせる。


 ……赤髪の子、アリアンヌって言うのか。


 よくよく思い起こすと、フォルトゥーナとよく一緒にいたような気がする。

 彼女付きの使用人だったのかな。

 フォルトゥーナと同い年ぐらいに見えるから、きっとまだ使用人見習いだね。


 ……そういえば、俺、彼女のアクセサリー踏み潰して壊したんだよな。


 今思い返しても酷い。

 確か壊した時の台詞も、


「使用人の分際で、アクセサリーなんて生意気だぞ!」


 って言って、ネックレスを外させて、尚且つ、それを奪ってぐしゃり……。


 うわーうわー、最悪だ。

 寝込んでたりなんだりですっかり忘れていたけれど、それ含めて俺、マジで最低。

 取り上げるだけでも酷いのに、壊すって何だよそれ。

 何様だよ。

 いや、公爵家の三男だけどさ。

 自分でやったこととはいえ、眩暈がする。


 あとで、きっちり謝らないとだなぁ……。

 いや、今すぐだろ。

 

 椅子から立ち上がろうとして、かくっと膝から崩れた。


「おいおいおい、無茶するな」

「ラングリース様、しばらく休まれてください」


 二人の言うとおり、今は追いかけれそうに無い。

 日を改めて、きっちり謝ろう。

 アリアンヌのネックレス、ちゃんと直してやりたいしね。

 

 エルドールが淹れてくれた冷たいアイスティーを飲みながら、そう、思った。


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