47)アンディとシュレディ
シュレディとアンディのお茶会改め、お茶飲み。
気軽な友人枠でのご招待。
それは、秋もそろそろ終わり、冬が近付こうという日取りでやっと決まった。
計画を立てたのは秋の初めだったのに、随分と時間がかかってしまったのは、主にシュレディの忙しさだった。
パフェリア侯爵家のご令嬢なのだから、予定は多いだろうとは思っていたけれど、想像以上で。
よくあのスケジュールでトップクラスの成績を維持できるものだと感心する。
「いよいよだなー」
ヴァイマール家の門の前で、俺とライリー、そしてアンディとエルドールにトリアン。
五人で仁王立ちする勢いで、シュレディを待ち構えていた。
「フォルトゥーナも誘ってもよかったんじゃね?」
「私もそう思ったのだが、予定が合わなくてね」
フォルトゥーナもとても来たがっていたのに、残念だ。
正式なパーティーやお茶会は気後れしてしまう彼女だけれど、ライリーやアンディとは仲が良いしね。
非公式なお茶会なら、とてもリラックスして楽しめたと思うだけに、本当に残念だ。
あ、そうそう。
アンディにはもちろん、フォルトゥーナへの気持ちがないことは確認済み。
まかり間違ってアンディがフォルトゥーナを好きだったりするところに彼女を連れてきたら、目も当てられないからね。
門から外門に続く舗装された道に、小さな影がうつる。
遠くから近付いてくるそれは、パフェリア侯爵家の高速魔導馬車だ。
門の前につけられた馬車から、使用人にエスコートされて降りてくるシュレディは、門の前に集まった俺達に軽く目を見開いた。
「まぁ、皆様で待っていてくださいましたの?」
「まぁね。暇だったしな」
入ろうぜーといいながら、ライリーがシュレディを促す。
シュレディは、ちらちらと扇子の陰からアンディを見ている。
すぐ隣に並ぼうとはせずに、ちょっと距離をとっているような。
俺達は、ライリーと共にヴァイマール家の客間に案内された。
客までは、既にお茶の用意が整っていて、テーブルの上には花が飾られ、木の実のタルトや市松模様のクッキー、それに色とりどりのマカロンが並べられている。
あ、やばい、おいしそう。
ジャックベリー家では俺がダイエットをしているのは周知の事実だから、あんまり生クリームたっぷりのマカロンは出されないんだよね。
美味しいんだけどね。
二、三個なら食べても大丈夫だろうか。
そんな事を考えていたら、エルドールと目が合った。
そのグレーの瞳が雄弁に語っている。
「ラングリース様、食べ過ぎは程ほどになさって下さい」と。
あぁ、分かっているとも。
今日はシュレディへのお礼のお茶会だ。
目の前のマカロンを食べつくしたりはしないよ、決して。
全員席に着く。
今回用意されたのは丸いテーブルで、アンディ、シュレディ、ライリー、俺の順番で座っている。
アンディとシュレディ、二人並んで座れるようにしたらしい。
でも、思えばこれが不味かった。
アンディのすぐ隣に座ることになったシュレディは、明らかに挙動不審になったのだ。
そわそわと落ち着かない素振りで、扇子を弄り、時折ちらっとアンディを見ては目を逸らしてしまう。
あー、すっごい照れてるね?
これは、気づかない振りをしたほうがいいのか。
たぶん、いいよね。
トリアンが、皆の紅茶を淹れて回る。
ふわりと飲み慣れた香りが部屋を満たすと、シュレディも少し、緊張が解れたようだ。
意を決したようにシュレディが顔を上げ、アンディを見つめる。
「あ、あの」
「はい」
「ご」
「ご?」
アンディが、口ごもるシュレディに首を傾げる。
「ご趣味は」
シュレディが言った瞬間、俺は隣に座るライリーの口を即座に塞いだ。
口を塞がれたライリーは、「うっ、くっ……っ」と苦しげな呻き声を出しているけれど、俺の手をはずそうとはしない。
分かっているのだ。
俺の手を外したら、耐え切れなかった笑いが全力で口をついて出る事を。
そしてそれがわかるのは、俺もほぼ同じ状態だからだ。
咄嗟に奥歯を噛み締めて吹き出すのは堪えたけれど、頬っぺたがピクピク動いてる。
このままでは、決壊するのは時間の問題だ。
「す、少し退席するね。二人はそのままゆっくりしてて」
エルドールとトリアンに目配せして、俺はライリーの口を塞いだまま、ずるずると引きずるように客室を出る。
客間から遠く離れた裏庭まで出てから、ライリーを押さえていた手を離した。
瞬間、堪えきれずにライリーが吹き出す。
「や、やべぇ、息が、息が出来ねー……ひーっ」
「ライリー、笑いすぎだ、私も堪えているのに」
「だ、だってさ? 『ご趣味は』ってなんだよ、ご趣味はって! どこかのお見合いかよ!」
「それはその……なぁ?」
俺だって本当に頑張ったんだ。
こんなに笑いを堪えた瞬間は今までにない。
きっとたぶん一生ないんじゃないだろうか。
ライリーのほうがやばかったから、何とか堪えれて、今はもう落ち着いているけれどね。
「ひーっ、笑っちゃいけないけど、耐えられん」
「気持ちは分かるけれど、そろそろ息を整えようか」
ライリーは腹を押さえて、目にはもう笑い涙がたっぷりとたまっている。
まぁ、気持ちは本当に分かる。
ご趣味は、ってなんだ。
何がどうしてその台詞になったんだ。
普段の聡明な彼女はどこへ行ったのか。
ギャップが酷すぎる。
眉目秀麗才色兼備。
それは、彼女の為にあるような言葉なのに。
あぁ、そうだ。
彼女はアンディのことになると、ポンコツと化すのだった。
「あー、なんとか、収まってきたかな」
「いや、まだぶり返しそうだから、もう少しここで息を整えようか」
ほら、笑いってツボにはまると、思い出し笑い的に復活するから。
この状態で客間に戻っても、シュレディの顔を見た瞬間に今度こそライリーは耐えられないかもしれない。
それぐらい、「ご趣味は」の破壊力は凄まじかった。
日々のお礼を兼ねてシュレディを誘ったのに、彼女に恥ずかしい思いをさせるなんて最悪だからね。
もっとも、今の彼女はアンディしか眼に入らなくなっていたから、俺達が慌てて客間を出たことにも気づいて無さそうだったからよかったけれど。
普段の彼女だったら、即座に気づかれて嫌な思いをさせるところだった。
「早めに戻らないと、やばくね?」
「それは大丈夫だろう。エルドールとトリアンがいるしね」
エルドールはもちろんの事、トリアンだって優秀なのだ。
このやんちゃなライリー付きの使用人だからね。
突発的な出来事に対しての免疫力は、普通の使用人よりも高いはず。
もしもシュレディが意味不明な事を口走って場がおかしなことになっても、エルドールと二人で上手くとりなしてくれるはずだ。
……たぶん。
「でもシュレディって、あんなに焦りやすいタイプだったか? それに以前はもっとこう、積極的だったよな?」
「確かに、以前はアンディと腕を組んでも堂々としていたような」
俺がはっきり彼女を認識したのは、去年開かれたアンディの誕生パーティーだ。
ベルモットとシュレディは、アンディの腕をそれぞれ左右から組んでいた。
銀髪ツインテールのベルモットと、ゴージャスな金髪巻き毛のシュレディ。
二人セットみたいな印象を受けた。
その後のフォルトゥーナへの罵倒が酷くて、ベルモットの嫌な印象が強いパーティーだったけれど、シュレディだって当時はアンディに積極的だった。
アンディに一途な所は今も変わっていないけれど。
「そういえば、今年のアンディの誕生パーティーでも、シュレディは大人しかったよね」
「ベルモットは相変わらずアンディにべったりでムカついたけどな」
先日あったパーティーを思い出したのか、ライリーがチッと舌を打つ。
そう、ベルモットはライリーにひっぱたかれてもものともせず、アンディへの猛烈アタックをやめる気配が微塵もない。
それに引き換え、ライリーだって認めているシュレディは、今年はアンディと腕を組むどころか、二、三言言葉を交わして、それで終わりだった気がする。
俺はずっと見ていたわけじゃないから、確実とはいえないけれど。
ほら、俺はフォルトゥーナを敵視するベルモットから彼女を守らなきゃいけなかったからね。
シュレディは俺達にとって大事な友人だけど、俺の一番大事な子は妹だから。
「アンディを見ただけで、耳が真っ赤になってたのは気づいたか?」
「え、それは本当か? 表情はいつも通り、いや、ちょっと照れているような雰囲気は見られたけれど」
「完全に赤かったよ。よく顔まで真っ赤にならないなってぐらいだった。かつてないぐらい、アンディを意識してるんじゃね?」
「何かきっかけでもあったんだろうか」
「んー。誕生パーティーでは特に何もなかったよな。学園はアンディいねぇし。プライベートでアンディに会う機会なんてまず無いだろうし」
「そうすると、アンディ以外がきっかけなのだろうか。急に強く意識するなんて」
なんだかんだいって、俺達はまだ子供だと思う。
転生前の現代日本の子供達よりも、ずっと大人びている自覚はあるけれど。
俺の場合は転生者で、高校生ぐらいの記憶があるから余計だけどね。
たぶん、この世界がもうそういうものなのだと思う。
でも、それでも子供は子供で、異性としてそこまで意識するにはまだ早い気がするんだけど。
どうなんだろう。
「うーん、ただ単に急に意識しだしただけにしては、挙動不審なんだよな。あのシュレディがいくらなんでも『ご趣味は』はねぇよ」
言いながら、一瞬笑いかけたのは、みなかったことにしておこう。
ご趣味は、という言葉を聞いただけで、俺も当分の間は腹筋を鍛える事になりそうだから。
「けれど考えてもこればかりは分からないよね。シュレディのきっかけが何かなんて」
「よし、本人に聞いてみるか」
「いや、まってくれ。確かにそうすれば確実だけれど、シュレディが恥ずかしい思いをするんじゃないだろうか」
「何でアンディを意識してるんだ? って聞くわけには、流石に行かないか」
「うん。たぶんシュレディは錯乱すると思う」
アンディを目の前にすると普段よりも歳相応というか、子どもっぽくなる彼女だ。
何で意識したかを俺達に話すなんて、恥ずかしさで倒れるんじゃないだろうか。
「……っ……ライリーさまぁ……っ」
なんだ?
どこからかライリーが呼ばれてる?
そう思った瞬間、トリアンが凄まじい勢いで屋敷から裏庭に飛び出してきた。
「うぉっ、お前が走るなんて珍しいな」
思いっきりぶつかられかけたライリーは半身捻りながら、トリアンの片腕を掴んで勢いを止めた。
「ライリー様、そんなことより大変ですっ、シュレディ様が倒れました!!」
「はぁっ!?」
「なんで?! まだ何も聞いていないのだが?!」
「ラングリース様、聞くって何の話ですか? そんなことよりも、早く二人とも戻ってくださいっ」
「お、おぅっ」
息もまだ整わないまま、トリアンは再び屋敷に走り出す。
その後を、俺とライリーも追う。
まだ質問してもいないのに倒れたのはなんでだ?
シュレディは実は病弱だったなんてことはないよな?
魔法の実技でも武術でも優秀な成績を修めている彼女だ。
学園で一度だって倒れたことはない。
あるとすれば……。
「まさか、毒か?」
俺が思ったことと同じ事を思ったのだろう。
ライリーが青ざめた顔でトリアンに問いかける。
ヴァイマール家でシュレディに対して毒なんて使われるはずもないけれど、急に倒れるなんて普通じゃない。
「いいえ、違いますっ。とにかく部屋にはいってくださいっ」
バンッと伯爵家の使用人らしからぬ勢いで、トリアンは客間のドアを開け放つ。
客間には、途方にくれたアンディ、ソファーの上で意識の無いシュレディ、そんな倒れたシュレディを介抱するエルドールがいた。
その周囲には、シュレディについてきた使用人の女の子が二人、青ざめて佇んでいる。
「アンディ、何があった?!」
「あ、あの。シュレディ様からジャムの乗ったクッキーを頂いたんです」
「クッキーなんていま関係ないだろ? シュレディはどうしたんだよ!」
「は、はいっ。クッキーが嬉しくて、つい、手を握ったら」
「握ったら?」
「倒れました」
「………………………………………」
ライリーが無言で固まった。
俺もそう。
手を握られて倒れた。
つまり、恥ずかしさと緊張で意識を失った、と。
アンディは、サファイヤ色の瞳を不安気に揺らす。
「治癒術師を呼んだほうがよいでしょうか」
「いや、すぐに目を覚ますだろ。倒れたといっても、床に倒れたわけじゃないよな?」
ライリーの問いには、エルドールが頷いた。
「はい。意識を失われて、テーブルに倒れこんでしまわれたので、ソファーのほうへ運ばせていただきました」
「一応、私が治癒魔法をかけておこう」
恥ずかしさで意識を失って、テーブルの上なら頭も打ってないだろうけれど、一応ね。
俺は、シュレディの側に膝をつき、その身体の上に手をかざす。
白い光がシュレディを包み、すぐに消えてなくなった。
うん、やっぱりね。
魔力がほとんど減らない感じ。
重傷だと一気にごっそり魔力が抜けていく感じがするから、シュレディはどこも負傷していないんだろう。
「ん………」
シュレディの桜色の唇から、声が漏れた。
不安そうにシュレディを見つめていた二人の使用人が、即座にシュレディに駆け寄った。
何気に俺は突き飛ばされたけど、まぁ、仕方ない。
「お嬢様、お加減は如何ですか?!」
「え……一体……」
「あー、思い出さないほうがいいぜ? また倒れるんじゃね」
「それはどういう……あっ」
ライリーの言葉に、何があったか思い出したのだろう。
シュレディは真っ赤になってアンディを見つめる。
アンディはシュレディが無事な事にほっとしたのか、とても優しい笑顔でシュレディを見つめ返す。
「あのっ、わ、わたくし……」
「どこも、痛いところはございませんか?」
「は、はい……」
「そうですか。不用意に手を触れてしまい、申し訳ございませんでした」
「そ、そんなっ! わたくしのほうこそ、このような姿をお見せしてしまって……っ」
恥らうシュレディに、アンディはエスコートできずに伸ばしかけた手を戻す。
手を触れたら、また倒れかねないしね。
「シュレディ、立てるか?」
ライリーがアンディの変わりに手を差し出す。
その手をとって、やっと冷静になってきたシュレディはいつものクールな表情に戻っていく。
「えぇ、問題ありませんわ」
「一瞬とはいえ倒れたんだ。高速魔導馬車までエスコートするぜ」
「まぁ、ありがとう存じます」
シュレディは一瞬たりとも戸惑う事無く、頷く。
倒れたのに、そのままお喋りも難しいからね。
正式なお茶会じゃなくてよかったよ。
他のご令嬢がいる前で倒れていたら、醜聞になるところだったから。
みんなで、シュレディをパフェリア侯爵家の高速魔導馬車まで見送る。
高速魔導馬車に乗る前に、シュレディは深々と礼をした。
「皆様、本日は大変楽しい時間を過ごさせて頂きました。また、次の機会を楽しみに、お待ちしておりますわ」
「おう、いつでも来てくれよ」
「私もいつでもお待ちしております」
「ごきげんよう」
高速魔導馬車の窓から、シュレディが優雅に微笑んだ。
2017/3/27
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こちらもどうぞよろしくお願いします。
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