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46)お茶会の計画


 ウィンディリア王立学園の昼休み。

 校舎から中庭へ到る通路は、赤と黄色の落ち葉で彩られて艶やかだ。

 さくさくと落ち葉を踏みしめながら、俺とライリー、そしてエルドールが後に続く。


 紅葉が美しい中庭は、今日はあまり人が居ない。

 みな、空中庭園のほうに行っているのだろう。

 空中庭園では、落ち葉が魔法によってダンスを踊っているからね。

 余り人が多いところは好きではないから、ライリーにこちらの中庭に誘われたのは正直ありがたい。

 遠巻きにちらちらとこちらを伺っているのは、ライリーとエルドール目当ての女の子達かな。

 上級生のお姉様方の目当ては、間違いなくエルドールだと思うけれど。

 エルドールが貴族だったら、今頃婚約申し込みの手紙が殺到しているに違いない。


 女の子達の熱い視線は、俺にも注がれている。

『どけっ、そこをどけっ、エルドール様やライリー様が見えないでしょ!!』

 っていう、殺意やら何やらが篭った視線だけどな!


「借りはさっさと返したいんだよな」


 中庭を散策しながら、ライリーが軽く髪をかき上げる。

 淡い茶色の柔らかい癖っ毛が、陽に透けて煌めく。

 遠巻きにライリーを見つめていた女子達がざわめいた。

 

 ……ライリーって、やっぱり格好いいよな。


 乙女ゲームの攻略対象だったアンディは、当然の事ながら美少年だ。

 けれど、ライリーはその弟のアンディに負けず劣らず格好いい。

 ほんと、なんで乙女ゲームの攻略対象として登場しなかったのか。

 そもそもちらりとも存在すら出なかったのは何故なのか。

 エルドールは、見た目も中身も最悪な俺の使用人として登場していたのにね。

 謎である。


「ライリーの家でお茶会すれば済む話じゃないのか?」


 さっきからライリーが何を悩んでいるのかよく分からなくて、俺は首を傾げる。


『シュレディをアンディのいるお茶会に招待する』


 たったそれだけのことだ。

 シュレディにはもうほんとに、俺も借りを作りっぱなしだから、アンディとゆっくり楽しんでもらいたい。

 それで、お茶会を開こうという所で、ライリーが眉間にシワを寄せているわけで。

 ライリーの家で開催すれば、もれなくアンディもついてくると思うんだよ。

 自宅だし。

 ついてくるというか、もうそこにいるのが当たり前というか。

 アンディはまだウィンディリア王立学園に入学していないから、勉強は家庭教師のみだ。

 だから、俺達よりも日程調整がしやすいはず。

 他家のお茶会に招かれた場合は、アンディ以外がいけば問題ないしね。

 シュレディは、アンディがいる事を伝えて誘えば二つ返事で喜んで来てくれると思う。

 ただ、彼女の日程はきっちり確認してからだけれどね。

 彼女はパフェリア侯爵家なんだから、予定は詰まっている可能性大だ。

 

「自宅で出来れば悩まねーっての」

「出来ない理由があるのか?」

「……マジで分かってない?」


 ライリーがちょっと呆れ気味に言う。

 なんだろう。

 ライリーの家で何かイベントでもあっただろうか。

 アンディの誕生パーティーは先日済ましたし、ライリーはもともと誕生パーティーは開かない。

 一番上のお兄様の誕生日は秋じゃないし。

 うーん?

 

 悩む俺に、ライリーは溜息混じりに呟いた。


「ベルモット・オーディル公爵令嬢」

「あ」


 ベルモット!

 言われた瞬間、俺の頭の中に勝気な銀髪ツインテールの顔が浮かぶ。

 やばい、忘れてた。

 先日の誕生パーティーでもアンディにいまだべったりの、公爵令嬢。

 アンディが親しげだったというだけで、フォルトゥーナにすら敵意をみなぎらせた彼女だ。

 性格が半端なく激しい。

 そんなベルモットに対抗できるのはシュレディぐらい。

 シュレディだったら、ベルモットにさくさくと対応できるだろう。

 けれどそれだと、せっかくのお礼を兼ねたお茶会が火花バシバシになってしまう。


「ヴァイマール家は伯爵家だし、上位の公爵家に招待状を送らないってわけにはいかないだろ」


 それはそうだ。

 上級貴族が下級貴族からの招待をお断りは出来ても、下級貴族が上級貴族をお断りは困難だ。

 そして下級貴族が上級貴族に招待状を送らないというのは、まずありえない。

 だから、ヴァイマール家でお茶会を開催する場合、オーディル公爵家へも招待状を送らざるえない。

 オーディル公爵家には、ベルモットのほかにもご令嬢やご子息はもちろんいる。

 でもアンディにご執心のベルモットがアンディに会える機会を逃すとは思えない。

 招待したら最後、彼女宛でなくとも彼女が来てしまうだろう。


「そうしたら、私の家で開催するのはどうだろう」

「ジャックベリー公爵家のお茶会に、オーディル公爵家を招待しないなんてありえないだろ」

「駄目か? 家柄的には招待しなくとも苦情はこないと思うのだが」


 苦情がこないと言うよりは、苦情を出せない、というべきか。

 オーディル公爵家とは同じ公爵家ではあるけれど、ジャックベリー家のほうがやや、優位なんだよね。

 いや、むしろいまははっきりと優位なのかな。

 去年起こったマーケンの鉱山での事故。

 あの時、即座にジャックベリー公爵家は動き、被害を最小限に抑え、尚且つ、鉱山が落ち着くまでの間、生活の支援まできっちり行っていた。 

 そのせいか、マーケンの街のジャックベリー公爵家への感謝の気持ちが凄まじくて、魔鉱石の採掘量が例年以上に跳ね上がってるんだよね。

 マーケンの街の魔鉱石はアクセサリーに向いた物が多いのだけれど、当然、王族に献上されるアクセサリーにも使用されている。

 余り仲のよろしくない隣国のモンエダイン王国ですら、魔宝石の輝きには一目置いているとか何とか。

 まぁ、俺は最近ジャスからの話しで知ったんだけれどね。


 もしも俺達がお忍びでマーケンの街に行かなかったら。

 重傷だったレイチェルのお父さんの治療は出来なかったし、ジョシュア先生もすぐにマーケンへ呼ぶことは出来なかった。

 ジョシュア先生がいなければ、閉じ込められた鉱山夫達をすぐに助けれずに、技術のある彼らを失っていたかもしれないよね。

 そうしたら、マーケンの街の被害は今の比じゃなかっただろうし、採掘量もぐっと下がってジャックベリー家の力は衰えていたかもしれない。

 力が衰えれば衰えた分だけ、力関係的に断れるものが断れなくなってくる。

 フォルトゥーナへの強引な婚約とかね。

 だから、野心なんかなくとも力を維持出来るのはいいことだと思う。

 無理難題を断れる権利っていう意味でね。

 エルドールには本当に心配をかけてしまったから、お忍びは二度と内緒ではやらないけどね。


 話がそれた気がするけれど、ジャックベリー家はオーディル公爵家へ招待状を送らなくても、問題はないと思う。 

 もしも招待状を送っても、醜い俺の開くお茶会にベルモットが乗り込んでは来ないだろう。

 俺の名前で開くお茶会なら、ライリーはともかくアンディが来るとは思われないだろうしね。


「うーん、やっぱりジャックベリー公爵家の名前で開催すると、ベルモット以外にも邪魔な令嬢は数人まぎれるだろ」

「そうだろうか」

「……ジャックベリー公爵家と縁を持ちたい貴族は山ほどいるだろ」


 溜息混じりにライリーが呟く。

 そりゃいるだろうけれど、ご令嬢が本気で嫌がるだろう。

 縁を持つ=俺と婚約、だから。

 あぁ、でも。

 親に逆らえずに、無理やり出席させられるご令嬢がいたら可哀想だよね。

 間違っても婚約なんて俺は頷かないけれど、そんな事は分からないご令嬢達は、生贄気分だよね。

 ジャックベリー公爵家からの招待状を、スルーなんてまず出来ないし。

 あー、そうすると、本当にお茶会開催が出来ないのか?


 俺とライリーが二人して眉間にしわを寄せて唸っていると、それまで黙っていたエルドールが口を開いた。


「一つ、よろしいでしょうか?」

「ん?」

「お茶会、というほど大きな催しではなく、ライリー様のご友人としてシュレディ様がヴァイマール家へ行くことは不可能でしょうか」

「「!!!!!」」


 俺とライリーは、思いっきり顔を見合わせる。

 そうだ。

 何も邪魔なご令嬢達ももれなくくっついてくるお茶会じゃなくても、アンディとシュレディがお茶出来ればいいんだ。

 なまじっか貴族しているせいで、そんな簡単なことが思いつけなかった。

 

「お前、天才かよ」

「恐れ入ります」


 ライリーの賞賛の声に、エルドールが頭を下げる。

 エルドール、マジ完璧。

 リンゴーン、リンゴーンと高らかに鳴り響くチャイムの音が、まるで祝福の鐘の音のようだ。

  

「って、この鐘の音、昼休みの終わりじゃないか?」

「あっ」


 やばい!

 俺達はともかく、平民のエルドールが遅刻はやばいんじゃないかっ?!


「ラングリース様、ご安心ください。私は多少遅れても問題ありませんから」

「いや、問題あるだろう?!」

「次の授業は魔法学の実技ですから。このまま、中庭を抜ければ間に合うのですよ」


 慌てる俺に、エルドールは無表情な中にもわずかに笑みをのせる。

 そんなエルドールと別れを告げて、俺とライリーは全力で教室に走り出した。

 貴族としてはしたない?

 大丈夫だ、周囲には俺達以外もう誰もいないからな!


「次の授業確か俺達も魔法学だよな?!」

「実技じゃなくて座学だけどね」


 実技だったら、俺達も中庭を抜けて校庭側に行って、それから実議場へ向かえば余裕だった。

 毎日、マラソンを日課にしているせいか、これだけ全力で走っても息が切れないのはいいけれど、これ、もう絶対先生は教室に来てるよな。


「ベネディットの奴、ねちっこいからな」


 走りながら、ライリーが軽く舌打ちする。

 そうなんだよね。

 ローデヴェイクと違って俺だけを目の敵にするわけじゃないんだけれど、魔術教師ベネディットも、こう、なんというか相性が悪い。

 校舎の魔法陣に飛び乗って、降りた側から廊下を走り、次の魔法陣に飛び乗って。

 時計を見ると、チャイムが鳴り響いてから五分過ぎている。

 時間きっちりにくるあの魔術教師が、今日に限って教室についていないという希望は棄てたほうがいいよな。

 

「魔導書の写本程度の罰ならいいな」

「そんな甘いわけない。この間のダンドルなんか青イモムシの選別やらされてマジ泣きしてただろ」


 言われてみればそうだ。

 ダンドル・ワットン侯爵子息が授業を妨害する勢いで居眠りをして、ベネディットに大量の青イモムシを押し付けられてたっけ。

 一匹一匹が大人の中指ほどに大きくてごろんとしてて、そのくせ、繊細だとかで棒でつまむのは不可。

 素手で一匹ずつ取り上げないと駄目だという……あぁ、想像しただけで鳥肌立ってきた。


 俺達の教室がある階に移動魔法陣がついたので、俺とライリーは走らずに足音を忍ばせつつ、それでも早足気味に教室へ向かう。


「お?」

「え?」


 曲がり角を曲がると、シュレディがいた。

 手にはなぜか、一抱えもある紙筒と、魔導書を抱きしめている。


「え、じゃございませんわ。二人とも、どこで何をしていらしたの」

「ついうっかり、話しこんでしまっていてね。それより、シュレディのほうこそこんな所にいては遅刻なのではないか?」

「待っていましたのよ、貴方達を」


 溜息つきながら、シュレディは俺とライリーに巨大な紙筒を手渡す。

 

「これ、次の授業で使う魔導地図か?」

「えぇ、そうよ。今回はわたくしがベネディット先生のアシスタントでしたの。持って行くのを手伝ってくださいな」

「教室はすぐそこだと思うのだが」

「ラングリース、察しろ。これを持っていけば、俺達は遅刻じゃない。次の授業の道具を取りに行っていただけだ」

「貴方達が走って校舎に駆け込んでくる所が見えましたの」


 苦笑しながら行きましょうと促すシュレディに、俺はもう、本当に頭が上がらない。

 隣を見れば、ライリーも苦笑している。


 絶対、アンディとのお茶飲みを成功させてみせる。

 

 教室に入った瞬間飛んできたベネディットの冷たい視線と、手にしていた黒くて早い大量のアイツが入ったガラス容器を見て、俺は強く強く決意した。


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2018/5/2発売。

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