45)新学期
さんさんと陽が降り注ぐ中、遠くのほうで虫の声が聞こえる。
蝉なのかな。
ヒグラシの声に似ている気がする。
珍しいな、と思った。
真夏には沢山鳴いていたから、気にならなかったけれど。
露店を出した頃と変わらない気がするけれど、だんだんと秋が近付いてきているのだろう。
俺は自分の部屋でアクセサリーを作りながら、窓の外を眺めた。
細かな作業をしていると、目が疲れるよね。
緑は目に優しいというけれど、きちんと手入れの行き届いた公爵家の庭を眺めていると、確かに安らぐ気がする。
「少し、休まれては如何でしょうか」
「十分休んでいると思うのだが」
エルドールが淹れてくれた紅茶を飲みながら、俺はほうっと息をつく。
露店が無事終了し、
「お手伝い代金なんて、ボクいらないんだよ?!」
って断ってくるレイチェルを説得してアルバイト代を支払い、ライリーやアリアンヌ、それに当然フォルトゥーナとエルドールにも、売り上げをきちんと配分した。
みんなで作ったしね。
露店に出したアクセサリーは、初出店とは思えないほど良く売れたから、かなりの金額になっている。
お客さんの支払いが銀貨だったからかな。
余計ずっしりと量が多く感じる。
なんだかんだ、俺だけでも金貨十枚分は稼いでしまった。
アリアンヌの学費捻出の為と思って出店した露店だけれど、こんなに稼げるのは予想外。
もしも毎回これだけ稼げるのなら、バッドエンド回避できなくて公爵家が没落しても、路頭に迷わなくて済むかも。
もちろん、貴族として暮らしていけるような金額じゃないけれどね。
一般的な平民の暮らしなら何とかなりそうだなって。
そう思うと、ついつい、暇を見つけてはアクセサリーを作ってしまうんだよね。
フォルトゥーナとレイチェル、それにアリアンヌの分の髪飾りは既に作ってあったりするし。
だからエルドールからしてみると、「休んでいない」ように見えるのかも。
「朝の運動に始まって、各家庭教師の授業を終え、アリアンヌの勉強も見て、さらにアクセサリー作りをしているラングリース様は、働きすぎです」
朝の運動はダイエットと健康の為の俺の趣味だし、家庭教師達の授業は幼い頃からずっとだから今更だし、アリアンヌの勉強をみるのはなんかもう放っておけないからだし。
アクセサリーにいたっては、趣味と実益を兼ねている。
どれもこれも仕事ではないから、働きすぎといわれると、ちょっと困ってしまう。
むしろエルドールこそが働きすぎなんじゃないだろうか。
「なぁ、エルドール」
「はい、何でございましょう」
「休暇を取らそうか。俺が夏休みだったように、エルドールもじっくり休んでみてはどうだろう」
「えっ」
無表情なエルドールが、あからさまに動揺した。
えっ、俺、なんか変なこと言った?
「…………その様子ですと、誤解のようですね」
おろおろする俺に、エルドールが困ったように苦笑する。
いや、俺、マジでなにを誤解させたんだ?
「エルドール、すまない。その、何か問題だっただろうか。まったく分からないのだが」
「いえ、何でもございません。私には長期休暇など必要ないというだけですね」
「そ、そうなのか。変な事を言ってすまなかった」
「紅茶を淹れ直してきますね」
いつもの無表情の中に、どこかほっとしたものを滲ませながら、エルドールが部屋を出て行く。
戻って来たエルドールはいつもと変わらなかったから、俺は肩の力が抜けるのを感じた。
エルドールがいないと、俺は何も出来ないからね。
露店だって、ほぼ全てエルドールが取り仕切ってくれたからこその成功だし。
「エルドール、休みはいらないというけれど、疲れたりしたときはきちんと休んでくれ。私は、エルドールが倒れたら何も出来なくなってしまうから」
「はい、わかりました。私は倒れたりしませんし、ラングリース様のお側にずっといますから」
エルドールのグレーの瞳がとても嬉しそうで、つられて俺も微笑んだ。
◇◇
新学期が始まった。
いつものようにエルドールと共に高速魔導馬車に乗り込み、俺達は王都のウィンディリア王立学園に登校する。
エルドールと別れ、迷う事無く自分の教室に向かいながらライリーと合流して教室に入り――俺は、絶句した。
キラッキラ、キラッキラ。
教室の中を色取り取りの光が乱反射している。
一体、何事なのか。
「ハドル王子とお揃いのビーズネックレスを作らせましたの。素晴らしいでしょう?」
ふふんと鼻高々に、リュディアが教室の中央でネックレスを見せびらかす。
光の正体はネックレスだ。
窓から差し込む光がリュディアのネックレスに反射している。
ネックレスは恐らくガラスのビーズで作ってあるのだろうけれど、でかい。
長さがあるとかではなく、ビーズの一粒一粒がごろんと大きくて、それが二重に連なっている。
色取り取りのビーズを豪華にあしらったといえば聞こえはいいのだが、色味がばらばらで目に痛い。
小粒のビーズなら可愛らしく見えたかもしれないけれど、一粒が金貨ぐらいの大きさだと主張が激しすぎた。
ニコニコと上機嫌で笑うリュディアに、ハドル王子も困惑気味の笑みを浮かべている。
一体なんでそんなにでかいビーズを使ったんだ?
むしろ売っているのか、そのサイズ。
少なくとも、俺が見た王都の雑貨屋では無かったサイズだ。
巨大なビーズを支えるには通常のTピンや9ピンではダメだったのか、台座に宝石のようにはめ込んでいる。
だからより一層見た目も重くなって、正直、夜会やパーティーならともかく学園の制服には不釣合いだと思う。
「細工職人に特別に作らせましたの」
「豪華ですね」
「えぇ、そうなんです! ハドル王子がお好きなビーズアクセサリーですの。気に入っていただけると思いましたわ」
ふふふっとリュディアは頬を染めて笑うけれど、たぶんそれ、王子は別に気に入っているわけじゃないと思うんだ。
間違っても口に出して指摘はしないけれど。
揉めたくないからね。
リュディアが、教室の入り口で固まってる俺に気づいた。
ふっとヘーゼルの瞳が意地悪く細まる。
「……そういえば、ラングリース様もビーズアクセサリーを持っていらしたわね? 是非見せていただきたいですわ」
あのー、それは、リュディアのネックレスと比べるという事ですか。
デザインの方向性がまったく違うと思うし、そもそも学園にはネックレスなんて持ってきていない。
男性だからね、俺。
アクセサリーはほぼつけないよ。
エルドールとお揃いのハットピンを、胸のポケットに刺している程度だ。
「学園にネックレスは持ってきていないのですよ」
「あら、そうなのですね。売るほど持っていらっしゃるのに」
くすくすと笑うリュディアに、ライリーが軽く舌打ちするのが聞こえた。
隣にいないと判らないぐらい小さくだけど。
顔は笑顔なのに、目が冷たいよ。
ほんとにリュディアとは相性が悪いんだな。
俺は笑われても別に気にしないんだけどね。
「ラングリース達の作るアクセサリーは、本当に魅力的ですよね。リュディア嬢が見たいと願うのも、わかる気がします。私も購入させていただいたんですよ」
ほわっとした笑顔で、ハドル王子が胸元に触れる。
そこには、先日の市場でハドル王子が購入したハットピンが刺されている。
作ったのはフォルトゥーナだけれど、デザインは俺だから、魅力的といわれるとこう、頬が赤くなる。
「ま、まぁっ、ハドル王子が購入されましたの?! それでしたら、わたくしも購入させていただきたいですわ」
「残念ながら、ラングリースの作るアクセサリーは繊細なので、リュディア嬢には似あわないかと。職人が作ったというその目に眩しい大振りのネックレスがとてもよく似合っているので」
リュディアに笑顔のままライリーが一見褒めてるように言い切るけど、えっとそれ、嫌味だよね?
リュディアには繊細さは似合わないって意味じゃ……。
「それはどういう意味かしらっ。わたくしには、繊細さが足りないとでもおっしゃりたいのかしら」
リュディアも嫌味に気づいたようで、扇子をぎりぎりと握り締めた。
一触即発。
ライリーとリュディアの間に見えない火花がバチバチと飛び散り、ハドル王子は不安げに視線を彷徨わす。
「リュディア、その辺でやめておきなさいな。そろそろ先生がいらっしゃるわよ」
いつの間に教室に来ていたのだろう。
シュレディがライリーとリュディアの間に割って入った。
「で、でも……」
「大振りでも小ぶりでも、アクセサリーの良さは人それぞれでしょう。でもそうね、貴方のアクセサリーは学園には不釣合いだと思うわよ?」
「そんなっ、これは、ウィンディリアでも最高の細工職人にお願いして……」
「技術はそうね、最高なのでしょう。でも、貴方覚えていて? ウィンディリア学園では余りにも過度な装飾品の持込は禁止されているでしょう」
「あ……」
シュレディが冷静に指摘して、俺も思い出す。
そうだった。
校則で禁止事項だ。
普段アクセサリーなんて身につけないからサクッと忘れてた。
なんだかんだいって貴族の令嬢は皆、宝石類で着飾ってはいるけれど、流石に教室中をきらきらと光が乱反射するレベルだと、先生もスルー出来ないよね。
「思い出していただけたかしら。先生が来る前に仕舞って置いたほうがよいと思うわよ?」
リュディアが悔しげに俺達を睨み、ネックレスを外してバッグに仕舞い込む。
いや俺、何もしてないんだけどな。
「今度アンディ呼んでお茶会してやるよ」
ライリーが、シュレディの耳元でこそっと囁くのが聞こえた。





