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43)賑わいと共に

 市場は、開始の合図と共に沢山の人で溢れた。

 どれほど皆、入り口で待たされていたのだろう。

 走り出そうとする人を、係りの人が「危ないですから、歩いてください」と引き止める場面もあった。

 まるで、前世のコミケのようだ。

 

 ちなみに俺はコミケに通っていたわけじゃない。

 例によって例の如く、前世のおかんに売り子として借り出されていただけだ。

 お盆と年末に開催されていたから、部活も丁度休みだったんだよね。


 王都の石畳を、人々は目を輝かせながら歩いていく。

 きっと、お目当てのお店があるのだろう。

 俺達の店にも足を止めてもらえればいいのだけれど。


 ふと、若い女性と目が合う。

 いや、女性が見ているのは、俺じゃなくて並べられたアクセサリーだ。

 惹きつけられる様に、アクセサリーを見つめたまま近付いてくる。


 フォルトゥーナとアリアンヌ、それにレイチェルが笑顔で挨拶すると、女性もふわりと微笑んだ。

 俺は、彼女の目線と指先を見る。

 どの作品を手にとってもらえるだろう。

 最初のお客様だから、妙に心臓がどきどきする。

 

 一つ一つの作品を手にとってじっくりと選んでいた女性は、やがて二つに絞ったようだ。


「こちらを、身につけてみても大丈夫かしら」


 差し出されたのはネックレスだ。

 ライリーが作ったもので、夏に合う水色と青と白のビーズでデザインされている。 


「はい、是非こちらの鏡で見てみてください。見ている時と、身につけた時で、アクセサリーは印象が変わりますから」


 俺は、女性に置き鏡を見る様に勧める。

 女性は俺を見てちょっと困ったような顔をしたけれど、ネックレスを鏡の前にかざしてみる。


「失礼します。もしよろしかったら、御付しましょうか?」

「まぁ、ありがとうございます。お願いできるかしら」

「はい」


 エルドールが女性の背後に周り、ネックレスをつける。

 そうか、ネックレスを自分で付け辛かったのか。

 全然気づかなかったよ。


「大変よくお似合いですね」


 ライリーがにこりと笑ってお上手を言う。

 でも本当に、似合っていると思う。

 女性の青い瞳と、いま着ている白いワンピースにネックレスが馴染んでいる。


「お世辞でも嬉しいわ。そうね、このネックレスと、このブレスレットはお揃いよね?」


 女性は見につけているネックレスと、迷っていたもう一つのブレスレットを差し出す。

 ブレスレットもライリーが作ったタイプで、使っているビーズの色合いを合わせてある。


「その二つはね、このライリーくんが作った作品なんだよ」

「まぁ、貴方が? 器用なのね」

「作ったのは私ですが、デザインはこちらのラングリースです。細かなデザインが得意なのですよ」


 ライリーに振られて、俺は一瞬言葉に詰まる。

 いや、ほら。

 確かに俺がデザインしてるけど、それは言わないほうが売れるんじゃないか?


 焦る俺に、女性は少し微笑んで、エルドールにブレスレットとネックレスの会計を頼んだ。

 あぁ、良かった。

 買ってもらえたよ!

 やばい、小躍りしたい気分だ。


 笑顔で女性を見送りつつ、俺はほっと肩の力が抜けるのを感じた。


「なんだかどきどきしました~」

「ふふっ、わたくしもです」

「こうやっていっぱいアクセサリーが並んでいるのを見るだけでも、楽しいんだよ」

「俺達ほんと良く作ったよなー」

「幸先が良いですね」

「この調子でどんどん売れてくれれば良いのだが」


 今日も市場は大勢の人でにぎわっている。

 女性客も多いから、案外、いけるかもしれない。

 俺はぐぐっと気を引き締めて、背筋を伸ばした。












 ……嬉しい誤算かも。


 市場が始まり、数時間。

 そろそろ日差しが強くなりだした頃、俺は、そんな事を思う。

 人通りは多く、ちらほらと俺達の作ったアクセサリーに足を止めてくれる人たちも出てきている。

 しかも、既に数十点近く売れているのだ。

 値段が値段だし、売っているのは初出店の俺達だ。

 そうそういきなり売れていったりはしないと思ったのだが、なかなかどうして、売れ行きがいい。

 

 やっぱり、可愛い女の子達が前面で売っているからかな?


 フォルトゥーナ、アリアンヌ、レイチェル。


 愛らしい美少女達が笑顔で「いらっしゃいませ」と出迎えると、男性客はもちろんの事、女性客も思わず微笑んで立ち止まる。

 そこへ口の上手いライリーがすかさず売りつけ、エルドールは会計を担う。

 完璧である。


 あ、俺?

 スペースの隅っこでお客様の眼に入らないように頑張ってるよ、うん。


 ……そんな目で見ないでくれ。

 俺だって最初はスペースの真ん中に立って、道行くお客様に笑顔振りまいてたよ?

 でもさ、俺ってばほら、見た目最悪だから。

 この開いてるんだか閉じているんだか分からない釣り目は、笑顔になっても釣ってるんだよ。

 俺と目が合うと、フォルトゥーナ達美少女が引きとめた笑顔を上回って、お客様がそそくさと逃げていくのだ。

 仕方がないので、俺は大人しく隅っこでアクセサリーを入れる袋を開いて、すぐに入れやすくしたり、アリアンヌが転ぶのを支えたりして過ごしてる。

 

 や、ほんと。

 アリアンヌ、何回転ぶんだ?

 俺が後ろで見ていないと、転んでそのままフォルトゥーナを巻き込んで倒れそうだよ。

 普段はここまで転ばないと思うんだけど。

 流石にここまで転んでたら、公爵家の使用人は務まらないよね。


「アリアンヌ、具合が悪いのではないですか?」


 フォルトゥーナが心配気にピンクトルマリン色の瞳を曇らす。

 え、体調が悪かったのか?


「アリアンヌ、こっちに来て座りなさい」

「大丈夫なのですよ~?」


 俺が手を引くと、アリアンヌはふらふらっと引かれるままに椅子に腰掛けた。

 なんだかその手がちょっと熱いような。


「アリアンヌ、具合が悪かったのなら、なぜ言わなかった?」

「よく分からないのですよ~。なんだか、ふわふわするのです~」


 俺はアリアンヌの額に手を当てる。 

 これはもしかして、日射病という奴か?

 

 見上げた空には、真上近くに太陽が輝いている。

 迂闊だった。


 ここで治癒魔法を使ったら目立ってしまうだろうか。

 どこかちょっと人目を避けれるところ……そうだ、馬車に戻ろう。


「エルドール、ちょっとアリアンヌと馬車に戻るから、フォルトゥーナを頼む」

「かしこまりました」

「しっかり売り捌いててやるぜ」


 レイチェルとフォルトゥーナはちょこっと不安そうにしていたものの、俺は笑顔で任せとけと頷く。

 

「ラングリースさま、わたくしは急にどうしたのでしょう~?」

「たぶん、陽の光に当たりすぎたのだろう。今日の日差しは強いからね」


 俺もだけれど、皆、ずっと炎天下の中にいた経験は少ないと思う。

 あ、レイチェルは別か。

 彼女は以前は健康的に日焼けしていたからね。

 でも、公爵家の使用人であるアリアンヌがこんな炎天下の中に数時間立って売り子してたら、体調の一つや二つ、おかしくなっても不思議じゃない。

 売れていくアクセや、みんなとのおしゃべりが楽しくて、つい、うっかりしていた。

 もっと水分補給をしっかりとしておくべきだった。


 高速魔導馬車に戻ると、俺はすぐに癒しの魔法を唱えた。

 アリアンヌの身体を、白い光が包み込む。


「どうだろう。楽になっただろうか」

「はい~。もう頭も痛くないのですよ~」

「やっぱり、頭も痛かったのか」

「はうっ、えと、えっと~、ちょっとだけなのです」

「ちょっとでも何でも、痛かったんだな?」

「ご、ごめんなさいですっ」


 ぱぱっとアリアンヌは頭の上に手の平を置いて首を振る。

 叩いたりしないってば。

 でも、日射病らしきものも俺の魔法でちゃんと治癒できるんだな。

 アリアンヌの顔色がほんとすぐに良くなってる。


「もう、本当になんともないだろうか。嘘は言わないでくれよ?」

「はいっ、ちゃんと元気です!」


 アリアンヌは元気にスクッと立ち上がる。

 うん、本当に大丈夫そうだ。


「じゃあ、スペースに戻ろう。戻ったら、帽子を買いに行こう」

「帽子です~?」

「うん。全員分ね」


 俺のスペースには、屋根が付いていない。

 そういった準備はしてこなかったから。

 露店が沢山出ているし、帽子のお店もたぶんあったと思う。

 エルドールなら、すぐに分かるんじゃないかな。


「アリアンヌちゃん、大丈夫だった? フォルトゥーナ様がすっごく心配してたんだよ」


 俺達が戻ると、レイチェルがすぐに駆け寄ってきてアリアンヌを抱きしめた。


「ご心配おかけしました、でも大丈夫なのですよ~」

「そう。すぐに気づかなくてごめんなさいね」

 

 フォルトゥーナの心配げな瞳が安堵の色を浮かべる。

 

 ……アリアンヌ以外は、今の所みんな元気そう、かな。


 顔色を見る限り、大丈夫そうだけれど、帽子はやっぱり欲しいよね。


「エルドール、ちょっとお使いを頼めるだろうか」

「はい」

「露店の帽子店で人数分の帽子を購入したいのだが、場所は分かるだろうか」

「えぇ。数店舗の出店がございます」

「そうだな、そうしたら……フォルトゥーナとアリアンヌ、それとレイチェルも一緒に見て来てくれないか?」

「わ、わたくしもですかっ?」

「ボク?」

「あぁ。全員で買いに行ってスペースを無人にするわけにはいかないからね。帽子をみるついでに、せっかくの市場を楽しんでおいで」


 そう、せっかくの市場だ。

 市場は同じ露店もあるだろうけれど、毎回のように新しい露店だってあるはず。

 買わなくても、見ているだけでも楽しめるよね。

 一休みもかねて、ゆっくりみて来たらいいと思う。

 エルドールが一緒なら安心だしね。


「ううん、ボクは出来ればここにいたいな。アクセサリーの販売経験なんて、めったにできないんだよ」

「そうか。じゃあ、レイチェルは露店に残ってもらおうか」

 

 うんうんと頷くレイチェルは本当に楽しそうだ。

 やっぱりね。

 きらきらとしたアクセサリーは、女の子の憧れだよね。

 今度、レイチェルにも何か作ろうかな。

 髪が大分伸びているし、髪留めなんかもいいかもね。

 瞳の色に合わせたら、黄緑系のビーズがいいかな。 

 

 そんな事を考えていたら、ふいに、見知った顔が市場に現れた。

 リュディア=シャロン伯爵令嬢だ。

 露店を一つずつ回りながら、何かを探しているようだ。

 護衛と一緒だからか、ちょっと一般人が近寄りがたい雰囲気を醸し出して目立っている。


 そのリュディアが、俺達の露店に目を留めた。

 すぐに俺とライリーに気づいて、ふんっと顎をそらす。


「なぜ貴方たちがこちらにいますの?」

「そのお言葉、そのまま返させて頂きましょうか。貴族のご令嬢がなぜこちらに?」


 おいおい、ライリー。

 顔は笑顔だけど、目が笑ってないし言葉もきついぞっ。

 

「貴方達には関係ございませんわよ」

「ならこちらも同じ答えですね。聞くまでもないことでしょう」

「まぁっ……っ!」


 リュディアの頬に朱が走る。

 ここで喧嘩なんてやめてくれよ?

 焦る俺に、リュディアはライリーから目を逸らし、アクセサリーに目を移し……。

 

「あ、貴方、何でこんな所に……っ」


 リュディアがヘーゼル色の瞳を見開いて、レイチェルを凝視する。

 まるで死人を見たかのような驚き具合だ。

 扇子を握る手が小刻みに震えていた。


「えっと、ボク……じゃなくてわたくしはお手伝いです」


 リュディアが貴族だからか、レイチェルはわたくしと言い直す。

 けれどリュディアはそんなレイチェルの言葉遣いにも気づかずに、わなわなと震えだす。


「知り合い、だったのか?」

「ううん、まったく、知らないと思うんだ」


 小声でレイチェルに問えば、レイチェルも首をふって否定する。

 そうだよな。

 ウィンディリア王立学園に通っているなら、学園で見かけることもあるかもしれない。

 けれど、レイチェルはまだ未入学。

 それに、王都から離れたジャックベリー領のマーケンの町に住んでいるのだから、リュディアがレイチェルに会う可能性は極めて低いはず。


「……名は、なんと言うの?」


 青ざめた顔のリュディアが問い、レイチェルが答える前にライリーが割ってはいる。


「うちの使用人の名など知ってどうされるのでしょうか。先ほどから他のお客様のご迷惑になっているのですが」

「なっ!」


 カッと頬に再び朱が走り、リュディアは周囲を見る。

 リュディアは明らかに富豪然とした格好をしていた。

 だから平民達は彼女に近付かない。

 けれどその瞳が雄弁に物語っていた。


「い、いいわ。こんな平凡な顔の子なんてどこにだっているわよっ」


 ふんっと顎をそらし、リュディアは護衛と一緒に去っていった。

 一体、なんだったのか。

 結局、一つも買っていってくれなかったしね。

  

 それよりも……。


「ライリー、なんでレイチェルをライリーの家の使用人だなんていったんだ?」

「なんとなく? あいつに関わるとろくなことが無さそうじゃん。うちの使用人ってことにしておけば、下手に手出しできないだろ」


 言いながら、ライリーはレイチェルの髪に軽く触れる。

 サラサラの金髪が、陽の光を反射しながら、ライリーの指の間から零れ落ちた。

 

 まぁ、確かにね。

 レイチェルは治癒術師の娘であって、貴族ではないし。

 お父様からの教育の賜物で、やろうと思えば貴族的な振舞いは出来るんだけれどね。

 伯爵家のリュディアに難癖つけられると、後ろ盾の弱い平民の彼女では逆らえない。

 ジャスは貴族だけれど、男爵家で、伯爵家より身分が下だからね。

 同じ伯爵家のライリーの家の使用人だと言った方が、下手に手出しされ辛いとは思う。

 でも。


「……そこまで警戒するほどだろうか」

 

 幽霊でも見たかのような驚きようだったけれど。

 レイチェルとリュディアが過去に会っている可能性は低いし、ましてやレイチェルがリュディアになにかしたのなら、レイチェルが覚えていないはずがない。

 他人の空似って奴である。 

 だから、堂々としていればいいと思うのだけれど。


「まぁ、いいじゃん。むしろほんとに俺のうちの使用人になってみるか?」

「えぇっ? ライリーくんの家で働いちゃったら、ジャスと遊べなくなっちゃう」

「おー、遊んでる暇あるのか? 学園の入学試験、遊びすぎて落ちるなよ~?」

「うわっ、耳に痛いんだよ。ボク、すっごく勉強頑張ってるんだから!」

「きっと油断してアリアンヌと一緒に落ちるんだぜ」

「うわーうわーっ、ボクは絶対頑張るんだよ。アリアンヌちゃんもきっと頑張るはずだよ!」

「ちょっと待ってくれ、アリアンヌが落ちるのはライリーの中では確定事項なのか」


 丁度今ここにはいないとはいえ、アリアンヌも本当に頑張っているのだ。

 ぎりぎり受かるぐらいまで、学力は上がっているはず。

 あとは試験当日まで、俺が目を光らせておけばいい。

 

「そこに突っ込むかー? まぁ、頑張ってはいるよな。でもアリアンヌの場合、答案用紙を全部一個ずれて書くとかやりそうじゃね?」

「うっ。そ、それは、否定できないな……」


 全部答案を埋め終わった後、

「あれー? 一個余っているのです。不思議です~?」

 って小首をかしげたまま何もしない彼女が目に浮かぶようだ。

 試験の最中まで、俺が隣で見張るなんて出来ないし。


「だ、大丈夫なんだよ。ボクだって一緒に試験受けるんだし!」

「なんだか想像したら確実に落ちる気がしてきたよ」

「信じてあげて、ねっ!」


 レイチェルは必死に励ましてくれるけど、ライリーはクックと笑っている。

 俺はなんだか自分の試験の時よりも胃が痛くなる気がするよ。


 ちょっと遠い目になりかけたところで、フォルトゥーナとアリアンヌをつれて、エルドールが戻ってきた。

 三人とも、ちゃんと帽子をかぶってる。

 同じストローハットだけれど、フォルトゥーナとアリアンヌには、小花のコサージュが付いている。

 フォルトゥーナはコサージュが一つ増えている。

 この間のお店でまた購入したのかな。

 アリアンヌは両手で紙袋を抱えているけれど、きっとおばあ様へのお土産だろう。

 両手が塞がっているアリアンヌが側まで来たとき、俺は深い溜息とともに彼女の頭を撫でた。


「アリアンヌ。頼むから、答案は間違えないでくれ」

「ほえっ? ラングリース様、一体なんのお話なのです~?」

「ラングリースくん、話が飛びすぎなんだよ」

「お兄様、試験はまだ数ヶ月先だと思いますの」

「ライリー様、状況のご説明をお願いできますでしょうか」


 口々に言う皆に、クックと笑うライリー。

 エルドールから俺とライリー、レイチェルは帽子を受け取って、ひょいっと被る。

 

 まぁ、うん。

 数ヶ月先のことを心配しても仕方ないよね。

 俺は気持ちを切り替えて、アクセサリーを売る事に専念する。














「なっ……父上?!」


 俺は、持っていた紙袋を落としそうになる。

 父上だ。

 父上がなにやらこそこそと市場を歩いている。

 頑張って庶民的な格好をしているものの、挙動不審で目立ってるのだ。

 大分痩せて横幅では他者との違いが無くなって来た父上だけれど、背の高さは当然の事ながら顕在だ。

 頭一個分、周囲から飛び出ているから見つけやすいのだ。

 

 じっと見つめていると、父上はやっとこちらに気づいたようで、人混みにもまれながら近付いてきた。

 そんな父上に、俺は小声で話しかける。


「父上、護衛もつけずに何をしていらっしゃるのですか」


 そう、護衛が見当たらないのだ。

 父上は守られなければならないほど弱くはないとは言え、単身一人でふらついていいような身分じゃない。


「あ、あぁ、護衛はだな、その、王宮にいまはいるのではないだろうか」

「王宮……つまり、父上はこっそり、抜け出していらしたのですね?」

「ぐっ……!」


 言葉を詰まらせて、父上はそっぽを向く。

 頬が少し赤い。

 これはあれだな。

 俺の事を心配して、こっそり仕事中に抜け出してきたね?


「……売れ行きは、どうだね」


 父上はばれたのが恥ずかしいのか、むすっと口元を引き締めて、そんな事を聞いてくる。


「まぁまぁ、かな」

「売れていないのか? 私が全て買い占めてもいいのだが」

「何を言っているんですか。父上が買ってどうするんですか。ほぼ女性物ですよ?」


 ライリーが小声で「突っ込む所はそこかよ」って言っていたけれど、そこ以外ないだろう。


「リーベアズネイに贈れば問題ないだろう」

「母上に贈ったって問題ありありですよ。市場に来たことが母上にばれるではありませんか」


 父上の事だから、母上に内緒でここにきているのだろう。

 そうでなければ母上も一緒に来ているはずだ。


「お父様、お母様への贈りものでしたら、コサージュが喜ばれると思いますわ」

「おぉ、愛しのフォルトゥーナ。リーベアズネイがそなたとお揃いのコサージュを欲しておったな」

「えぇ。先日の市場でお兄様が購入してくださいましたの。落ち着いた色味が、お母様もお好きだとおっしゃっていましたわ」

「ふむ。ならばそちらも探して購入しておこう。フォルトゥーナとラングリースが作ったのはこの二つだろう?」


 父上が、迷う事無く俺とフォルトゥーナが作ったブレスレットを手にとった。

 え、何でわかったの。

 デザインは全部俺だから、デザインだけじゃ俺が作ったかどうかわからないと思うんだけど。


「愚問だな。愛する家族の作品が分からないはずが無いだろう」

「口に出していたでしょうか」

「顔に全て出ておったわ」


 はっはっはと笑いながら、父上は会計を済ませて去っていく。

 その後姿を見つめながら、レイチェルが嬉しそうに笑う。


「ラングリース様のお父様って、すごく格好いいんだね」

「えっ、そうか?」

「背が高くて、筋肉質で、それでいて優しくて家族思いで、すっごくいい」

「そんなに褒められると照れるな。でも嬉しいよ」


 家族だからか、格好良いの基準がちょっと厳しくなっているかな。

 どうしても太っていた時のイメージが強くて、レイチェルみたいに純粋に賞賛されると、なんだかちょっと否定したくなってしまう。

 でも父上が優しくて家族思いなのは事実だし、背も高いし、もともと筋肉質だし。

 褒められると、自分の事のように嬉しくなるのも事実だ。


「あっ」

「ん? どうしたレイチェル?」

「ラングリース様のお父様ってことは、公爵様なんだよ!」

「おいおい、今頃それに気づくのかよ!」

「だってライリーくんっ、公爵様って、遠い存在なんだよ? お会いできるとか思わないんだよ」

「まぁ確かに、ここで会うはずないよな」


 クックッとライリーが悪戯っぽく笑う。

 うん、普通は市場に来ないよね。

 そして普通は来ない存在といえば……。


 俺は、さっきから、うろちょろしている少年に眼を向ける。

 どこかであったような気がするんだよね。

 人ごみに流されつつ、それでいて、しばらくすると俺達の露店の側に戻ってくる少年。

 同い年ぐらいだろうか。

 茶色い髪の、眼鏡をかけた少年。

 アクアマリン色の瞳が綺麗で……あ。

 

 わかった。

 誰だかわかった!

 ハドル王子だ。

 王子が護衛も付けずに、なんでこんな所にいるんだ?!

 ライリーはとっくに気づいていたようで、俺の目線にこくりと頷く。


 ハドル王子は俺達に気づかれた事がわかったのか、意を決した表情で俺達の露店に近付いてくる。

 

「……護衛はどうされたのですか」


 恐らく巻いてきたのだろうと思いつつも、俺は王子に小声で尋ねる。

 王子は一瞬、驚いた顔をしたけれど、ちょっと俯いて、「こっそり、来ました……」と小さく呟いた。


 あぁ、ローデヴェイクに見つかったら血の雨が降るんじゃないか?

 もちろん俺の血だよ!

 王子を唆したと思い込まれて、ボッコボコにされる未来しか見えない。


「そ、その、もうしわけありません。出店すると聞いて、いてもたってもいられなくて」


 ハドル王子はちらちらとフォルトゥーナを見ている。

 フォルトゥーナも気づいて、少しだけ驚いてから、ふわりと微笑んで会釈する。

 本来なら最上級の礼をするところだけれど、お忍びで来ているのが分かっているからだろう。

 フォルトゥーナに微笑まれたハドル王子は、見ているこちらが恥ずかしくなるぐらいに真っ赤になって俯いてしまった。


「アクセサリーがお好きなのですか~?」


 気がついていないアリアンヌが、ほわーっと王子に問いかける。

 いつもだったら慌ててアリアンヌの口に手を当ててとめる所だけれど、今回はグッジョブだ。

 アリアンヌに話しかけられたことで会話の糸口を見つけたハドル王子が、ほっとしたようにアクセサリーに手を伸ばす。


「こちらのハットピンを一つ、頂けますか?」


 そう言って手にするのは、フォルトゥーナが作ったハットピンだった。

 偶然か?

 それとも、わかったんだろうか。

 父上のように、愛する人の作ったものだから。

 

「お客様の瞳の色と、よく似合ってるんだよ」

 

 レイチェルがハットピンと王子の瞳の色を見比べてみる。

 言われてみれば、水色のビーズのグラデーションで作られたハットピンは、王子の瞳の色に似合ってる。

 やっぱり、偶然かな。

 自分に合う色を選んだだけだよね。

 たまたま、それがフォルトゥーナが作ったものだったってだけだよ。

 俺は紙袋を開いてハットピンを仕舞い込む。


「私の作ったネックレスを、使ってくれているのですね」


 ハドル王子は、フォルトゥーナを見つめて微笑む。

 フォルトゥーナはこくりと頷いて、俺から受け取ったアクセサリーをハドル王子に手渡す。


「貴方が贈ってくれたリースは、部屋に飾らせていただいています。とても綺麗ですよね」

「喜んでいただけて幸いです」


 そんな短い会話でも、ハドル王子からは嬉しくて嬉しくてたまらないという空気が溢れている。

 ずっと、フォルトゥーナといたい。

 そんな雰囲気だ。

 でもずっといられるわけもなく、王子は笑顔でフォルトゥーナに別れを告げると立ち去ろうとする。


「待って下さい。送ります」

「えっ」

「まさか、お一人で戻るつもりではないですよね」


 護衛も付けずに王子がたった一人。

 間違ってもそんな状態を見過ごせない。


「あ、えっと、向こうに護衛が……」

「嘘ですね。分からないと思いますか?」


 どこからどう見ても王子はお忍びスタイルである。

 父上と同じく、こっそりひっそり、王宮を抜け出してきたのがバレバレだ。

 俺に言い切られて、ハドル王子はおろおろとしだすけれど、俺は引かない。


「エルドール、店番を頼む」

「かしこまりました」

「そんな、ラングリースの手を煩わせたくありませんっ」

「そう思われるのでしたら、大人しく送られてください。私は必ず送り届けますから、いまこうして言い合うのは時間の無駄です」

「うっ……」


 今日は俺達はお忍びじゃないから、護衛が付いてきてくれているしね。

 城に着いたらローデヴェイクに睨まれるのだろうけれど、王子を一人にして何かあったほうが嫌だしね。

 睨まれるのぐらい、我慢するさ。


 恐縮しまくる王子を俺の護衛と共に王宮に送り届け、そのあとはまったりと露店販売に戻った。

 このあともなんだかんだ順調にアクセサリーは売れ続け、無事に俺達は露店を成功させたのだった。

 

2017/02/18

 43話、大幅に加筆修正させていただきました。

 活動報告に載せていた分と、新たにハドル王子部分追加です。

 サブタイトルも『43)露店では』から『43)賑わいと共に』に変更させていただきました。

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