42)市場で露店を
「暑いな…………っ」
俺は王都で空を見上げて呟く。
今日は待ちに待った王都の市場に出店だ。
準備は完璧。
夏休みだからね。
ほぼ毎日作り続けていたら、あのアリアンヌでさえ、俺が見ていなくてもきちんとしたアクセサリーが作れるようになった。
フォルトゥーナもライリーも手伝ってくれたから、初出店にしては多くのアクセサリーが作れたんじゃないかな?
丁度よい大きさのテーブルと布、什器類もエルドールが手配してくれた。
朝の早さが不安だったけれど、六時には何とか起きれた。
エルドールが起こしてくれたからだけどね。
昨日は早めに寝たのに、なんだかまだ少し眠たい気がするよ。
「ラングリース様、出店手続きをしてまいります」
エルドールが一礼して、側を離れる。
そうだった。
申込書を受付に提出しないといけないのだっけ。
「あのあのっ、わたくしも参ります〜」
「アリアンヌは、フォルトゥーナ様とこちらで待っていなさい。すぐに済ませますから」
「はいっ!」
アリアンヌが元気良く返事を返すのを、フォルトゥーナが微笑ましく見守る。
フォルトゥーナの胸元には、ハドル王子が贈ったネックレスが輝いている。
ほんとは、俺のネックレスをつけてもらいたいところだけどね。
フォルトゥーナに贈ったのは大体魔宝石を使ってしまっている。
市場で売り子をするには目立ちすぎてしまうから、今日つけれないのは仕方がない。
その代わり、ブレスレットは俺が作ったものを身につけてくれているので、よしとしよう。
アリアンヌ用のネックレスとブレスレットは、作ったんだけれどね。
「売り子さんも身につけていると、売り上げが上がるんだよ?」とレイチェルが言うので、急ぎ作ったのだ。
フォルトゥーナの分も当然作ったよ?
でもついうっかり、手が込みすぎてしまった。
市場で売るには問題のある、金貨レベルのデザインになってしまったのだ。
だって、仕方がないよね?
フォルトゥーナに似合うものをイメージしながら作っていたら、あれよあれよというまに凝ってしまったんだから。
「ほらほら、暑さにぐだってると時間なくなるぜ」
ライリーが、トリアンと一緒に高速魔導馬車からテキパキとテーブルを運び出す。
そうだった。
結構時間がない。
急がないと。
俺はトランクに詰め込んだ長方形の木箱を、テーブルの上に並べる。
うん、ぴったりの長さだね。
ひな壇のように三段に並べると、アリアンヌとフォルトゥーナが裾にレースをあしらった生成りの布をふわりとかけた。
もうこれだけで、なんだか綺麗だ。
「これの上にアクセサリーをどう飾るんだ?」
「こっちの小さい木箱を並べるのだよ。その上に、アクセサリーを飾りたい」
俺は、言いながら三センチ程度の薄い木の箱をトランクの中から取り出す。
蓋はないから、木の枠と言ってもいい感じかな。
これは、エルドールにお願いして、特別に作ってもらったものだ。
市販では見つからなかったからね。
額縁のような感じで、ひな壇になっている木箱に立てかける。
木箱の内側の上部には小さなフックが付いていて、ネックレスをかけれるようになっている。
内側の背面にはテーブルにかけたのと同じ生成りの布と、レースがあしらわれていて、統一感がある。
「へぇ。面白いな、これ」
ライリーが宝石箱からネックレスを取り出して、ひょいひょいと箱に引っ掛けていく。
「わたくしもお手伝いを〜」
「アリアンヌ、頼むからじっとしていてくれ」
「あうぅっ」
アリアンヌに触れさせると、全部倒しそうな気がするのだよ。
フォルトゥーナがアリアンヌの手を引いて、少し後ろに下がる。
「アリアンヌ。わたくし達は販売を頑張りましょうね」
「はいっ、がんばりますっ」
きりっとアリアンヌが気合を入れる。
流石だよフォルトゥーナ。
「合計、百二十個。これで合ってるよな?」
「ああ。ネックレスが七十個、ブレスレットが四十個、メガネチェーンが五個に、ピンブローチが五個、だからね」
ずらりと並べてみると、圧巻だ。
ライリーやフォルトゥーナは貴族としての勉学とお茶会だのなんだのがあったし、エルドールとアリアンヌは使用人としての仕事がいつもある。
そんな中、俺が夏休みとはいえ、出店日までに一ヶ月あるかないかで、よくこれだけ頑張ったよな。
アリアンヌが作ったのは一番デザインが凝っていて、高値のもの数点と、安価なデザインの両方で、合計二十個。
二十個全部売れれば、金貨五枚程度になる。
毎回出店していれば、ウィンディリア王立学園での生活も安泰だ。
……売れれば、だけれどね。
「ラングリース様、もう準備を終えられたのですか? 遅くなって申し訳ありません」
「エルドール、受付が終わったのだな。人が多かったのだろう?」
既に大分周囲は出店者で賑わっている。
これだけ人が多いなら、受付に手間どうのは当然だ。
特に今回は、平民と同じように出店しているのだから、処理を優先されたりはしないしね。
ちなみに、今回もみな、貴族だとばれないように変装していたりする。
この間市場に遊びに来た時とほぼ同じだけれどね。
違うのは、服装がちょっと薄着ってことぐらいかな。
それにしても、暑いな。
見上げる空はどこまで青くて美しいのだけれど、太陽がこう、眩しすぎる。
この時間でこの暑さだと、昼間大丈夫だろうか。
これからどんどん気温は上昇するに違いない。
周囲を見ると、みな、大きなパラソルや簡易の屋根をつけている。
ちょっと失敗したかもしれない。
「そういえば、レイチェルはまだなのか?」
俺は周囲を見回す。
彼女にお手伝いを頼んだのは、彼女も露店に参加したそうだったからなんだよね。
ライリーとトリアンは昨日から俺の家に泊まって一緒に王都に来たのだけれど、レイチェルは泊まっていかなかったから、現地集合だ。
ジャスと一緒に泊まっていってよかったのだけれど、ジャスの魔獣が暴れてしまって。
クレディル先生を見た瞬間、それまでずっと大人しかったのに威嚇しだして駄目だった。
『元気がありますなぁ』ってクレディル先生は笑って許してくれたけど、ジャスもレイチェルも気にしてお泊りは無しに。
ずっと魔獣が鳴いていたら、そりゃ泊まれないよね。
「場所はお知らせておきましたので、もうそろそろ着く頃かと存じます。正門を見てまいります」
「いや、入れ違いなると困るから、ここにいていいんじゃないか。もうそろそろ、開催時間だろう?」
設営時間は七時から九時。
俺達は結構ぎりぎりに来たから、もう間もなく開催されるだろう。
入場規制というほどではないけれど、大通りの入り口と出口には係員がいて、開催時刻までは出店者以外は止められているらしい。
なんでも、昔は設営中でもそのまま売ってたりしたようなのだけど、盗難が後を立たなかったらしい。
まぁ、準備中は忙しいからね。
盗まれてもすぐには気づけないとかあるよね。
「ラングリースくん、お待たせしたんだよっ」
遠くのほうから、俺目掛けてレイチェルが走ってきた。
メイド服姿で。
「もうっ、入り口で説明したんだけど、中になかなか入れてもらえなかったんだよ」
レイチェルは肩で息をしながら笑う。
そうか、俺たちと一緒じゃなかったから係員に止められていたのか。
失敗した。
「やはり門までお迎えに行くべきでしたね。申し訳ありません」
「いや、エルドールの落ち度じゃないよ。私も気づかなかったしね」
俺が止めたんだから、エルドールは悪くない。
うん。
「なぁ、なんで使用人服着てるんだ?」
「えっ? 変だったかな? ライリーくん達もそうかなって思ってたんだけど、違ってたんだね」
「それ、ジャスの所の制服だろ。ジャスんとこで働き出したのか?」
「ううん、ボクは働いてないんだよ。ジャスからかりただけ。でも売り子するなら、この服が丁度いいと思ったんだよ」
「そうか? ひらひらしてて動きづらくね?」
「どうだろ。ボクの場合、スカートはみんな動きづらいかも」
「それ、女の子の発言としてどうよ」
「駄目かなぁ? ライリーくんもラングリースくんもスカートって動きづらいよね?」
「えっ、それは私に振る話題だろうか。男性はスカートは基本的にはかない物だろう」
髪を伸ばす男性は多いし、ローブも良く見かけるけれど、ひらひらとしたロングスカートを着る男性は流石にレアだと思う。
あ、まさか。
「ジャスは履くのだろうか」
「ううん、ジャスにそんな趣味はないんだよ」
「では、私達にもそんな趣味がないのは分かるだろう」
「そっかー。この動きづらさを知ってもらいたかったんだよ。残念」
てへへと笑うレイチェルに、フォルトゥーナも微笑む。
あれだな。
レイチェルもアリアンヌと同じで天然だろう。
今日の露店、大丈夫だろうか。
いや、エルドールがいるし、たぶん大丈夫だろう。
たぶん。
ほんのり俺が不安になった時、楽しげなトランペットの音が辺りに響いた。
市場の開始の合図だ。
俺は、背筋を伸ばすして気分を切り替える。
さぁ、売りまくるぞ!