表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/54

41)露店の準備


 夏休みに入った。

 とは言っても、もともとウィンディリア王立学園は毎日通うわけではないから、あまり変わらない日常だ。

 アクセサリーを作る時間が増えた事と、アリアンヌの勉強を見る時間が増えた事は嬉しいけれど。


 指先でビーズを転がしていると、エルドールが部屋に入ってくる。


「ラングリース様、抽選結果が届きました」

「その様子だと、受かっていたのだろうか」

「はい」


 エルドールから差し出された封筒を受け取り、俺は中身を確認する。

 封筒の中には、数枚の手紙が入っている。


 ふむ、八の月の最終週末だな。

 既に露店の場所も指定されているのか。

 簡易の地図が添付されていて分かりやすい。

 露店のスペースは180×180cm。

 テーブルなどの什器は持ち込み、設営時間は七時〜九時の間と、結構早い時間帯だ。

 六時には起きて、準備しないといけないかな。


 起きれるかな、俺?

 前世はともかく、生まれ変わってからというもの、早起きはちょっと苦手だ。

 六時起きとか、前世で朝練していた頃は遅い位だったのにね。


 入場チケットなどはなく、この手紙を持参して市場の管理受付に提出すればいいらしい。


「エルドール、私達の場所は王都の正門に近いな」

「人通りの多い良い場所ですね」

「そうなのか?」

「はい。大市場は露店が多く、見回りきれない場合があります。なので、最初の店で購入するお客様も多くいらっしゃいます」


 言われてみれば、この間の市場は露店も人も多くて、少し見ていただけのつもりが随分と時間が経っていたっけ。

 アリアンヌの暴走が無くとも、最後まで見て回るのは困難だったかもしれない。

 

 俺は、登録されている出店リストを確認する。


「装飾品関係は、今回も少ないな」


 前回もちらほらとしか見かけなかったけれど、今回も俺達を入れても片手ほどの数しか出店がないようだ。


「アクセサリーは原価が高めですから、出店者が限られてくるのでしょう」


 言われてみればそうか。

 露店を出せる程のアクセサリーを用意するとなると、それだけで相当な出費だ。

 さらに露店は無料で出せるわけじゃない。

 出店料がかかるのだ。

 王都に住んでいるわけではないのなら、各領地から王都へ行くまでの往復の交通費もかかる。

 そう考えると、初期費用だけで金貨数枚確実に必要になるよね。


「……父上にも、言っておくべきだろうか」

「……そうですね」


 エルドールと俺で、ちょっと、遠い目になる。

 というのも、期末試験を無事に終え、早数日。

 父上が、凄まじい剣幕で部屋に乗り込んできたのだ。

 正直、何事かと思ったよね。


「腕は大丈夫かっ?!」


 って聞かれて、もうなんていうか、二人してきょとんとしちゃったよ。

 何を聞かれているのか分からなくてね。

 仕事が忙しすぎた父上は、ローデヴェイグに期末試験で俺が斬られたことを随分遅れて知ったらしい。

 腕は即座に自分で治療したし、家に帰宅した後もちゃんと主治医のハープターズ=デル先生に診ていただいたから、まったく問題ないんだけどね。

 俺の袖をまくって傷がない事を確認した後も、結構大変で。


 どんな風に噂が耳に入ってしまったのか、父上の情報ではローデヴェイクが俺を嫌っているという噂まできっちりはいってしまったようで。

 怪我は本当に故意ではないんだけれど、ラングディア伯爵家にそのまま乗り込みに行きそうだったんだよね……。

 遅れて母上がやってきて、どうにか父上を宥めてくれたのだけれど。

 王宮で父上とローデヴェイクが遭遇したらどうなるのか。

 俺の事を思ってあんなにも怒ってくれたことは嬉しいけれど、父上とローデヴェイクがエンカウントする事を考えると正直胃が痛い。 

 母上が「大丈夫よ」と微笑んでくれていたから、きっと大丈夫だと思う事にするけれど。


 八月の市場は、王都で開催されるから、夏休みだけど王都に行くんだよね。

 父上が「出かけることがあるなら、一言、連絡を入れておきなさい」って言っていたから、一応、言っておいたほうがいいのかなって。

 王都ぐらいなら言わなくともと思うんだけど、またなにかあったらやばいよね。

 特に、王都なんだからローデヴェイクに会わないとも限らないし。

 むしろ父上と遭遇したら、目を丸くされそうだ。


 出来ればこっそり、市場に出店したかったんだけれどね。

 まぁ、父上に隠すほどの事でも無いだろう、うん。


 俺は、いろいろと思い出しながら軽く疲れを感じつつ、封筒に手紙をしまい直した。








◇◇


 

 夏の日差しが段々と強まる中、俺とライリー、エルドールはアクセサリーを作っていた。

 アリアンヌは、今日はフォルトゥーナと一緒にワンガ男爵のお茶会へ出席中だ。

 正直、アリアンヌをつれてお茶会に行くなんて、フォルトゥーナが心配だ。

 男爵家なら、多少の粗相をしても見逃されるとは思うけれども。


 それにしても……。


「やることが本当に多いな」

「てきとーにアクセサリーつくっときゃ行けるんじゃね?」

「いや、色々と準備が多いのだよ」


 夏休みに入ってから、学園がない分、アクセサリー作りに専念できるのは運がいい。

 どのくらい売れるかは分からないけれど、出来るだけ沢山作りたい。

 色々なデザインを多く作れれば、そのぶん人目を惹けると思うんだよね。


 什器も持参だから、自分達で用意しないといけない。

 140cm×60cm位のテーブルと、アクセサリーを飾る為のひな壇のような台座、それに頑丈なイス。

 できれば綺麗めの布も欲しい。

 無地でいいんだけれどね。

 白いほうがアクセサリーが映えるけれど、露店だから汚れが目立たないように黒いほうがいいかな?

 それとも、生成りにレースをあしらったようなデザインの布が良いだろうか。

 持ち込むアクセサリーの色合いにもよるのだけれど、金古美のチェーンを使うのはほぼ確定だから、生成りの布のほうが落ち着くだろうか。

 露店のスペースは180cm×180cmだけど、そのサイズきっちりにテーブルを置くと、俺達が入るスペースがなくなる。

 だから、少し小さめの幅のテーブルがいい。

 隣のスペースがぎりぎりの幅のテーブルを持ち込んだ場合、スペースから通路に出るときに、テーブルの下をくぐらないと出られなくなるしね。


 ……頑丈なイスは、俺以外は普通のイスでいいんだけどな!

 

 どのデザインや色が売れるのかもチェックして次に活かして行きたいから、タグ付けなんかも必要になる。

 タグは、値段だけでなく、アクセサリーの種類やデザインも記入してあると、売る時に回収して後から見直したときに分かりやすい。

 アクセサリーを作れた量によるけれど、全部のアクセサリーに付けたらそれなりの時間が必要になる。

 余裕を持って、出店の前々日までにはアクセサリーを完成させておきたい。


 アクセサリーを一点ずつ入れる小さな紙袋も必要だよね。

 その場で身につけていく人には必要ないけれど。

 ハガキを縦に半分にした位の厚手の用紙を台紙にして、ネックレスなんかはチェーンが絡まないように台紙につけて袋に入れてあげたほうが親切だよね。


 あと必要なのは、スペースに置く鏡だろうか。

 アクセサリー作りだけでなく、準備でやることが盛りだくさんだ。


 ふと窓の外を見ると、丁度見慣れない魔導馬車が正門に着くのが見えた。

 ジャスとレイチェルが、馬車から降りてくる。

 エルドールが一礼し、部屋を出て行く。

 

 ジャスの彩度の高い赤髪は、本当に良く目立つな。

 アリアンヌも赤い髪だけれど、どちらかというと朱色寄りだから、それほど人目を惹いたりはしないのだけれど。

 

 ジャスの肩に乗っている魔獣が俺に気づいたのか、こちらを見上げて軽く鳴いた。

 鷹みたいな鳥だけれど、色味が違う。

 羽の色が尻尾に向かうにつれて、黒味を帯びて茶色から黒にグラデーションがかっているのだ。

 たぶん、隣国の魔獣系じゃないかな。

 声はここまで聞こえないけれど、使用人が恐らく魔獣は中に入れられないとか、入れる場合は、飼い主と鎖で繋いで欲しいと説明しているのだろう。

 ジャスは頷いて魔法を唱えると、彼の手首と魔獣の足を繋ぐ細い鎖が出現した。


 隣のレイチェルは今日もワンピース姿だ。

 この間よりも豪華で、どこぞのご令嬢と見間違える。


 レイチェルは、今日は富豪の娘ってことになっている。

 レイチェルとどこで知り合いになったのかがネックになって、家族に上手く説明できないから。

 ウィンディリア王立学園の生徒だったら良かったんだけどね。

 平民の彼女を友達っていうのはなかなかに難しくて悩んでいたら、ライリーの提案でレイチェルはジャスのレウル男爵家と商売関係にあるお客様という事になっている。

 なので富豪の娘。

 まぁ、あながち嘘でもないよね。

 リサイクルとはいえ、ウィンディリア王立学園の制服を二着もさらっと購入していたし。

 金貨二枚をさっと払えるなら、良い所のお嬢さんでいいと思う。

 お父様は腕の良い治癒術師だしね。


 しばらく待っていると、エルドールが部屋に迎えに来てくれた。

 ジャスとレイチェルは客間で待っているらしい。

 そういえば、ライリーじゃないんだから、いきなり俺の部屋には来れないよね。

 俺は、小箱にアクセサリーを数種類詰めて持ち出した。




 俺達が客間につくと、レイチェルとジャスが恭しくお辞儀した。


「この度は、お招き頂き、ありがとうございます」


 えっと、えーーーーっと。

 レイチェル、なんでここで完璧なカーテシー披露できるんだ?

 公爵家勤めのアリアンヌよりも礼儀作法きっちりじゃないか。

 ちょっと驚く。


「二人とも、来てくれてありがとう。学園だと、なかなか話せなくてね」


 ジャスは隣のクラスだったわけだけど、公爵家の俺がちょこちょこ男爵家のジャスに会いには行きづらいしね。

 同じクラスなら良かったんだけど。

 

「露店のお手伝いをご希望だとか。どのような事をすればよろしいでしょうか」

「……ジャス」

「はい」

「普通に話してくれ。頼む」


 俺の腹筋が死にそう。

 だって、あのジャスが畏まって丁寧に話しているとか。

 ライリーもそうだけれど、ギャップが激しすぎて正直きついんだよ。


「そそ。俺も普通に話してるしな」

「……そう言うなら」


 ライリーがクククッと笑う。

 ジャス、市場であった時よりもちょっと萎縮してる?

 まぁ、うち、公爵家だしね。

 レイチェルは意外と驚いていない感じ。


 エルドールが、お茶菓子を並べ、紅茶を淹れる。


 あ、今日のお菓子。これ、母上が焼いたんじゃないかな。


 キャロットのシフォンケーキは、俺の誕生日に焼いてくれたのと同じものだ。

 レイチェルが「美味しい!」って喜んでる。

 うんうん、母上の料理は美味しいよね。 


「お手伝いって、売り子さんでいいのかなぁ?」

「レイチェルはそうだね」

「じゃあ、俺は?」

「私の作品を見て、適切な値段をつけて欲しい」

「ほぅ……」


 ジャスは意外だと言う様に目を見開く。

 市場で大体の値段をチェックはしたけれど、実際の所、どの程度で売れば適切なのか。

 今回は、ハドル王子から頂いたビーズを使うので、購入するのはチェーンや丸カン類。

 ビーズの値段分、原価は抑えられる。

 でも今回成功したら今後も市場に出たいし、自分の作品の適正価格を商人の目で知りたい。


 俺は、部屋から持ってきておいた小箱をジャスに差し出す。

 ジャスは白い手袋をはめて、小箱からアクセサリーを取り出した。

 なんだか手つきが本格的だ。

 

「これは、全てラングリース様が?」

「うん。ここにあるのはね。当日はみんなで作ったアクセサリーを売る予定」

「デザインは?」

「私が担当するよ。基本のデザインを私が作って、それを同じように作ってもらう」

「この、ビーズが花のようになっているデザインは見た事がない」

「そうだろうか? 花のデザインの宝石類はよく見かけると思うのだが」


 母上が以前つけていたと思う。

 フォルトゥーナも、小ぶりの花柄の宝石なら持っていたような。


「それは、台座にはめ込むタイプだろう?」

「台座にはめ込むタイプと、何か違うのだろうか」

「ビーズのみで花の様にしたり、模様を形作るのは珍しいんだよ。珍しいものは、高値で売れる」


 俺は、自分で作ったアクセサリーを見直してみる。

 前世でおかんに手伝わされていたから、自然と花模様や木の実のように連ねたり、ビーズ自体で模様を作っていたよ。

 本来は、台座にはめて形を作るのか。


「それで、これってそんなに高く売れるのか?」


 ライリーがさっき自分で作ったブレスレットを見せる。


「安く見積もっても、銀貨八枚」

「えっ」

「うぉっ? マジか?」

「あぁ。ビーズが小粒で安価だけれど、デザインが良いから人気が出るよ」


 ジャスが頷いて、ブレスレットを小箱に戻す。

 銀貨八枚というと、市場で見たブレスレットよりも高価だ。

 それに、ジャスは安く見積もってもと言ったから、売ろうと思えばもっと高値で?

 あぁ、でも。


「平民には、買い辛い値段にならないだろうか」


 貴族だと、金銭感覚が狂いがちだ。

 金貨数枚を普通に出せるだろう。

 でも今回のターゲットは平民だ。

 平民の中でも裕福な家庭をイメージしているけれど、流石に金貨以上の値段だと、ビーズではなく宝石を買うと思う。


「確かに、気楽には買えないな。そうすると、もう少し簡易で安価なタイプを色違いで作ってみてはどうだ?」


 そんなに複雑なデザインにはしていないと思うのだが、俺は、自分で作ったブレスレットをまじまじと見る。

 市場で売っていたのは、大きめのビーズにチェーンをつけただけのデザインで、銀貨五枚だったよね。

 買いやすい値段だと、銀貨二枚ぐらい?

 それだと安すぎるか。


「とりあえず、俺の見立てではこんな感じ。ぶっちゃけ、うちで取引してもらいたいよ」

「それは本気か?」

「あぁ。確実に売れるもの」

「ジャスは、売れるものを見つけるのが上手なんだよ」


 ニコニコとレイチェルも言うけれど、正直そこまで太鼓判を押されてしまうと躊躇する。

 ほら、俺は専門家に習ったわけじゃないからね。

 前世のおかんの手伝いだし。


「それならいっそ、こうしねぇ? 金貨レベルのアクセサリーはジャスに頼んで、市場では銀貨で済むデザインだけ売ればいいんじゃね?」

「あぁ、それだと俺も稼げるな」


 ニヤリと商人顔のジャスが笑って、肩に乗せた魔獣を撫でる。

 え、もしかして確定?!

  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


『悪役令嬢の兄になりまして』一迅社アイリスNeo様書籍情報
2018/5/2発売。

html>
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ