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4)ライリー=ヴァイマール

 

 俺がまともに動けるようになったのは、庭に残っていた雪がすっかり消え去った頃だった。

 ぽかぽかと暖かい春の日差しが窓辺から部屋に差し込む中、俺は日課の軽いストレッチをフォルトゥーナに手伝ってもらう。

 

 可愛い妹が俺の背を優しく押す。

 いつでも良い香りのする彼女といると、それだけで幸せな気持ちがこみ上げてくる。

 でもなんとなく、フォルトゥーナ付きの使用人達の目線が痛い。


 ……あぁ、そんな目で見ないでくれ。

 曲げてるのか転がってるのか分からないとか、伸ばしているのか座り込んでいるのか不明だとか。

 軽くジャンプしただけでそのままバウンドしそうとか。

 フローリングの床が重みでひび割れそうとか。

 むしろ部屋全体がズシンズシンと揺れるような気すらするけれど、気のせいだ気のせいっ!

 あぁ、それとっ。

 いつもはエルドールに手伝ってもらっているけれど、今日はフォルトゥーナが手伝いたいって言ったからだからね?

 君達の大事なフォルトゥーナに無理強いしてるわけじゃないからな!


 心の中で弁解しつつ、「お兄様、このぐらいで大丈夫ですか?」と聞いてくるフォルトゥーナに頷く。

 お腹のお肉がたぷんと潰れる感じがする。


 正直、こういった場合って前世の知識で一気にダイエットが進むものだと思っていた。

 けれど俺には、そもそもダイエットの知識が乏しい。

 前世のおかんも俺も、当然おとんも家族全員太った事がなかったんだよね。

 運動と実益を兼ねて家庭菜園をしてみようかとも思ったけれど、家庭菜園が趣味だったのは前世のおかんで俺じゃない。

 俺は精々、乙女ゲームのやりこみすぎで寝坊したおかんに、「花壇にお水を上げておいて~」って布団の中から頼まれて朝練に行く前に水を上げていた程度。

 水を夕方にあげると「枯れるからやめてぇええ!」っておかんに叫ばれたから、水は朝にあげるほうがいいらしいってことぐらいしか知らない。

 これじゃ絶対、家庭菜園に手を出しても野菜を枯らすと思う。

 それに公爵家の野菜料理はマジで美味いから、素人の俺が無茶して家庭菜園を始める必要は無いだろう。


 じゃあ何をして痩せるのか。

 特にダイエットに特化した動きではないと思うけれど、俺はストレッチを欠かさずやり続けている。

 運動前に身体をほぐすのと、身体を温めて柔らかくする目的でストレッチは前世で常にやっていたから、正しいストレッチが出来ていると思う。


 寝込む前はこってりとした肉料理中心だった食事は、野菜料理が中心になった。

 肉を食べる時は、胃に優しい脂身の少ないものをとり続けていた。

 けれど俺の体重は減っていない。

 いや、体重自体は減っているのかな。

 よく分からない。

 魔術体重計を以前エルドールに買ってきてもらっていて、実はベッドの下に置いてあるのだけれど、乗っていない。

 俺のこの体重で乗ると、バキッとあっさり壊しそうで怖くて乗れないのだ。

 魔術体重計、薄くて装飾過多で、意外と軟そうなんだよ。


 ……壊さずに乗れたら、恐怖の体重を見て俺の心がパキッと逝くかもだけどな!

 

 まぁそんなわけで正確な体重は分からないけれど、見た目は倒れる前と今でほぼ変化無し。

 寝たきりであまり動けなかったし、もともと運動不足過ぎて筋肉が少ないせいで、脂肪燃焼力も著しく低いらしい。

 多少はあった筋力も、寝たきり生活でより一層落ちたような気がする。

 本当はマラソンをしたいんだけれど、適した服がなくて今はまだお預け状態。

 ほら俺、この体型だから。

 誰かに借りるというのがまず出来ない。

 動きやすい服を着るとしても新たに仕立てないとで、ちょっと時間がかかっているのだ。

 ジャージとまでは行かなくても、使用人達が着ているような動きやすい服を数着、仕立ててもらっている。

 出来上がるのが楽しみだ。


 ……採寸に来た針子さんが、俺の横幅を計るのにちょっと唖然としてたけど。


 なんせ腕立て伏せは自分の体重を支えきれずに腕が折れそうになったし、屈伸したら膝が悲鳴を上げるし。

 かろうじて腹筋らしきものは出来るものの、俺がまともに長距離走れるのはいつになるやら。


「フォルトゥーナ、もっと強く押してもらってもいいかな」

「お兄様、本当に押してしまって良いのですか? とても苦しそうに見えますわ」

「うん。ゆっくりと背中に寄りかかるような感じで大丈夫だよ」


 子供なのに、硬いんだよね、この身体。

 絨毯がしかれた床の上に座って、ぐぐーっと簡単な前屈をしているのだけど、これがもう、曲がらない。

 前世の高校生だった時の身体より固いって、おかしいだろう。

 お腹のお肉が邪魔しているのもあるけれど、伸ばした足のつま先に、俺の指先が届かないレベル。

 背中にフォルトゥーナの体重をかけてもらって、なんとか曲がるって、もう泣きたい。


 まぁ、諦めずに突き進むけどね。

 このままろくろく動けなかったら、妹の未来を変えれるとは思えないし。

 地道に基礎代謝をあげて行こう。

 

 ぐっぐと精一杯前屈していると、最初よりは前に曲がるようになってきた気がする。


「お兄様、なんだか体が前に深く倒れていらっしゃいますわ」

「その内、つま先が掴める様になるんだよ」

「まぁ、本当ですの?」


 興味津々にピンクトルマリン色の瞳を輝かせるけれど、ちょっと待って。


「フォルトゥーナなら今でも出来ると思うけれど、やらないでね?」

「やってはいけないことなのでしょうか」

「うん。子女はやってはいけないね」

「そうなのですね。わかりましたわ。わたくしはお兄様のお手伝いに専念します」


 ほんとは、やっちゃいけないってことは無いんだけどね。

 むしろ程よいストレッチは、身体に良いし。

 でもフォルトゥーナは、こんな事しなくても十分美しいからね。

 座学もダンスも逃げずにすべてきちんとこなしていた彼女には、無駄な贅肉なんて少しも付いていないから。

 それに、ジャックベリー公爵家のお嬢様が床に座ってストレッチなんてしたら、使用人達が泣き出してしまうよ。

 俺も泣く。

 

 何度もフォルトゥーナに背中を押してもらっていると、うっすらと額に汗が滲み始めた。

 エルドールがすかさず、濡れたタオルで汗を拭き取ってくれる。


 多少は汗もかけたし、今日はこのぐらいでいいかな。

 背中を押してくれているフォルトゥーナも、ちょっと疲れている気がする。


「少し、休もうか」  

「はい、お兄様」


 よしっと気合を入れて立ち上がると、ドアがノックされた。

 

「ラングリース坊ちゃまっ、お身体を壊されたときいて、私はいてもたってもいられずっ!」

  

 エルドールが扉を開けようとした瞬間に、見知らぬ少年が部屋に入ってきた。

 フォルトゥーナは目を見開き、彼女付きの使用人達も小さな悲鳴をこぼす。

 でも俺とエルドールは少したりとも驚かなかった。


「……ライリー、なにをやっているんだ」

「なんだよ、即バレかよ。結構上手く変装したんだけどなぁ」


 俺の目の前で、見知らぬ少年は笑いながら光の粉を舞い散らし、見知った少年――ライリー=ヴァイマールに姿を変える。

 変化の魔法だ。

 姿を変える魔法は初級でも難しいのに、ライリーはいとも簡単に扱う。

 記憶が戻る以前はサボる事の多かった魔法の授業だけれど、体調のいい日は自室できちんと受けてきた。

 そして自分でも魔法学の本を読んだから、知識だけでなく実感で良くわかる。


 俺にはまだ変化系の魔法は使えなかった。

 攻撃魔法も苦手だ。

 というより、使える魔法をいったほうが早いレベル。

 何故か治癒魔法と防御系魔法が扱いやすかった。

 どう考えても、俺が癒し系とは思えないのだけれど。


 ……肉盾とか。

 いやな単語が頭をよぎったけれど、さくっと無視するぞ、うん。


「ライリー、変装自体は見事だったけれど、公爵家にドアを蹴破る勢いで駆け込んでくるような来客はまずいないからね」


 仮にもうちは公爵家。

 見ず知らずの一般人が、堂々と入ってこられる場所じゃない。 

 それに、俺の部屋に突然来る少年はライリーぐらい。

 どんなに変化の魔術を駆使しても、どんなにむちゃくちゃな登場でも俺の部屋に来た時点でバレバレだ。

 ちなみに、以前のとんでもない登場は窓からの乱入だった。

 流石にあの時は俺も一瞬叫びかけたんだよね。

 エルドールなんて、危うく回し蹴りを一発ライリーに当てるところだったし。

 ライリーが「俺だーーー!」って叫ばなかったら、絶対腹に一発入ってた。


「ライリー様でしたの? 見事な魔法ですね」

「おっと、フォルトゥーナ嬢、お久しぶり……でもないか」

「えぇ、そうですわね。先日、お会いしましたわ。今日はお兄様の調子がとても良いのです」

「そうみたいだなー」


 エルドールがすかさずテーブルにお茶の準備を整える。

 あ、今日の紅茶はブラディン産かな。

 ほんのりロゼリアの花の香りがする。

 ライリーが好きな紅茶だ。

 エルドールが俺にはミルクを、ライリーとフォルトゥーナには砂糖を用意してくれる。

 前は俺も砂糖たっぷりだったけれど、カロリーが気になるからね。

 イメージ的に、砂糖よりはミルクのほうがマシな気がする。

 ライリーとフォルトゥーナにクッキーを勧めながら、俺はライリーに話を促す。

 

「それで? 今日は何の用だろう」

「倒れたって聞いたからな。またお前が悪さしたんだと思ったら、フォルトゥーナ嬢を助けたんだって?

 ほんとは何度も見舞いに来たんだけどさ、会えないし。結構焦ったぜ」


 うん、何度も来てくれていたのはエルドールからきいて知っている。

 タイミングが悪くて、俺の意識が無いときだったんだよね。

 エルドールと相談してお礼の手紙と品を贈ったりはしてたから、無事な事はライリーも分かっていたとは思うけど。


「心配をかけたね。でもほら、今はこの通り元気だから」

「元気っていうほど元気か? もともと色が白かったけど、いまはもう何つーか、青白いぞ。

 フォルトゥーナ嬢より白いのはヤバイだろ」


 ライリーは貴族だけれど、お互い赤ん坊の頃からの付き合いのせいか、いつもこんな感じで砕けた口調で話す。

 堅苦しいのは苦手らしい。

 見た目は正真正銘、貴族然とした美少年だというのに。

 お互いの両親がいる場合や、公の場ではきっちり口調を切り替えれるのは正直尊敬だ。

 エルドールも慣れたもので、砕けた口調に嫌悪感も無いようだ。

 ちょっとだけ、フォルトゥーナ付きの使用人達が戸惑っている感じはするけれど。


 ライリーは、ヴァイマール伯爵家の次男だ。

 俺の母上の妹がライリーの母で、そのせいか、俺の母上にライリーは色素が似ている。

 淡い茶色の髪に、柔らかい癖っ毛。

 赤い瞳は少しだけピンクがかっている。

 

 ……そういえば、ライリーはゲーム内には出てこなかったんだよな。


 攻略キャラとして出てくるアンディ=ヴァイマールの兄に当たるし、出てきても良さそうなものだけれど。

 特にアンディか、ラングリースの攻略ルートで登場しても良さそうな。

 けれど俺の前世の記憶には、ライリーの事は一切ない。


 ……俺の性格の悪さに、嫌気が差して離れてしまったんだろうか。


 ありえる。

 大いにありえる。

 なんせ、記憶が戻る前の俺は、いつも使用人達に辛く当たっていたし。

 ライリーの前でも、ワザと使用人に粗相をさせたりしていたんだよね。

 紅茶を用意している使用人の足を引っ掛けて転ばせたり、干してある洗濯物を思いっきり倒して汚したり。

 その度に、ライリーが間に入って止めてくれてたのだ。


 いまはまだ子供だから嫌がらせもささやかだったけれど、俺が十六歳になる頃には使用人イジメも陰険度もパワーアップしていたに違いない。

 だって、ラングリースのシナリオをクリアした後に流れるエンディングのスチルもストーリーも酷かった。


 エンドロールでは、ヒロインがボロボロな貧しい格好をさせられているの。

 使用人すら着なさそうな、継ぎ接ぎのメイド服を着ていて、灰かぶり風味。

 それだけでもおいおいとかなり首を傾げたくなったけれど、さらにヒロインはその格好で廊下の拭き掃除をしているわけですよ。

 それを、彼女の恋人であるはずのラングリースが幸せそうにニヤニヤ眺めていた。

 ゲーム内ではフォルトゥーナも意地悪な悪役令嬢だから、ヒロインはラングリースとフォルトゥーナにいびられながら、


「わたし、好きな人と一緒に過ごせて幸せです」

 

 って笑ってるんだぜ?

 

「どんなドM設定なんだよ運営マジふざけんな!」

「おいおいおい、急になんだよ、大丈夫か? まだどこか痛むのか?」

「あー、いや、なんでもないんだ、うん。ちょっと、昔を思い出してしまってね」


 いかんいかん、ついつい怒りがこみ上げてきてしまったよ。

 あ、フォルトゥーナもびっくりしてる。

 ごめんね?

 なんせ、やりたくもないラングリースの攻略に数時間も費やされて、やっと辿りついたのがそのエンディングだったからね。

 バッドエンドでもなく、ノーマルエンドでもなく、トゥルーエンドでそれだからな?

 キレたくもなるだろう。

 まあ、エンディングに流れるその後のストーリーをみていたら、最終的には本当にらぶらぶになって普通に幸せに暮らすみたいだったけどさ。

 そんなスチルが用意されているレベルで、ゲームのラングリースは性格が悪いってどんなだよっていう……。

 

「……おーい、マジで大丈夫か? ベッドに行くか?」


 気がつくと、ライリーが顔を覗き込んでいた。

 フォルトゥーナも、「お兄様、やっぱり、運動が激しすぎたのではないでしょうか」と涙目になっている。

 あぁ、失敗したな。

 ついつい、意識が前世の記憶に行ってしまっていたよ。


「いや、大丈夫。ほんとうに少しぼんやりしていただけだよ」

「そんなんでよくフォルトゥーナ嬢を助けれたな」

「自分でも驚いているさ。この身体でよく動けたものだとね」


 咄嗟に走れたのも、抱きしめて守れたのも。

 いま思い返しても奇跡だったんじゃないかって思う。


 俺が助かったのは、あの時そばにいたクレディル先生が魔力の暴走をかなり押さえ込んでくれたかららしい。

 正直、それが無かったらフォルトゥーナも俺も危なかったと思う。


 紅茶を飲んで頷く俺を、まじまじ見つめるライリー。


「……なんか、雰囲気変わったな」

「そうかな?」

「うん。こう、棘とげしさっつーか、なんていうか」


 言葉を濁すのは、はきはきと物を言うライリーにしては珍しい。

 でもまぁ、はっきり言いづらいよね。

 以前は『クソ意地が悪いやつだった』とは。


「多分、高熱に燃やされたんじゃないかな。全部ね。とてもすっきりとした気持ちなんだ」

「ほほ~? それなら、ついでにその分厚い脂肪も燃やしてすっきりしようか。ダイエットしてるんだよな?」

「えっ、それはどこから知ったんだろう」

「ふっふーん、屋敷で噂になってたぞ」

 

 そうか、噂にもなるよな。

 今までろくろく動かなかった俺が、急にストレッチなんか始めたんだから。


「いつまで続くか、軽く賭けの対象にもなってるな」

「……ちなみに、掛け率はどんな感じ?」

「一ヶ月が六割、三ヶ月が二割、残りはばらばらだな」

「やせるまで続けるって言う選択肢は」

「無かったな」


 くっ、分かっていたけれど、事実がきついな!

 

「まぁ、見返すためにもきっちりと、体重落とそうぜ?」


 にやりと笑うライリー。


 ………えーっとえーっと、なんか嫌な予感がするんですが?!


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