38)ジャスとレイチェル
「レイチェル? それに、ジャス?!」
振り返った先にいたレイチェルは、パロットクリソベリル色の瞳をまん丸に見開いていた。
ジャスがすちゃっと手を振って、二人は人ごみの中から俺達に足早に駆けてくる。
「わーっ、やっぱりラングリースくんだっ。それにライリーくんもエルドールくんも! トリアンくんだけはいないのかな?」
「あいつは、俺の身代わりに家で留守番」
「あー、ライリーくんひっどいなぁ!」
くすくすとレイチェルは楽しそうに笑う。
というか、随分女の子らしくなったなぁ。
マーケンの町であったときは、ぱっとみ男の子みたいだったのに。
ワンピースを着ているせいか、それとも、冬の間に日焼けが取れて色白になっているせいか。
さらさらの金髪も一年の間に随分伸びて、鎖骨ぐらいまで長さがある。
やんちゃな中身は変わっていなさそうだけどね。
「なに、お忍び系ですか?」
「おう、一応な。つーか、無理に敬語じゃなくていいぜ。喋りづらいだろ」
「あー、うー、確かに。じゃあ、普通に喋っちまうけど、この可愛い女の子達はライリーの妹さん?」
「フォルトゥーナは私の妹ですよ」
「初めまして。フォルトゥーナと申します」
綺麗に礼をして挨拶をするフォルトゥーナを、なんとなく、ジャスから引き離す。
いや、ほら、あれだよ?
ジャスってばゲーム内では攻略対象だし。
格好いいし。
盗賊団だし。
フォルトゥーナ盗られそうとか、思ってないよ、うん。
ジャスがプッと噴出した。
「おいおい、あからさまに妹さん隠さないでくれよ」
「隠してない隠してない、私はフォルトゥーナが迷子にならないように手を握っただけです」
「ふーーーーーーーん」
「へーーーーーーーー」
「ほーーーーーー?」
ライリーとジャスはともかく、レイチェルまでそんな疑いの眼でみないでくれ。
エルドールも目じりが少し笑ってないか?
そっと目を逸らさないでくれ。
わかってる、ちょっとどころかかなり無理があるのは。
「フォルトゥーナさまも迷子になるのです〜?」
アリアンヌが、ふにっと小首を傾げた。
そんなわけ無いだろう。
フォルトゥーナはアリアンヌとは違うのだよ?
もしも迷子になっても、ひとりで市場を抜けられるし、高速魔導馬車にも戻ってこれるだろう。
変装してても可愛いから、誘拐されなければっていう注釈がつくけれどね。
「キミ、いくつ? かわいいね」
レイチェルがアリアンヌの頭を撫でながら尋ねる。
「十一歳です〜」
「えっ、ボクと同い年? ほんとに?」
「うそうそ、アリアンヌは六歳だぜ」
「あうぅっ、ライリーさま、うそじゃありません〜。わたくしは十一歳です〜」
ライリーに手を繋がれたままじたじたしているけれど、どうみても十一歳には見えないよね。
流石に六歳は言いすぎだけど。
「十一歳だと、来年ウィンディリア王立学園に入学か。よし、入ってきたら可愛がってやるな」
ジャスまでアリアンヌをぐりぐりとなでて笑う。
でも待つんだ。
入ってきたら?
「ん? きょとんとしてどうしたん?」
「いや、入って来たらというから、変だなと……」
「何が?」
「入学していないよね?」
「ジャスは隣のクラスだろ」
「えっ」
「えっ?」
「えっ、じゃないだろー? オリエンテーションの時に隣のクラスにいただろ」
呆れたように二人して俺を見るけれど、待ってくれ。
オリエンテーションの時はハドル王子に気をとられてほとんど何も覚えてないんだよ。
それに、隣のクラスってことは貴族クラス。
盗賊が貴族?
そんな馬鹿な。
「おーい、もどってこーい」
「ライリー様、恐れながら、ラングリース様の意識はかなり遠くに行っているように思えます」
「いや、二人とも待ってくれ。意識はちゃんとしているんだ。ただちょっと、耳が遠くなったような気がしただけなんだ」
「……俺は、貴族、だよ?」
控えめに、ポツリとジャスが呟く。
盗賊団が、貴族……。
「あー、誤解があるかもしれないけれど、俺の家って、アレだけが仕事って訳じゃなくて。もともと商人なんだよ」
アレ、というのはもちろん盗賊家業の事だろう。
こんな人通りの多い場所で大仰に言える職業じゃないからね。
アリアンヌがすかさずアレってなんですか〜と言いそうだから、即座にライリーが口を押さえてる。
むにむに言っているけれど、大丈夫、言葉になってないから問題ない。
「他国から仕入れた品なんかも取り扱ってるし、そっちが本業。で、爵位もあるんだよ。男爵だけど」
「な、なるほど……」
男爵家の子息なら、当然貴族クラスになるよね。
でもそろそろ入学して二ヶ月近くたつのに、一度も気づかなかった。
「ボクは平民だから、入学できてもジャスとクラスはなれちゃうんだよね。寂しいなぁ」
「そう言うなよ。どうせ学年違うんだから、同じクラスにはなれないし、毎日通うわけでもないしさ」
「そうなんだけどね。あっ、そうだ。アリアンヌちゃんとフォルトゥーナ様も制服を買いにきたのかな?」
レイチェルは露店の店主が持った制服に目を留める。
あ、ついつい話してて、会計してなかったな。
店主もちょっと困った顔してこめかみかいてるし。
「アリアンヌ用だね」
「そっかー。やっぱり、今の時期じゃないと買えなくなっちゃうもんね」
「そうなのか?」
「うんうん、入学前の時期はみんな買うから、売り切れちゃうんだよ。だからボクも早めに買いにきたんだよね」
そうすると、やはり今日買っておいたほうがいいね。
無駄になってしまう可能性もあるけれど、リサイクルでこの値段だと、新品は絶対にアリアンヌには買えないし。
本当は、露店を出店してお金を稼いでもらってから買いたかったけれどね。
仕方ない。
今日アリアンヌに渡したりせずに、入学できたらその時、お金を貰う形にすれば問題ないよね?
エルドールが頷いて、会計を済ます。
「アリアンヌは無くすといけませんから、これは私が預かっておきます」
「はうっ、無くしません〜」
「いい子だから、エルドールに預けておきなさい」
「はい〜」
エルドールから制服を受け取ろうとするアリアンヌを、俺は大人しくさせる。
いま渡すわけにはいかないからね。
「そっちのお嬢さんも選ぶのかい?」
「はい。ボクのサイズもあるかな」
レイチェルがうきうきと店主に話しだす。
アリアンヌと違って平均的な成長をしているレイチェルの服は、すぐに見つかった。
二着ほど購入して、レイチェルは嬉しそうに制服の入った袋を大事に抱きしめる。
三着も売れてご機嫌の店主が、「お嬢ちゃんたち、またよろしくな」と言って、ブラウスを一着ずつおまけにつけてくれた。
何気に着用感の少ない、それでいてフリルも着いたデザイン。
うん、この店の名前は覚えておこう。
ビーズのお店のように、露店だけでなく実店舗があるなら、そこにも買いに行きたいね。
俺達は服屋を後にして、市場をみて回る。
基本的に装飾品関係は少なめで、服や食べ物が多い感じだよね。
あとは、雑貨系。
この状況なら、俺達がアクセサリーを作って出店したら、ライバルが少ない気がする。
「さっきから思っていたけど、フォルトゥーナ様もアリアンヌちゃんも、お洒落なアクセサリーだな」
「お兄様が作ってくださいましたの」
「ラングリース様が?」
「ラングリースさまは器用なのです〜」
まぁ、この俺が器用には見えないよね。
大分痩せたけど、指先はまだまだコロコロしている気がするし。
「今度俺達も出店するんだぜ」
「えっ、ライくん達が露店するの?」
「おいおい、まだ確定じゃないよ。出店は抽選なんだから」
申し込みはエルドールがしてくれたけれど、抽選結果がわかるのはまだ先だ。
それに、受かっても実際に出店するのは二ヵ月後だしね。
「アクセサリーで申し込んだのなら、確実じゃないか? 装飾品関係の露天は少ないからな」
「少ないジャンルのほうが受かりやすいのだろうか」
「んー、物にもよるだろうけどね。同じような店ばかりだと客に飽きられるし。常に新しいものはどこでも求められているよ」
アリアンヌのメガネチェーンに触れ、ジャスは頷く。
商人のジャスが言うのなら、出店さえ出来ればほんといい線いくかも。
「わたくしも作るのですよ〜」
「アリアンヌちゃんも作るんだ? きっとかわいいねっ」
「がんばるのです〜」
レイチェル、アリアンヌを撫でまくりだな。
やっぱり、小さい子って思わず撫でたくなるよね。
「お兄様、こちらのお品物を購入しても良いでしょうか?」
ふと、雑貨に目を留めたフォルトゥーナが、控えめに差し出してくる。
「ドライフラワーのリース?」
紫陽花系の花を使っているようで、青を基調とし、白い小花が散りばめられている。
アクアマリン色の明るいリボンも可愛らしい。
珍しいな、青系のリースを選ぶなんて。
フォルトゥーナは綺麗なものはもちろん好きだけれど、ピンク系を好きだと思ってた。
「……頂いたネックレスのお礼に」
少し、言いづらそうに瞳を伏せる。
あぁ、うん。
ハドル王子にか。
たぶん王子は気にしないと思うけれどね。
フォルトゥーナがたまにネックレスを身につけてくれれば、それで喜ぶと思うんだけど。
「いいと思うよ? 購入したら、使用人に届けてもらおうね」
フォルトゥーナ自らが届けにいくと、ローデヴェイクに睨まれそうだからね。
王子と会わせたくないのもあるけれど。
ローデヴェイクに見つかると、フォルトゥーナが嫌な目に合わされる気がする。
「コサージュも売ってるんだな。レイチェル、これなんか似合うんじゃないか?」
「そうかな? ボクには可愛すぎちゃわない?」
レイチェルはジャスからドライフラワーのコサージュを受け取って、露店の鏡を覗き込む。
あ、そうか。
露店を開くときは、鏡も必須だね。
その場で身につけた感じを確認できると、売り上げ上がりそう。
「とってもとっても、似合うと思うのですよ〜?」
「えぇ、レイチェルさんにとてもお似合いですわ」
「そ、そうかなっ? なんか照れちゃうんだよ」
アリアンヌとフォルトゥーナにお世辞抜きで褒められて、レイチェルは頬を赤くする。
うん、本当に似合ってると思う。
ドライフラワーだから色味が落ち着いたアースカラーでまとまっているし、どんなワンピースにも合わせやすいんじゃないかな。
ジャスがさくさくとお会計を済ませて、レイチェルの胸にコサージュを飾る。
ほんと、女の子感が増しましだね。
「おねーさん、ついでにこっちのピンクの小花のコサージュ貰える?」
「ライリーも買うのか?」
「アリアンヌに丁度いいだろ」
「はぅっ?!」
店員さんから受け取ったコサージュを、アリアンヌの首元に飾るライリー。
うん、可愛いけど、アリアンヌ慌てすぎ。
「おーい、息してるかー?」
「い」
「い?」
「い、い、い、いただけませんっ、高価ですのにっ」
まぁ、ネックレスとかに比べれば安いけれどね。
それでも銀貨二枚はするし、アリアンヌからしたら高級品だよね。
制服の時はエルドールがアリアンヌに気づかれないうちに支払ってるから、たぶん制服も値段知ったら錯乱するだろうな。
「もう買っちゃったし使っとけよ。学園に行く時にも装飾品はあると便利だぞー」
「が、学園で使うのですか?」
「おう、必須必須」
くくくっとライリーは笑っているけれど、まぁ、これは嘘。
全部が嘘って訳でもないけれどね。
制服のデザインは決められているけれど、貴族の女の子は大体装飾品で着飾っているよね。
平民も貴族ほどではないけれど、着飾っている子は多く見かけるし。
多少は持っておいて損はないと思う。
「そ、そしたらっ、わたくし、ライリーさまにネックレスを作るですっ」
「俺にネックレス?」
「はいっ!」
アリアンヌ、元気いっぱいに言い切ってるけど、あんまり男性はネックレスは使わないんだよ?
まぁ、ライリーだったら余裕で身につけるかもしれないけど。
アリアンヌには、ライリーでも身につけれそうなデザインを作るように誘導するか。
そんな事を思っていたら、つん、と手を微かに引っ張られた。
ん? フォルトゥーナ?
横を見ると、フォルトゥーナは無意識だったのか、俺と目があってはっとしたように曖昧に微笑んだ。
……もしかして、フォルトゥーナもコサージュがほしいのかな?
「フォルトゥーナもどれか選んでみる?」
「良いのですか?」
「もちろん」
パッと顔を輝かせ、フォルトゥーナはちらっとライリーを見た。
「フォルトゥーナも買うのか? この店の色合い綺麗だよな」
「えぇ、とても。……ライリー様は、どの色が良いと思いますか?」
「どれでも似合うんじゃね?」
「ライリー、真面目に選んでやってくれ。フォルトゥーナが困ってるだろう」
「だってマジでどれ着けても完璧に似合うだろ」
「まぁ、それはそうなんだけれどね」
フォルトゥーナは可愛すぎるからね。
似合わないと言う事がない。
どの色も似合ってしまうから、一つだけ選ぶのが困難だ。
「アリアンヌちゃんとおそろいとかどうかな?」
「姉妹みたいだよな」
レイチェルとジャスが、アリアンヌのコサージュとよく似たデザインを手にとって、フォルトゥーナをみる。
うん、確かに、今日のフォルトゥーナはアリアンヌと姉妹風だからね。
「そしたら、ジャスが持ってるほうでいいんじゃね?」
「フォルトゥーナ、どちらがいい?」
「どちらも素敵ですが、ライリー様が選んでくれたほうにしてみます」
店員さんが「身につけていかれますか?」と聞くので頷いて、俺は受け取ったコサージュをフォルトゥーナの胸に飾る。
うん、可愛いな。
でも、ちょっと肌寒くなってきたね。
大分日が傾いてきてる。
まだ来たばかりのような気分だったけれど、随分市場に長居していたようだ。
「あっ、コネちゃんです〜」
「えっ? ちょっ、アリアンヌ待ちなさい!」
いきなりアリアンヌが駆け出した。
その姿はもう人混みにまぎれて見えない。
一瞬だった。
「嘘だろ?!」
手を離されると思っていなかったライリーが動揺を隠せない。
「エルドール、フォルトゥーナを頼むっ」
俺は急いで駆け出した。
人の流れに逆らうように走る俺を、皆、邪魔臭そうに見るけどかまってられない。
アリアンヌ、どこ行った?
くっそ、人が多すぎて見えないぞ。
走り出す前に、アリアンヌはコネちゃんとかいってたよな。
確か料理長のペットの名前だ。
以前、木の上から降りれなくなっていた、耳の長い猫みたいな感じの。
似たような小動物がいたんだろうけど、こんな場所で迷子にならないでくれ。
かなり、俺は走った。
でもアリアンヌは見つからない。
どこだ、ここ……。
人混みはだいぶ減っているけれど、それらしい姿はまったく無く。
きょろきょろと見回してみる。
…………クレディル先生?
見知った後姿に俺は目を細める。
その瞬間、がしっと背後から肩を捕まれた。
「ラングリース様、どこまで行くおつもりですかっ」
「エルドール、フォルトゥーナを頼んだのになぜ」
「ラングリース様をお一人で行かせるはずがないでしょう。フォルトゥーナ様にはライリー様とジャス様がついています」
まぁ、護衛も離れた場所についてきているからね。
俺は、もう一度クレディル先生が入って行った路地裏をみる。
「あちらには、あまりいかれないほうがよろしいかと」
「なぜ?」
「……あまりよい噂を聞かない店が並んでいます」
「ふむ……」
それなら、見間違いかな。
一瞬だったしね。
「コネちゃーん?」
どこかから、アリアンヌの声が聞こえる。
俺とエルドールは顔を見合わせた。
そして俺達は声を辿り、狭い壁の穴に向かって小首を傾げているアリアンヌを即座に捕獲した。
「アリアンヌ、勝手な行動をしてはなりません! ラングリース様に何かあったらどうするのですか!」
「あうぅっ、ごめんなさい〜」
涙目でエルドールを見上げるアリアンヌ。
「でもでも、コネちゃんがいたのですよ〜ぅ」
「コネノタマタフなら、狭い穴よりも高いところを好むでしょう?」
「穴のところでふわっと消えたのです〜」
「消えることは無いはずだぞ? あの魔獣にそんな能力はないからね」
「ほ、ほんとに消えたのです……」
涙目のアリアンヌは、嘘を言っているようには思えない。
「これは私の予想ですが、コネノタマタフの素早い動きにアリアンヌの目が追いつかなかった可能性があります」
確かに、コネノタマタフはすばしっこい時があるよね。
野生の猫的と言うか。
「それと、おそらく料理長のコネノタマタフではありませんから、むやみに捕まえてはなりません」
「料理長のコネちゃんではないのです〜?」
「はい。ジャックベリー領から王都までは高速魔導馬車でも時間を要します。
ジャックベリー家を出るときに料理長の所にコネノタマタフは居ましたから、あの小さな身体でこの王都に既に到着していることは考えられません」
なるほど。
エルドールの指摘はもっともだ。
料理長はコネノタマタフをつれて王都に来ては居ないし、物理的にありえないのか。
「ならよかったのです〜。コネちゃんが居なくなると、料理長が悲しむのですよ〜」
ほっとしたように笑うけれど、こっちは、結構焦ったんだぞ。
なので俺は、ぺちっとアリアンヌのおでこにデコピンした。
「はうっ、痛いです〜っ」
「ちゃんと反省なさい。知らない場所で一人になったりしないように。いいね?」
手を繋いで軽く怒ると、アリアンヌはおでこを片手で押さえながらこくこくと頷いた。
まったくもう、油断もすきも無い。
エルドールと二人でアリアンヌをつれて帰ると、みんな明らかにほっと顔を緩めた。
レイチェルなんか、アリアンヌに駆け寄って抱きしめてくる。
「アリアンヌは、もう氷で縛り付けておくのがいいな」
「凍っちゃいます〜っ!」
うん、ライリーも軽く怒ってるね?
これは当分、からかわれるだろうけど、自業自得。
そうして俺達はジャスとレイチェルに別れを告げて、何とか無事に帰宅した。