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37)王都の市場

「市場、ですか? 確かに、アクセサリー類も売っていたとは思いますが……」


 みんなで作ってアクセサリーを市場で売りたい。

 そう言った俺の言葉に、エルドールは少し語尾を濁らす。

 うーん、ちょっと無謀かな。


 でも、前世ではおかんがよくハンドメイドのイベントに出展してたんだよね。

 都内では毎月のようにハンドメイドのイベントが開かれていて、盛況だった。

 だから、市場に俺達も店を出せば、ちょっとした売り上げが期待できるんじゃないかなって。


「ビーズと、金古美等の素材なら、平民が持ってもおかしくない、つまり平民も買える装飾品なのだろう?」

「えぇ、その通りです」

「それなら、やはり私達が出店できるようにはならないだろうか。出来れば、身分は隠したい」


 エルドールはグレーの瞳を軽く伏せ、考え込んだ。

 

 公爵家の身分のまま市場に出店してると、平民が寄りつかないと思うんだよね。

 なので、偽名と変装を用いて、どうにか乗り切れないかな。


 ハドル王子から頂いた大量のビーズは、本当に大量にある。

 それこそ、そのまま店が開けそうなほど。

 そこで、俺は思ったわけですよ。


 市場で、アクセサリーを販売できないか、と。


 頂き物を売ってしまうのか?

 という点は少し引っかかるけれど、せっかくの頂き物をそのまま眠らせておくほうが勿体無いと思う。

 王子には、心を込めて、スカーフ止めかハットピンを作って贈るつもり。

 魔宝石ももちろん使ってね。


 装飾品だから、普通の店よりも安価な市場でも、雑貨より少し値段は張りそう。

 けれど、周囲の評価を考えてみても、俺はきちんと使える物を作れていると思う。

 エルドールもフォルトゥーナも、そしてアリアンヌも、丁寧に作れてた。

 だから、みんなで作ればちょっとした売り上げが見込めるんじゃないかな?


 俺やエルドール、それにフォルトゥーナはお金に困っていないわけだけど、アリアンヌがね……。

 今のままじゃ、なんとか頑張ってもウィンディリア王立学園に入学出来る学力を身につけることが精一杯で、奨学生なんて、夢のまた夢。

 入学できても、お金が足りなくてどうにもならなくなるのは目に見えている。


 でも、俺がアリアンヌだけを特別扱いすることは出来ない。

 眼鏡だって、買って与えたら駄目なのだから、学園で使うお金を俺がアリアンヌに渡したり代わりに支払うのはアウトだろう。


 けれど、アリアンヌが作ったアクセサリーを市場で売るなら、その売り上げはアリアンヌの物にしていいと思うんだよね。

 作る時間は主に俺がやらせている感じで、ジャックベリー家に仕えている勤務時間を使えば作れるし。

 俺に無理やり手伝わされてる、という感じにすれば、アリアンヌだけ使用人達の間で立場が悪くなったりもしないかなって。

 家で作らせるより、俺が見ていたほうが安心だしね。


 問題は、俺達が出店出来るのかということ。

 王都の市場に出店したいんだよね。

 装飾品を衝動買い出来るような、富裕層が多く暮らしているから。

 他領からも沢山の人が王都に集まるし、客は多いに越したことはない。


 前世のおかんにハンドメイドのイベントで売り子をさせられたことが何度もあるけれど、やっぱり客の多いイベントでは売り上げがまったく違ってた。

 小さなイベントと、大きなイベントで、売っている品物は毎回それほど大きな違いはなかったのにね。


「……恐らく、私の名前で出店申し込みをすれば、出来るのではないかと思われます」

「本当か?」

「はい。ですが、王都の市場は人気があり、出店場所の問題で抽選があると聞いた覚えがございます」

「抽選か……」


 そういわれればそうか。

 誰だって、売れる所で売りたいよね。

 そうすると、毎回出店スペースは抽選になるわけか。


「抽選でかまわないから、申し込みを頼めるだろうか」

「かしこまりました」


 一礼し、エルドールは早速申し込み手続きをする為に部屋を出て行く。

 エルドールにも、本当、頼りっぱなしだよね。

 王子とは別デザインのアクセサリーを作って贈ろうかな。

 以前は装飾品関係は男性だといわれて断られたけど、スカーフピン系ならスーツにも飾れるからね。


 俺は、エルドールが手続きをしてくれている間に、いそいそとスカーフピンを作り始めた。







◇◇


 

 ウィンディリア市場は、人混みであふれかえっていた。

 もともと王都は人が多いけれど、二ヶ月に一度開催される大市場は、人の流れが違いすぎる。


「うわぁ、王都は大きいのです~!」

「アリアンヌ、あまりはしゃぎ過ぎないように。迷子になりますよ」

「はぁい!」

「手でも繋いでおいた方がよくね?」

「ひどいです~! 子供ではありません~っ」


 初めての王都に興奮するアリアンヌをエルドールが嗜め、ライリーが笑う。

 俺とエルドール、そしてアリアンヌにフォルトゥーナ。

 そしてお馴染みライリーの五人で、今日は王都の市場に遊びに来ている。


 やっぱりね、一度自分の目でちゃんと見ておきたくて。

 エルドールを信用していないわけじゃないよ?

 当たり前だけど。

 

 装飾品のデザインや相場、それにディスプレイなどなど。

 エルドールに全部任せるのは、ちょっと押し付けすぎだと思うんだよね。


「可愛らしいデザインですね」

「フォルトゥーナさま、こちらのネックレスも似合うと思います~」


 装飾品の店の前で、フォルトゥーナは微笑む。

 アリアンヌは、フォルトゥーナに似合いそうなピンクトルマリン色のビーズがあしらわれたネックレスに手を触れる。


 おいおい、いま店主がちょっと眉をひそめたぞ。

 迂闊に触れると怒られるのかな。

 盗難防止には触れさせないのが一番良さそうだけど。


 ちなみに、今日の俺達は軽く変装をしている。

 偽名は使っていないけれどね。

 十中八九、アリアンヌが覚えられないから。


 俺とライリーは以前マーケンの町へ行ったときとほぼ同じ格好だ。

 装飾品を少し増やして、富裕層風にはしているけどね。

 十分、平民に見えると思う。

 

 フォルトゥーナは髪を変化の魔法で朱色に染め、珍しく三つ編みで一本にまとめている。

 伊達眼鏡もかけているから、いつも左右に分けてお下げにしているアリアンヌと、ちょっと姉妹風だ。

 もしかしたら、アリアンヌにあわせたのかな。


 アリアンヌは、いつもの使用人用の服ではなく、私服を着ている。

 使用人服はいわゆるメイド服だったけれど、今日は生成りのワンピースだ。

 あまり私服は見ないから、ちょっと新鮮。

 しかもこのワンピース、フォルトゥーナの手づくりだ。


「自分用に作っていたのですけれど、着れなくなってしまいましたの」


 そうフォルトゥーナは言っていたけれど、たぶん嘘だと思う。

 だって、フォルトゥーナよりもかなり背の小さいアリアンヌにぴったりのサイズなんだもの。

 作り始めた時に、既にフォルトゥーナはアリアンヌよりも大きかったはずだからね。


 アリアンヌの状況を分かっているからこそ、フォルトゥーナがわざと小さめに作ったんだと思う。

 生地もシルクでなく綿だしね。

 裁縫練習用に綿を使ったってことだけれど、袖口やスカートの裾に縫いこまれた刺繍は赤と黄緑。

 思いっきり、アリアンヌカラーだ。

 所々フリルも入っていて、フォルトゥーナのアリアンヌへの愛情が感じられるよね。

 

 エルドールは普段とほぼ変わらないので、割愛。

 いつもジャックベリー家の使用人が使うスーツの色違い程度かな。

 デザインも違うんだけど、スーツはそれほどデザインに特徴がないからね。

 強いていうなら、俺の作ったスカーフピンをすかさず使ってくれているところが嬉しい。

 スカーフはあまり使わないエルドールだけど、スーツのポケットに刺してくれているんだよね。

 見るたびに、ついニヤケそうになる。

 やっぱり、自分が作ったものを身につけてもらえるって、最高。


「アリアンヌ、あんまりべたべた触るなよ。買わされるぞー」

「はうっ、大変なのですっ」


 慌ててアリアンヌは両手を後ろにしまい、店の主人が笑いをこらえる。

 まぁ、こんなちっこいアリアンヌが盗みなんてありえないしね。


 俺は、デザインとアクセサリーの値段をチェックする。


 ブレスレットはネックレスよりも高めなのか。

 ブレスレットはウィンディリア銀貨五枚で、ネックレスは銀貨三枚だ。

 デザインはいたってシンプルで、銀のチェーンにペンダントトップとして大き目のビーズが飾られている。

 ブレスレットも似たようなもの。

 ビーズ自体が一粒いくらの高級ビーズを使っているから、これ以上凝ると値段が跳ね上がってしまうのかもしれない。


 他の客が来たので、俺達は次の店を探して市場を見て回る。

 ディスプレイを確認していたのだけれど、これはもう、まちまちだ。

 先ほどのアクセサリー店は、横長のテーブルの上に段差をつけて台を作り、それに布を被せてその上にアクセサリーを飾っていた。

 たぶん、台は細長い長方形の木の箱を並べてるんだと思う。

 布が被せられているから、中は見えなかったけれどね。


 服を売っている露天は、地面に直接布を敷き、そこに畳んで置かれている。

 前世のフリーマーケットでよく見かける感じだ。

 等身大のハンガーに服を飾っていたりもする。

 等身大のハンガーは十字架のようなデザインで、土台がしっかりとしている。

 簡素なマネキンといえばいいのだろうか。

 

「おーい、アリアンヌ、マジで手をだしな。お前、人混みに埋もれてるぜ」

「はい~……」


 ライリーがアリアンヌの手を握って引っ張る。

 うん、ほんと、アリアンヌはちっこいな。

 これだけ人で溢れていると、見失ったら大変だ。

 絶対にアリアンヌだけで市場を抜け出せないし、高速魔導馬車まで戻ってこれるとは思えないよ。


「おっ、古着も売ってんのな」

「これはウィンディリア王立学園の制服か?」


 ライリーが気づいた露店に足を止める。

 黒いワンピースタイプの制服は、ウィンディリア王立学園初等部のものだ。

 金の鎖が付いていないから、平民用だね。

 よくよく周囲を見渡すと、ぽつぽつと、制服が売りに出されている。

 市場で買えば、アリアンヌの代えの制服代が安く済むかも?


「おう、お嬢さん達、来年入学かい?」

「えぇ、その予定ですわ」

「はい~」


 おいおい、アリアンヌ。

 フォルトゥーナはともかく、アリアンヌは頷いちゃだめじゃないか?

 入学できるかどうか、まだまだ危うい成績なんだぞといいたい。


「ならこの制服よりこっちがオススメだよ~。ほとんど新品と変わらないからね」


 露店のおじさんが畳んでおいた制服をぱっと広げてみせる。

 本当に買ったばかりのようだ。

 色褪せすらも感じられない。


「染み一つありませんね」

「そりゃそうさ、どんなに安くとも、染み付きの服なんか買わないだろう? きっちり洗ってから売りに出しているさ」


 ライリーがひょいっと服を受け取り、アリアンヌに合わせる。


「アリアンヌにはちょっと大きすぎか?」

「裾はともかく、襟口が開き過ぎではないだろうか」

「はわわ……」

「中に着るブラウスで、調節できないでしょうか」

「ブラウスで調節しましても、肩口も大分ずれてしまうものと思われます」

「うーん、お嬢ちゃんにはちいとばかし大きすぎたかねぇ。入学する頃にはもう少し育っていそうだが、こっちにしてみるかい?」


 おじさんが別の制服を見せる。

 さっきの服よりも小さいサイズだけれど、若干着用感がある。


「こっちならいい感じじゃね?」

「流石にずっとこのまま育たないってことはないよね」

「ふ、不吉なことを言わないでください~」

「大丈夫ですよ。好き嫌いなくきちんと食事を取れば、ちゃんと成長できますよ」

「いっぱい食べます~」


 値札が付いてないのかな。

 いや、袖の中に入っているのか。


 ……って、高くないか?

 

 俺は覗いた値札にちょっとびびる。

 金貨が必要になるレベルじゃないか、これ?


 というか、いつの間にか店主に乗せられて買う流れになってるし!

 手持ちで足りるだろうか。

 そっと、横のエルドールを見る。

 

 エルドールは、大丈夫ですよというように、グレーの瞳を細める。

 うん、まぁ、エルドールだしね。

 準備は万端だ。


「あっれーーーー? リースくん?!」


 支払いを済まそうとしていたら、聞き覚えのある懐かしい声に呼び止められた。


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