36)大量のビーズの使い道
「王子から頂いたビーズは、本当に大量だな……」
壊してしまったお詫びにと贈られたビーズは、改めて見るとその量に圧倒される。
ハドル王子自らジャックベリー家に赴いて、宝石箱を手渡された時も驚いたけどね。
一粒いくらの高級ビーズはもちろんの事、俺が買ったガラスの小瓶に入った小粒のビーズは無い色が無いと思えるほどに充実している。
当分の間、そう、半年ぐらいはビーズを買わなくて済むんじゃないだろうか。
王子にプレゼントした細工道具よりもちょっと高いだろうなとは思っていたけれど、訂正。
ちょっとじゃなくて、とっても高いよ。
「それは、以前おっしゃっていたメガネチェーンですか?」
エルドールが俺の手元を見て、尋ねる。
俺がいま作っているのはアリアンヌのメガネチェーンだ。
ビーズを買った日はガラスの小瓶が壊れてビーズが混ざってしまって、それをより分けるだけで時間がかかってしまった。
その次の日はオーディル公爵家のお茶会に出席だった。
まぁ、オーディル公爵家に行くのはフォルトゥーナでもよかったんだけどね。
むしろ本当はフォルトゥーナに来て欲しそうだったね。
あの家にはベルモット=オーディル公爵令嬢がいる。
彼女はアンディの誕生パーティーでフォルトゥーナに悪感情を抱いていたし、俺が行くのが無難だなって。
ベルモット嬢は予想通りフォルトゥーナを狙っていたようだったから、俺が行って大正解だったけどね。
その後もアリアンヌの勉強をみたり、自分の家庭教師からの勉強もして、合間に学園にも行って。
なんだかんだ数日間忙しくて、なかなか作業時間が取れなかった。
とどめに、ハドル王子の襲来。
思いつきでネックレス作りを一緒にしたけれど、王子は喜んでくれてたし、フォルトゥーナとハドル王子がエンカウトしてしまったことを除けば、割と充実した日だったんだけれどね。
アリアンヌのメガネチェーンを作る時間が今日まで取れなかったのは、ちょっと問題だったかも。
ほら、アリアンヌは不幸属性だからね。
せっかくメガネチェーンを作っても、既に眼鏡を落として割りました、なんて事態になりかねない。
幸い、今日の朝見かけたときはまだちゃんと眼鏡は彼女の顔についてたから、何とか間に合ったと思うけど。
「あまり高価な素材は使っていないけれどね。その分、デザインに凝ってみたのだが、どうだろう?」
出来上がったばかりのメガネチェーンを、エルドールの目の高さに持っていく。
チェーンは安価な金古美だけれど、デザイン丸カンを数箇所に使い、赤いビーズを葡萄のように数粒まとめて飾っている。
そして、彼女のペリドット色の瞳によく似た黄緑色のビーズを差し色として使ってある。
「彼女の瞳に合いそうですね」
「あまりゴテゴテ付け過ぎると、アリアンヌの場合はどこかに引っ掛けそうだから、華美になり過ぎないようにしたのだが」
「とても良いと思います」
エルドール、本心から言ってくれてるのがわかるんだけどね?
本当にこれ、アリアンヌにあげて大丈夫なデザインだろうか。
いや、見た目には自信があるのだけれど、こう、平民が持っていて大丈夫かどうかという点が気になる。
あまり出歩かなかったからね。
家の中だけで見ていると、ジャックベリー家の使用人達はそれほど派手な装飾品は身につけていない気がする。
ジョシュア先生やクレディル先生は別だけどね。
たまたまなのか、それとも装飾品自体が贅沢すぎる品なのか。
そのあたりが俺の知識は曖昧だ。
「鎖部分が金古美ですし、ビーズ自体も小さなものを使ってありますから、平民が普段使いに持てる品になっていると思います」
「チェーンが金だと、微妙だろうか?」
「メッキならみかけますが、どちらかというと銀でしょうか」
「やはりそうなのか」
魔鉱石に比べて、金や銀、銅は安価だ。
とはいえ、それは魔鉱石と比べた場合の事で、平民からみたら高級品ってことなんだな。
アリアンヌが肌身離さず身につけている形見のネックレスはチェーンが金だから、メガネチェーンの鎖も色を合わせようかと思ったんだけどね。
このまま金古美が無難かな。
「アリアンヌはフォルトゥーナのところだろうか」
「今の時間ですと、フォルトゥーナ様の部屋にいると思います」
早速、届けに行こう。
俺はメガネチェーンを小物入れにしまって、フォルトゥーナの部屋に向かった。
◇◇
フォルトゥーナのところに行く途中で、アリアンヌは見つかった。
両手に持ちきれないほどの本を抱え、右に左に廊下を蛇行しながら歩いている。
「……アリアンヌ、その本をどこへ……?」
「その声は、ららら、ラングリースさまっ」
俺に驚いて本を落としかけるけど、今日はエルドールがいるからね。
アリアンヌは派手な音と共に散らかすのが定番だけど、すかさずエルドールが本の山を押さえてる。
「いくらなんでも持ちすぎだろう。それでは数冊落とすのではないか」
「あぅぅ……っ、まだ二冊しか落としていませんっ」
既に落としているのか、二冊も。
両手がこの状態なのだから、拾えたはずも無いよね。
アリアンヌの手から本を半分以上エルドールが持ち、俺も数冊取り上げる。
全部持ってもいいんだけどね。
たぶんそれをやると誰かに見られた場合にアリアンヌが怒られかねないから、仕方がない。
アリアンヌの眼鏡がちょっとずり落ちているけれど、両手が使えないから戻せないんだな。
俺が手を伸ばして眼鏡を元の位置に戻すと、「はっきり見えます~」とどこかずれた答えが返ってきた。
うん、平常運転だな。
「アリアンヌ、無理をしてはいけません。一度で持って来れないのなら、二度に分ければよいのです」
「メリーチェさんに渡されたのですよ。フォルトゥーナさまが必要としているのです~」
……どう考えても一人に持たせる量じゃないぞ、この本は。
それにフォルトゥーナが必要としているというのも怪しい。
フォルトゥーナは人に持ってこさせるよりも、自分で図書室に足を運ぶと思う。
フォルトゥーナの部屋に着くと、やはりというかなんと言うか、大量の本にフォルトゥーナはピンクトルマリン色の瞳を見開いた。
「その本は一体どうしましたの?」
「フォルトゥーナさまが必要だそうです~」
「わたくしがですか? ……そうでしたね。受け取りましょう。ありがとう、アリアンヌ」
あぁ、フォルトゥーナ。
必要の無い大量の本を笑顔で受け取ってあげるなんて。
ここで必要としてませんと事実を答えたら、アリアンヌが泣くからね。
しっかし、メリーチェ。
俺を嫌っているのは知ってるけれど、アリアンヌにまで意地悪してるのか?
勘違いって可能性もあるけれど、どう考えてもこんな小さな子にこの量の本は持たせないよね。
本棚に本を納め、入りきらない分は年配の使用人がアリアンヌの代わりに本棚の上に並べた。
それでもまだ片付かない量の本は、一時的にサイドテーブルに重ねて並べられる。
……よくもって来れたな、アリアンヌ。
俺でも全部いっぺんに持つのは辛い量だぞ、これ。
よく頑張ったと褒めてあげるべきか、無茶をするなとたしなめるべきか。
両方かな。
「まだ全部の本ではないのです~。拾ってまいりますっ」
「待ちなさい。その本はこの二冊でしょう?」
片付け終わって、急ぎ足で部屋を出ようとしたアリアンヌを、丁度部屋に戻ってきたエルドールが止める。
一緒にフォルトゥーナの部屋に入ったと思ったのに。
その手には、本が二冊抱えられている。
先ほどアリアンヌが落としたと言っていた本だろう。
いつの間に拾いに行っていたのか。
本当にエルドールはそつがない。
「はわわ、それです~。ありがとうございますっ」
いそいそと受け取って、アリアンヌは本棚に二冊をしまいこんだ。
うん、ちゃんと綺麗に並べれてるね。
でも一杯一杯の本棚に強引に詰め込むのはどうかと思う。
これ、あとで取り出すとき大変だぞ。
アリアンヌがいない時にでも、直してあげたほうがいいかな。
年配の使用人に促され、俺はテーブルにつく。
すぐにアリアンヌが紅茶を淹れてくれる。
相変わらず美味しい紅茶だよね。
「それでお兄さま、今日はどうなさいましたの?」
「以前言っていただろう? アリアンヌのメガネチェーンが完成したので持って来たのだよ」
「わたくしのですっ?」
アリアンヌがきょとんとしてる。
俺は小物入れからアリアンヌのメガネチェーンを取り出した。
「綺麗なのです……っ」
「アリアンヌに似合いそうですね」
アリアンヌが嬉しそうに目を輝かせ、フォルトゥーナが小物入れからメガネチェーンを取り出す。
「アリアンヌ、眼鏡を貸してくださる?」
「は、はいっ」
「……このような感じかしら」
「そうだね。フレーム部分にゴムを通して、あとは視界の邪魔にならない位置にアリアンヌ自身で調節すればいいと思う」
「ちょ、調節?」
「難しい事ではないよ。チェーンが視界をゆらゆらゆれると、邪魔になるだろう? そうならないように、チェーンを気にならない部分までフレームに付ける位置で調節するんだ」
いまいち意味が分かりづらいかな?
メガネチェーンを押さえてアリアンヌはおろおろしてる。
「アリアンヌ、少しじっとしていてください」
エルドールがアリアンヌのメガネチェーンに指を添え、位置をずらしてゆく。
「どうですか? チェーンは見えますか?」
「目を横にすると見えます~」
「ここならどうでしょうか」
「少し見えるような……?」
「なら、当分はこの位置で使ってみましょう」
「はいっ、わかりました!」
年配の使用人が笑うのを必死にこらえているのが目の端に映った。
アリアンヌって、お孫さんと変わらない歳だよね。
まぁ、フォルトゥーナもだけど。
「アリアンヌ、良かったですね。とても良く似合っていますよ」
「はい、フォルトゥーナさま、ありがとうございます」
喜ぶアリアンヌの顔の横で、メガネチェーンが揺れる。
うん、やっぱりアリアンヌの瞳と髪の色に合わせてよかったな。
悪目立ちしていないし、よく馴染んでる。
これで、眼鏡を落として割る確立はぐっと減るだろう。
「お兄さまの作るアクセサリーは、いつも魅力的ですわ。わたくしのネックレスも、お茶会でよく聞かれますの」
フォルトゥーナが嬉しそうに、胸元のネックレスに触れる。
先日贈った銀のティースプーンと魔宝石の組み合わせは、あまり無いデザインだったらしく、好評のようだ。
周囲を飾っているのがビーズだから、正式なパーティーなどにはつけていかれないけれどね。
ちょっとしたお茶会や、普段使いに愛用してくれているのを見ると嬉しくなる。
「ねぇ、お兄さま。わたくしにも作り方を教えてくださいませんか?」
「フォルトゥーナに? もちろんいいとも」
「嬉しいですわ。どんなアクセサリーが良いかしら」
「ネックレスとお揃いのブレスレットなどはどうだろう?」
「ブレスレット……難しくはございませんか?」
「ネックレスと一緒で、作り方は覚えてしまえば簡単なのだよ。問題は道具かな?」
ハドル王子に贈ったので、今は俺の分しか細工道具がない。
ビーズは山ほどあるんだけれどね。
「ラングリース様、細工道具なら、あと三セットほど購入してあります」
「エルドール、本当か?」
「はい。皆様で作る事もあろうかと思いまして。取ってまいります」
一礼して、フォルトゥーナの部屋を出て行く。
エルドール、マジ完璧!
しばらくして戻ってきたエルドールの手には、俺がいつも使っている木箱と、残り三つの木箱が。
ビーズも持ってきてくれている辺り、本当に至れり尽くせりである。
「フォルトゥーナ様にはこちらを」
「ありがとうエルドール」
「残り二つあるなら、アリアンヌとエルドールも一緒にやってみないか?」
「私もですか?」
「わっ、楽しそうです~」
ハドル王子から大量のビーズを貰ったから、ちょっとやってみたいことがあるんだよね。
特に、アリアンヌがアクセサリーを作れるようになると、かなりいい。
どじっ子不幸属性のアリアンヌが出来るかどうかといえば、かなり不安だけどね。
三人に俺が王子に教えたように道具の使い方を教えていく。
予想通りというか、なんと言うか、アリアンヌ以外は数回で出来た。
でも俺が不安に思ったアリアンヌでさえも、何十回も練習したら9ピンの捻れも丸カンの歪みもきちんと整えれるようになった。
「フォルトゥーナさまぁ、どうしてそんな風にできるのですか~?」
「アリアンヌ、力を無理に込めずに、ゆっくりと丸めてみれば良いようですよ」
「9ピンの形が、変なのです~」
「アリアンヌはヤットコの根元のほうで丸めているせいでしょう。先端の細い部分を使いましょう」
「先っぽだと、外れそうなのですよ」
「力加減が難しいが、エルドールの言うように先端で丸めると小さく綺麗な円に曲げれると思う」
やっぱり、9ピンにしろTピンにしろ、形よく丸く丸めるのって難しいよね。
一発で出来たハドル王子は凄すぎる。
「……アリアンヌ、なぜビーズを通す前に9ピンの先を丸めている?」
「えっと、丸めないのですか?」
「丸めてしまったら、ビーズが通せないだろう?」
あぁ、一瞬でも目を離すと駄目だな。
手順をきっちり覚えるまで教えてあげないと。
「これは捨てるしかないのでしょうか~?」
「捨てなくとも、曲げてしまったのは先のほうだから、先をハサミで切り落とせば再利用できる。貸してみて」
「はい~」
受け取った9ピンの先、曲げてしまった部分をぎりぎりでハサミで切り落とす。
長めの9ピンだから、先を落としても小さめのビーズだったら一粒通しても先端をまた丸めれると思う。
「お兄さま、こんな感じでしょうか?」
フォルトゥーナがビーズを通した9ピンを繋いで、ブレスレットのメイン部分を見せる。
「うん、綺麗にまとまってるね。あとは、マンテルか、カニカンとアジャスターをつけるか。ネックレスと合わせるなら、カニカンとアジャスターがいいと思う」
マンテルも綺麗だけれど、俺が贈ったネックレスがカニカンとアジャスターを使っているからね。
目の大きめのチェーンを五センチ程度にカットして、先端にビーズを飾り、もう片方にブレスレットのメイン部分を取り付ける。
そしてブレスレットの反対側の先に二cm程度にカットしたチェーンと、カニカンを取り付ければ出来上がり。
フォルトゥーナは俺が口で説明しただけで、さらっとブレスレットを完成させた。
アリアンヌはまだ9ピンの扱いにてこずっているけれど、エルドールはもう一つブレスレットを作り始めている。
ちなみにブレスレットの出来は完璧。
結構、アクセサリー作りにはまったかな?
「ネックレスと本当におそろいになりましたわ」
胸元のネックレスと、作りたてのブレスレットを見比べて、フォルトゥーナが微笑む。
うん、よく似合ってる。
今度はイヤリングや髪留めも作ってみようかな。
フォルトゥーナが喜んでくれるなら、どんどん作るよ俺は。
「わ、わたしもできましたっ!」
「どれどれ?」
アリアンヌがくわっと言わんばかりにブレスレットを握り締めているので、覗き込む。
うんうん、うん?
かなり綺麗に作れたんじゃないかな。
ちょっと借りて、軽く引っ張ってみる。
途中で切れたりしないし、強度もいい。
……これなら、俺が思いついた計画、実行できるかも?
その前に、確認しなければいけないことがいくつかあるけれどね。
俺はアリアンヌとエルドールが作ったブレスレットを前に、とある計画を頭に思い浮かべていた。





