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35)閑話:大切な王子(ローデヴェイク=ラングディア視点)

 今回は王子の護衛騎士ローデヴェイク視点です。

 かなり感情的で、読むと、不快になるかもしれません。

 今話は読み飛ばしても、次話とつながらないという事がないようにしますので、読み飛ばしていただいても大丈夫です。


2016/12/13追記

 活動報告に、今回のお話のラングリース視点をUPしました。

 こちらも、読まなくても次話はわかるようになっております。

 

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/277389/blogkey/1587972/


「ローデヴェイク、私が全ての原因です。なのになぜ、聞いてくれないのですか……っ」


 ハドル王子が涙目で俺を見上げてくる。

 なぜ?

 そんなことも分からないのですかと言いたい気持ちをぐっと抑え、俺は王子を魔導馬車に誘導する。

 けれど王子は、そんな俺の腕を振り払った。


「王子?」

「私は、用事を思い出しました。ローデヴェイクはここで待っていてください」

「何を仰るのですか。王子を一人で行かせるわけには参りません」

「ローデヴェイクは来ないで下さい」

「王子……」


 アクアマリン色の瞳を悲しげに揺らす王子に、俺は溜息をつきたくなる。

 これもそれも、すべてあのラングリースのせいだ。

 ジャックベリー公爵家という地位を利用し、王子に擦り寄る醜い豚。

 甘やかされて育ったことが一目でわかる緩みきった身体は、見るに耐えない。

 以前から聞こえてくる噂話もろくなものがない。


『傲慢で、我侭で、弱いもの苛めが大好き』


 それが周囲の評価であり、俺の評価だ。

 ここ一年はそんな噂も形を潜めてはいるが、三つ子の魂百までも。

 人間の本質が早々変わるわけがない。


 現に、俺付きの側仕えが嘆いているのだ。

 ジャックベリー家に使えているメリーチェという友人が、いつも苛められていると。

 その友人を我が家に仕えさせて、弱いもの苛めから開放してやりたい所だが、あちらは腐っても公爵家。

 伯爵家の我が家がちょっかいを出せる相手ではない。

 まったく、忌々しい。


 学園での生活は王子の話を聞く限りまるで普通の性格のように聞こえるが、それは王子の前だから繕っているのだろう。

 けれど人の良い王子にはそれが分かっていらっしゃらない。

 あのようなだらしのない人間の為に王子が心を砕くなど、あってはならないことだ。


「王子、一体どのような用事なのですか。王宮に戻り、使用人に手配させましょう」

「ローデヴェイク、聞こえなかったのですか。どうしても私が一人で行くのが駄目だと言うのなら、ローデヴェイク以外の護衛を連れて行きます」


 きっぱりと王子は言いきり、魔導馬車についていた護衛騎士に声をかける。

 困惑したように護衛騎士が俺を見た。

 彼はまだ護衛騎士になって日が浅い。

 王子を任せるには荷が重いだろう。


「王子、どうか聞き分けてください」

「ならばなぜ、ローデヴェイクはあんなことをしたのですか!」

「あんな事とは?」


 滅多に怒る事などない温和な王子が、声を荒げる。

 一体、なぜ……。

 王子をお守りするのが俺の役目だ。

 なのに王子がこれほどに怒りを表すのは理解が出来ない。


「誤解でエルドールを乱暴に扱って、あまつさえ、ラングリースがせっかく買ったビーズを粉々に踏みつけたではありませんか」

「ビーズ……」


 エルドールは平民だ。

 しかもラングリースなどに仕えているのだから、多少手荒に扱っても問題ないことでしょう。

 先日のゴーレムバトルでは華々しい成績を収めてはいたし、鍛えていることが一目でわかる無駄のない動きと体つきは俺も一目置いてはいるけれど。

 それに王子は誤解だというけれど、まったく誤解ではない。

 ラングリースがメダルを落としたことがそもそもの原因だ。

 入学してまだそれほど月日が経っていないというに、なぜ制服のメダルが落ちるのか。

 仕立てが悪いのか、扱いが悪いのか。

 どちらにせよ、拾って届けようとした優しい王子に一ミリとして非などない。


 だがビーズ?

 そういえば、あの邪魔な体つきのラングリースが俺の足元から紙袋を拾ってはいたが、あれがそうだろうか。

 ビーズなど、一体何に使うのか。

 それに、そもそも使用人に買いに行かせればいいことではないのか。

 ああ、そうか。

 あのような主人に仕えれるのはエルドールぐらいで、自分で買いに来なければならないぐらい人手がなかったのか。


「私は、代わりのビーズを購入してきます。ローデヴェイクに邪魔はさせません」


 キッと、アクアマリン色の瞳に怒りを乗せて、ハドル王子が口を引き結ぶ。

 このままでは、魔導馬車には乗っていただけそうにない。

 

「……店の前まで護衛します。店の中には、クーディルとボムズをつけましょう」


 これが妥協点だ。

 新米護衛騎士の二人だけでは心もとないが、仕方がない。 

 王子は俺の言葉に頷いて、店に向かった。











◇◇



「これを、私にですか?」

「はい。先日のお詫びに、受け取ってください」


 ジャックベリー公爵家の客間で、王子は嬉しそうにラングリースを見つめている。

 ラングリースの手には、王子自ら選び購入した大量のビーズが抱えられていた。


 なぜ王子自らわざわざ公爵家に出向かわなくてはならないのか。

 呼び出せばよいものを。


「大変ありがたいのですが、こちらは、王子がご購入されたのですか?」

「はい。ラングリースが選んだものとよく似た色合いを選んだつもりです」


 肉に埋もれた目を見開いて、王子を疑っているのか?

 王子は、お前が落としたビーズだけでなく、何十種類も購入されたのだぞ。

 粗悪な不揃いのビーズだけでなく、あの店お薦めのビーズも購入されていたのだ。

 それをわざわざ宝石箱に入れかえてラングリースに贈っている。


 王子は今までご自分のものをめったにご購入されていない。

 自分に与えられたお金だというのにだ。

 王子には年間で使っていい金額が提示されているのだが、その金額を越えたことは今まで一度たりとてない。

 むしろほぼ手をつけたことがない。

 民を思えば、無駄遣いなど出来ないというのが王子のお言葉だ。

 優しく穏やかで、人を思いやる事の出来る素晴らしいお方なのだ、ハドル王子は。

 けれどその王子が購入したのがラングリースへのビーズ。 

 無駄遣いだろう。

 性格の悪いラングリースのせいで、王子が色々と毒されてゆくのではないのか。

 無性に怒りがこみ上げてくる。


 一瞬、俺と目のあったラングリースはすぐに逸らし、ハドル王子に向かい合う。

 ふんっ、臆病者め。


「私の落としたビーズはきちんと使用できる状態でしたから、このように大量のビーズを頂いてしまうわけには……」

「すぐに声をかけてさえいれば、あのような目にあわせることもなかったのです。私に出来るのはこれぐらいしかなく……」


 ハドル王子のビーズに不満か?

 王子の優しさにつけこんで、これ以上何を強請る気だこの肉団子は。

 

「このように上質なビーズまで頂いてしまって、申し訳ありません。ハドル王子は今日のこれからのご予定はございますか?」

「予定ですか? いえ、何も入れていません」

「それでしたら、先日ご希望されていたネックレスの作成を、いましてみますか?」

「良いのですか?」

「はい。教室で作るよりも落ち着いて作業が出来ると思いますし」


 なんだなんだ、ネックレスを作る?

 王子に何をさせる気だ?


 ラングリースの側に控えていたエルドールが一礼して退席し、すぐに戻ってくる。

 その手に木箱を二つ持っている。

 って、待て。

 王子に一つ渡すなら、中身を改めさせてもらおう。

 中に何を入れられているかわかったものではないからな。


「これは、一体?」


 木箱の中には細工師が使うような道具が数種類収められている。

 先の細いペンチの様な道具は、王子を害そうと思えば害せそうだが、刃物とするには無理がある。

 金属の小さな輪っかと、数種類の細い鎖は、首を絞めるには不向きだ。

 そう、精々装飾品にしか使えない。

 まさか本当に、いまからネックレスを作るのか?


「ローデヴェイク、中身を確認したのなら、私に返してください」


 王子に促され、俺はしぶしぶ木箱を返す。

 何もおかしな点がない以上、捨てるわけにはいくまい。


「ラングリース、これらはラングリースのものと比べると随分新しいようですが、私が使ってしまってよいのでしょうか」

「はい。ハドル王子用に購入しましたから」

「私の為にですか?!」

「教える時に、同じ道具を使っていたほうが教えやすいでしょう? 一緒に作業すれば、分かりやすいです」


 王子はなぜそんなに嬉しそうなのですか。

 たかが道具ですよ。

 それにラングリースごときが王子にものを教えるなど、出来るのか?


 疑いの目を向ける俺の目の前で、ラングリースはあの太い指で器用にもビーズを扱いだした。

 王子も見よう見真似でラングリースがいう9ピンとやらにビーズを通していく。

 9ピン、Tピン、丸カン、Cカン。

 正直見ていてもよく分からない。

 何やらやけに小さな素材だとは思うが。

 

「王子、丸カンは左右に広げるのではなく、ヤットコと指ぬきで前後に開いてください」

「難しいですね。左右に広げるほうが楽なのですが」

「左右に広げて鎖を通すと、円が歪みやすいのですよ。隙間が出来ると、鎖も外れやすくなります」

「こう、でしょうか?」


 王子がラングリースの指示に従い、丸い輪っかの切れ目を手前と奥にずらす。

 左右に開いても変わらなく見える。

 王子に因縁をつけているだけではないのか。


「えぇ、そうですね。鎖を開いた輪の片方に通して、前後に開いた丸カンを元のようにずらしてください。平やっとこのほうが扱いやすいでしょうか」

「この先端が平らな道具ですね。あっ、ぐっと押しやすいです」

「これが丸カンを左右に開いてしまいますと、ぐっと押すときに潰れたり歪んだりしてしまうのですよ。前後に開くと、綺麗にもとの輪に戻りますよね」

「はい、簡単ですね」

「あとは、先端にペンダントトップとなるビーズをつければ、完成です。お疲れ様でした」

「私でも作れるとは思いませんでした。ラングリースは、教えるのが上手ですね」

「とんでもございません。ハドル王子の理解力が素晴らしいのですよ。私が初めて作ったときは、9ピンがねじれて何度も作り直しました」


 おい、ラングリース。

 王子がお前よりも何倍も素晴らしいのは当然だろう。

 何を自分の時と比べているんだ。

 無礼な。


「ローデヴェイク、私が作ったネックレスはどうですか?」


 あぁ、王子。

 なぜそんなにも嬉しそうなのですか。

 ビーズなど、平民が持つような装飾品ではありませんか。

 ですが王子が作ったというだけで気品に満ち溢れています。

 

「大変素晴らしいと思います」

「ふふっ、初めて作ったにしてはよく出来ましたよね。もっと練習を重ねれば、贈りものに出来るかもしれません」

「今でも十分、実用に耐えうる品であると思います」

「ローデヴェイク、褒めすぎですよ」


 俺の言葉に、王子は満更でもなく頬を緩める。

 お世辞でもなんでもなく、素材がビーズという事さえのぞけば、ご令嬢がお茶会で身につけていてもおかしくないのではないだろうか。

 大き目のピンクのビーズをペンダントトップにし、同色の小ぶりなビーズを鎖にいくつも飾り付けている。

 小ぶりのビーズは先日ラングリースが購入したものと同じで、濃い色から薄い色までばらばらだ。

 けれど王子はその中から同じ色合いのものを二点ずつ選び、ネックレスの鎖に左右対称に飾りつけている。

 先端から首元に向かってグラデーションになるように配置されていて、質素ながら美しいデザインだ。


 ……ラングリースのほうが豪華で、見栄えがするデザインを作っている事は気に入らないがな。


 同じ素材を使っているというのに、やはり慣れがあるのか。

 ラングリースは気に入らないが、作ったネックレスに罪は無い。

 どんな人間でも、なにかしら良い所はあるものだ。

 それがラングリースの場合は装飾品の作成なのだろう。

 

「細工道具は、ぜひ持ち帰ってください」

「えっ、これはラングリースのでしょう。良いのですか?」

「はい。王子がネックレスを作りたいとおっしゃっていたので、準備しておいたのです。沢山のビーズのお礼も兼ねて、受け取ってください」

「ありがとうございます、ラングリース。沢山、作ってみますね」


 公爵家に来るのは本当に不満だった。

 けれど王子がここまで喜んでいらっしゃるなら、まぁいいだろう。


 王子が沢山の礼を述べ、ラングリースと共に客間を後にする。

 

 ……正門に高速魔導馬車が?


 王家のものとは違う高速魔導馬車が正門にあった。

 嫌な予感がした。

 ジャックベリー家の紋章がついたその馬車からは、俺のカンが告げた通り、最悪の女が出てくる。


 流れるように艶やかな黒髪、大きなピンク色の瞳。

 華奢で、所作の一つ一つが絵になるフォルトゥーナ=ジャックベリー。

 王子を惑わす魔性の女が、こちらに気づいた。

  

 俺の隣で、王子が息を飲む。

 その瞳は、フォルトゥーナに釘付けた。

 

 くそっ、ネックレスなど作っていなければ、鉢合わせなどしなかったのに。

 むしろこれが狙いでネックレスを作って時間稼ぎをしたのか?

 忌々しい。


 王子は潤んだ瞳でフォルトゥーナ嬢に話しかけ、ラングリースは明らかに動揺している。

 ことが上手く運びすぎて、戸惑っているのか?

 小物め。

 

「王子、そろそろ王宮に戻りませんと」


 ずっと話していそうな王子に、俺は無粋にも声をかける。

 分かっている、邪魔者なのは。

 だが、フォルトゥーナ嬢と王子は出来る限り接触させたくない。

 ラングリースと違い、フォルトゥーナ嬢には悪い噂など何もない。

 兄と正反対の、心優しい少女だという。

 だが、それよりも何よりも問題なのは『魔法を使えない公爵令嬢』という事だ。

 公爵家という身分は王子の婚約者として申し分ないが、魔法が使えないのは論外だ。


 王子も以前はフォルトゥーナ嬢に特に興味を示していなかったはずなのだ。

 絶世の美少女といわれているフォルトゥーナ嬢だが、王子は見た目だけで人を判断するような事が無い。

 どのような身分のものにも分け隔てが無いし、美醜も問わない。

 そんな王子にフォルトゥーナ嬢はどのように取り入ったのか。

 流石はジャックベリー公爵家ということなのだろう。

 油断も隙も無い。


 名残惜しそうに、王子はフォルトゥーナ嬢に微笑む。

 そしてはっとしたように、今日作ったネックレスをフォルトゥーナ嬢に手渡した。


「そんな、贈りものなど……」

「私が初めて作ったネックレスなのです。ラングリースに教わりました。どうか受け取って下さい」

「まぁ……お兄さまと一緒に作られたのですか? ありがとうございます」


 さっきまでは曖昧に微笑んでいたくせに、明らかに嬉しそうだな、フォルトゥーナ嬢。

 だがそれはただのビーズのネックレスだ。

 宝石でもないというのに。

 大切にしまいこむのは、王子からの贈りものだからか。

 

 ……いま身につけているネックレスも、ビーズじゃないか?


 フォルトゥーナ嬢が身につけているのは、紛れも無くビーズに見える。

 銀のティースプーンには青みがかった魔宝石が使われているが、周囲を彩るピンクの輝きはビーズだ。

 公爵家のご令嬢といえば、ベルモット=オーディル公爵令嬢のように宝石を散りばめるのが常ではないのか。

 あぁ、そういえばシュレディ=パフェリア侯爵令嬢はそれほど華美な装飾は身につけていなかったか。


 シュレディ嬢は先日のクラスのお茶会でも見事なダンスを披露したご令嬢だ。

 ラングリースが踊るようだったので、一際難しい曲を楽師に演奏させた。

 けれど、ラングリースはもちろんの事、シュレディ嬢は優雅に笑顔で踊りきっていた。

 あれは相当練習をしていなければ出来ることではない。

 卑怯にも、ラングリースに何か囁かれてステップをミスっていたが。

 即座に宮廷楽師に合図を送り、緩やかな曲調へ持っていったから転ぶような事は無かったが、やはりラングリースは気に入らない。

 王子の相手には、シュレディ嬢のような身分も容姿も何もかも申し分の無いご令嬢が良い。

 多少家族に野心があるようだが、ジャックベリー家がこれ以上力をもつよりは均衡が取れるというものだ。


 さて、どうやって王子にフォルトゥーナ嬢をあきらめさせよう?


 俺は王子と共に王家の高速魔導馬車に乗り込みながら、今後の事を考えていた。


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