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34)みんなでお買い物


 ゴーレムバトルは、つつがなく終了した。

 今年は学年ごとの大会で、全学年通しての大会は四年に一度だ。


「風属性のゴーレムが最強なんじゃね?」

「いや、土属性のゴーレムと地形範囲を考えると、風一択とは言い切れないだろう」

「地形効果がランダムなのが予想しづらいよな。エルドールはぶっちぎりで一位だったけど、風じゃ無かったよな?」

「そうですね。私は風属性よりも、水属性が合いますから」

「見てるのは楽しいけど、ルールが意外とめんどくせーな」


 ゴーレムバトルはやはりカードゲームに似ている。

 バトルステージごとに地形効果があり、揃えたゴーレムの属性によっては苦戦を強いられる事になる。

 万能の属性というものはないから、チームごとに属性を考えながらゴーレムを操らなくてはならない。

 正直、俺もルールがまだ曖昧だ。

 俺が一番扱いやすい属性は結界と治癒だけれど、ゴーレムバトルにおいてはあまり強そうに思えない。

 来年から授業を受けていくうちに分かるとは思うけれどね。




◇◇




「やはり王都は店が多いな」


 ウィンディリア王立学園の帰りに、俺はエルドールとライリーと共に王都の商店街へ訪れていた。

 洋服店が一番多いのは、やはりお洒落をしたいご婦人が多いからだろうか。

 貴族はもちろんの事、富豪向けの店構えだ。

 

 出来れば平民が手にしても違和感のない、小ぶりのビーズを入手したいのだけれど、王都にあるのかな?

 アリアンヌのメガネチェーンを作る事にしたけれど、すこし、セバスチャンに注意されてしまったのだ。


 いわく、「アリアンヌだけを特別扱いしてはなりません」と。


 先日の図書室での勉強会。

 あの場には、アリアンヌのほかにも使用人達がいた。

 俺を嫌っているメリーチェとかね。

 

 だからセバスチャンは、眼鏡職人についての情報をあの場では伏せたようだ。

 アリアンヌにだけ俺が買ってあげるのを他の使用人達に見せるのは、よくないからね。

 あんまり俺がかまい過ぎると、アリアンヌが使用人として辛い立場に立たされるからと、セバスチャンは心配してるようだった。


 俺としては、もう本当に手がかかる妹が一人増えたような感じなんだけれどね。

 アリアンヌは四の月生まれだから、既に年齢だけなら俺と同い年。

 でも、遺伝なのか、それとも一時期ご飯をちゃんと食べていなかったせいなのか、背が小さいんだよね。

 初めて見たときはフォルトゥーナと同じぐらいの背格好だったのに、今ではフォルトゥーナよりも年下に見えるんだよ。

 同年代に比べて背が高めな俺と比べると、つむじがしっかり見えるレベル。

 あんなに小さい子、いまさら放っておけないし、でも、セバスチャンの心配ももっともだし。

 だから、あまり高価ではなく、平民が手にしてもおかしくない値段のビーズでメガネチェーンを作る事にした。

 鎖部分も金古美なら安価なんだよね。

 眼鏡そのものを買ってあげたいけれど、セバスチャンに止められているからね、がまんがまん。

 

「少し奥まった所に、手頃なガラス雑貨の店があります。先日のガラスビーズはその店の品です」

「素材そのものを売っている店は少ないよな。よく見つけたなー」

「ラングリース様のご希望ですから」


 エルドールの灰色の瞳が誇らしげで、俺はちょっと照れくさくなる。

 凄く、嬉しいんだけどね。

 

 エルドールの案内でガラス雑貨の店に入ろうとしたとき、背後で派手に転ぶ音がした。


「えっ、ハドルお……ぶっ」


 名前を呼ぼうとして、ライリーに思いっきり口を押さえられた。

 いやいやいやいや?

 何で王子がここに?

 というか、護衛はどこだよ?!


「大丈夫ですか?」


 ハドル王子の名前を呼ばず、俺から手を離したライリーが彼に手を差し伸べる。


「……申し訳ありません」


 ライリーの手をとり、恥ずかしげに立ち上がるけど、えっと、ほんとに、何でここに?

 まさかと思うけれど、後をつけていたのだろうか。


「ラングリースに、渡そうと思って。声をかけようとしたのですが」


 ハドル王子がポケットから、ジャックベリー家の紋章が刻まれたメダルを取り出す。

 慌てて俺は制服のセーラー襟を引っ張ると、先っぽについているはずのメダルが一個、無くなっていた。

 どこかに引っ掛けたんだろうな。


「ありがとうございます」

「その、次に会った時に渡せばよかったのですが」


 メダルを受け取る俺に、ハドル王子が気まずそうに目を伏せる。

 学園に通うのは日時が決まっていないからね。

 毎日通うならともかく、次に学園にくるのが王子と俺で同じ日とは限らないし。

 後をつけたのかと疑った自分が恥ずかしいよ。


「では、私はこれで」

「待ってください。まさかお一人ですか?」


 立ち去ろうとする王子を、慌てて引き止める。

 周囲に護衛らしき姿がやっぱり無いのだ。

 王子を一人で出歩かせるとか、何やってるんだローデヴェイク!


「帰宅するラングリースの姿を廊下で見かけて、そのまま、来てしまったんです……」

「あー……裏門から……」


 ライリーが軽く天を仰ぐ。

 学園正面入り口より、裏門から出たほうが商店街に近かったのだ。

 だから、今日は俺達は裏門から出ている。

 当然、ハドル王子の護衛騎士であるローデヴェイクは正面入り口で待っているわけで。


「一緒に戻りましょう。きっと心配していますよ」

「ラングリースは、こちらの店に用事があるのではないのですか?」

「一人で帰すわけには行きませんから」


 王子が一人で出歩くとか。

 いくら王都とはいえ、誘拐してくださいと叫んでいるようなものじゃないのか。

 要所要所に王都の護衛騎士がいるけれどね。

 だからライリーは俺の口を押さえたわけだよ。

 ハドル王子って呼んだら、周囲の人間にも王子がここにいることがばれてしまうから。


「ま、待ってください。せめて、買い物を済ませてください。せっかくここまで来たのですから」

「ですが……」

「私が声を早くかければよかったんです。このまま、ラングリースの邪魔をしたくはないのです」


 ハドル王子、ぐぐっと口を引き結んでここから動きそうに無い。

 どうするかな……。


「ここで揉めているより、買い物を済ませてしまったほうが早いでしょう」

「……そうするか」


 ライリーの言葉に俺が頷くと、ハドル王子がほっと気を緩めた。

 超特急で選ぶしかないな。


 ガラス雑貨の店の扉は、ステンドグラスの丸い窓がついていた。

 エルドールが扉を引き、俺達は急ぎ中に入る。

 店の中はガラスの食器やグラスはもちろんの事、俺が探していたビーズがテーブルの上に飾られていた。


「……手頃、だろうか」


 手前のテーブルを覗き込む。

 ガラスの小皿に五mm程度のビーズが数種類、まとめて置かれている。

 以前エルドールに買ってきてもらったビーズよりも小さくて、その分値段も抑えられているような気がする。

 ただし、平民が気軽に買える値段かどうかは、うーん……。


「何か探しものでしょうか」


 ビーズを見つめる俺に、店員が朗らかに話しかけてきた。


「ビーズを探しています。ビーズは、ここにあるだけでしょうか」

「そうですね、質の良いビーズはすべて店頭に並べてあります」


 質の悪いビーズはどんなものだろう?

 でもあんまり時間をかけるわけにはいかないから、もうこのビーズでいいだろうか。

 選ぼうとする俺の隣で、エルドールが店員に声をかけた。


「市場で売っていらしたビーズの在庫はまだありますか?」

「あら、市場のような品物をお望みでしょうか。あちらは、色味やサイズ、それに個数が不揃いですの」

「出来ましたら、そちらも見せて頂けますか」

「少々お待ちくださいませ。いま持ってまいりますね」


 いそいそと笑顔で店員が店の奥に消えていく。

 ハドル王子が興味深げにビーズの小皿を覗き込む。


「ラングリースは、ビーズが好きなのですか?」

「ビーズそのものではなく、装飾品ですね。作るのが趣味なのですよ」

「もしかして、フォルトゥーナ嬢の身につけていたネックレスはラングリースの手づくりなのですか?」

「どのようなネックレスでしょう?」

「銀のスプーンに、うっすらと青みがかった魔宝石があしらわれていました。初めてみるデザインでしたので、遠目でしたが良く覚えています」

「それでしたら、そうですね。私が彼女に贈ったものに間違いありません」

「装飾品が作れるだなんて素晴らしいですね! ラングリースはとても器用なのですね」


 ハドル王子のきらきらとしたアクアマリン色の瞳が眩しい。

 お世辞でなく、本気で思っているのが伝わってきて、こそばゆい。


「お待たせしました」


 店員が四角いカゴを抱えて戻ってきた。

 カゴの中にはガラスの小瓶に収められたビーズが何十種類も並んでいる。

 小瓶の一つを手に持って覗き込む。


「これは質が悪いのですか?」


 正直、どこが悪いのか分からない。

 小さなビーズは店頭に並んでいるビーズよりも小粒だけれど、酷い傷も無く十分綺麗なのに。  

 

「サイズのバラつきと、製造時の色味の違いがございます。質の良いビーズは全て同じ色味なのです」


 確かに、小瓶の中のビーズはよくよく見るとサイズが微妙に大小あるし、色も一色じゃない。

 けれど淡い色と濃い色があるのはいっそグラデーションに見えるし、とても綺麗だ。

 それに値段も、テーブルの上のビーズは一粒いくらの値付けになっているけれど、このガラス瓶は一瓶単位。

 これはもう、買うしかないよな?


「では、このピンクと赤、それに黄緑のビーズを購入します」

「ありがとうございました!」


 エルドールが支払いを済ませ、紙袋に包まれたビーズを持つ。

 ちりりんとドアベルを鳴らし、俺達は意気揚々と店を出た。

 あぁ、いい買い物をしたなぁ。


「ラングリース、顔がにやけているぞ」


 ライリーがこそっと耳打ちしてくるけれど、顔の筋肉は締まりそうにない。


「仕方がないだろう、嬉しいのだから」


 うん、本当に自分でも顔がにやけているのが分かるよ。

 さすがエルドールが選んでくれた店だよね。


 赤はアリアンヌの髪の色で、黄緑はアリアンヌの瞳の色だ。

 だから、二色あわせてメガネチェーンを作れば、それほど目立たず、顔に馴染むと思う。

 金古美のチェーンの在庫はまだあるし、家に着いたら早速作ろう。


 ハドル王子が俺とエルドールの持つビーズを交互に見比べる。

 

「私も、ネックレスを作ってみたいです。教えてもらえませんか?」

「ネックレスを作りたいのでしたら、職人を家庭教師として招いたほうがよろしいかと。私のは本当に趣味ですから」

 

 前世の知識で作っちゃってるからね。

 こちらの世界の正しい制作方法は、職人の技術には到底かなわないものだと思う。


「そうですか……」


 あ、王子、ちょっと残念そうかな?


「教えるのが嫌なわけではないですよ?」

「本当ですか?」

「えぇ。ただ私の作り方は独学すぎて、どうせ学ぶのなら職人の技術のほうが良いのではと思っただけです」


 溶ける魔鉱石の技術や情報はジャックベリー家が破滅した時の為に隠しておきたいけれど、ビーズアクセサリーならね。

 彫金師や細工師が恐らく扱ってると思う。

 でなければ、ヤットコなんかの道具がすぐに購入できるはずが無いからね。


「ラングリースさえ良かったら、私は貴方に教わりたいです」

「そうですか。それでしたら、今度学園で一緒に作ってみましょう」

「はいっ」


 王子、ご機嫌だな。

 ビーズアクセサリーが好きそうには見えなかったんだけど。

 結構面倒というか、地味な作業だし。

 ぱっとみ簡単に見えるし、実際慣れれば簡単なんだけれどね。

 

 ウィンディリア王立学園に向かって歩いてゆくと、前方から物凄い勢いで誰かが走ってくる。

 ローデヴェイクだ。

  

「王子、ご無事で……っ、ラングリース、貴様がハドル王子を!」

「え?」


 いきなり掴みかかってきたローデヴェイクから俺を守るように、エルドールが間に割ってはいった。

 勢い余ったローデヴェイクはエルドールに掴みかかり、ビーズの入った紙袋が石畳の上に落ち、嫌な音があたりに響く。


 え、まさか割れた?


「ローデヴェイク、誤解ですっ」

「何が誤解ですかっ、王子を無断で連れ出すなど!」


 王子が止めるのも聞かず、ローデヴェイクはそのまま足元に落ちた紙袋を気づかず踏みつける。

 パキパキと嫌な音が再び響いた。


「違います、私が勝手にラングリース達の後を追いかけたんです。エルドールから手を離してください」

「ですが……」


 ハドル王子にいい淀むローデヴェイクの足元に、俺は屈む。


「一体何を」 

「エルドールから手を離して、どいてくれ」


 ローデヴェイクの足元から、紙袋を拾い上げる。

 紙袋が少し破れて、そこから割れたガラス瓶の破片が飛び出していた。

 パラパラと、零れたビーズが石畳に跳ねて転がってゆく。


「これで包みましょう」


 エルドールがまだ掴んでいたローデヴェイクの腕を振り払い、ハンカチで紙袋の穴を埋めるように包み込む。

 せっかく、良いビーズが見つかったのに。


「また買いに来ましょう。それに、中身はそれほど散らばっていないようですし、綺麗に洗えば十分使えるでしょう」

「そうだな……」


 なんか上手く笑えないな。

 一歩間違うとローデヴェイクに怒鳴り散らしてしまいそうだよ。


「ラングリース……っ」

「護衛と合流できたようですし、私達はこれで失礼いたします。ごきげんよう」


 にこりと会釈して、俺はハドル王子たちの脇をすり抜ける。

 うん、何とか笑顔が作れたな。

 ローデヴェイクは何で俺を目の敵にしてるんだか。

 

「エルドール、怪我はしていないか?」

「はい、なんともありません」

「そうか」


 まぁ、エルドールが無傷ならいいか。

 ほんとまた、買いに来ればいいんだしね。


「割れてないビーズが絶対あるし、それで作ろうぜ? 仕分けは手伝ってやるからさ」

「助かるよ。このビーズ細かいからね。一人で選別してると日が暮れそうだ」


 ククッと笑うライリーに、頷くエルドール。

 三人で選別するなら、きっとすぐに終わるだろう。

 俺達はジャックベリー家の高速魔導馬車に乗り込んだ。



 

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