32)からかいは程ほどに
ウィンディリア王立学園では、毎月のようにイベントがある。
五の月の下旬は、ゴーレムバトルだ。
グレッド公爵家の支援の下、王宮魔導師達と研究を重ねて作り出されたゴーレムナイトは、ウィンディリア王国の防衛を担っている。
「間近でみるとでかいな」
ライリーが学園の入り口に飾られたゴーレムナイトを見上げて呟く。
「私達が操って参加するのは来年からだけれど、これほど大きいなら遠隔魔法具を使わずとも肉眼で見れるだろうね」
魔鉱石を核とし、人の数倍は大きなゴーレムナイトだ。
学園の地下に置かれていたゴーレムナイトよりも、はるかに大きい。
その姿は一見ただの石像に見える。
けれど有事の際は最前線で戦う頼もしい戦士となる……らしい。
隣国のモンエダイン王国との戦争を想定しているのかな、と思う。
ウィンディリア王国にはペット系の魔獣は多少いるけれど、戦闘系の魔獣は少ないからね。
というより、いないかも。
ウィンディリア王国産の魔獣を俺は見たことがないしね。
ライリーがゴーレムナイトに触れながら、わくわくとしている。
俺達が動かすのは来年以降とはいえ、これを動かす事を想像すると興奮するよね。
それにしても、前世のゲーム内ではミニゲームになっていたゴーレムバトルのゴーレムナイトが、こんなに大きいとは思わなかった。
ミニゲームって大体SDで描写されているからね。
ちなみにゴーレムバトルでライバル令嬢達に勝利すると、攻略対象の高感度がぐぐーっと上がるイベントも合った。
……デブのラングリースたる俺のライバル令嬢はいなかったから、特に好感度上がらなかったけどな!
ミニゲームが結構難しくて、カードゲーム+シミュレーション風だったんだよね。
あんまりゲームをしなかった前世の俺には難しくて、クリアにかなり手こずった。
なのにクリアしても好感度がまったく上がらなくて、前世の俺はマジ泣いたっけ。
「二人とも、私達が操るのはそのゴーレムナイトではありませんよ」
ゴーレムナイトを見上げる俺達の背後から、声がかかった。
ハドル王子だ。
いつの間に側にいたのだろう。
ちなみに今は昼休みだ。
授業時間よりも休み時間のほうが多いのは、貴族クラスだからかな。
特に昼休みは二時間もあるからゆっくりと過ごせるんだよね。
「他にもゴーレムナイトがあるのですか?」
「はい。このゴーレムナイトは学園の防衛を担っていますから、普段は動かせないのです」
そう言われてみればそうか。
じゃあ、地下のゴーレムナイトかな?
でもあのゴーレムナイトもちょっと特殊な感じだったし、王族関係者以外は立ち入り禁止だから、通常は使えないよね。
「……良かったら、案内しましょうか?」
「え」
ハドル王子の提案に、俺は一瞬ライリーを見る。
ライリーも俺を見る。
ゴーレムナイトは見たいけれど、ハドル王子に案内させるわけにはいかないよな?
王族だし。
俺的にはハドル王子にはあまり近づきたくないというのもあるんだけど……。
ライリーが頷いて、
「場所さえ教えていただければ、後でラングリースと二人で見に行ってみますよ」
と断った。
はっきりと判るぐらい、王子のアクアマリン色の瞳が翳る。
うぅ、ごめんね、ハドル王子。
正直、ハドル王子は善意で言ってくれているのが分かるだけに、寂しげにされるとこう、胸にくる。
破滅の未来は、いま現在の王子が悪いわけじゃないからね……。
「そろそろ、ライリーと教室に戻ろうと思っていたんです。ハドル王子は、いつゴーレムナイトを見られたのですか?」
一緒に戻りましょうと促すと、王子の瞳がぱっと輝いた。
……おい、ライリー、片眉上げて面白そうに見ないでくれ。
俺が王子を避けているのは事実だし、一緒にゴーレムナイトを見に行くとか、あまり親しげな行動をしたくないのも事実だけどね。
一緒に教室に戻るぐらいなら、大丈夫かなって思っただけなんだ。
「私は父上と共に学園を訪れた時ですね。初めて見たのは一昨年でしょうか。丁度今の季節でしたから、ゴーレムバトルを見ていました。
そのあと、ゴーレムナイトをノーマルクラスの皆さんが片付けていたので、ご一緒させていただいたんです」
ふふっとハドル王子は笑うけれど、ノーマルクラスの子たちは気が気じゃなかったんじゃないかな。
王子が側にいたら、胃痛がハンパなかったと思う。
「学園地図には載っていませんよね」
「そうなのか? ライリーはよく見ているな」
「移動魔法陣で移動するので、地図には載っていないのですよ。準備も片付けも、必ず教師が付き添いますしね」
話しながら教室に戻ると、なにやら争う声が聞こえてきて、俺達は足を止めた。
「……違う、といっているのが聞こえないのかしら」
シュレディだ。
声がいつもの数倍は冷たくて、ここからじゃ見えない顔はきっと相当怒っている。
「でーは聞きますがぁ、シュレディ様はぁ、ラングリース様とどちらに行ってたんでしょぉねーぇ?」
嫌な笑いを浮かべながらシュレディに突っかかっているのは、ワットン侯爵家のダンドルだったか。
あんまり印象に残っていないけれど、なんだか嫌な口調だな。
周りのやつらも、何で嗤っているんだ?
そもそも、いま俺の名前が出ていたけれど、聞き間違いか?
シュレディとどこかへ出かけたことなんて一度もないぞ。
ダンドルの周りで嗤っていた取り巻きが、俺達に気づいてダンドルに耳打ちする。
「シュレディ様の思い人、ラングリース様がいらっしゃいました! 盛大に拍手でお迎えさせていただきます!!」
パチパチパチパチ。
ダンドルにあわせて、取り巻きどもも拍手する。
別に拍手はどうでもいいけど、シュレディの思い人?
一体全体、なんなんだ?
「ラングリース様……」
シュレディが振り返る。
うっ。
アンダリュサイト色の瞳が、いつもより赤みを増しているんですが?!
怒りで赤く染まるというのは、ものの例えじゃなく物理だったのか?
俺は、蛇ににらまれたカエルの如く、ごくりと息を飲む。
「これは一体何の騒ぎなのでしょう?」
「ハドル王子も、是非ご一緒に祝いましょーう! ラングリース様とシュレディ様の恋愛成就ぅっ」
「はっ?」
思わず間抜けな声が出た。
ダンドルの声にあわせて取り巻き達がまた拍手するけれど……。
恋愛成就?
それは何語だ。
シュレディが好きなのはアンディだし、俺はまったく無関係だぞ。
俺の隣で怒りに震えたシュレディが溜息をつく。
その耳元に、「これは一体何の騒ぎなのか、伺ってもいいだろうか」と、俺は恐る恐る小声で尋ねた。
「……あの日の事を、見られていたようですわ」
「あの日?」
「ラングリース様が道に迷っていた日ですわ」
「あー……」
紅茶ルームに辿りつけず、地下へ彷徨ってしまった時か。
確かに、シュレディに案内してもらったから、途中で見かければ二人でどこかへ行っていたように見えなくもない。
でもよくシュレディに突っかかれたな。
シュレディはパフェリア侯爵令嬢だぞ。
同じ侯爵家とはいえ、ワットン侯爵家よりもパフェリア侯爵家のほうが力があるんじゃないのか。
それとも馬鹿正直に、学園内は皆平等と言う言葉を過信しているのか。
「違うというなら、お二人でどこへいらしていたのか、わたくしも知りたいですわ」
リュディアまでもずいっと前に出てきてシュレディに嗤う。
あのー、もしもし?
何でそんなにどや顔なのか。
「特に私たちは出かけていませんし、そもそも私の行動をリュディア嬢に話す義務はないと思いますが?」
「えぇ、義務などございませんわ。ただ、授業をサボってまで二人でいらっしゃったのですから、クラスメイトとしてきになるのは当然ではございませんか」
「そうそう、二人で仲良く戻ってきたじゃありませんかぁ」
「それは、私が道に迷っ……うっ!」
ぎりりっ!
シュレディの手が、俺の腕をこっそり思いっきりつねり上げた。
その目がこれでもかというほどに釣り上がっている。
え、なにこれめっちゃ怖いよ?
そもそもなんでシュレディは話していないんだ。
俺が道に迷ったから案内しただけだといえば済む事なのに。
「お二人とも、やめませんか? シュレディ嬢もラングリースも、話したくないようですし、人の嫌がることをするべきではないでしょう」
ハドル王子が二人を押さえにかかる。
ほんと、いい王子だよね。
でもリュディアとダンドルは止まらない。
お似合いの二人だとか、美男美女とか思ってもいない美辞麗句の数々に正直イラッとくる。
いや、まぁ、シュレディは美人というか美少女だけど。
俺とシュレディじゃ美女と野獣だ。
そもそも、俺とシュレディをくっつけたがる意味が分からない。
公爵家と侯爵家。
家柄的に申し分ないけれど、リュディアとダンドルの意図が俺にはまったくわからない。
あれか?
仲良さそうな男女をとにかくひやかす感じの。
前世の小学校でよくあったけれど、ウィンディリア王立学園に通えるレベルの生徒がそんな事をするとは思わなかったよ。
「あー、なんか盛り上がっているようですが。シュレディ嬢とラングリースには私が相談事を持ちかけただけですよ」
それまで黙っていたライリーが、ニコリと笑って間に入ってくる。
え、相談事?
きょとんとしかけて、ライリーの赤い瞳に制される。
平常心平常心、顔に全部出ないようにするぞ。
「相談事とはなんですの?」
騙されないわよと言いたげなリュディアの手を、ライリーはスッととり、
「えぇ。それは、貴方の心をどうやって射止めるかです」
跪いてその手の平に口付けた。
「なっ!」
突然の出来事にリュディアは顔を真っ赤にして絶句し、ダンドルは呆然、クラス中が息を飲む。
平常心平常心平常心へいじょうしん……できねーーーよっ!
どういう事だよライリー!
「まぁ、冗談ですが。本気にしましたか?」
クッと笑ってライリーが言った瞬間、リュディアは真っ赤な顔をしたまま教室を足早に出て行いった。
クラス中があまりの展開に呆然としている中、「この隙に行くぞ」とライリーが耳打ちしてきて、俺とシュレディを率いて教室を出る。
ひと気のない廊下の突き当たりまで来ると、シュレディがパチンと扇子を閉じた。
その瞳がさっきよりも怒っている気がする。
「その……シュレディ嬢、本当にすまない」
「何がですの?」
「私のせいであんな嫌な目にあわせてしまって」
「あの程度のこと、別に気にしていませんわ。むしろわたくしはラングリース様の記憶力のほうが心配ですわ」
「私の記憶力?」
シュレディに心配されるようなことがあっただろうか?
「あの場所は立ち入り禁止、って事だろ」
ライリーも呆れたように溜息をつく。
あの場所……あっ、地下か!
「思い出していただけたようですわね。迂闊に口になさろうとするのですもの。心底、焦りましたわ」
「その、本当にすまない……」
うぅ。
だから思いっきりつねられたし、シュレディは俺が迷っていた事を皆に黙っていたのか。
「あれ? ライリーにあの場所の事を私は話しただろうか。迷ったことは話したが……」
「話の流れで分かるだろ」
ライリー、そんな物凄く呆れた目を向けないでくれ。
傷つくぞっ。
シュレディも、出来の悪い弟を見るような眼差しを向けないでくれないか。
俺は公爵家で、精神年齢だけなら二人よりも年上なんだぞ。……たぶん。
「わたくし、ライリー様にも一言申し上げたいのだけれど、よろしいかしら」
「えぇ、どうぞ」
「いくらなんでも、女性にあれはやりすぎではございませんの? リュディア嬢はハドル王子を慕っているのですし、王子の目の前で手に平とはいえ口付けるなんて」
「本当に口付けてはいませんよ。私は性格の悪い女性は女性とみなしませんから」
「せ、性格……」
ニコリと笑うライリーに、シュレディが引きつった。
うん、わかる、わかるよ。
ライリーは普段笑顔だもんな。
こんなにはっきり言い切るのは珍しい。
というより、いつもきっちり裏表使い分けているのに、シュレディの前で猫被らなくていいんだろうか。
「いいんだよ。もう私の性格はシュレディ嬢には見破られているだろう?」
「えっ、そうなのか?」
「ずいぶんと良い性格をされているとは思っていますわ」
シュレディがフフフと微笑み、ライリーがクククと笑う。
笑顔で見つめ合っているけれど、なんか怖いぞっ?
「まぁ、そろそろ教師が来る頃だし、戻るか」
「えぇ、そうですわね」
笑顔なのに笑っていない二人に挟まれて、俺は冷や汗をかきながら教室に戻った。