30)魔宝石を作ろう
チチチッと、小鳥の囀りで目を覚ます。
窓辺から差し込む朝日に目を細めながら、俺は寝台から起き上がった。
ハドル王子とのお茶会を楽しく終えた俺は、実にすっきりとした気持ちだ。
こんなに気持ちの良い朝は珍しいかもしれない。
真面目な話、入学式からお茶会の日まで、ろくろく眠れなかったんだよね。
こう、何が起こるのかといろいろ想像してしまうとね、胃が痛むというか。
実際は、王子は俺だけでなくクラスの皆の好みを調べて紅茶を選んでいたようだ。
みんなが、少しでも楽しく過ごせるようにしてくれていたみたいで。
王宮でお茶会が開かれたのも、ウィンディリア王立学園を使うと、先生方や他のクラスの生徒が気を使ってしまうからね。
そうならないようにする為の配慮だったり。
ハドル王子、ほんとにいいやつ。
判ってはいたけれど、しみじみそう思わずにはいられない。
フォルトゥーナには絶対に近づけさせれないけれど、もしも王子が他の子を好きになったら、全力で応援しよう。
いつも俺が起きる時には既に側に控えているエルドールだけれど、今日はまだいない。
俺が起きるのが予想以上に早かったらしい。
時計を見ると、まだ六時だ。
早すぎる。
寝台の側のベルを鳴らせばすぐに彼は来てくれるけれど、今日は彼が来るのを起きて待っていよう。
適当に服を着替えてくつろいでいると、エルドールがドアを控えめにノックした。
まだ俺が寝ていると思っているのだろう。
起こさないようにといった気遣いが感じられた。
俺が返事をすると、一瞬遅れてエルドールが部屋に入ってくる。
「……ラングリース様、今日はとても早いお目覚めですね」
「おはようエルドール。とても良く眠れたからね」
エルドールが無表情の中にも驚きの色を浮かべている。
そうだよね。
お茶会の日まで、ここ最近はずっと夜は眠りが浅くて寝たり起きたりで。
そのせいか朝は逆に眠気が酷くて、結局起きるのは大分遅くなっていたからね。
エルドールの淹れてくれたお茶を飲むと、より一層気持ちがすっきりとする。
「今日の授業は全部午後だったよね?」
「はい。礼儀作法の授業と地理の授業がございます」
それだけなら、今日は大分時間があるな。
俺は窓際に置いておいた溶ける魔鉱石をテーブルに置く。
ライリーとエルドール、それにアリアンヌにも試してもらった魔鉱石は、あの後セバスチャンや母上にも試してもらった。
ジョシュア先生にもお願いしたけれど、魔力で固めることが出来るのは俺だけだった。
ジャックベリー家が没落するかもしれないのはまだ先の話しだけれど、いまからでも準備できることはしておきたい。
公爵家の財産とは別に、俺自身の貯金が出来れば、没落しても財産没収の範囲に入らないかな、と思ったり。
「エルドール、銀のティースプーンはあるだろうか。出来るだけ小さい物がいい」
「かしこまりました。ご用意いたします」
すぐにエルドールが数種類のティースプーンを持って戻ってくる。
「これがいいかな」
どれも似たような大きさだけれど、特に装飾の細やかなそれを一つ手に取る。
俺は溶ける魔鉱石にほんの少し魔力を当てて先端を溶かし、ティースプーンに垂らした。
零れないようにそうっと、銀のティースプーンに魔力を当てる。
そして魔鉱石から魔宝石を修理する時のように手を加える。
うっすらと青みがかっていた溶ける魔鉱石が、硬質な音を立てて固まった。
「美しいですね」
エルドールの言葉に、俺は「そうだろう」と頷く。
鉱石自体が青みがかっているから、銀に映えるのだ。
そしてこれは魔鉱石だから、魔力で適切な加工をすると魔宝石になる。
銀のスプーンの底で淡く光が灯り、澄んだ湖面を一滴すくったような、神秘的にすら見える出来栄えだ。
これだけでも十分装飾として魅力的だが、後もう一工夫。
俺は、細工道具を開き、銀の鎖を銀のスプーンに取り付ける。
「ネックレスになるのですね」
「とりあえずね」
バッグチャームにしてもいいかもしれないが、小さめなのでネックレスが丁度よいだろう。
この世界には、前世のレジンアクセサリーで使っていたような台座がない。
金属や粘土の土台に色をつけ、レジン液を流しても零れない数ミリの深さがあるタイプが良いのだけれど、今のところ無さそうなのだ。
なので、手頃な深さのある銀のティースプーンを加工したわけだけれど、思ったより出来がいい。
レジンと違って溶ける魔鉱石は俺の魔力で固められるから使いやすいしね。
……問題は、ここからだけど。
普通に固めるだけでなく、魔宝石として加工を施して固めてみたわけだけれど、これ、再び溶けたりはしないだろうか。
俺は、魔宝石に魔力を当てる。
かなり強く、壊すぐらいの気持ちで魔力を使ってみるけれど、変化はない。
「エルドール、この魔宝石に魔力を当ててみてもらえるだろうか?」
「かしこまりました」
俺は、チェーン部分を持ってエルドールにかざす。
ふわりと揺れると、魔宝石の中の淡い光が揺らめいて、より一層幻想的に見えた。
エルドールが灰色の瞳を細めて、そっと魔宝石に指先を触れる。
そして魔力を当て始める。
「溶ける気配は無いだろうか」
「まったく感じませんね」
それなら、大丈夫かな?
せっかく作っても、誰かが魔力を使うと溶けてしまうのでは、意味がない。
魔鉱石状態なら誰の魔力でも溶けるけれど、魔宝石にまで変えてしまえば溶けない。
そして魔鉱石を固め、さらに魔宝石に変えれるのは今のところ俺だけということになる。
つまり、レジン風のアクセサリーはこの世界では俺だけが作れる宝石となる。
……あとは、色をつけれたら理想的だろうか。
前世のレジンアクセサリーでは、おかんは台座にマニキュアを塗っていた。
この世界にもマニキュアはあるから、それを何種類か購入できれば解決かな?
いや、それだけでは駄目か。
魔鉱石自体の色味がある。
淡い青はそのままでも美しいけれど、別の色を使うとなると色同士が邪魔をして濁った色味になるかもしれない。
青系なら問題ないだろうけれど、赤や黄色を使うときは要注意かな。
溶ける魔鉱石の色味自体を変えれればいいのだけれど。
変化の魔法を使ってみるか?
俺は意識を集中し、青みを帯びている魔宝石を赤に変えようとしてみる。
「……駄目だな」
「変化の魔法ですか?」
「あぁ。上手くいかない。ライリーが遊びに来た時にでも頼んでみよう」
「変化の魔法は術者の意識がなくなりますと解けてしまいます。例外的に時間指定も出来ますが、それでも半永久的な時間は指定できません」
しまった。
確かにライリーなら変化の魔法が得意で、他者の姿を変えれるほどに巧みだけれど、変化の魔法自体が永久じゃなかった。
「そうすると、当分の間は青系一色になってしまうな」
「青系のみでも、十分な美しさであると思われます」
エルドールが言うように、十分美しい色合いだと思う。
溶けたりしない魔鉱石と違って、この溶ける魔鉱石は鉱山の厄介物で、値段はない。
原材料がほぼ無料で手に入り、加工すれば通常の魔鉱石レベルに美しいのだから、加工して売れば利益は十分すぎるほどに出せるんじゃないだろうか。
色を染めるだけでなく、花やガラスを封入したりすれば、既存の魔宝石によるアクセサリーとの差別化も図れるよね。
もっとも、いまはまだ練習段階だから、本格的に販売やら何やらをするのは当分先の話だけれどね。
今日作ったネックレスは、フォルトゥーナに贈る事にしよう。
どこかで聞いた話だけれど、銀のスプーンはお守りになるって言うしね。
フォルトゥーナに、不幸が訪れないように。
俺は、願いを込めながら、彼女の瞳の色と同じピンクのガラスビーズを銀のティースプーンに飾りつけた。





