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29)クラスのお茶会は王宮で

 春、うららかな午後。

 のどかな気温とは裏腹に、俺の心には冷たい風が吹き荒れていた。


 なぜ、クラスのお茶会が王宮で、舞踏会形式なのだろう?

 

 クラスの女子が中心になって、日程やら何やらを決めたのは知っている。

 でも普通に考えて、ウィンディリア王立学園のどこかで開催するものじゃないか?

 講堂でもいいし、お茶会が出来る部屋はいくつもあるだろうし、中庭でガーデンパーティーだって出来るはずだ。


 けれど何故か、俺はライリーと共に王宮の小広間に招かれ、壁の花よろしく佇んでいる。

 男性の場合は壁の花ではなく、シミと呼ばれるのだったか。

 あまりにも悲しい呼び名なので、花ということにしておいてくれ。


 紅茶を飲みながら、踊るライリーを眺める。

 軽快にステップを踏み、相手の女性のことなどお構い無しに踊るのは、「やりたくねぇっ!」って言う内心が溢れ出ていると思う。

 きっと、お相手のリュディア=シャロン伯爵令嬢も二度と踊るまいと決意していると思う。

 もっとも彼女はハドル王子狙いで、あまりにも王子が可哀想になってライリーが引き離してあげたんだけれど。


 そんなハドル王子は、いまはダーミリア=ワンガ男爵令嬢と踊っている。

 ダーミリアは男爵家の為か、いまいち踊りなれていないようだ。

 何度かステップを間違え、ハドル王子の足を踏み、その度に青ざめている。

 けれどハドル王子は、ずっと笑顔のままだ。

「大丈夫ですよ、私が合わせますから」と言いながら、涙目になっているダーミリアを優雅にエスコートし、一曲踊り終わる頃にはダーミリアも足を踏まないようになっていた。


 ダーミリアは他のご令嬢に引け目を感じてか、みんなから離れた場所にいたんだよね。

 俺が声をかけるのは危険だから、声はかけれなかったけれど。

 大人しくて、控えめで、正直ちょっと心配だった。


 ハドル王子が気づいて声をかけ、踊ってあげてくれて正直ほっとしたんだよね。

 

 ……ダーミリア嬢、王子に惚れてしまったかな?


 ダーミリアは王子狙いではない感じだったけれど、今は憧れの眼差しを送っている。

 きっと今日からは王子狙いの子達と一緒に、王子談議に花を咲かせれるに違いない。


「一曲、踊ってくださいませんこと?」


 あぁ、また誰かが誘われていくね。

 俺はゆっくりと壁のシミ、いや、壁の花として楽しむさ。


「……聞こえていまして?」


 早く誘いを受けてあげないと。

 女性から誘うって、勇気いるんじゃないのか。

 ハドル王子になら、女性の方から何人も誘っていたけれどね。

 

 前世の感覚だとダンスは男性から誘うものだと思っていたけれど、こちらでは女性も普通に誘える感じで。

 それでも男性から誘うほうが圧倒的だから、女性から誘われたら、すぐに手をとってあげないと。


「ラングリース=ジャックベリー様、わたくしと踊っていただけませんこと?」

「っ?!」


 あやうくアイスティー吹き出しかけた。

 目線をあげると、シュレディ嬢がアンダリュサイト色の瞳をつんと澄まして正面に立っていた。

 


「……誘う相手を間違えているのでは」

「フルネームで呼ばせて頂いたのに、間違うのは無理があると思いますわよ」


 それはまぁ、ごもっとも。

 でもだったらなおさら疑問だ。

 この俺を誘うってどうよ?


「そろそろ手をとって頂けませんこと?」

「……」


 断るという選択肢がないのか?

 いや、まぁ、ないけどね。

 女性に恥をかかせる趣味はない。

 

 俺は、何を考えているのかわからないシュレディの手をとり、エスコートする。

 周囲の目が踊りながらも俺たちに注がれているのがわかった。

 

 ライリー、笑いをこらえているな?

 リュディア嬢がもうくたくただぞ、そっちをそろそろ開放してやってくれ。


 くるり、くるり。

 途中で軽いステップを交えながら、俺とシュレディは踊る。

 段々とテンポが速まってゆく曲なのに、シュレディは一つもステップを間違わない。

 流石は侯爵家のご令嬢。

 正直、かなり上手い。


「意外でしたわ。もっと足を踏まれると思いましたのに」

「お忘れかもしれませんが、私はこれでも公爵家ですよ」


 シュレディが侯爵家のご令嬢としてきっちり教育されているように、俺も公爵家。

 フォルトゥーナも俺も、ダンスの教師がついている。

 物心ついた時からさせられているのだから、踊れないほうがおかしいだろう。

 もっとも、踊る機会なんてそうそうなかったけどな!


「フォルトゥーナ様も踊れるのかしら」

「愚問ですね」


 フォルトゥーナの情報が欲しいのかな?

 アンディの誕生パーティーで目をつけられたんだろうか。

 でなければ、この俺をダンスに誘う理由なんてないよね。

 ここはきっちり、誤解を解いておかないと、あとあとフォルトゥーナに被害がいくかも。


「誤解があるかもしれませんが、フォルトゥーナは本当に、アンディとは何もありませんよ?」


 ここは強めに断りを入れておかねばなるまい。

 アンディが喜んだのは、大好きなお菓子をもらえたからなんだから。


「知っていますわ」


 おや、知っているのか。

 なら、何で俺をダンスに誘ったんだ?

 親に言い含められたのかな。

 うちはジャックベリー公爵家だし。


「親にも何も言われていませんわ」

「口に出していただろうか」

「全部顔に出ていましたわ」


 つんと澄まして、シュレディがくるっと回る。

 綺麗に巻いた金髪が動きに合わせて波打った。


 ここのターン難しいのにな。

 良く話しながら回れたよ。


「では、単刀直入にお聞きしましょう。なぜ、私を誘ったのか」

「…………ですわ」


 聞こえなかった。

 

「何度も言わせないで下さいまし。お詫びのつもりですわっ」

「詫び?」


 シュレディに謝られるような事って、あっただろうか。

 

「……フォルトゥーナ様を詰ってしまった事ですわ」


 思いっきり、強めにくるっと回るシュレディ。

 顔が赤い。


 あれか。

 フォルトゥーナに嫉妬して、怒ってしまったから。

 そのお詫びに壁の花の俺を誘ってくれたというわけか。

 意外と真面目というか、律儀というか。


「シュレディ嬢、一ついいことをお教えしましょうか」

「なんですの?」

「アンディは、ジャムを乗せて焼いたクッキーが一番好きですよ」

「っ!」


 あ、ステップ間違えた。

 思いっきり俺の足を踏んで、動揺しまくりだね。

 さっきまで一切ミスらなかったのに。

 真っ赤な顔といい、恋する乙女は可愛いなぁ。


「アンディ様は、それであんなにも嬉しそうでしたのね」

「フォルトゥーナに私が言っておいたのですよ、クッキーを贈れば喜ぶのではないかと。アンディは甘いものが本当に好きなんですよ」


 我が家に来た時に、一番多く食べていたのがジャムを乗せたクッキーだった。

 焼いたクッキーにジャムを塗って食べるのも美味しいけれど、ジャムを一緒に焼くとジャムの水分が飛んで独特の硬さになるんだよね。

 あの味と食感がたぶんアンディは好きなんだと思う。


 でも俺の家ならともかく、流石にパフェリア侯爵家に招かれてがっつくような事はしないだろうから、シュレディが知らないのも無理はない。

 他のお茶会では大体ご令嬢に囲まれてて、食べる時間も無いだろうしね。


「ジャムを後から乗せるのではなく、焼く時にのせてあるタイプですから、お間違いなく」


 動揺を隠すように、シュレディが必死にステップを踏むのだけれど、かなり間違えている。

 俺はダンスが特別に上手いわけじゃないから、あわせるのが大変だ。


 丁度いいタイミングで、音楽が終わりに近づく。

 うん、ここから先は緩やかなステップだけだから、安心だね。


 曲が終わると、一礼して俺達はそれぞれ離れたわけだけど、即座にライリーが側に来る。


「いい感じじゃね?」

「馬鹿を言うな。彼女は気を使ってくれただけだ」


 そう、ものすっごく気を使ってくれたのだ。

 どのご令嬢も避けて通るラングリースたる俺を誘うとか。

 お詫びの為とはいえ、相当気合がいると思う。

 ライリーも判っててわざといっているのだから、まったく。


「それより、リュディア嬢は大丈夫なのか?」

「そりゃもちろん。倒れるぎりぎりでやめてやったさ」


 くくっと悪戯っぽく笑っているけれど、リュディアはかなりふらふらしているぞ。

 あれ、明日起き上がれるのかな……。


 ハドル王子の護衛騎士であるローデヴェイク=ラングディアが、なにやら他の使用人に指示を出す。

 あぁ、やっぱりリュディアは救護室行きかな。

 少し休んだら、恐らく護衛をつけて王家の魔導馬車で領地まで送るのだろう。


 ローデヴェイクがチラッと俺を見る。

 その目線がいやに冷たい。

 くっ、俺は何もしていないぞ。


 このお茶会に訪れた時から、ローデヴェイクには冷たい目線を送られているんだよね。

 ハドル王子に話しかけられるせいだろうか。

 だがそれなら、苦情は王子に言って欲しい。

 俺は近づきたくないし、揉めたくないのに王子の方から寄ってくるのだから。


 俺は出来ればローデヴェイクともあまり関わりたくはない。

 ローデヴェイクは俺達よりも少し年上で、いわゆるイケメン細マッチョだ。

 いまはまだ筋肉はそれほどではないのだろうけれど、鍛えていることが判る無駄のない身体は、ハドル王子に次いでご令嬢の熱い視線を浴びている。


 彼が軽く髪をかきあげるだけで、ご令嬢が溜息をこぼす。

 今日は王子の護衛として側にいるから、踊れないのが残念だろうなぁ。


 そしてリュディアは、予想通り使用人達に支えられるように小広間から出て行った。

 分け隔てないハドル王子が、ぐいぐい迫るリュディアの事は、少し苦手な雰囲気なんだよね。

 もちろん、笑顔を浮かべたままだし、本当にわずかな表情の違いなんだけれど。

 だからたぶんリュディアは気づいていない。

 迫られるのが苦手というよりは、リュディアが苦手な感じ。

 

 同じ金髪でも少し赤みがかったストロベリーブロンドなシュレディよりも、リュディアは明るいゴールデンブロンドの髪をしている。

 ヒロインと良く似た金髪は王子の好みのはずなのに。

 不思議だ。


「ラングリース、ライリー、二人とも今日は楽しんでいただけましたか?」


 いつの間にかハドル王子が側に来ていた。

 嫌そうな顔のローデヴェイクは王子の裏に控えている。


 あのー、俺は一応公爵家の人間ですよ?

 ローデヴェイクは伯爵家でしょう。

 王子の護衛騎士とはいえ、思いっきり顔に嫌悪感出して大丈夫なのか。

 俺は身分を気にしないタイプだから、大丈夫だけどさ。


「宮廷楽師の曲に合わせて踊れる機会は少ないので、楽しませて頂きましたよ」

「ライリーはいつも通り沢山踊っていましたね。宮廷楽師達も私達が踊りやすい曲を選んでくれたようです」


 踊っているメンバーに合わせて曲を変えていたのか。

 そういえば、ダーミリアと王子が踊っているときは、緩やかで優しい曲だったね。


「ラングリースはどうでしたか?」

「私も楽しませて頂きました。今日の紅茶はバウ産ではないのですね」


 王宮で出る紅茶は、バウ産が多かった。

 飲めないわけではないけれど、少し苦手な紅茶だ。

 でも今日の紅茶はエラリ産。

 母上が好きで、俺も飲みなれた甘さと独特の渋みで好きな紅茶だ。

 

「たまには、良いかと思いまして」


 頬を染めるハドル王子は、なんだかとても嬉しそうだ。

 もしかして、俺がバウ産の紅茶が苦手な事を知って、今日は変えたんだろうか?

 ローデヴェイクの眉間のシワが深まったから、当たりな気がする。


「でもラングリースが踊るのは、初めて見ました。とても上手だったのですね」


 そうでしょうとも。

 俺は基本的にお茶会では本当にお茶を飲んで過ごすだけだからね。


 ……そういえば、俺とシュレディ嬢が踊っていた時は、かなり難易度が高い曲だった気がするけれど。


 ローデヴェイクがスッと目線をそらした。

 ふむ、わざとか。

 あの曲、一歩間違うと派手に転ぶんだぞ。

 俺が転んだらかなり転がるんじゃないだろうか。

 ローデヴェイクとは関わりないはずだけれど、なんなんだ?


「ハドル王子は、今日も沢山のご令嬢と踊っていらっしゃいましたね。お疲れではありませんか?」

「少し、疲れた気がします。ですが、ライリーの提案のおかげで、クラスの皆と交流を持てたと思いますよ」


 疲れた、といいながらも王子は嬉しそうだ。

 フォルトゥーナを会わせる事無く王子が喜んでくれて、ライリーの機転に本当に感謝だよ。

 ローデヴェイクの事は気になるけれど、まぁ、気にしても仕方がない。

 

 こうして、胃痛に悩まされる事も無く、お茶会は無事に終わりを告げた。


2016/11/05


 先日、ありがたいことに100万PV超えました。

 感謝の気持ちをこめて、11/2の活動報告に記念SSを公開させて頂きました。

 楽しんでいただければ幸いです。


 http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/277389/blogkey/1553678/


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『悪役令嬢の兄になりまして』一迅社アイリスNeo様書籍情報
2018/5/2発売。

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