28)不思議な魔鉱石
フォルトゥーナが婚約。
ライリーと婚約!
従兄弟同士だから婚約できるよ、そりゃ確かに。
美男美女で見目麗しいベストカップルだよ。
でも。
フォルトゥーナとライリーが。
こ ん や く。
「……おーい、生きてるかー?」
「ライリー様、ラングリース様は意識が遠のいていらっしゃるような気がいたします」
コンニャクの聞き間違いの可能性は無いだろうか。
コンニャクはこの世界にないよな。
見た記憶が無いし、食べた覚えも無い。
作り方なんか知ったことではないけれど、なんか芋を潰してたような気がしないでもない。
芋があるならコンニャクもあるのだろうか。
いや無いだろう。
ライリーはフォルトゥーナとコンニャクなんだろうか。
いや、意味不明だろ!
「これ当分放置しとくしかないかー?」
「ライリー様、恐れながら申し上げますと、ラングリース様には少々衝撃が強すぎたのではないでしょうか」
「だよなー。結構いい案だと思ったんだけどなー。お、紅茶のお代わりか。香りがさっきと違うな」
「同じブラディン産ですが、こちらは渋みを強めたタイプになります」
「それ、俺よりもラングリースに飲ませてやったほうがよくね?」
ライリーはフォルトゥーナが好きだったんだろうか。
そんな素振りはまったく見られなかったし、気づかなかった。
いや、まてよ?
アンディの誕生日パーティーを兼ねたお茶会では、フォルトゥーナを詰ったベルモット嬢をひっぱたいてたよな。
あぁあ、もしかしたらずっと好きだったのか?!
「……なぁ、エルドール」
「はい、ライリー様」
「そろそろ、ラングリースの頭をひっぱたいてやったほうがよくね?」
「頭部は非常にデリケートな場所かと存じます」
「じゃあ腹に一発当てるか」
「出来ましたら、もう少し穏便な方法をとって頂きたく思います」
「ふむ」
あぁ、そうだ、フォルトゥーナの気持ちを確かめないと!
ライリーがフォルトゥーナを好きで、フォルトゥーナもライリーを好きなら、俺がお邪魔虫なんじゃないか?!
「うぁっ?!」
突然、背中に冷たい塊がコロコロと転がった。
氷だ。
えっ、何で氷が?
「目、覚めただろ?」
ライリーがニヤリと笑って、手の平の氷を消した。
エルドールが「失礼します」と言って、俺の服の背中に入れられた氷を取り除いた。
「まぁ、あれだよ。俺はフォルトゥーナを好きじゃない」
「嫌いだったのか?!」
「そんなわけ無いだろ。まぁ、落ち着けよ。エルドール」
「はい。ラングリース様、まずはこちらの紅茶を飲んで、気持ちを落ち着かれては如何でしょうか」
ライリーに促されて、すかさずエルドールが紅茶を淹れる。
うぅ。
俺そんなに慌ててるかな。
慌ててるか。
なんかものすっごく疲れたよ。
「まず、フォルトゥーナとの婚約。これについては、あくまで偽装な?」
「本当に婚約しなければ、王子との婚約の可能性は残るだろう」
「おう。でもあのハドル王子の性格からして、無理やり婚約を捻じ込みはしないよ」
「つまり、フォルトゥーナと婚約が決まっているかのような振りをする、という事か?」
「そういうこと。実際に婚約すると、破談する時にフォルトゥーナに傷がつくじゃん。だから振りだけ」
「でもその場合は、ライリーが今度は婚約できなくなるのではないか?」
うちはなんだかんだいって公爵家だ。
デブで性格の悪いラングリースたる俺にも、その内婚約話が来るだろう。
断るけどね。
フォルトゥーナもそうだ。
本当にライリーと婚約して、破談したとして。
それでもジャックベリー公爵家と縁を持ちたい貴族は山ほどいるだろう。
フォルトゥーナほどの美貌なら、破談で多少の傷はついてもまだまだ引く手数多だと思う。
ましてや、実際に婚約自体していなければなおの事だ。
でもライリーはどうだろう。
伯爵家の次男。
ジャックベリー公爵家と婚約間近で破談になった、つまり拗れたことになり、公爵家ともめたくない貴族達からは敬遠されるのではないだろうか。
流石に、ヴァイマール伯爵家自体がどうこうとまではいかないと思うけれど。
「まぁなー。でも俺は次男だし? 家は兄貴が継ぐし、別に婚約も結婚も興味ないしね」
「ハドル王子から不興をこうむることも考えなければ」
「うーん、そりゃいい気はしないだろうけれど、裏で人を陥れるタイプじゃないだろ」
「今はそうかもしれないけれど、人は変わるものだろう?」
「変わるほど長い間振りをし続ける必要はないぜ? 相手は王子なんだし、俺達以上に縁談が舞い込んでるはずだろ」
「……じゃあ、あとはフォルトゥーナの気持ち次第、なのか……?」
「あー、でもこの作戦無理か」
「なぜ?」
「一個、この作戦の最大の弱点を見つけちまったわ」
この作戦の弱点?
なんだろう。
「フォルトゥーナに嘘がつけるとは思えないだろ?」
「あっ……」
そうだった。
フォルトゥーナにライリーと婚約するふりなんて、絶対に無理だ。
手を繋がれただけでも、真っ赤になっていたのに。
「そういうこと」
「本気で疲れたよ……」
「でもまぁ、ほんとにいざとなったら俺が偽装でなく婚約するからさ。そんなに王子の事で気に病むなよ?」
ぽんっと肩に手を置いて慰めてくれるけど、なんかもう、ぐったりだ。
俺が力尽きるより早く、高速魔導馬車はジャックベリー家に着いた。
家に着くと、すぐにフォルトゥーナが出迎えてくれる。
「お兄さま、ライリー様、お帰りなさいませ」
「……ただいま」
「ラングリースお兄さま、学園で何かございましたの? とても、疲れていらっしゃるようですわ」
「あー、悪りぃ、俺がちょっと疲れさせたんだよね」
「ライリー様が?」
ライリー、まさか婚約の話は言わないよな?!
くわっと振り返る俺に、ライリーは苦笑して首を振る。
「学園を連れまわしたんだよ。色々物珍しいからさ」
「そうでしたの。わたくし、ウィンディリア王立学園の講堂を早く見てみたいですわ。光が舞い踊るのでしょう?」
「そうそう。天井がガラス張りだからね。青空が一面に広がって、太陽の光が降り注ぐ。そこにさらに入学式には特別なイベントがあるからね」
「まぁ、どんなイベントですの?」
「それは秘密。噂で聞くより、自分の目で見たほうが絶対にいいぜ」
「お兄さまも教えてくださいませんの?」
「教えてあげたいけれど、あれは確かにフォルトゥーナ自身で見たほうが感動できると思うよ」
「お兄さまもそういうのでしたら、わたくし我慢いたしますわ」
ふふっと微笑んで、フォルトゥーナは使用人達と一緒に俺の部屋についてくる。
「わたくし、料理長と一緒にクッキーを焼きましたの」
フォルトゥーナがそう言うのとほぼ同時に、廊下の先からアリアンヌの声が聞こえてきた。
少し早足気味で、両手で籠を持ちながら「クッキです~!」といいながらこちらにやってくる。
嫌な予感しかしない。
「アリアンヌ、待つんだ。慌てないようにゆっくりとこちらへ……」
「はうっ!」
言っている側からアリアンヌがすっころんだ。
けれど床とこんにちはしないし、クッキーが散らばったりもしない。
「アリアンヌ、いつも言っているでしょう? もう少し落ち着きなさい」
「エルドール様、ありがとうございます~」
先を予測していたエルドールがあっさりとアリアンヌを支えていた。
もうほんと、アリアンヌの側にはエルドールがいないと駄目だな。
「そういえば、この間溶ける魔鉱石貰ったじゃん?」
「あぁ。面白い素材だろう」
「あれ、陽の光以外じゃ固まらないぜ?」
ライリーが俺の部屋の窓辺に手を伸ばす。
そこには、陽の光に照らされて透ける魔鉱石がある。
この魔鉱石は魔力によって溶け出して、太陽の光で再び硬化する。
それと、魔力でも固まる。
俺が何度も試しているから間違いないはずだ。
「ちょっと、試してみるか?」
ライリーが有無を言わさず溶ける魔鉱石を凍らせる。
氷の中で、魔鉱石はとぷんと揺れて液体に変わった。
「まぁ、変わった魔鉱石ですのね」
「飲めるのでしょうか~?」
「アリアンヌ、間違っても飲まないでくれ」
「ほ、ほんとに飲んだりしませんよ~う」
あうあうっと否定するけれど、どうだろう。
アリアンヌの場合、どじっ子不幸属性だからね。
うっかり誤飲しそうだよ。
「かなり魔力を使っても、まったく固まる気配が無いだろ?」
ライリーが氷の層を分厚くして、中の液体に魔力を当てる。
けれど溶けた魔鉱石は一向に固まらない。
「少し貸して欲しい」
「おう、このままでいいか?」
「うん。いま氷を消されると液体が流れ落ちてしまうからね」
言いながら、俺は氷の上から魔鉱石に魔力を送り込む。
ぐっと力を込めれば、硬質の音を立てて溶けた魔鉱石が固まった。
「マジか? 何で俺だけ固まらないんだ?」
「どうだろう。ライリーだけなんだろうか」
フォルトゥーナには試させれないし……。
「僭越ながら、私も試して見ましょうか」
「エルドール、頼めるか? 溶かすので、やってみてくれ」
俺は再度魔鉱石を溶かす。
エルドールが意識を集中する。
「……固まらないようですね」
「わ、わ、わたくしも、やってみますっ!」
アリアンヌがエルドールの隣に並んでむむむーっと魔法を使った。
むしろ俺は、アリアンヌが魔法を使えた事に驚いたけれど。
「……できません~……」
「アリアンヌ、大丈夫だ。この状況では恐らく出来るほうが珍しいのだから」
涙目になったアリアンヌをなだめるのはエルドールとフォルトゥーナに任せ、俺は魔鉱石に意識を集中する。
先ほどと同じように、キンッと硬質な音を立てて、魔鉱石は固まった。
「自由に固めることが出来るのはお前だけなのな」
「いまの所、そういう事になるんだろうか」
陽の光で固めるという方法はあるけれど、時間がかかる。
もしも魔力で固めることが出来るのが俺だけだとしたら、もしかしてこれ、手に職をつけれるんじゃないか?
手の中の魔鉱石が、俺の黒い瞳を写して輝いた。