27)婚約
無事にオリエンテーションも終わり、貴族クラスは早々に帰宅する事になった。
俺はエルドールがまだ終わっていないみたいだから、待つけどね。
ハドル王子に声をかけられないように、ライリーと共にいそいそと高速魔導馬車へ戻る。
本当はエルドールのクラスまで迎えに行きたいけれど、公爵家の俺が行くと色々気を使わせてしまうからね。
下手すると俺がクラスに行った瞬間に授業が終了しそうな気がするよ。
公爵家のご子息を待たせるわけにはいかないとか何とかでね。
学園の玄関口で待機していた高速魔導馬車に乗り込む。
流石にハドル王子も高速魔導馬車までは着いて来ない。
ほっと一安心だ。
ジャックベリー家の高速魔導馬車に、ちゃっかりライリーも乗り込んできた。
「いいのか?」
「おうっ。ちゃんと許可は貰っといたぜ」
「……トリアンに身代わりをさせたのか?」
「馬鹿言うなよ。トリアンはまだ授業中だろ」
「それもそうか。今日はこのままジャックベリー家に泊まって行くのか?」
「いや、夕刻にはちゃんと帰るさ。お母様が今日は手料理を作ってくれるそうだからね」
「エオリーファ様は料理もお好きだったのか」
「………………」
「どうした? 目が遠いぞ」
「いや、なんでもない。お母様は美人で優しくて自慢のお母様だなぁと思っただけさ」
ライリーのルビーを思わせる赤い瞳が、本当に遠くを見つめている。
なんだか全てを悟ったかのような、諦めたかのような目だ。
それでなんとなく俺にもわかったよ。
エオリーファ様は、たぶん、いや、ほぼ絶対に料理が出来ない。
ライリーの家には何度も遊びに行っているけれど、エオリーファ様の手料理は食べた事がない。
うちの母上は料理上手なんだけれどな。
誕生日に焼いてくれたケーキは本当に美味しかったしね。
俺がダイエットしている事を知っていて、生クリーム控えめのキャロットシフォンケーキ。
甘く味付けされた人参が花の形にくり抜いて飾られてて、見た目も華やかだったしね。
エオリーファ様と母上は同母の姉妹でよく似ているけれど、料理の腕前だけは遺伝していないらしい。
少し話していると、エルドールも高速魔導馬車に戻ってきた。
「お待たせして申し訳ございません」
「そんなに待っていないよ。ノーマルクラスは後片付けなどもするのだろう? 大変だったのではないか?」
「恐れ入ります。ですがほぼ先生達と学園の使用人達が作業を進めてくれますから、それほど仕事はありませんでした」
話しながら、エルドールは備え付けの魔導ポットで俺とライリーに紅茶を淹れる。
ふぅ、エルドールの紅茶を飲むと、ほんと落ち着くよ。
ハドル王子に付きまとわれていた心労は、自分で思っていたより大きかったらしい。
紅茶を飲んでふっと緩んだ身体にそう思う。
高速魔導馬車が走り出し、揺れる事無く王都が過ぎ去ってゆく。
「なぁ、聞きたかったんだけどさ?」
「なんだい?」
「なんでお前、ハドル王子避けてんの」
「ぶっ、くっ!」
「ラングリース様っ」
咽る俺の背中を、エルドールが即座にさすってくれる。
く、苦しいっ。
「大丈夫かー?」
お前のせいだよと叫びたいが、声がでない。
「……特に、避けていないと思うが」
「あのなー、あれだけあからさまなら気づくだろ」
まだ咽て軽く喉が痛いのに答えた俺を、ライリーはあっさり否定した。
そりゃそうだよね。
自分でも無理だと思う。
でもまさか理由はいえないよね。
『この世界が前世でやっていた乙女ゲームに酷似した世界で、将来ハドル王子に妹が破滅させられるので避けてます』なんて。
色々な意味で大丈夫かと聞かれてしまうよ。
でもそうすると、なんて答えるべきか。
「ライリーは、ハドル王子をどう思っている?」
「俺は好きでも嫌いでもないかな。あー、どっちかといえば好きなほう」
「えっ」
「なんだよ、えって。あの王子、平民にも優しいんだぜ」
「本当か?」
「おう。使用人にすらもあの笑顔だよ」
「何でそんな事を知ってるんだ」
「知りたいか?」
にやっと悪戯気味に笑うライリー。
まさか。
「城に忍び込んだのか?!」
「人聞きの悪いことを言うなよ。忍び込まなくとも俺達は正式にお茶会に招待されるんだし? ちょっとぐらい、城内ふらついてても問題ないだろ」
「いや、あるだろ……」
変化の術で姿を変えていたんだろうとは思うけれど、城でまでやるとは。
よく宮廷魔導師達に咎められなかったな。
「まぁそんなわけで、俺としてはハドル王子は嫌いじゃないね」
「……私も嫌っているわけではないのだよ」
破滅の未来さえ知らなければ、避ける必要のなかった人物だと思う。
今日だって人好きのする優しげな笑顔と、侯爵家のご令嬢にも男爵家のご令嬢にも分け隔てのない対応だったのも見ていた。
きっと使用人にも優しいというのは事実だろう。
ゲーム内でも、ハドル王子は整った顔立ちと王子という地位、それに優しい性格。
それらが相まって、攻略キャラ人気NO,1だったのだから。
……でもフォルトゥーナを裏切ってヒロインを選ぶんだよ。
フォルトゥーナがまかり間違って王子に惹かれたら、裏切られて自殺する。
最悪宝石刑。
俺に防ぐ事が出来るとしたら、ハドル王子とフォルトゥーナを出来る限り引き合わせない事。
そして何かの間違いでフォルトゥーナに高飛車な悪役令嬢の性格がではじめたら、即座に止める事だ。
「ぶっちゃけ、ハドル王子ってフォルトゥーナ狙いだよな」
「くっ……」
「お前が避けるのも、その辺が原因だよな?」
ライリーがきっぱりと言い切って、俺は眉間に皺が寄るのを感じる。
誰から見ても、ハドル王子はフォルトゥーナ狙いか。
そうなのかやはり。
「……妹には、ハドル王子への想いなんてないよ」
「いまはな。でも今後はどうだろうな? 来年にはフォルトゥーナも学園に入学するし、王子と会う確率は格段に増すだろ」
「ハドル王子とは学年が違うだろう」
「季節ごとの行事や祝い事の日は全学年共通だぜ?」
「…………」
「一番近い祝いの日は七の月か。星々の空渡り。それに八の月も夏祭りがあるだろ? 九の月は紅の舞踏会。軽く思い出すだけでもどんどんでてくるぞ?」
「二学年の五の月にはゴーレムバトルもあるね……」
「おうよ。ほぼ毎月何かしら行事や祝いはあるし、全てを欠席は出来ないだろ?」
あぁ、本格的に胃が痛い。
乙女ゲームに酷似した世界だからか、ウィンディリア王立学園には様々なイベントが目白押しなのだ。
ゲーム内では主に攻略キャラのフラグ立てになるんだけどね。
特定の攻略キャラと、ある一定以上親密度を上げていなければ選択できないイベントもあったっけ。
ちなみに俺との親密度を上げるには、ほぼ全てのイベントで『サボる』を選ぶ。
すると、デブの俺がサボっている現場にヒロインが遭遇して、一緒に他の生徒の邪魔をしたりするんだよね。
俺ルートに入らないようにするにはサボらなければいいわけだけれど、ハドル王子ルートはどれを選べば避けれるのか。
それに、たぶんルート分岐はヒロインの場合であって、悪役令嬢ポジションのフォルトゥーナには適用されないんじゃないだろうか。
全部のイベントをサボっても、俺ルートにはならないだろうからね。
間違って俺ルートになっても、俺が対応に困るし。
フォルトゥーナのことは本当に大切な妹だけれど、そういった対象としては見た事がないからね。
「気が重い……。なんでフォルトゥーナ狙いなんだ……。彼女は今はまだ魔法が不慣れなんだぞ……」
「そりゃあれだけ綺麗なら一目惚れだろ」
「冗談でもやめてくれ。綺麗なご令嬢なら山ほどいるじゃないか。王子に気のないフォルトゥーナよりも、別のご令嬢と早く仲良くなって婚約してくれ」
シャロン伯爵令嬢とか、ハドル王子にずっとべったりだったじゃないか。
ヒロインと同じ金髪だし、ハドル王子の好みに近いんじゃないか?
むしろヒロインは今どこにいるのか。
確か平民の血が混じっていると罵られていたから、どこかの伯爵家の遠い親戚とかなのだろうけれど。
ゲームでは十五歳で学園に入学していたけれど、いっそのことフォルトゥーナと一緒に初等部から入学してくれないだろうか。
そして王子と早く婚約してくれれば、俺もフォルトゥーナの未来も安心できるのに。
「いっそフォルトゥーナが婚約してしまえばいいんじゃね?」
「王子とか?!」
「まさか」
「じゃあ誰と?」
「俺と」
え?
難聴か?
いま不穏な単語が聞こえた気がするが。
「ハドル王子に婚約者が出来るまで、俺と婚約しとけばいいんじゃね?」
にやっと笑って言い切るライリーに、俺の頭は真っ白になった。