25)恐怖のオリエンテーション
オリエンテーションが始まった。
俺達のクラスを担当するポエット先生を先頭に、生徒はそのあとを着いていく。
ウィンディリア王立学園は、塔のような外見通り、螺旋階段がいくつもある。
魔法陣が描かれた床はエレベーターと同じだけれど、ただ上に上がるだけではなく、乗る魔法陣によってどの場所に行くか決まっている。
横に移動する場合もあるから、ややこしい。
慣れれば便利なんだろうけどね。
「色々な魔方陣があって、迷ってしまいそうですね」
ハドル王子はアクアマリン色の瞳を輝かせて、嬉しそうにしている。
……なんでハドル王子は俺の横にいるんだろう。
お茶会では常にご令嬢達に囲まれていたハドル王子とは、殆ど話す機会がなかった。
俺から近づくことはまずないしね。
最初に挨拶をしたら、すぐに離れるのが日常だった。
なのにいま、ハドル王子は俺の隣にぴったりとくっついて、まるで友人のように笑顔だ。
頼むから近づかないでほしいというのが本音だ。
笑顔のハドル王子に同じように笑顔を返しながら、俺は必死に逃げる方法を考える。
いや、俺が逃げる必要はないんだ、うん。
逃がさなきゃいけないのはフォルトゥーナだから。
俺は近づいても問題ないのだけれど、何がきっかけで妹が破滅するかわかったものじゃないから近づきたくない。
「ラングリースは随分と痩せましたね。以前とは見違えるようです」
「そうでしょうか。あまり自分では実感出来ませんね。背が伸びたからそう見えるのかもしれません」
「ラングリースはジャックベリー公爵に似て、背が高いですよね」
「そうですね」
「…………」
「…………」
あぁ、気まずい。
もっと会話を返すべきなんだろうけれどね。
出来るだけ、俺に、というか俺達家族に興味を持ってほしくない。
ほんの少し、困ったような笑顔になりながら、ハドル王子は会話を続けようと頑張る。
あきらめて別の人のところへいってくれればいいのだが。
シュレディ=パフェリア侯爵令嬢とかね。
さっきからこちらの様子をちらちらと窺っている。
ライリーが側にいるせいかもしれないけれど、パフェリア侯爵から王子と仲良くするように言われてるんじゃないかな。
その他のご令嬢も、王子に話しかけたそうに様子を窺っているのがわかる。
リュディア=シャロン伯爵令嬢や、オービリル=レンアダル伯爵令嬢、ダーミリア=ワンガ男爵令嬢、それにクュシュピア=ウェルス子爵令嬢。
ちらっと見回しただけでも、王子に話しかけたくても俺が側にいるから話かけれなそうなご令嬢達がいるのだ。
公爵家とはいえ三男坊の俺より、彼女達と仲良く過ごしてほしいものである。
「ジャックベリー家の皆さんは、寡黙なのですね。フォルトゥーナ嬢も、あまり話さない方ですよね。お茶会でもあまりお見かけしませんし……」
「わたしも妹も、あまり華やかなことが得意ではないのですよ」
「ではラングリースとフォルトゥーナ嬢は、何を好んでいらっしゃいますか?」
くっ。
なんでフォルトゥーナの事をちゃっかり聞いて来るんだこの王子。
やっぱりというか、むしろ当然というか、フォルトゥーナ目当てで俺に近づいてきているのか?
ゲーム内ではフォルトゥーナから強引に王子との婚約を取り付けたことになっていたけれど、王子のほうはどうなのか。
最終的にヒロインと結ばれたとはいえ、フォルトゥーナの事はどう思っていたのか。
王子ルートをやっていない俺にはわからない。
「そうですね、彼女はどうでしょうね。わたしは食べる事が好きですが」
フォルトゥーナのことには触れず、この体型から想定できる俺のことを言ってみる。
嘘はついていない。
ジャックベリー公爵家の食事は本当に美味しいからね。
ついつい、食べ過ぎたくなるのをぐっと抑えるのは結構努力がいるレベルだ。
「そうですか、それでしたら、今度のお茶会にはラングリースの好きな料理を用意しておきますね」
「ありがとうございます」
それはお茶会強制参加決定ですか?
あぁ、もう、オリエンテーションの内容なんか全然頭に入ってこないよ。
方向音痴属性は持っていないけれど、流石に何も聞いていなければこれだけ広い学園なんだから迷うんじゃないのか。
講堂から魔方陣に乗って下の階に降りて、三つめの部屋が俺達のクラスだったよな、確か。
そのあと移動階段を二つ、いや三つか?
それを降りた部屋が音楽室だった気がする。
学園地図は持ち歩くけれど、出来ればきっちり場所を覚えておきたかったよ。
そしてご令嬢達。
頼むから遠巻きに見ていないで、もっとガンガン王子に迫ろう?
俺が見初めたりしないし、間違っても強引に婚約にこぎつけたりしないから。
目が合っただけで急いでそらされるのには慣れっこだけど、今この状況だともう泣きたい。
このまま王子に付きまとわれたら、俺の胃は確実に穴が開くと思う。
会話が止まっても、王子は俺から離れる事無く、笑顔を浮かべている。
王子の中で、俺は友達ポジションにでもなっているのだろうか。
いや、それはないか。
ほんとに挨拶程度しか普段から言葉を交わさないしね。
少しでもフォルトゥーナの情報がほしいのかな。
殆どお茶会に出ない彼女だけれど、人目を惹くからね。
王子の眼に留まってもおかしくはないと思う。
でもフォルトゥーナは王子を想ってはいないから、無駄なんだけれどね。
強引に婚約を持ちかけることは出来るかもしれないけれど、父上はフォルトゥーナが嫌がる婚約に頷くタイプではないし。
王家の婚約を断れるだけの力を、ジャックベリー公爵家は持っている。
「お茶会なら、このクラスの皆で開催するのは如何でしょうか」
それまで黙って話を聞いていたライリーが口を開く。
おいおいおい、クラスで開催?
そしたら俺、王子から逃げられないじゃないか。
目線でライリーに訴えると、ライリーは判っていると言いたげに頷いて言葉を続ける。
「普段王宮で開かれるお茶会では、親同士の話が殆どで、私達は交流が殆どありません。この機会に、身分の関係ないこの学園で交流を深めてみるのは如何でしょうか。
みなさんも、王子と交流を深めたいでしょう?」
ライリーがくるりと振り返りご令嬢達に笑顔を向ける。
ご令嬢達は顔を見合わせて「行きたいわ、でも……」と戸惑った表情を浮かべた。
そんななか、一人のご令嬢が前に進み出る。
「わたくしはぜひとも参加したいと思いますわ」
シュレディ侯爵令嬢だ。
大きな瞳を挑戦的に輝かせ、「皆様ももちろん参加しますわよね?」と他のご令嬢達を煽る。
その言い方はもう、断ることは許さないといった迫力に満ちていて、目の合ったご令嬢は迷う事無く、こくこくと頷いた。
「ご覧のようにこのクラスの皆が王子との交流を望んでいます。ぜひ、このクラスのみのお茶会を開催していただけないでしょうか」
このクラスのみ。
そこに力をいれたライリーの言葉に、ようやく俺も分かった。
クラスのみなら、フォルトゥーナが出席しなくて済むのだ。
王子の話しぶりだと、フォルトゥーナも一緒に、といわれかねなかったからね。
お茶会は開催しても、彼女が参加しなくて済むなら俺は逃げれなくても頑張るよ。
ご令嬢達がお茶会の話題をきっかけに王子に群がり、俺はやっと王子から解放された。
「これは、貸しですわよ?」
ライリーの側にいつの間にか来ていたシュレディ公爵令嬢がニコリと微笑む。
有無を言わせぬ迫力で、ライリーはククッと笑って頷いた。