23)父上と手合わせ
溶け出した雪を蹴散らすように、俺は軽々と足を前に出す。
冷たい冬の風が頬を横切り、走る俺を通り過ぎてゆく。
走るのも大分慣れてきたよな。
雪がまだ残る公爵家の外周を、俺は走る。
ライリーと初めて走った時はろくろく足を前に出せなかったけれど、今では楽に走っていられる。
まさに継続は力なりだ。
体重はまだまだお察し状態だけれどね。
「ラングリース様、こちらを」
「ありがとう、エルドール」
屋敷に戻りながら差し出されたタオルで汗を拭い、用意されていた冷たい柑橘水を一気に飲む。
うん、さっぱりとしていて気持ちいいな。
「そういえば、父上との手合わせはいつになるんだろう」
「エンガルド様は火の日に屋敷に戻られるそうです。恐らくその時ではないでしょうか」
「父上は本当に剣術がお好きなのだろうか」
父上は俺に負けず劣らずのぽっちゃり体型。
はっきりきっぱり言えばデブである。
その父上が剣術を得意とするのは少し違和感があるのだ。
「祖父から聞きましたが、エンガルド様は若い頃は今よりもずっと鍛えていらして、ウィンディリア王立学園在学時は猛々しき黒豹と呼ばれていらしたそうです」
「あの父上がか? 想像できないな……」
華奢な母上の二倍はありそうな横幅を見ていると、とても軽やかに剣を裁く姿というものが想像できない。
「オリバート様とルパート様の剣術はエンガルド様譲りですよ」
なんと。
二人の兄上はウィンディリア王立学園でも成績優秀だったことは知っている。
けれど剣術指南が父上だったなんて。
「ラングリース様がお生まれになった頃から仕事が忙しくなられ、剣術を嗜む時間が減ったのではないでしょうか。ご体型も、その頃からだんだんと変わっていかれたと聞いております」
仕事が忙しくて運動不足に陥って、もともと太っていた体型に磨きがかかってしまったのか。
確かに、朝早く高速魔導馬車で王都に出勤し、夜遅く帰宅する事が多いからね。
母上が定期的に王都の別邸に通うようになってからは笑顔が増えたけれど、以前はいつも眉間に皺が寄っていたし。
ちなみに父上は財務を担っている。
母上はあのおっとりとした外見とは裏腹に経理が得意で、母上がいるとより一層仕事がはかどるのだとか。
意外である。
でもデブは遺伝よりも環境のせいか……。
それなら、料理長に頼んで俺と同じメニューに変えてもらったほうがいいかも。
以前の俺と同じで、父上は野菜がちょっと苦手みたいなんだよね。
細かく野菜を切ってハンバーグに混ぜ込んだり、ロールキャベツにしたり、肉巻きにしたり。
いろいろ工夫すれば野菜は食べやすくなるんだよね。
料理長に相談すればやってくれるはず。
彼、以前は正直俺を目の仇にしていた気がするんだけど、最近優しいんだよね。
理由は不明だけれど、嫌われているより嬉しいから、ずっとこのままだといいな。
◇◇
「ラングリース、随分と痩せたのではないか?」
火の日。
エルドールの予想通り父上に誘われ、俺は中庭に剣を持って佇む。
痩せたといわれて正直嬉しいけれど、今までの体重が体重だからね。
でも念願の魔導体重計に今夜は乗ってみようかな。
エルドールに買ってきてもらったのは半年ぐらい前なのに、未だに怖くて乗れてなかったから。
……流石に、100kgはもうないって、信じたいしな!
俺は父上と向かい合い、剣を構える。
「ほぅ……。基本的な構えは出来ておるな」
父上が感心してくれてるよ、やったね!
きちんと家庭教師の言う事を聞いて、練習した甲斐があったというものだ。
この肉付きの良過ぎる身体では、剣を持つのも最初は辛かったけれどね。
練習用とはいえ、剣は剣。
装飾が過度に施された剣は、子供の身体にはかなり重いのだ。
ショートソードなら1kg程度だけれど、俺がいま手にしているロングソードは2kgはあると思う。
重さだけ聞くと大したことが無い様に思うかもしれないけれど、斬るよりも叩き斬るタイプの武器だ。
上下に振り下ろす動きが多く、刃の長い鉄の剣を肩より上に上げたり下げたりするだけでもう汗が流れてくる。
さらにそこに様々な技を入れてゆくのだから、察してほしい。
基本動作を一通り行い、父上と剣を交える。
剣の刃は当然潰してある模造刀を使っているとはいえ、当たれば痛い。
俺は父上の剣を間合いを計りながら避け、隙を伺う。
けれど父上からは隙らしい隙を引き出せない。
右に左に。
フェイントも交えつつ攻撃を繰り出すものの、全て父上の剣先に防がれる。
終始、父上のペースだ。
父上はエルドールの情報通り、本当に剣術がお好きらしい。
その肥満体のどこにそんな筋肉が眠っていたのか。
華麗といって差し支えない剣捌きで、見事俺の剣を弾き飛ばし、よろけて座り込んだ俺の首元にその剣先を突きつける。
「体重移動がまだ弱いな」
「……まいりました」
「だが本当に精一杯努力しているのを感じる良い動きであった」
俺に差し出された手をとると、ぐいっと立たせてくれた。
父上、この巨体の俺を軽がるですか。
剣術もだけれど、そっちにもびっくりだよ。
意外と筋肉質なのかな。
見学していた母上が、執事のセバスチャンに日傘を渡して父上にタオルを差し出す。
「エンガルド様、こちらを」
「ありがとう、リーベアズネイ」
母上をじっと見つめる父上。
あー、なんか二人の世界が甘いね。
二人とも、距離近すぎない?
夫婦仲いいのは嬉しいんだけどね。
息子の俺としては少し恥ずかしい。
「ねぇ、ラングリース。誕生パーティーは本当に開かなくてよいのですか?」
二人の邪魔をしないようにそっとその場を後にしようとした俺を、母上が呼び止めた。
誕生パーティーねぇ……。
去年は寝込んでいたから当然しなかった。
その前の年までは、盛大にお茶会を開いてたっけ。
傲慢で我侭で命令形だった俺は、お茶会でもふんぞり返っていた記憶。
何でも言う事を聞かざるをえない下級貴族達を前に、王様気分だったよね。
でも正直、もう開きたくない。
開くと公爵家はもちろんの事、侯爵家に伯爵家、男爵家に子爵家、各種家々に招待状を送ることになるわけですよ。
公爵家の家から招待状が送られてきたら、それはもう強制参加なわけで。
祝いたくも無い俺の為に集まる良く知らない人達と、必死に目線をそらすご令嬢に囲まれる誕生パーティー……うん、無理。
「母上、私は父上と母上、それにフォルトゥーナが祝ってくれれば十分なのです。盛大なパーティーなどは必要ありません。どうかその時間、ゆっくりと休んでいただきたく存じます」
ただでさえ仕事で忙しい父上と母上に、これ以上仕事を増やしたくないのも本音だ。
使用人に準備させるだけでなく、お茶会の準備は母上にかなりの負担がかかるのだ。
招待状を送る相手の選別や、好みの把握、それと友好関係。
やっぱり派閥ってあるからね。
父上の派閥と敵対関係にありながらも、表面上は仲良くしておかなければならない家とかね。
本当に細々と面倒な事が盛り沢山なのだ。
「まぁ、貴方までフォルトゥーナのような事を……」
「フォルトゥーナも私も、あまり華やかな事は好きではないのですよ」
これも本当。
俺はご令嬢達の冷たい目線がキツイし、フォルトゥーナは母上に似て、部屋で編み物をしているのが好きな子だしね。
ライリーみたいに俺達を好きな人達だけで、ささやかに祝う程度がほんと丁度いい。
まぁ、招待されれば立場上でなければいけないお茶会もあるけどね。
わざわざこちらが無理に開く必要性はないと思う。
「そう……。それなら、後でわたくしの焼いたケーキを届けましょう。食べてもらえるかしら」
「ええ、喜んで」
二人に退席の礼をし、俺はその場を後にした。
背後で父上が「私には焼いてくれないのかね?」とちょっと嫉妬していた事を付け加えておく。
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