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21)鎧作戦!


 ガショーン、ガショーン。

 ガショーン、ガショーン。


 ちらちらと白い物が舞い散る中、俺は、必死に脚を前に出す。


 ガショーン、ガショーン。

 ガショーン、ガショーン。


 ギギギッと音がするそれは、鉄の鎧だ。

 俺は今それを着込み、中庭へ向かっているのだが……。


 苦しい。

 かなり、苦しい。

 何が一番苦しいって、この、お腹!

 歩くたびに、鎧の隙間に食い込むかの如く、ぐぐぐーっと押されるのだ。

 そして重さも凄まじい。

 多少痩せてきて体力だって増えているとはいえ、デブはデブ。

 身体を鍛えまくった騎士達が着て動くような鉄製の鎧は、着ることは出来ても動く事が困難だ。

 俺のサイズの鎧を街で買えたのは幸運だったけれど、色々失敗したと思う。


 フォルトゥーナと魔法の授業は出来るだけ一緒に受けているのだけれど、やっぱり、そう簡単にトラウマは消せなくて。

 どうにかできないかなと考えて思いついたのがこれ、鎧作戦だ。

 結界を張っていても、俺は俺、デブのラングリース。

 ぷくぷくとした身体は、お世辞にも魔法攻撃を受け止めれるようには見えない。

 さくっと痩せて筋肉質で頼りがいのある見た目になれればいいけれど、現実的に無理。

 じゃあどうするか?

 鎧を着れば、強そうに見えるかなと思いついた。

 善は急げで、毎度の如くエルドールにお願いして購入してもらったのが今着ているこの鎧なわけだ。

 子供サイズで、大人の鎧よりは軽いんだろうけれど、鎧は鎧。

 見るからに頑丈だけれど、一歩足を前に踏み出すだけでも、かなりの力を使うのだ。

 

「ラングリース様、少し休憩されては如何でしょうか」

「エルドール……ありがたいのだが、もう少し進みたい」


 ガショーンガショーンと足音を響かせながら、何とか庭に出てこれて早数十分。

 けれど、ここで立ち止まるともう、動けない気がする。


 ズブズブ、ギギギッ……。

 ズブズブズブ……。

 ズブズブズブズブズブ……。


 あれ?

 なんか、脚がおかしくないか?

 動かないというか、視界がだんだん低くなっているような。


「ラングリース様、お待ちください。お体が沈んでいっています!」

「え。あの、えっ?!」


 ズブズブズブズブ。

 積もった雪の中を、俺の身体が沈んでいく。

 

 いやいやいやいや?

 おかしいだろう、積もり始めていたとはいえ、俺の身体が沈むほどじゃなかったぞ!


 混乱する俺を置いてきぼりに、身体がどんどん沈んでいく。


「ラングリース様、こちらへ!」

「くっ!」


 エルドールが必死に俺を引っ張り、横に倒す。

 脹脛まで埋まりかけていた俺は、倒れた勢いで沈む雪から逃れて、積もった雪の上に倒れこんだ。


「そ、底なし沼?」


 俺は鎧にこびり付いた雪交じりの泥を見る。

 公爵家の敷地内にそんなものがあるとは思えないけれど、イメージとしてはそんな感じだ。


「いえ、恐らく穴に雪が溜まり、泥と混じって見えなくなっていたのでしょう」


 エルドールは「すぐに穴を埋めてもらいましょう。間違って落ちてはいけませんから」と言いながら、雪の穴に着ていたコートを脱いで被せる。

 そのまんまにしておくと、誰か落ちそうだよね。

 アリアンヌとか、ほぼ確実じゃないだろうか。


 …………。

 やばい。


「ラングリース様?」

「……起き上がれなくなった」


 ぐぐっと身体に力を入れて起き上がろうとしたのだけれど、ここまで来るのに体力を使いすぎたらしい。

 重たい鎧に押さえつけられているようで、上手く身動きが取れない。

 鎧を脱げば大丈夫だけれど、雪の上に寝転がった状態で脱げるわけが無い。


「人を呼んでまいります」


 エルドールが全力で館のほうに走っていった。

 あー、俺、マジで馬鹿。











◇◇





「馬鹿じゃね?」


 俺の見舞いに来てくれたライリーが、情け容赦なく言い切った。


 うぅ、分かってるよ、言われなくとも。


 雪の中で動けなくなった俺は、エルドールが人を連れて来る前に力尽きて、そのまま意識を失った。

 そして雪の中を何十分も歩き続けて体力が無くなっていた俺は、さっくりと風邪を引いたわけだ。

 三日間ほど熱に苦しんだ俺は、その間に過ぎ去ったフォルトゥーナの誕生日も当日は祝ってあげれなかった。

 もう馬鹿としか言いようが無い。


「ライリー様、ラングリース様は精一杯努力をしていらっしゃるのです。どうか責めないで下さい」

「エルドールがラングリース一筋なのは知ってっけど、ヤバイと思ったら止めないと駄目だろ? こんな鎧、まず着こなせないって」


 部屋の隅に置物のように飾られた鎧の頭をこつんとつつく。

 

 あそこまで重いのは想定外だった。

 購入してきてくれたのはエルドールだけれど、エルドールが一人で運んだわけじゃない。

 武具店の見習い達が公爵家に届けてくれたし、公爵家ではガタイのイイ兄貴な使用人が部屋まで運んでくれたのだ。

 ずっしりとした重みに感じた印象は「防御力高そう」で、着こなせたならフォルトゥーナだって気兼ねなく俺に魔法が使えそうだった。

 

 ……現実は鎧に負けて熱出したけどな!


 しくしくと泣きたくなりながら、俺は紅茶を飲む。

 あぁ、エルドールが淹れてくれた紅茶は落ち着くなぁ。


「現実逃避してんなよ」

「そう言わないでくれ。私としては、名案だと思った作戦が大失敗したんだ。次の案もそうそう思いつかないしね」


 俺が寝込んだせいで、フォルトゥーナにまた心配をかけてしまったし。

 唯一の救いは、フォルトゥーナの訓練にむけて鎧を着たという事実はばれていない事だろうか。

 エルドールと口裏を合わせて、ちょっと騎士達の真似をしてみたら駄目だったという事にしてある。

 父上が「騎士になりたかったのなら、あとで私と手合わせをしよう」と言ってくれたから、熱が完全に下がったらちょっと訓練してもらおう。

 いまは普通に動けはするけれど、まだちょっと身体がだるい。


「そもそも、無理にお前に対して魔法を使わせなくともいいんじゃねーの?」

「使えなくなった原因は私なのだから、私に使えれば誰にでも使えるようになるだろう?」

「むしろそれ、いきなり最終ボスを倒すようなもんだろ。勇者だって何だって、最初は弱い敵から倒して経験を積んでいくのに、いきなりそれを無くしてボスと戦うのは無理だぜ」

「私が最終ボスなら、弱い敵に該当するのは誰になるのだろう」

「俺とか?」

「ライリーが? あり得ないね。欠片も弱くないだろう」


 マーケンの町で誘拐されかけた時も、魔法さえ使えていれば、ライリーが負けたとは思えない。

 魔法が無くとも、機転を利かせて武器になるものを瞬時に手に入れていた頭の回転の速さといい、俺以上にラスボス感満載だ。


「ものの例えだよ。戦闘能力で言えば、俺は決して弱くは無いよ。でもフォルトゥーナからしてみたら、お前よりはまだ攻撃しやすいんじゃないか?」

「そうだろうか……」

「まぁ、今度の授業はいつだよ? 俺も参加してみればいいだろ」

「ライリーのことだから、今すぐ試すと言い出すのかと思ったよ」

「馬鹿言え。魔法教師二人がかりでないと暴走した時危険なんだろ? 教師二人がいないところで魔法を使わせて暴走させたら大惨事だぜ」

「あれ以来、暴走したことなんか無いのだけれどね。次の授業は木の日の午後になっているよ」

「木の日か。了解」


 ちなみに、ライリーが突発参加しても、怒られる事は無い。

 父上と母上公認だからね、彼は。

 幼馴染の従兄弟というより、義兄弟風だと思う。


「……つーか、さっきから眩しいな。一体なんだ?」


 ライリーが、窓辺に目を留める。

 そこには、マーケンの街で拾ったちょっと変わった魔鉱石を飾ってある。

 薄暗い坑道ではいまいち分からなかったけれど、陽に透かすと青い水晶のように輝き、落とす影にも色味がつくのだ。

 ステンドグラスをもっと淡くしたような色合いで、割と気に入っている。

 いまは窓から差し込む陽の光が、丁度魔鉱石に反射して、ライリーに当たっている。


「何も加工していなくとも、陽に透けて綺麗だな」

「魔法を加えると溶け出してしまうのだけどね」


 マーケンの街から無事帰ったあと、俺は洗濯をしていた使用人のメリーチェにむちゃくちゃ睨まれた。

 色々あって、魔鉱石をうっかりズボンのポケットに入れたままだったのだ。

「ラングリース様、この石はいったいなんなのでしょうか。魔導洗濯機が故障してしまいましたわ……」と、こめかみをピクピクさせた彼女は怖かった。

 ただでさえ彼女は使用人達の中でも特に俺を嫌っていて、豚の共食い発言の子である。

 面と向かってキツい文句を言われることは無いけれど、滲み出る嫌悪感と怒りのオーラでほんと怖かった。

 即座に詫びて、エルドールに急ぎ頼んで修理業者を手配してもらったけれどね。

 魔導洗濯機とはいえ、大きな硬い異物が混入すると故障してしまうらしい。


「どんな風にすると溶けるんだ?」

「この魔鉱石のそばで魔法を使うと反応して溶けるようだよ。魔鉱山で地盤が緩かったのはこれが原因だったらしい」


 鉱山の事故は即座にジャックベリー家に連絡が入り、後日、鉱山魔導師達をつれて調査したらしい。

 その結果、あの鉱山の一部に、魔法に反応してしまう魔鉱石があることが発見されたのだ。

 いま使っている坑道の邪魔にならないように、溶ける魔鉱石は旧坑道にまとめて移動したらしい。

 鉱山の外に捨てるにしても、不思議な匂いがあるから外には保管し辛くて、なんとも邪魔な魔鉱石なんだとか。

 固まっている時はほとんど匂わないし、一度魔力に反応して溶けると、ほぼ完全に匂いは消えるんだけどね。


「ちょっと試してみても?」

「もちろん」


 ライリーが溶ける魔鉱石に目を輝かせて魔法を放つ。

 

 おいおい、これに氷を食らわすか?

 情け容赦なく凍りついた魔鉱石が、氷の中でとろんと溶けた。


「おおー、ほんとだ。面白いな、これ」

「半分持っていくかい? 今なら溶けているから分けやすいよ」

「マジ? 遊びつくすぜ」


 話を聞いていたエルドールが、すかさず蓋付きのガラス小瓶を持ってくる。


「氷の下に小さな穴は開けれるかな」

「俺が魔力を止めれば氷は消えるぜ?」

「それでしたら、水差しに先に氷ごと入れてみてはいかがでしょうか」

「エルドール、流石だな。よし、ライリー、水差しを空にしたから、魔法を解いてくれ」


 窓辺から氷を片手に、塊のままガラスの水差しに移す。

 氷が消え、たぷんと音を立てて溶ける魔鉱石はガラスの水差しの中に納まった。

 エルドールが水差しから半分ほど小瓶に移し変える。


「これ、いつ固まるんだ?」

「いまの所、半日ぐらいかな? 窓辺に置いておいたら勝手に固まっていたからね。魔力で固める事も出来るようだけど、こちらは正直時間がまだよくわからないんだ」


 なんとなく、前世であったレジンのような素材なのかと思う。

 別名紫外線硬化樹脂とも呼ばれていたレジンは、紫外線、つまり太陽の光で硬化する。

 溶ける魔鉱石は魔力で溶けて、固まるときは紫外線でも魔力でも固まる。

 ただ、前世でおかんがアクセサリー作りにはまって使っていたレジンは五分程度で固まったけれど、溶ける魔鉱石は硬化時間がよく分からない。

 ほうっておけば勝手に水晶の結晶のように美しく固まるから、正確な時間はそれほど必要ないかもしれない。

 固まる前に小瓶から出すのを忘れずにと伝えたら、「お前じゃねーし」と笑われた。

 解せぬ。

 

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