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2)目覚め


「お兄さま、どうか死なないで……っ!」


 豪奢なベッドの淵で、ピンク色の瞳をした少女――フォルトゥーナ・ジャックベリーが俺の手を握り締める。

 一体、いつからそうしていたのだろう。

 俺が倒れてから、ずっとだろうか。

 

 身体が熱い。

 関節という関節が痛みに悲鳴をあげている。

 身体がいうことをきかなくて、目線をフォルトゥーナの方へ動かすのが精一杯だ。


「ラングリース坊ちゃま、お目覚めになられましたか」


 フォルトゥーナの隣に控えていた執事のセバスチャンが、グレーの瞳にうっすらと涙を浮かべていた。

 一体俺は何時間、いや、何日意識が無かったのか。

 俺の意識が戻った事を伝えに、セバスチャンは「主治医を呼んできます」と一礼して部屋を出て行く。

 それを見つめる俺は、痛む身体と朦朧とした意識の中、心の底から混乱していた。


 ……何で俺、乙女ゲーのキャラになってんの……?


 フォルトゥーナの透き通るように淡いピンクの瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。

 覚えている。

 俺が彼女に声をかけたせいで魔法が失敗して、黒い影が俺を貫いた事を。

 けれど、俺はいま、混乱の極致にいた。

 それは恐らく、眠っている間に取り戻した記憶のせいだ。


「大丈夫だよ、フォルトゥーナ。なんともないからね……」


 妹を安心させるつもりが声が掠れて、フォルトゥーナはより一層心配そうに俺の太い指を握り締める。

 華奢な妹が握り締めると、俺の指はより一層太さを増すような気がした。

 こんなに素直で優しい妹が、将来悪役令嬢になるんだよな……。



 昔から、俺は妹を見るたびに何か引っ掛かりを覚えてはいたのだ。

 それが一体なんなのかは、ずっと判らなかった。

 けれど妹の魔力を身体に受けて生死の境を彷徨った今、その理由を思い出した。

 俺の妹は、乙女ゲーム『宝石(ジュエル)のように煌いて』に出てきた悪役令嬢であると。

 つまり俺が今いるこの世界は、乙女ゲームに酷似した世界だ。

 そして俺は『宝石ジュエルのように煌いて』の最難関攻略キャラといわれたラングリース=ジャックベリーなのだ。

 いわゆる異世界転生というやつを、俺は身をもって体験していたわけだ。

 けれど……。


 なんだって、よりにもよってラングリースなんだよ。


 俺はベッドの上で、ぶくぶくと肥え太った自分の身体に視線を流す。

 齢十歳にして既にメタボ。

 寝返りをうとうものなら、最高級ベッドが重さに耐え切れずぎしぎしと嫌な音を立てるレベル。

 実際、数ヶ月前にも俺の重みに耐え切れずにベッドが崩壊して、ベッドを作った職人が専属をクビになる所だった。

 優しい妹が厳格な父に頼み込み、俺も分厚い肉がクッション代わりになって怪我一つなかったから、一応専属のままだけれど。

 いま俺が寝ているベッドは二度と崩壊しないように、脚が通常の三倍は太い特別仕様だ。


『宝石のように煌いて』で、皆の本命の王子を押しのけて俺が最難関キャラだったのは、この体型が主な原因だ。

 ゲームでは俺が十六歳の時に学園でヒロインと出会う事になるのだが、俺は今以上にさらに肥え太っているのだ。

 画面からはみ出しそうな巨体で、肉に埋もれた目は意地悪く釣り上がり、開いていても閉じていても判らない線目。

 公爵家の三男という家柄らしく、横柄で傲慢で弱いもの苛めが大好き。

 つまりデブで性格も悪いのである。

 最難関キャラというか、そもそも攻略すらしたくない。

 運営、なぜにこんなキャラ作ったし!


 しかも攻略して全てのイベントスチルを入手しないと、各攻略キャラの隠しイベントスチルを入手できない鬼畜仕様だったのだ。

 でも前世のおかんはデブで性格悪くて面倒なラングリースの攻略なんぞをする気はなく、息子である俺に攻略を押し付けた。

「クリアしなかったら夕飯抜き!」という夕食を人質にしたおかんにほぼ強制的に押し付けられ、男なのに好きでもないキャラを隅々まで攻略しつくしたのだ。

 そう、俺が生まれ変わってしまったデブなラングリースの事も、おかげで設定を良く知っている。


 ゲーム内正式攻略キャラは、王子を入れて八人。


『王子:ハドル=インペリアル=ウィンディリア』

 このウィンディリア王国の王子で、妹を破滅に導く張本人。

 金髪とアクアマリン色の瞳を持ち、誰もが振り返る美貌の持ち主。

 攻略イベントも多数用意されていて、当然の如く人気No,1だった。


『ヴァイマール伯爵家三男:アンディ=ヴァイマール』

 いわゆる一般的な好青年で、優しくて頼りがいのあるイケメン。

 サファイア色の瞳と、柔らかな鳶色の髪をしている。

 王子と少しキャラが似ていて、優しくてお人よし。

 よくヒロインを助けてくれていた。

 高感度がすぐに上がるので、攻略しやすいキャラでもあった。


『魔術教師:ベネディット』

 ウィンディリア王立学園の魔術教師で、クールで知的。

 冷たい銀の瞳に片眼鏡で、紺色の髪を長く伸ばしている。

 神経質そうなタイプ。

  

『騎士団の騎士:ローデヴェイク=ラングディア』

 ラングディア伯爵家の出身で、王子の護衛騎士。

 護衛騎士とはいえ筋肉ゴリゴリではなく、イケメン細マッチョ。


『盗賊団頭領の息子:ジャス=レウル』

 盗賊団『黄昏の空』頭領の息子で、野生的。つんつんとした赤髪と金色の瞳で目立つ青年だった。


『マルムスティン侯爵家五男:ジュリアン=マルムスティン』

 いわゆる弟的存在のショタキャラ。

 ヒロイン達よりも年下で、身長もさほど変わらなかったと思う。

 小柄でクリーム色の髪は癖っ毛で、くりくりっとした茶色の瞳。

 ぱっと見だと女の子と見間違えそうだった。


『教会神父:クリス=カーライル』

 黒いカソックをピシッと着こなした教会神父。

 常に優しい笑みを浮かべた美青年で、神父らしく慈悲深い。


 この美男子揃いの乙女心をくすぐるそうそうたるメンバーの中に、ぽつんと紛れ込むのがこの俺、『ジャックベリー公爵家三男。ラングリース=ジャックベリー』だ。

 前世でのネットの評判も最悪で、

「縦にも横にもでかくて目障り」

「画面からはみ出そう。むしろそのままはみ出て戻ってくるな」

「養豚場に帰れっ!」


 などなど……あっ、泣きそう。


 ゲーム通りに進んだら悪役令嬢と化した妹に巻き込まれ、ジャックベリー公爵家は破滅する。

 十歳のいま、前世を思い出せたのはきっと幸運だろう。

 いまならまだ、破滅の運命を回避できるはずだ。


 破滅の運命を回避すべく、可愛い妹を悪役令嬢ではなく普通の令嬢に育て上げ、そして運悪く破滅しても死ぬことだけは避けれるようにしよう。

 悪役令嬢的BADENDは大まかに分けて三種類ある。


1)没落ルート

 悪役令嬢たる妹が王子の不興を買い、ヒロインを苛め抜いた事が発覚。

 父の不正もばれて爵位剥奪、国外追放になる。


2)自殺ルート

 王子に本当に惚れてしまった妹が、婚約お披露目パーティーで王子に破談を言い渡され、ショックで自殺してしまうルート。

 このルートの場合、妹だけが死んで、俺や家族はお咎めなし。


3)宝石ルート

『宝石のように煌いて』の目玉とも言えるようなEND。

 王子の不興を買った妹は、なんと魔法により宝石の刑に処せられる。

 魔法で瞳の色と同じ宝石に変えられてしまうのだ。

 妹はそれはそれは美しいピンクトルマリン色の瞳をしている。

 宝石に変えられた妹は皆の前で粉々に砕け散り、ピンクの宝石が舞い散る中、王子とヒロインが微笑むスチルは綺麗だった。

 だが砕け散るのは俺の妹の命だ。

 俺の妹にそんな未来は絶対に許さない。


 いま現在の妹は、幼いせいなのか、高飛車で意地悪でテンプレ的な悪役令嬢だったゲームとは似ても似つかない性格だ。

 優しくて思いやり深くて、使用人達にも心底愛されているほどに。

 当然、俺も妹を大事に思っているのだ。


 BADENDは全て避けたいが、最悪、妹が死ぬ2と3のルートを避け、没落後も生活できるように俺は手に職をつけよう。

 妹と、家族を食べさせていけるように。


 俺の手を握り締めて泣きじゃくる妹を見つめながら、俺はそう、決意するのだった。


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『悪役令嬢の兄になりまして』一迅社アイリスNeo様書籍情報
2018/5/2発売。

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