19)アンディの誕生パーティー
庭の草木が赤く色付き始める。
中庭のガーデンテーブルの周りの木々も色を変え、秋の訪れを感じる。
はらりと風に舞った落ち葉がフォルトゥーナの髪を彩った。
俺が落ち葉を払うと、「ありがとうございます、お兄さま」とフォルトゥーナが微笑んだ。
また、俺の背が伸びた気がする。
俺を見上げるフォルトゥーナの顔の位置が、夏頃よりも下のほうにある。
背が伸びた分、横幅が少しは緩和……されてるといいな。
エルドールとアリアンヌが中心になってお茶の準備を整える。
アリアンヌはどちらかというと足を引っ張っているけどね。
エルドールがきっちりフォローしているから、大丈夫。
フォルトゥーナと中庭で紅茶を飲んでいると、母上の華やいだ笑い声が聞こえてきた。
見上げると、二階の窓から母と父が並んで歩いているのが見える。
……母上と父上、仲いいなぁ。
あまり部屋から出ない母上だったけれど、先日から父上と一緒に王都の別邸に行ったりしている。
意外と行動派で何よりである。
俺が言ったその日の夜にはもう王都の別邸に向かったので、本当はずっと側に行きたかったんだと思う。
父上といられる母上は本当に嬉しそうで、見ているこちらも嬉しくなる。
母上を見つめる父上の目も優しい。
俺に似て、すっごくデブだけど。
母上と並ぶとまさに美女と野獣で、我が親ながら「もう少し、痩せよう?」と真顔で言いたくなる。
「お兄さま、ライリー様のお茶会へはご一緒して頂けますの?」
フォルトゥーナが愛らしく小首を傾げた。
断るわけがない。
「アンディの誕生日パーティーも兼ねているしね。たまには、一緒に行くのも悪くないと思う」
普段、母上のことをとやかく言えないぐらいに俺も引き篭もり気味だけど、ライリーの家のお茶会ならね。
三男坊とはいえ俺は公爵家の子息。
だから多少は他家のお茶会にも出席しているわけだけど、極力数は減らしてる。
はっきり言うと面倒くさい。
……『デブで性格の悪いラングリース』に近づきたくないご令嬢達の目が辛いのもあるんだけどね。
ほら、まかり間違って俺に見初められたら、まず断れないでしょ。
こっちは公爵家だからね。
同じ公爵家のご令嬢ならともかく、侯爵家や伯爵家、さらには子爵に男爵のご令嬢となるともう絶望的だから。
最初の挨拶以外決して近寄ってこないご令嬢や、立場上仕方なく笑顔を貼り付けながらも全身で「わたしを選ばないで!」と言っているのがわかるご令嬢とか、もうね。
……俺にそんな気はまったく無いんだけどな!!
うっかり婚約などして将来破滅の運命を逃れられなくて、相手の家まで巻き込んだらと思うととてもそんな気分にはなれない。
どうしても、破滅の未来を知っていると、ね。
破滅の運命を回避できて、もしも、ほんと、もしも万が一だけどね?
俺を好きだといってくれる人が現れたら。
貴族でも平民でもブスでも美人でも精一杯、相手のことを大事にしたい。
今は破滅の運命を逃れることで手一杯だけどね。
「お兄さまと一緒で嬉しいですわ。ねぇ、お兄さま? お茶会へは、何色のドレスが似合うと思いますか?」
「フォルトゥーナなら何色でも似合うよ」
「まぁ、お兄さまったら、なげやりですのね」
「違うよ、本心だよ。フォルトゥーナなら、何を着ても世界で一番可愛いと思うよ?」
そう、本当に本心だ。
美の女神リプアに愛されているという噂は伊達じゃない。
どんな服を着ても、そう例え使用人と同じ服を着たとしても、フォルトゥーナの場所だけ光り輝いて見えるだろう。
赤いドレスなら黒髪に映えると思うし、ピンクのドレスなら瞳の色に合う。
白いドレスならフォルトゥーナの純粋さが際立つし、水色のドレスならお伽話から抜け出たお姫様のようになるだろう。
何を着ても、似合わないなんてことが絶対に無い。
「お兄さま、褒めすぎですわ」
「そうかな? 誰に聞いても同じ答えになると思うよ。……でも、そうだね、強いていえば、黒いドレスはやめておこうか?」
「黒は、似合わないでしょうか」
「いや、とても似合うと思うよ。でもウィンディリア王立学園に入学すれば、ほぼ毎日のように身につける色だからね」
ウィンディリア王立学園の制服は黒を基調としているのだ。
そして将来ゲームの中で『漆黒の魔女』『常闇の悪魔』の異名をとるフォルトゥーナは、黒髪の美しさも相まって黒いイメージが強い。
だから出来れば、黒いドレスは避けたいかな、というなんとなくの思いだったりする。
「そうですわね、学園に入れたら、制服は黒ですものね」
ほんの少し、フォルトゥーナの瞳が翳る。
学園に入れたら?
入れるに決まってる。
ウィンディリア王立学園は平民も受け入れているのだ。
魔力、学力、武力。
この中でどれかが基準を満たしていればよいのだから、学力の高い公爵家のフォルトゥーナが入れないことはまずありえない。
母上といいフォルトゥーナといい、魔法が少し苦手なだけで心配しすぎというものだ。
「フォルトゥーナ、ウィンディリア王立学園は私でも入学できるレベルなんだよ? だからフォルトゥーナの学力なら大丈夫だからね?」
まだ試験を受けていないけれど、十中八九落ちることは無い。
平民で特待生希望などなら別なんだけれどね。
あれは求められる学力や魔力や武力のどれかが相当特化していないと無理。
でも貴族でごく普通の学力があれば問題ないのだ。
俺は今年で十二歳になるし、来年度からはウィンディリア王立学園に通う予定だ。
「そうだとよいのですけれど……」
「フォルトゥーナは心配性だね? そんな先のことより、アンディへのプレゼントでも一緒に考えないかい?」
そう、誕生日パーティーも兼ねているのだし、贈り物も考えないとね。
ちなみに俺はハンドメイドのアクセサリーを贈る予定。
エルドールがまたウィンディリアの街で上質のガラスビーズを入手してきてくれたのだ。
これでピンブローチを仕上げようかと思っている。
アリアンヌのネックレスを修理する為だけにアクセ作りを練習した俺だけど、実は結構はまってるんだよね。
魔鉱石を使った魔宝石の修理職人は需要の割りに意外と少ないらしく、それも俺にとっては魅力。
ジャックベリー家が没落してしまった場合に、お金を稼ぐ手段の一つになりそうだからね。
「アンディ様とはあまりお話しする機会がありませんでしたの。ライリー様ならブラディン産の紅茶を贈るのですけど」
「フォルトゥーナから贈られれば、何でも喜んでくれると思うよ?」
「もう、お兄さまはそればっかり」
ぷぅっとほっぺたを膨らませるけど、それ、可愛すぎだからね?
何をしても本当に可愛い。
そうだ。
「ライリーへの紅茶と、アンディへはクッキーを持って行けばいいんじゃないかな? あの子はお菓子が好きだしね」
ライリーと共に家に遊びに来た時、結構お菓子を頬張っていたからね。
よく太らないなぁって羨ましかったから覚えてる。
「まぁ、お菓子が好きでしたの? それでしたら、料理長に頼んでみますわ」
ほわっと微笑むフォルトゥーナ。
うん、当日が楽しみだ。
◇◇
ヴァイマール家のお茶会は、ガーデンパーティーだった。
ジャックベリー家よりもどことなく可愛らしい仕上がりの庭は、ライリーの母上の趣味らしい。
丈の低い植木はまぁるく整えられていて、所々に配置されているミニチュアガーデンには陶磁器で作られた小人の人形が飾られていたり、童話に出てきそうな大振りの茸が植えられていたり。
「これ、可愛いだろ? お母様が作ったんだぜ」
挨拶回りを終えたライリーが、すぐ隣に来ていた。
「エオリーファ様が? 素晴らしいね」
庭師に任せるだけでなく、ご自分でミニチュアガーデンを作っていらっしゃるのか。
フォルトゥーナが「小人さんが今にも話しかけてくれそうですわね」と少し屈んで陶磁器の小人を撫でる。
うん、むしろフォルトゥーナが童話の世界にいるようだからね?
ちなみに今日のフォルトゥーナのドレスは深みのある赤を基調とし、ピンクで細かな刺繍が施されたものだ。
王宮に行く時のようなコルセットでぎゅうぎゅうに締めるドレスではなく、ワンピースに近いタイプ。
お茶会だからね。
思いっきり正装ではなく普段着に近い服装でよい事に、フォルトゥーナは喜んでいた。
ペチコートで膨らませたドレスはお姫様そのもので見ていてとても可愛いけれど、着る本人はやはり苦しくて動きづらいらしい。
その点、男の俺はいつもの服装にちょっとだけフリルだのレースだの金の鎖だのが増えたベストとジャケット、それにズボンという出で立ちで楽チンだ。
「フォルトゥーナ嬢も今日は可愛いな」
「こら、ライリー。フォルトゥーナはいつでも可愛いんだ。そこを間違えてはいけないよ」
「バカ兄貴」
「私は事実を言っているだけだ。フォルトゥーナは常に愛らしい」
ライリーは力説する俺を苦笑してるけれど、俺はこの意見を曲げる気は毛頭無いからね。
あ、でもフォルトゥーナがとっても恥ずかしそうにしているから、彼女の前で褒めるのは少しだけ自重しようかな。
可愛いって気持ちは少しも自重しないけどね。
お茶会だからか子息よりもご令嬢が多いこのパーティーだけれど、ほぼ全ての子息がちらちらとフォルトゥーナの様子を伺っているぐらいだからね。
ゴテゴテと不必要なまでに飾り立てた令嬢よりも、清楚なワンピース姿のフォルトゥーナのほうが何倍も愛らしいから、仕方ない。
俺がフォルトゥーナの可愛さを愛でていると、アンディがご令嬢を後に引き連れてやってきた。
アンディは正統派の攻略対象なだけあって、かなりもてる。
優しげで甘い顔立ちに、性格も穏やかなアンディは、ご令嬢達の憧れの的だ。
ライリーは嫌な事は嫌だとはっきり言う性格だけれど、弟のアンディは曖昧に微笑むだけで断らない。
だからかな?
ライリーにもご令嬢は群がるけれど、ある程度の距離は必ず置いていて、一線は越えない感じだけれど、アンディには情け容赦なくべったりだ。
両手に花状態で二人のご令嬢に腕をとられ、後にもご令嬢たちがついてきているアンディは、傍目で見ても疲れた顔をしている。
「これはこれは、パフェリア侯爵令嬢にオーディル公爵令嬢。いつもながら、お綺麗ですね」
よそ行きの笑顔を顔に貼り付けたライリーに、思わず顔をしかめそうになる。
相変わらず、切り替え早いよな。
「ライリー様、わたくしの事は、シュレディって呼んでくださいませといつも言っていますでしょう? 将来妹になるのですもの」
「まぁあっ、シュレディ様、それはどうかしら?! 将来妹になるのはこのわたくしですのよ? ライリー様はわたくしを妹としてベルモットと呼んでいただきたいですわっ」
バチバチと二人のご令嬢が激しく火花を散らす。
確かアンディの右手に引っ付いているのがシュレディ=パフェリア侯爵令嬢で、左手にくっついているのがベルモット=オーディル公爵令嬢だ。
シュレディ侯爵令嬢はお嬢様らしく金色の髪をこてこてに巻いて、王宮に行くような豪奢なピンクのドレスに身を包んでいる。
ベルモット公爵令嬢は銀髪をツインテールに結い、宝石を散りばめた髪留めを飾り、華美な青いドレスを着ている。
きっと、アンディの心を射止めたくて、精一杯お洒落してきたんだろうなぁ。
でもアンディとライリーの対応を見ていると、どちらの令嬢にも脈は無さそう。
ライリーはどちらの令嬢の事もファーストネームではなく家名で呼んでいるからね。
完璧な作り笑いからは分からないだろうけれど、内心「めんどくせー!」って叫んでいる気がするよ。
「二人とも、どうか落ち着いてください。ジャクベリー公爵家のお二人もいるのですよ」
アンディに言われ、はっとしたようにこちらを見るご令嬢。
思いっきり、眼中になかったんだね。
「ぶ……ラングリース様、フォルトゥーナ様、大変失礼いたしました」
慌ててベルモット嬢が頭を下げ、シュレディ嬢はにこりと社交辞令的な笑みを返す。
いま、『ぶ』って言いかけたのは、何かな?
ブタ、って言いたかったのかな。
普段から影でそう呼んでいると、思わず本人の前でも言いかけちゃうものなんだね。
俺も気をつけよう。
「フォルトゥーナ嬢、今日は美味しいクッキーをありがとうございました」
「アンディ様、もう食べられたのですか?」
「はい、とても美味しくて、全部一人で食べてしまいました」
「本当に甘いものがお好きですのね」
「フォルトゥーナ嬢が作ってくれたものだから、より一層美味しく感じられたのかもしれません」
あー……。
アンディ。
君ね、この場面でそれ言っちゃう?
好きなクッキーもらえて嬉しかったんだと思うけどね?
フォルトゥーナを見るご令嬢の目が、すんごくキツいんだけど。
「あ、アンディ様は、フォルトゥーナ様がお好きなのですの?!」
ベルモット公爵令嬢かキッとフォルトゥーナを睨みながら、アンディを問い詰める。
「えっ」
「えっ、ではありませんわ。魔法もまともに扱えないフォルトゥーナ様を婚約者に望んでいますの?! ありえませんわっ」
シュレディ侯爵令嬢も尻馬に乗ってアンディを責めるけど、ちょっと待って。
魔法も使えないってどうゆう意味だ。
フォルトゥーナは使えるぞ。
人に使うのが苦手なだけだ。
「二人とも、勘違いしているのではないかな。フォルトゥーナは魔法を扱えないなんてことは無いですよ」
「ラングリース様はお兄様だからそう思われるのかもしれませんけれど、フォルトゥーナ様が魔法を使えないことは有名ですわ。
魔力を暴走させてラングリース様ご自身も命の危機にさらされたとか。とても貴族のご令嬢とは思えませんわ」
ふんっと鼻を鳴らすベルモット公爵令嬢に、後についてきていたご令嬢達も頷き、フォルトゥーナに嘲りの目を向ける。
ご令嬢達の冷たい目線にさらされたフォルトゥーナは悲しげに目を伏せた。
くっそう、何だこの女達!
俺の可愛いフォルトゥーナにふざけるな?
ここがヴァイマール家で、今日がアンディの誕生日じゃなかったら張ったおしてるぞ。
「大体……きゃっ!」
スッパーンッ!
なおもフォルトゥーナを詰ろうとしたベルモット公爵令嬢が横にすっ飛んだ。
え?
えぇっ?
ライリーだ。
思いっきりライリーがベルモット公爵令嬢をひっぱたいたから、勢い良く吹っ飛んだんだ。
地面に倒れたベルモット公爵令嬢が頬を抑えて唖然としている。
「失礼。気色の悪い蛾が止まっていたので振り払いました」
ニコリと笑っているけど、それ、蛾って思いっきり嘘だよな?
むしろ虫そのものを見るような眼をしてるぞライリー!
驚きで声も出ないフォルトゥーナに、ライリーが手を差し出す。
「フォルトゥーナ。ここには醜い虫が多くいるようです。空気のよいあちらにゆきましょう」
有無を言わさずフォルトゥーナの手をとり歩き出すライリーの後を、俺も慌てて追う。
ライリーがフォルトゥーナを呼び捨てにしたことで、より一層アンディ狙いのご令嬢達の目が背中に突き刺さる。
叩かれたベルモット公爵令嬢はここぞとばかりにアンディに「痛かったですわ、あんまりですわー!」と甘えているようだけど……。
あぁあ、もうっ。
「俺が我慢したのになんでライリーがキレるんだよ?!」
「まぁまぁ、もうやっちまったんだし? あいつ等いっつもアンディに付きまとって鬱陶しいんだよ」
「鬱陶しいって……仮にもあちらは公爵家と侯爵家のご令嬢だぞ」
「仕方ないじゃん? 親友の妹を詰られたら誰だってキレるっつーの」
「……後始末は頑張るよ」
「おう、そうしてくれ。まぁ、あちらが何言ってきても大丈夫だと思うけどな」
俺もそうは思う。
ジャックベリー公爵家の力を使うまでもなく、アンディが好きなご令嬢達がヴァイマール家にどうこうして来るとは思えない。
やるとしたら、ライリーに叩かれたベルモット公爵令嬢がそれを盾にアンディに婚約迫るぐらいかな。
アンディにとっては災難だけど、フォルトゥーナにまで飛び火したのは彼のせいだしね。
ちょっとぐらい、困ってもらおう。
そしてフォルトゥーナ。
俺は、フォルトゥーナが魔法をちょっとぐらい苦手なほうがいいと思っていたけれど、今日みたいなことがあると考えてしまうよね。
フォルトゥーナより格下のご令嬢達に笑われるなんて、正直俺は我慢できない。
明日から、母上の提案通り一緒に魔法の授業を受けよう。
それ以外でも、フォルトゥーナが魔法を上手く扱えるように、精一杯、協力しよう。
ところで。
「……いつまでフォルトゥーナの手を繋いでいるのかな?」
ずっとライリーがフォルトゥーナの手を握っているので、フォルトゥーナが真っ赤になっている。
「あぁ、悪りぃ。無意識だったわ」
苦笑して手を離すライリー。
まったく。
真っ赤になった顔を必死に平常に戻そうとするフォルトゥーナの頭を撫でながら、俺は軽く溜息をついた。