14)襲撃
勝利を噛み締める砂埃の中、月明かりに照らされて人影が増えてゆく。
鉱山魔術師が来たのだろう。
それか、クレディル先生かジョシュア先生だ。
そう思って、俺は声をかけようとして。
――息を飲んだ。
舞い散る砂埃が途切れた合い間に映し出されたのは、異様な姿の男達。
顔にスカーフを巻き、目元にはゴーグル。
クロップドパンツには革のホルダーが下げられ、真鍮の銃が覗いていた。
ジャックベリー家の魔法教師ではもちろん無いし、鉱山魔術師には程遠い存在だ。
俺達が反応するよりも早く、男達は俺達に向かってきた!
エルドールが地面を蹴り、空を舞う。
長い脚が弧を描き、男の頭部を蹴り上げる。
続けざまに拳を隣の男の腹に打ち込み、さらに足を払って転倒させた。
ライリーが地面の砂を掴み、男達の顔面に向かって投げつける!
「そこまでだ!」
ドスの聞いた声が辺りに響く。
なにが起こったのかわからなかった。
本当に一瞬の出来事だった。
魔法を使う余裕も無かった。
「んー、んーっ、んーーーーーっ!」
俺は必死に叫ぼうとしたけれど、出来なかった。
口に猿轡を嵌められているのだ。
背後から別の男が近づいている事に気づけなかった。
鉱山から脱出して、勝利をかみ締めて。
なのに俺はいま、拘束されている。
俺を人質にとられたエルドールも、反撃できない。
顔面を殴られ、猿轡を嵌められて後ろ手に縛り上げられる。
トリアンもいつの間にか縛り上げられていた。
「てめぇっ、離せっつってんだろ!!!」
「大人しくしろ!」
ガツンと、ライリーの後頭部に男の拳が落ちて、ライリーがその場に崩れ落ちた。
ふわりとライリーと俺の周囲に一瞬光が舞い散る。
変化の術が切れ、ライリーの整った横顔が顕わになった。
一体敵は何人だ?
少なくとも五人は確認した。
猿轡をどうにかずらそうと試みるが、後ろ手に縛られていてどうにもならない。
とどめに、麻袋を被せられて完全に視界が遮られた。
麻袋の中で必死に足をばたつかせても無駄だった。
縄でぐるぐると身体が縛り上げられ、地面に転がされる。
ごつごつとした岩肌が麻袋の中からでも感じられた。
……マジでなんなんだよ、これ!
叫べないのがもどかしい。
俺もライリーもトリアンも。
魔法さえ使えればきっとどうにかなった。
けれど坑道で殆ど魔力を使い切っているいま、戦う術が無い。
「おい、さっさとしろ! 人が来るぞ」
「そんなこと言ったって、こいつ重すぎるんスよ、持ち運べねぇ!」
「馬鹿やろう、こんなデブは転がせばいいだろ」
「樽と一緒だと思えっ」
口々に暴言を吐く男達。
いやいや、まてまて。
すこしは痩せたんだぞ、ウェストが左右で二センチずつ!
くびれだくびれっ。
体重だって軽く五キロは落ちてるんだ、それでももともと丸かったからあんまり見た目変わってねーけど。
人間だからな?
樽じゃない。
転がしたら怪我するだろ?!
「死ななければ多少の傷は気にするな」
いや、気にしてくれ頼むから!
ドスッと俺の腹に蹴りが入って、俺は麻袋の中で苦痛に身体を捻る。
くっそ、デブでも痛ぇっ。
声でないけど!
苦痛に涙が浮かぶ。
そして俺は、やっと理解した。
いま俺達は、誘拐されたのだという事に。
「担ぎ込め!」
リーダーらしき男の声に従って、俺は何か乗り物に押し込められる。
投げ込まれなかったのは、一重に重過ぎて出来なかっただけだろう。
そのくらい乱暴な扱いだった。
乗せられたのは恐らく荷馬車だ。
馬の鳴き声が聞こえる。
固い荷馬車の床は狭く、けれど同じように床に投げ込まれた人の気配が感じられた。
ライリーか、トリアンか。
それともエルドールか?
人の気配は感じられても、それが誰かは分からない。
最悪、知らない誰かの可能性だってある。
みんな猿轡を嵌められているのだろう。
声が聞こえない。
男達の声は前のほうから聞こえる。
荷物と、人が乗る場所が分かれているタイプのようだ。
荷馬車がゴトリと動き出す。
魔導馬車と違って、振動がダイレクトに身体に伝わってくる。
小石を車輪が踏む度に身体中に痛みが走った。
揺れも酷くて、軽く吐き気がこみ上げる。
こいつらの目的はなんだ。
死ななければ、と言っていたという事は、暗殺は除外か。
となると身代金目当てか、人身売買か。
俺以外の三人はともかく、俺はどう考えても売り物になる容姿はしていないから、身代金か。
……いや、まてよ?
ライリーは変化の魔術でかなり容姿の華やかさを抑えていた。
意識を失っているいまは、俺も含めて変化の術が解けたけれど、解ける前の容姿はごく普通に見えたと思う。
麻袋の中に漏れてくる月の光に、俺の本来の髪色である黒髪が照らされている。
解けたのはついさっきなんだから、俺とライリーは身元がまだばれていないんじゃないか?
変化の術が解けているいまなら、どこかで見かけた事があるかもしれない。
けれどその前の姿に見覚えは無いはずだから。
俺は正直殆ど見た目が変わっていなかったけれど、ジャックベリー家からあまり出ていないし、せいぜい、ライリーの家に泊っていた程度だ。
顔をこいつらに覚えられているとは思えない。
となると、やはり人身売買の線が濃厚か?
トリアンとエルドールは容姿がそのままだったから、高値がつくかもしれない。
地味とはいえ、トリアンは整った顔をしているし、エルドールは完全に美少年だ。
狙われたのは二人だろうか。
でもそれだと、俺まで連れて行かれる理由が無いか?
自慢じゃないけれど、樽呼ばわりされるレベルで売れない俺を運ぶ理由が無い。
重くて邪魔だし、正直、その場で処分したほうが楽だと思う。
考えたくないけどね。
けれど、身代金も首を傾げる。
俺達はお忍びで来ていたし、偽名を使っていた。
どこに身代金を要求する?
黄金壁の礎亭にはライリーやエルドールが本名を使って部屋をとっていたけれど、そこから漏れるとは考え辛い。
こんな手合いに情報を漏らすような宿じゃないからだ。
……お手上げか?
考えても、犯人の目的も目処もつかない。
ぐるぐると思考を巡らせていると、ふいに、俺の手を誰かが掴んだ。
麻袋越しに、同じように麻袋に包まれたままの手が、俺の指先を探る。
なんだ?
誰だ?
「リース、聞こえるか?」
ライリーだ。
俺にぴったりと身体をくっつけて、小声で話しかけてくる。
無事だったんだな?
でも何で声出せるんだ。
猿轡、つけられてたよな。
聞きたいし答えたいけれど、俺は声が出せない。
「聞こえてたら、俺の手を握り返してくれ」
ぎゅうっと、指先を握る。
「よし、意識あるな。これから、ここを脱出する」
え?
マジか。
「さっき、落ちてたガラスの破片拾っといたんだ。袖に入れといたんだけど、これで縄を切る」
いつの間に?
あぁ、敵に砂を投げつけていた時か。
俺は魔法が使えなくてなにも出来なかったけれど、ライリーは即座に武器になりそうなものを拾っていたのか。
「俺のを切ったら、お前の縄も切る。魔法は使えそうか?」
指を握らない事で返事をする。
まだ使える感じがしない。
坑道で使いすぎて、なかなか回復しないようだ。
「そうか。俺も使えねーんだよな……」
そうなると、トロッコを風で操作していたトリアンも無理だろう。
「っ!」
ガタリと、一際大きく馬車が揺れた。
荷台の中を、俺達は大きく流されて壁に押し付けられる。
くっ、壁でよかった。
ライリーのほうに転がったら、俺の体重で押し潰してしまう。
なんだろう。
外が騒がしい。
荷馬車の中から人が慌ただしく降りる足音が聞こえた。
「おいっ、手をしっかり握ってろ。いま縄を切ってやる」
ライリーが耳元で囁く。
俺は外の様子が気になりながらも、言われたとおりに手を握り締める。
麻袋が破かれ、手にガラスの破片が触れた。
ガラスの破片は俺の手をすっと撫でて、そのまま縄へ鋸の様に動かす。
ぶつりと縄が切れる音がして、俺の両手は自由を取り戻した。
ライリー、魔法が使えなくてもほんと凄いな。
自由になった両手で、裂かれた麻袋を左右に少し引き裂いて周囲をそっと見る。
見える範囲では、麻袋が二つ。
エルドールとトリアンだろうか。
男達はいない。
やはり荷物と人を分けて乗せるタイプの馬車だったようだ。
そっと麻袋を抜け出すと、ライリーも抜け出した。
残る二つの麻袋を破ると、エルドールもトリアンも無事だった。
いや、無事とはいい難いかな。
エルドールは顔面を殴られたから、かなり腫れている。
せっかくの綺麗な顔が台無しだ。
「すまない、エル。いま、魔法が使えそうもない……」
治癒魔法が使えれば、こんな傷すぐに治せるのに。
もう少しすれば、使えそうな感じもするのだけれど。
「お気になさらないで下さい。私のほうこそ、主を守れず申し訳ありません……」
口を開くのも痛そうだな、エルドール。
魔力が回復したら、絶対にすぐに治療だ。
外から、男達の怒鳴り声が聞こえた。
そうっと、俺達は荷馬車の窓から外を覗き込む。
「!!!」
俺達は目を見開いた。
月明かりの中、馬車の前方にずらりと何者かの集団が立ち塞がっている。
中央の少年が、一歩前に進み出た。
「盗賊団『黄昏の空』、ここに見参! 俺らのシマで、卑劣な真似はゆるさねぇ。野郎ども、やっちまいな!!!」
うぉおおおおおっと、雄叫びが響き渡った。