13)救出
引き続き、偽名一覧です。
リース⇒ラングリース
エル⇒エルドール
ライ⇒ライリー
トリアン⇒トリアン(偽名使ってません)
どのくらい歩いただろう?
遠くに光が見えた。
「出口かな?」
「ううん、まだ大分先だよ。落盤ももっと先のはずなんだけど」
レイチェルが訝しむ。
ゆっくりと近づくと、エルドールがランプをかざすのと同じように、鉱夫らしき人々がこちらにランプを掲げていた。
「みんな、無事かなっ?!」
「レイチェル! それにネルドにクロットも?!」
「何でこんなところに? 出口はもっと遠いよね?」
「落盤があっただろう? 同じ場所にいちゃ危険だから、移動したんだよ。他の出口も探せればとも思ってな」
「みんな動けるんだ?」
「おぅ、なんとかな」
鉱夫達はみんな、さほど大きな怪我は負っていなかったようだ。
あ、でも、腕が下がっている人は脱臼してそうだな。
「怪我をしている方は見せてください。私たちが治療します」
ネルドさんとレイチェルが事情を説明して、俺は怪我人の治療に専念する。
幸い、ぱっと見てのとおり落盤の下敷きになった人はいなくて、衝撃で吹っ飛ばされたり、砕けた岩の破片で負傷した人が殆どだった。
つまり、俺の治癒魔法で対処できるレベル。
正直、ほっとした。
「坊主、わざわざありがとうな」
鉱夫の大きな手が俺の頭を撫でた。
一瞬、エルドールの気配が変わったけれど、俺はそれを目で制す。
俺達はいま、お忍びだからね。
ぜんぜん、忍べてなかったけれど。
「なぁレイチェル。代わりの鉱山魔術師はどのくらいで来るんだい?」
「うーん、ボク達がここに来てからもう結構時間が経ってるし、もうちょっとでくるんじゃないかな?」
「曖昧だなぁ」
まぁ、そうなるよね。
高速魔導馬車で手配してもらったけれど、正確な時間まではね。
鉱山魔術師はいわゆる土魔法に長けた人がなれる職業の一つなんだけれど、王国管理の魔導師ギルドを通して派遣される事が多いから、丁度手のあいている魔術師がいるかどうか。
でも今回は、たぶん家の魔術師を手配したはず。
クレディル先生かジョシュア先生が来てくれれば、大丈夫だと思う。
二人はジャックベリー公爵家の魔法教師だけれど、魔導まで習得しているからね。
「とりあえず、ここに留まるか?」
「鉱山魔術師がくるなら出口探して動き回らんほうがいいんだろうしなぁ」
「でも戻るって手もあるよね」
落盤がどこで起こるかわかればいいけれど、分からないからね。
動きがとり辛い。
「……まだこの坑道に人が残っていますか?」
不意に、トリアンが耳をそばだてる。
俺も真似して耳を澄ましてみる。
坑道を吹き抜ける風の音がする程度だ。
けれど話し声やその他の音は特に聞こえない。
「いや、ここにいるのはこれで全員のはずだ。なぁ?」
鉱夫達が顔を見合す。
残っているのは五人。
ネルドさんとクロットをあわせて七人。
ブラウンさんに聞いていた人数と一致している。
「トリアン、なにが聞こえたんだ?」
緊張した面持ちで、ライリーが周囲を見渡す。
何も変化はないように思えるけれど……。
「足音が聞こえたような気がしたんです。向こうから」
指差すのは、僕達が来たのとは別の道だった。
「……確認してこよう」
そちらに向かおうとする俺の手を、エルドールが掴んだ。
「危険ではないですか。全員ここにいるのでしょう?」
「私達のように別の入り口から入り込んでしまった人がいたら? ……もしも、子供が忍び込んでいたら?」
俺達が入りこめたんだ。
閉じ込められた親を心配した子供とか、後はなにも知らずに遊びに来てしまっていたとか。
「それは……」
「無いとは言い切れないだろう。何もなければ、いいんだ。ついてきてくれないか?」
「リースが行くならついて行かないはずがありません」
「エル、あれだよ。何もなかったらすぐ戻ってくればいいじゃん。トリアンも気になるだろ?」
「えぇ、ライのいう通りですね。聞き間違えならそれで安心ですし」
「じゃあ、ボクもキミ達についてく! 迷ったら危ないんだよ」
頷く俺達に、鉱夫達が顔を見合わせる。
「みなさんは、こちらに残っていてください。ネルドさんとクロットさんも。外からの救助とすれ違ってはいけないので」
「子供達だけに行かせるわけにはいかないだろう?」
「ネルドさん、ボクたちに任せて? ここって子供じゃないと通れない場所あるし。すぐに戻ってくるから!」
「おっさんおっさん、俺達には魔法もあるからさ。どーんと待っててくれよ」
ライリーがカキンッと手の平に氷を出現させる。
瞬間、「おおっ!」と鉱夫達にどよめきが走った。
レイチェルとライリーの説得で、鉱夫達をこの場に残し、俺達はトリアンが捕らえた足音のするほうへ探索を始めた。
十分ぐらい歩いただろうか。
もう鉱夫達のランプの光も話し声も届かない。
「……なにも無さそうかな」
「こうした岩肌だと、足跡も捕らえれませんね」
土の道と違って、坑道の中は当然の如く岩が多い。
特にこの辺りは岩をそのままくりぬいたような道になっていて、足跡がわからない。
「あれ? この魔鉱石変わってるね」
レイチェルが壁の岩を指差して首を傾げる。
覗きこんでみても、俺にはどう変わっているのかわからない。
レイチェルが手頃な魔鉱石を拾って、問題の岩に並べる。
「あのね、この魔鉱山の魔鉱石って、色って特についてないんだよね。でもみんな黄色の光を中から発してるんだよ。ぼんやりと洞窟が明るいでしょ? でもこの石は、鉱石自体が青みがかってるの」
いわれて比べてみると分かった。
魔鉱石エルズマギーでみた魔鉱石も、鉱石自体に特殊な色はついていなかった。
魔力を当てた時に内側から強く輝いただけで。
でもレイチェルが指差す岩は、岩そのものが淡く色付いている。
それでいて、中から発する光も、他の石と違って微妙に青みがかって見えた。
並べて比べてみないと分からないレベルだけれど。
「お前、良くこんな細かいとこに気づいたなぁ」
「いつも魔鉱石見てたからね。でもこんな魔鉱石は初めて見たんだよ」
「落盤の影響で露出したのかもしれませんね」
「ここ、結構危なそうです」
トリアンが天井を指差す。
パラパラと小さな欠片が降ってきていた。
青みがかった岩の周辺にも、砕け散ったと思われる魔鉱石がいくつも散らばっている。
この辺は地盤がゆるいのかな。
そもそも、何で急に落盤が起きたんだろう?
鉱山魔術師が失敗したのは落盤が起きてからだよな。
掘り進める前に鉱山魔術師が先に安全確認をするはず。
もっとも、俺が実際に体験したわけじゃなく、鉱石関連の本に採掘の手順が載っていただけだけれど。
「んー、なんだろ。さっきから、変な臭いもするんだよ。この石の周辺かなぁ……」
レイチェルがくんくんと鼻を近づける。
「臭いなんかするかぁ?」
ライリーも一緒に顔を近づけるけど、首を傾げている。
「ライ、私達には臭いがわからないんじゃないか? ここに来る前に、トリアンが風の魔法を使っただろう?」
念の為にと、浄化系の風魔法を使っていたはずだ。
あれで、俺達四人には妙な臭いは感じられなくなっている。
「この魔鉱石から妙な臭いがしているのなら、一応、持ち帰って調べてみよう。何か分かるかもしれないしね」
岩そのものは持ち運べないけれど、周囲に落ちている小さめの魔鉱石なら問題ない。
俺は手頃な魔鉱石をいくつかポケットに仕舞い込む。
「一応、レイチェルさんにも」
トリアンが風魔法を口にする。
ふわりと舞った風がレイチェルを取り巻いた。
「あっ、臭いがしなくなったんだよ。キミ達、ほんとすごいねっ」
「うわっ、岩が?!」
レイチェルが喜ぶのと、岩が変形するのが同時だった。
「えっ、えっ?!」
「こっちだっ!」
どろりと溶けるように崩れた岩から、レイチェルの腕をライリーが掴んで引き離す。
「何で急に?!」
「くっ、地面がっ」
ぐらりと地面が崩れた。
咄嗟にライリーがレイチェルを突き飛ばす。
エルドールが俺を抱きしめた。
俺達四人は、崩れた地面と共に地下に落ちていく。
「いやぁあっ、みんなっ!!!」
レイチェルの叫びが、頭上に響いた。
俺は咄嗟に、呪文を唱える。
「……力の神ニウスの眷属よ、我にその力の欠片を貸し与え守りたまえっ!」
下に伸ばした俺の手から、魔力が迸り、幾何学模様が網のようにぱっと広がった。
ライリーがトリアンを、トリアンがエルドールを、エルドールが俺を抱きしめている。
「いっけぇええええええええええ!」
ライリーの片手から氷の塊が迸り、穴の側面をブレーキのようにガリガリと削って速度を落とす。
トリアンの風魔法が迫り来る地面に叩きつけられ、地面とぶつかった風が俺達を押し上げ、落ちる速度をさらに弱める!
俺を抱きしめるエルドールの腕にさらに力が篭る。
俺の下敷きになるように、俺だけは助かるように動くエルドール。
俺の体重で潰されたらどうなるか分かるくせに!
頼む俺の盾っ、みんなを守ってくれ!!!
俺の手から広がる魔力の幾何学模様が厚みを増した。
地面に当たる直前に、俺は身体を捻ってエルドールを上にした。
激しい衝撃音が響き渡り、全身を強い衝撃が襲い、息が出来ない。
でも生きてる。
俺の身体の上で目を見開いているエルドールは当然無事だ。
ふふん、俺の肉は最高の緩衝材だな!
首を回すと、ライリーとトリアンも無事だった。
「ラングリース様、無茶苦茶です!」
エルドールが俺を強く抱きしめる。
いや、エルドールのほうが無茶だから。
俺の下敷きになろうとか。
それもう、脂肪フラグ、いや、死亡フラグ過ぎだから。
偽名も思いっきり忘れてるし。
いろいろ突っ込みたいけれど、まだ息が整わない。
「みんなっ、みんなっ、無事なの?! お願い返事してっ!!!」
遠くのほうから、レイチェルが叫ぶ声が聞こえる。
あー、随分落ちたんだな。
穴の上のほう、ぜんぜん見えない。
「何とか全員無事だっ、だからお前は急いでみんなに合流しろ!」
「ライくん?! そんなのないよっ。みんなを置いてボクだけいくなんてっ」
「レイチェルさん、ここ、かなり深いんです。私達では上れません」
「トリアンくんの魔法でも駄目なの? じゃぁ、助けを呼んでくるんだよ」
「いえ、ここは危険ですから、レイチェルさんは鉱夫の皆さんと急いで合流してください」
「そんな……」
「レイチェルさんにお伺いします。落ちたこの場所は、昔の坑道のようです。ここから地上への出口に心当たりはありませんか」
大分息が整ってきた俺を起こしながら、エルドールが尋ねる。
ランプの明かりが消えなかったのは幸いだな。
周囲が見渡せる。
上の坑道と違い、こちらは土が多い感じだ。
かなり広く、線路が敷かれている。
「坑道……? それなら多分、北に進めば地上に出られるんだよ。地下にある坑道は二つだけど、ここから近いのは一つのはずだから。でも……」
「でも?」
「そこも今は使われていない場所だから、出口が塞がっているんだよ……」
当然といえば当然か。
それでも地上に近づくし、地盤の緩んでいるここに留まるよりは安全だろう。
「わかった。俺達はそっちに向かう」
「ライくん、出られないんだよ? ここにいよう? みんなを呼んでくるから!」
「だーめだって。いつ崩れるかわからねーから、早くこの場を離れないとやべぇんだ。だからレイチェルも急いで離れてくれ」
「レイチェルさん、出口に鉱山魔術師を連れてきて下さい。必ずそこに辿りつきますから」
「トリアンくんまで……」
「レイチェルさん、貴方が頼りなんです。必ず、ここから離れて、皆と合流し、鉱山魔術師を手配してください」
「うぅっ、もう、わかったよ! 絶対、約束だからね?! ボク、出口で待っているからね!」
「おうっ、頼んだぜ」
レイチェルは行ったのかな?
遠すぎて、足音が分からない。
声が聞こえなくなったってことは、ここを離れてくれたんだと思うけれど。
落ちた俺達は全員無事だったけど、彼女まで落ちてきたら上手く助けれるか分からないからね。
「歩けるか?」
「うん。大丈夫。ちょっと息切れしてただけだからね。みんなも、怪我はないようだね」
咄嗟に唱えた呪文だったけれど、上手く発動してくれて良かった。
立ち上がって軽く服をはたく。
うん、無傷無傷。
「よし、北に進んでみるか。障害が無いといいな」
「ですねぇ」
少し歩くと、トロッコが置いてあった。
ライリーがひょいっと中を覗き込む。
「これ、使えそうじゃね?」
「四人入れそうですね」
「動かないのでは」
「錆びてるけど、ほら、トリアンの風魔法でぐぐーっと押せば行けんじゃね?」
「……私の体重を忘れてはいないか?」
「ここ、軽く坂道じゃん? 勢いつけばいけるって」
「試してみましょうか。出口まで、どのくらい距離があるか分かりませんし」
確かに、どのぐらい歩くのかちょっと見当がつかない。
俺達は、古ぼけたトロッコに乗り込んだ。
「では、みなさん、しっかりと掴まっていてくださいね」
トロッコの淵をぐっと掴む。
トリアンが思いっきり、風を生み出す。
「動いたっ!」
「成功ですね」
ぐぐっと風に押されるように、錆びたトロッコの車輪が動き出した。
風を切り、坂道を走るトロッコ。
「うっひゃぁ、気持ちいいなぁ!」
「ジェットコースターみたいだね」
「じぇとこすた? 何だそれ」
「いや、なんでもないよ」
ぐんぐんと加速度を増して、トロッコは風を切って坑道を突き進む。
ふと横を見ると、エルドールが青ざめていた。
「エル、顔色が悪いな。大丈夫か?」
「…………リース」
「乗り物酔いか?」
「…………このトロッコは、どうやって、止めるのでしょうか」
「え」
「あ」
まさか?!
俺達はトロッコの中を見る。
ブレーキどこだ?!
「こここ、これじゃないですか?!」
「トリアンでかした! ……って、錆びてんじゃん!」
「動きませんね」
「…………」
いやな沈黙が流れた。
その間にもどんどんトロッコは坂道を落ちてゆく。
全員の髪が激しくなびく。
「おおお、落ち着け、そのうち止まるって!」
「速度が落ちませんっ」
「坂道どこまで続くんだ?!」
「わからんっ……まて、前方どうなってる?!」
エルドールがランプを高く掲げる。
前方に映し出された光景は、途切れた線路。
よりにもよって、線路の下は空洞――穴だ。
「止まれ止まれ止まれ止まってくれーーーーっ!!!」
「いやむしろこのまま加速だ!」
「リース、なに言ってんだよっ」
「トリアン、頼む、風を思いっきり後に叩きつけてくれ」
「わかりましたっ」
トリアンの両手から勢いよく風が迸り、トロッコはさらに加速を増して突っ込んだ!
「「「あーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」」」
ドンッ!!!
加速度を増したトロッコが空を飛ぶ。
一秒が、一分にも、一時間にも思えた。
スローモーションのように、トロッコは穴の上を通過する。
そしてそのまま反対側の線路に見事着地、走り出す。
どっと汗が滲んだ。
「生きた心地しなかった……」
「私もだよ」
「数歳、寿命が縮んだ思いです……」
「怖かった……」
ぐったり。
全員、トロッコの中で突っ伏した。
トロッコが速度を出し過ぎないように、トリアンが軽く風を出しながら坑道を走る。
勢いを風魔法で調節しながら、上り坂も乗り越えた。
しばらく走っていると、だんだんと道がなだらかに変わってくる。
「出口かな」
「そのようですね」
トロッコを止めて降りると、俺達は出口と思われる木の扉を調べてみる。
押しても開かないか。やっぱり。
開くなら、レイチェルが出られないとは言わないよな。
押した感じからして、外から木の板をクロスさせて釘で打ちつけられているような気がする。
鉱山魔術師が来るまで、大人しく待っているしかないか。
「いや、悠長に待ってられそうも無いぜ」
ライリーが上を見上げる。
ぱらぱらと、ここでも岩の破片が降ってきている。
崩れるのか?
わからない。
崩れるのが先か、鉱山魔術師が来るのが先か。
「レイチェル、外にいるか?!」
ライリーが木の扉に顔をつけて叫ぶ。
「……反応ないな」
耳を済ませても、外の音は聞こえない。
まだ来ていないと思って間違い無さそうだ。
「一か八か、かけるか」
ライリーがぱきぽきと拳を鳴らす。
そうだな。
外にレイチェルがいないなら、巻き込む心配も無いだろう。
俺は、呪文を唱えて盾をもう一度出現させる。
さっきよりも範囲が小さいのは、疲れているせいだろう。
それでも、四人が盾の影に入れる程度にはある。
もしも衝撃で岩が崩れてきても、一瞬ならこれで防げるはず。
そして一瞬あれば、ライリーが壊した扉から、俺達は外に出られる。
「覚悟はいいか?」
クククッと、ライリーが悪戯っぽく笑って片手に氷を出現させる。
普段の何倍もの氷の塊は、先端が鋭く尖っている。
こくりと頷く。
「ぶっ飛ばしてやるぜーーーー!!!」
ライリーの放った氷魔法がドリルのように回転し、氷の欠片を振りまきながら木の扉を粉砕する!
瞬間、ぐらぐらと揺らぐ坑道。
全力で出口を駆け抜ける俺達。
崩れた岩の欠片が俺の盾に弾かれ、外の空気が一気に肺に流れ込み、俺達の背後に岩が崩れ落ちた。
砂埃が舞い上がり、視界が閉ざされる。
「やったぜ!!!」
ライリーの声がガッツポーズの影と共に響く。
全員、無事だ。
煙に映るみんなの影に、俺は心底ほっと息をついた。





